月に吠える   作:光政

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25話 キミの花

 携帯の目覚ましが部屋に鳴り響き、手探りでそれを止める。

 開かない瞼を擦りながらベッドから起き上がり、カーテンを開く。突き刺さるような日差しがまだ目覚めていない脳を刺激する。

 意識が覚醒していくのを感じるが、彼と付き合うことになったのは夢ではないだろうか。昨日の出来事は本当にあったことなのかを確かめるために少し強めに頬を引っ張る。

 

「……痛い~」

 

 自分の思う以上に強く引っ張ってしまったため予期せぬ痛さだった。しかしそのおかげでハッキリとした。

 

「夢じゃなかった」

 

 

 ──

 

 

 シャワーを浴びて、朝御飯を済ませてから身だしなみを整える。ヘアコロンを付けて、ハンドクリームを塗って、再度全身を確認する。

 ──よし、完璧だ。

 いつもと違うところが一つだけあるけど彼は気付いてくれるだろうか。どんな反応をするかを考えながら家の扉に手をかけた。

 日差しが少しキツくて、肌を露出しているところが焼けないか心配になったが対策はしているし大丈夫だろう。

 早く彼に会いたくて小走りになってしまいそうになるが、汗をかきたくない気持ちが勝っていつも通りの歩調に戻る。

 

「あっ」

 

 角を曲がると見慣れた夏服姿の彼が携帯を弄りながら待っていた。前髪に軽く触れて整えて声をかける。

 

「おはよう須藤君」

 

「おはよう」

 

「ごめんね、待たせちゃったよね」

 

「今来たところだし大丈夫。それ、着けてるんだな」

 

「うん、学校にも着けていけるなって思って」

 

「ありがと」

 

 彼は短くそう言うと行こうぜと歩き始めたので、私もそれに合わせて横を歩く。

 いつもと違うところに気が付いてくれたのが嬉しくて頬が緩んでしまう。

 

「付き合ってるのって誰かに言った?」

 

「英梨々には言おうかなって思ってる」

 

「そっか」

 

「須藤君は?」

 

「聞かれない限りは答えないかなぁ。改めて付き合いましたって言うのも違うかなって思って」

 

「そうだよね、同じこと考えてた」

 

「聞かれたら肯定するけどね」

 

「じゃあ私もそんな感じで」

 

「ということでしばらく手を繋ぐのはお預けってことで」

 

「仕方ないよね。でも二人で遊ぶときには……ね?」

 

「オッケー」

 

 本当は登下校のときも手を繋ぎたいけど、デートのときに繋げるのならいいかなと思い直す。

 

「あと一週間で夏服も見納めか~」

 

「そうだな、ということで今の内に拝んでおくか」

 

「えっと、私の夏服には何もご利益はないからね?」

 

「眼福眼福」

 

「恥ずかしいからやめてもらってもいい?」

 

 あと照れちゃうからね。

 

「数学の宿題はちゃんとやってきた?」

 

「やってないから休み時間使ってやろうと思ってる。写させてくれてもいいよ?」

 

「私もやってきてないんだよね」

 

「珍しいな」

 

「付き合うことになったのが嬉しくて、浮かれちゃって忘れてたんだよね」

 

「あはは、俺と一緒だ」

 

「本当? 嬉しい」

 

 私だけかと思ってたけど、彼も同じなんだなと少し安心した。

 学校が近づいてくるにつれて人も増えてきて、周りから見たときにちゃんと恋人同士に見えているのか気になってしまう。

 そうだといいなと思いながら校舎に入り、靴を履きかえ教室に向かう。途中で下級生の女の子から挨拶をされている彼を見て、やっぱりモテるんだなと思うと同時に嫉妬のような気持ちが少しよぎったのは私の心に秘めておく。

 

「1時間目って英語?」

 

 前の席に座る彼が後ろの私に不意に声をかけてきたので、そうだよと返事すると彼はお礼を言って鞄の中の教科書を探し始める。

 私は彼の後ろの席でよかったなと常々思う。仮に前の席だとしたら後ろで見られている可能性を考えてしまって肩の力が抜けないし、話しかけようにも自分からは勇気がいる。何より一番は後ろから彼のことをずっと見ていられるから。

 授業中に先生にバレないように大きく伸びをしたり、睡魔に負けて船を漕いでいる彼を見て可愛いなと思ったり。見るのとは違うけど、体育の後に制汗剤の爽やかな匂いと彼の匂いとが混ざって香るのも好きだ。

 つまり何が言いたいのかというと、好きという気持ちに上限はないんだってこと。

 

 

 *

 

 

「すどー早く行くぞー」

 

「うーい」

 

 彼は昼休みになるとクラスの男子に誘われて体育館にバスケをやりに行った。教室を出ていく直前に、

 

「お昼一緒に食べられなくてごめんね」

 

 と彼は私に言ってきたので大丈夫だよと返した。昼休みのバスケを楽しみにしているのは知っているし、そこまで求めたらバチが当たりそうだしね。

 いつも通りクラスの子達と食べていると不意に一人が私にあのさと話題を振ってきた。

 

「恵と須藤君って付き合っているの?」

 

「えっと……どうして?」

 

「昨日駅前の観覧車に乗ってくところ見たからさ、それでどうなの?」

 

 一瞬本当のことを言おうか迷ったけど彼との朝の会話を思いだし、隠すことでもないなと返答する。

 

「うん、付き合うことになったよ」

 

 そう言葉にすると同時に顔が熱くなるのを感じた。それを聞いてみんなは黄色い声を出す。

 

「えー! ついに!?」

「おめでとう!」

「告白はどっちから!?」

 

 矢継ぎ早に言葉が飛んできてどれから返事をすればいいのか。とりあえずお礼の言葉を言ってから最後に聞こえた質問に答える。

 

「えっと、告白は須藤君からだよ」

 

「好きだ! ギュッみたいな?」

 

「そこは内緒かな」

 

「もう私ずっと思ってたもん。この二人いつ付き合うの? って」

 

「そうかなぁ。私は告白されるまでわからなかったよ」

 

「本当? 恵と他の子だと何となく違うよ?」

 

「そうなの? どんな風に?」

 

「露骨に対応が変わる訳じゃないんだけど、恵と話してたら会話が続くんだけど他の子だとそんなことないって感じ?」

 

「あっわかる。自然体っていうの?」

 

「そっかぁ……そうなんだ」

 

「いいな~、あんなカッコ良くて性格いい人中々いないよね。入学式で初めて見たとき芸能人かと思ったもん」

 

「ね! 澤村さんとかどこかの国のお姫様かと思ったし、私達の学年やばっ! ってなったよ」

 

「やっぱり彼女的には彼氏があそこまでカッコいいと誇らしい?」

 

「顔で選んだ訳じゃないからね?」

 

 そんなんじゃなくて、須藤君という人間が好きになったというか。外見も含めて全部好きだけど。

 そんなことを考えていると私達のちょっとした騒ぎを聞きつけてスクープと言わんばかりに付き合っているという話が他のクラスにまで広まっていった。祝われて嬉しい反面、目立つことへの若干の抵抗と彼に対しての申し訳なさを感じた。

 早く昼休みが終わって教室に戻ってきてくれないかなと時計に目を見ると、まだまだ質問責めは続くようだった。

 

 

 ──

 

 

「──という流れで付き合っていることが広まっちゃった、ごめんね?」

 

「謝ることないよ。俺はどっちかというと嬉しいし」

 

 安芸君がバイトがあるということでサークル活動はないので二人で帰っている。

 英梨々からは夜に電話で詳しく聞くからと、霞ヶ丘先輩からはどうやって落としたのか詳しく教えてほしいと連絡が入っていた。

 

「ということで改めてよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「あはは、変なの」

 

「ふふっ、そうだね」

 

「あっそうだ!」

 

 思いついたように彼は不意に手を繋いできた。

 

「もうバレちゃったし関係ないでしょ?」

 

「そ、そうだね」

 

 びっくりしちゃって声が上擦ってしまって、彼に触れている場所に熱を感じて。

 

「……ずるいなぁ」

 

 彼に聞こえたかはわからないけど、そう小さく呟いた。

 彼が私にしてくれること全てが嬉しくて、心を弾ませてくれる。

 私ばかりがドキドキしているのかなと思ったけど、盗み見た彼の頬と耳が赤くなっていて、堪らず手を強く握ってしまった。

 

 

 *

 

 

「あーそういえば加藤と付き合うことになった」

 

 リビングで勉強していた菜緒にそう言うと、少し間を置いた後に聞いたことがない驚いた声が聞こえてきてノックもせずに俺の部屋に入ってきた。

 

「えっ! 聞いてないんだけど!」

 

「今初めて言ったからな、というか昨日からだし」

 

「えー! 遂にお兄ちゃんにも彼女ができた!」

 

「まるで俺が全くモテないみたいな言い方されるとちょっと傷つくんだけど」

 

「お兄ちゃんがモテるのは知ってるよ? でも今まで告白されても良い返事したことないでしょ?」

 

「まあ……そうだな」

 

「やっぱり恵さんは他の子と違ってたの? 告白はどっちから?」

 

「じゃなきゃ付き合わないよ。告白は俺から」

 

「何て言って告白したの?」

 

「秘密」

 

「え~ケチ~」

 

「菜緒でも教えないよ。俺と加藤だけの秘密」

 

「む~。でもそういうのいいなぁ、二人だけの秘密みたいな」

 

「照らし合わせた訳ではないけど……そんなもんかな」

 

「そうだよ。きっと恵さんも言ってないと思うし、これからもお兄ちゃん言ったらダメだよ?」

 

「ん、了解。てか勉強は? 志望校落ちちゃうよ?」

 

「お兄ちゃんのせいで勉強が手につかないよ。というか受験生に落ちるとか滑るとか言っちゃダメなんだよ?」

 

「いや滑るは言ってないし。大丈夫大丈夫、今の内に落ちたり滑ったりしておけば本番はそんなことにならないから」

 

「なにその理屈」

 

「俺が受験のときに父さんにスキー行かないかって言われたから菜緒と同じこと言ったらそう返された」

 

「でもスキーには行ってないんだよね?」

 

「うん、大事な時期に怪我したくなかったし」

 

「じゃあ滑ってないよね?」

 

「さーて夕飯作ろっかな。カレーの材料が冷蔵庫に──」

 

「絶対都合悪くなったから逃げたよね?」

 

「そうだ、菜緒は一日目のカレーと二日目のカレーだとどっちが好き?」

 

「二日目の方が好きだけど」

 

「あー二日目かー」

 

「あれ? お兄ちゃんは一日目が好きなの?」

 

「うん」

 

「でも二日目の方が味が馴染んでいるというか……とにかく美味しくない?」

 

「たしかに一日目と違う美味しさはあるけどさ、スパイスの風味が何となく飛んじゃうでしょ」

 

「もはや個人の好みの問題だよね」

 

「まあね。でもさ、一日目はカレーを食べようと思って作って食すわけじゃん?」

 

「基本的にはそうだね」

 

「二日目は前日に作ったからカレーがあるわけで、食べようと思ってカレーが存在してるんじゃないんだよ」

 

「うーん……?」

 

「だとしたら気持ちの面でも圧倒的にアドバンテージがあるよね」

 

「……今夜の夕食が楽しみだね」

 

「一日目のカレーが?」

 

「それもあるけどお父さんにどっち派か聞くのが、だよ」

 

「父さんが二日目って言ったら俺は加藤にも聞くからな。なんなら今聞いてもいいし」

 

「それはずるくない? 須藤家は三人だから多数決とかで一人と二人で分かれてちょうど良いのに」

 

「俺の彼女だし母さんの実家にも行ったし実質身内だよ。なんならお母さん枠だよ」

 

「お母さん枠だとしたら笑いながらこの会話を横で聞いているだけだと思うけど」

 

「……たしかに」

 

「でしょ?」

 

「あっ返信きた。一日目派らしいからどうあっても二日目の勝ちはなくなったな」

 

「お兄ちゃん恵さんと付き合えて絶対浮かれてるでしょ」

 

「……バレた?」

 

「バレバレだよ」

 




リビングのソファで妻と子供と犬が一緒に寝てるのを見て、あー幸せだなとしみじみと思いました。
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