月に吠える   作:光政

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次で書き溜めがなくなります。


3話 八月の夜

「菜緒ー、準備できたー?」

 

「もうちょっとかかる~、ごめんね待たせて~」

 

 リビングから部屋にいる妹に呼びかけると少し急いだ声音で返事が返ってくる。

 今日は地元の中ではわりと規模が大きい祭りが行われていて、妹と二人で会場まで行くことになった。クラスメートに夜に祭りに誘われたから行きたいと言い出した菜緒に父親は送迎を俺がちゃんとするならと祭りに行くのを認めてくれたのだ。

 どっちにしろ俺もクラスのやつに誘われたから行く予定だったからと二つ返事で了承した。

 

 我が家は特別門限などは決められていないが遅くなったりする場合はしっかりと父親に連絡する等といったことが決め事となっている。男の俺はあまり心配されていないが妹に関しては女の子ということもあり、出かける際は帰宅は何時ごろになるんだだの遅いのなら車で迎えに行こうかなどと毎回確認されている。

 そんな父親にうざいだの言わずにちゃんと受け答えをし、更にはいつも心配してくれてありがとねと言っている菜緒はやはり良い子に育ちすぎてる気がする。そりゃ父親も激甘になるわ。

 なんてことをリビングのソファに寝転びながら考えていると準備が終わらせた菜緒が二階の部屋から降りてきた。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

 

「大丈夫。財布はちゃんと持ったか? 祭り中に足りなくなったら俺に連絡しろよ」

 

「そんなに使わないから大丈夫だよ。それにお父さんが結平には内緒だぞってお小遣いくれたから」

 

「それ言っちゃったら内緒じゃないよね」

 

 うっかり顔になっている菜緒にそろそろ行くかと言って家を後にする。他の家庭の話を聞くと兄弟と並んで歩きたくないとか、一緒にいるところを知り合いに見られたくない等と言ったことをよく聞くが俺達兄妹はそんなことはなく、世間的に見たらかなり仲の良い兄妹なんだなと感じる。そう思いながら横目で菜緒を見ると祭りに行けるのが嬉しいのか機嫌が良さそうな顔をしている。

 

「何お兄ちゃん? 顔になんかついてる?」

 

「可愛らしいお目々とお鼻とお口がお小さいお顔に黄金比でついてるよ」

 

「よくわからない敬語になってるよ?」

 

「自分でもよくわかってないから大丈夫だ。―あっそうだ。花火はそれぞれの友達と見るだろうから祭り会場の横にあるコンビニで待ち合わせをしてから帰るか」

 

「わかったよ。ちゃんと連絡するから携帯のチェックは忘れないでね」

 

「ハイよ。菜緒は今日友達に誘われたって言ってたけどそれって男? 女? 聞きづらいから聞いておいてくれって父さんに言われたんだよ」

 

「誘ってくれたのは一緒のクラスの女の子だよ。でも同じクラスの男の子もたぶんいるかも」

 

「ふーん。好きなやつとかいねえの?」

 

「好きな人はいないけど気になってる人はいるかな……」

 

「え?」

 

 驚いて菜緒の方を見ると少し顔を赤くしてお父さんには内緒だからねと上目遣いにお願いをされる。

 まじかよ、好きな人いるのかよ。気になってるってそれはもう好きって言ってるのと同じだから。えっ、てか、菜緒に好意寄せられてたらそれはもう付き合っていると言っても過言ではないのでは? こんないい子に好きとか言われたら好きじゃなくても首を縦に振っちゃうでしょ。それで菜緒は絶対に浮気とかしないし、相手も菜緒に夢中で浮気とか別れるとか絶対あり得ないし。それって結婚までいっちゃうじゃん。芸能人の世間に許される結婚ランキング堂々の1位に輝いている、学生時代から付き合っていた地元の同級生とゴールインじゃん。まじかよ、俺は今日妹の未来の旦那に会っちゃうのか。

 

「どうしたの? そんなに真面目な顔して……」

 

「気になってるやつって同じクラスの子か? 今日来るのか?」

 

「同じクラスの人じゃないよ。今日来るのかはわからないけど……たぶん部活で忙しいかな?」

 

「ほう、何部だ?」

 

「野球部だよ。あっそういえば部活じゃないけどクラブ? だかシニアに所属しているって言ってたよ。お兄ちゃんとは違うチームっていうのは覚えてる」

 

「や、野球をやっているのか……そうか……」

 

 ここでバスケ部やサッカー部だったならば録なやつがいないからやめなさいと偏見でモノを言うところだった。自分自身中学まで野球をやっていたから否定するとブーメランとなって俺に刺さるところだった。

 

「お兄ちゃんのこと知ってたよ。同じポジションだし、尊敬してるって」

 

「マジで? ピッチャーなんだ。てか俺が三年生のときに一年生なんだから中学同じだし俺そいつのこと知ってるんじゃね?」

 

「ううん、私の一個上だからお兄ちゃんの一個下だよ。山田亮太っていうんだけど……わかる?」

 

「知らんな。して出会いは?」

 

「えっとねー……ってなんで質問攻めになってるの? お兄ちゃんのほうはどうなの?」

 

「どうとは」

 

「好きな人とかいないの? お兄ちゃんモテるでしょ」

 

「好きな人はいないな」

 

「てことは気になってる人はいるの?」

 

「それもいないな」

 

「え~、あの一緒に帰ったりしてる人は違うの?」

 

「えっ、加藤と俺が一緒に帰っているところ見たことあるの?」

 

「ふうん……加藤さんって言うんだ。いつも家の近くの交差点で別れてるでしょ、何回か見たことあるよ」

 

「まじか」

 

「それで加藤さんとは何でもないの?」

 

「加藤は友達だよ。全く中学生はこれだから。一緒に帰っただけで付き合っているとか盛り上がっちゃって」

 

「でもお兄ちゃんって中学の時とか誘われても断ってたでしょ。誘うのってかなり勇気がいるんだよ?」

 

「これ俺が怒られる流れ?」

 

「怒ってはいないけど気になってるの。あれだけ色々な人の誘いを断っていた人が一緒に帰ってるんだから」

 

「うーん……あれだな、あえて言葉にするなら男女間で友情が成立してるってやつだな。気の置けない友人というか」

 

「そうなんだ。でも向こうはそう思っていないかもよ?」

 

「いやいや今度紹介するから加藤と話してみろよ。基本無表情なんだけどさ、話をすると結構ていうかすげー面白いんだよ。それに無表情の中にも感情があるというか……喜怒哀楽が読み取れたりするんだよ。当たってるかはわからんけど」

 

「加藤さんってどんな人なんだろう……」

 

 

 *

 

 

「あれ? 須藤君?」

 

 祭り会場の入り口では加藤をはじめ、同じクラスの女子たちがいた。約束をしているのは彼女たちではないが知らぬ仲でもないので挨拶を交わす。

 

「もしかして横にいるのは彼女?」

 

「違う、妹だ」

 

「初めまして、妹の菜緒です。兄がいつもお世話になっています」

 

 菜緒がそう言うと女子連中は可愛いだの礼儀正しいだの騒ぎ始めた。そうだろうと心の中で相づちを打っていると菜緒が耳元に顔を近づけてきて小声で話し始めた。

 

「加藤さんってこの中にいる?」

 

「うん、最初に話しかけてきた浴衣の……ってか見たことあるんじゃないの?」

 

「遠目だったからよくわからなくて」

 

「ああ、そういうこと」

 

 いまだ騒ぎ続けている女子に絡まれると長くなりそうだったので本来約束している男子たちはどこかと探すが全然見つからない。

 

「ねえねえ須藤君」

 

「どうした加藤」

 

「菜緒ちゃんとお話ししてもいいかな?」

 

「どーぞ」

 

 団扇と巾着袋を持って夏らしく浴衣を着飾った加藤は俺の返事を聞くと菜緒と話し始めた。会話に混ざるのもなんだかなぁと思い、携帯でクラスの男子のグループで連絡をしようとポケットから取り出すとメッセージを受信していた。どうやらカタヌキをしているらしい。

 二人に男子のところに行ってくると言い残してその場を後にする。カタヌキの屋台に行く途中で振り返り、遠目で二人の様子を見ると楽しそうに笑って話していたので仲良くなったんだと解釈し前を向き直した。

 

 

 *

 

 

「おーい結平遅いぞ!」

 

「いや入り口で待ち合わせだったよね」

 

 カタヌキの屋台では約束していたクラスの男子たち数名が熱心に作業に取り組んでいた。

 

「コマとパラソルは出来たんだけど船と飛行機が難しくてな」

 

「どれ。俺もやってみるかな」

 

 そう言って屋台のおじさんにお金を払って型を4枚もらう。

 カタヌキのコツを昔父親に習ったなと思い出す。型の溝に対して画鋲を指すのではなく、割りたくない部分を指でホールドして溝に対して上手く力を入れると……ほらこの通り、キレイに割れる。

 あとは細かい部分の溝を画鋲で削っていけば……

 

「ほら飛行機できたぞ」

 

「「「うまっ!」」」

 

「昔ハマったからな。別に器用って訳じゃないけどカタヌキなら得意だ」

 

「カタヌキが職業になるといいな」

 

「なるわけないだろ」

 

 そう言って笑い合う。そのまま余った型も完成させ景品をもらって屋台を後にする。光る猫耳カチューシャみたいなものをもらったがこんなの男子高校生の俺が身に付けても似合わないのは目に見えていたので菜緒にでもあげるかと思い一応袋に入れて屋台を回る。

 

「そういえば須藤は女子に誘われなかったのか?」

 

「誘われなかったよ」

 

「へ~意外だな」

 

「女子から誘われるとか都市伝説だと思ってる」

 

「いやでも鈴木は岡田さんに誘われてたぞ」

 

「まじか。実質告白だよなそれ」

 

「お前は加藤とくっつくと思うんだよなぁ」

 

「加藤と?」

 

「うん。5月の宿泊研修終わったあとから大体いつも一緒にいるだろ」

 

「まあ、そこで仲良くなったしな」

 

「それに学年の可愛い子談義の時にお前だけ霞ヶ丘先輩と澤村さんじゃなくて加藤の名前を挙げたろ。これは疑われてもしょうがないだろ」

 

「確かにその二人の方が可愛いとは思うよ、ただこれは好みの問題だから」

 

「ふーん。何かあやしいけどなぁ」

 

 菜緒にも同じことを言われたが加藤と付き合いたいといったことはあまり考えたことがない。気兼ねなく話せる間柄とは思っているが……。

 ―特に答えを出す必要もないだろうなと思い、手に持っていたかき氷を頬張ると当然だが頭がキーンとなった。

 それと同時にもし俺が加藤に告白したり、逆に加藤から告白されたらどうなるのだろうかというのが頭をよぎった。

 仮にもし加藤に彼氏が出来て俺との時間がなくなってしまったりしたら、それはなんか嫌だなあなんて自分勝手な独占欲みたいなものが浮かんできた。

 慎むべし慎むべし、そう苦笑しながら再度かき氷を頬張るとやはり頭がキーンとなった。

 

 

 *

 

 

「おーい! 男子共ー!」

 

「おーどうしたー」

 

「恵見なかった? 途中からはぐれちゃって」

 

「見てないな。携帯に連絡はしたのか?」

 

「電話かけてるんだけど出なくて……花火ももう少しで上がっちゃうし……」

 

「何かに巻き込まれたとかではないだろうし、とりあえず俺探しとくからみんなは花火の場所に先に行ってていいぞ」

 

「須藤君だけで大丈夫?」

 

「全員で探しに行って全員ミイラになったら困るしな。仮にそうなったら加藤も責任感じるだろ」

 

「うーん……うん、じゃあ須藤君に任せようかな。恵と一番仲が良いって言っても過言じゃないしね」

 

「どーも。見つかったらメッセージか何か送るよ」

 

 そう言ってクラスのみんなと別れて加藤を探しに出た。と言っても当てがあるわけではないので何となくいそうだなと思ったところを回るように探す。

 何色でどんな模様の浴衣だっけなと思い出しつつ辺りを見渡していると金魚すくいの屋台に加藤がいた。正確に言うと加藤と小さい女の子が一緒にいた。

 

「おーい加藤、みんな探してたぞ」

 

「あっ須藤君。それが大変なことになっちゃってね」

 

「おおよそ検討はついているがどうぞ」

 

「この子が迷子で今にも泣き出しそうだから金魚でもあげたら泣き止むかな~って考えたんだ。そこまではよかったんだけど金魚すくいって難しいね~」

 

「なるほど……おじさん俺もやるよ」

 

 お金を払ってハイよ! と元気のいいおじさんから俺はウエハースのポイを受け取るとすくいやすそうな金魚に当たりをつけてその一匹を捕まえた。内心ホッとしつつおじさんに袋に入れてもらった金魚を女の子に渡すと笑顔になったのでようやく一息つく。

 

「よかったね、お兄ちゃんが金魚すくい上手で」

 

「昔菜緒に頼まれてやったからな……じゃなくて、加藤携帯は?」

 

「あるよ」

 

「……連絡きてないか?」

 

「わっ結構着信きてる。マナーモードになってて気付かなかったよ」

 

「みんなには俺から連絡しとくよ」

 

 俺は携帯を取り出してメッセージを素早く送る。

 

 加藤発見、迷子を届けてから行く

 

 とだけ打って送信し加藤に向き直す。

 

「とりあえず女の子を祭りの運営的なところに送りに行くか。放送くらいかけてくれるだろ」

 

「そうだね、ユキちゃんお姉ちゃんたちと一緒に行こうか」

 

 へーユキちゃんって名前なんだって思いながら、あっと俺は持っていた光るカチューシャをあげると子供らしい笑顔になる。

 

「くじか何かの景品?」

 

「そうそう、もらってくれた上に喜んでくれて助かったよ」

 

 そのままやや歩いて祭りのテント内に連れて行くと女の子のお母さんがいて深く感謝された。加藤が迷子の女の子を見つけ手を引いてくれていて、俺自身何もしたつもりがなかったのでお門違いかなと思ったが素直に感謝は受けた。

 テントから出る頃には花火が上がる時刻が近付いてきているからか導線にも関わらず歩みを止めて上を見上げる観客が増えてきた。

 

「人混み……すごいね……」

 

「祭りだしなぁ。はぐれないようにしないと」

 

「そうだね。手でも繋ぐ?」

 

「はい? 何で?」

 

「そうすれば間違いなくはぐれないかなって思って」

 

「いやそうだけどさ、付き合ってもいない俺らが手を繋ぐって違くないか?」

 

「……そう言われるとそうだねぇ。名案だと思ったんだけど」

 

「とりあえずはぐれないようにはしないとな。なるべく離れないようにしてどうしても見失いそうだったら俺の袖辺りでも掴んでくれ」

 

「わかった。じゃあ行こう」

 

 加藤はそう言うや否や俺の袖を掴んできた。

 ビックリして腕を思わず引いてしまいそうだったが掴んでいいと言った手前そうは行かない。どうかクラスメートに見られませんようにとお祈りしつつ待ち合わせ場所へと歩く。

 それにしても手を繋ぐと言われたときにはどうしようかと思った。たしかに合理的ではあるが思春期の男子高校生としてはいささかハードルが高い。

 何となく居心地の悪さを感じつつ加藤の歩く速度に合わせて歩く。小さなハウリング音の後に場内アナウンスが流れるとたちまち花火か上がる。それと同時に周りの観客の足も止まり俺達も止まる。

 

「わぁ綺麗」

 

 加藤が呟くのが聞こえたが特に肯定の返事はしなかった。色彩豊かな花火の色を見ていると1学期にやった化学の授業をふと思い出した。花火の色は金属の炎色反応によって作られていると先生は得意気に話していて、それを聞いた俺は次に花火を見るときはあの色はリチウムだナトリウムだとかを考えてしまうのだろうかと変なことを思考していた。

 それはどうやら違ったらしく、花火を見るとやっぱり綺麗だと思うのが正解だった。

 

 *

 

 

『ご来場いただきありがとうございます。ただいまを持ちまして―』

 

 祭りを終わるアナウンスが流れ我に返る。クラスメートの元に行くことを諦めた俺達は結局花火が終わるまでその場で花火を見続けた。次に会ったときに何か言われそうだなと思ったが、その心配は杞憂に終わりそうだった。

 

『こっちすごい混んでるから別の場所で見たほうがいいかも』

 

 とクラスメートからメッセージが入っていたので帰宅する旨を返信してから菜緒に連絡を取る。それから加藤のほうを見ると俺と同じくスマホを操作していた。

 

「俺はもう帰るけど加藤はどうする? クラスのみんなと合流するのか?」

 

「うーん、私も帰るかな」

 

「一人なら送ろうか?」

 

「じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 それから二人で菜緒との待ち合わせ場所のコンビニへと向かう。その途中で加藤が不意に口を開いた。

 

「須藤君って私のことどう思ってる?」

 

 悪戯が見つかったときみたいに心臓が脈打ったのを感じた。それはどういう意図で聞いているのかなど頭の中でごちゃごちゃと色々なことを考え、少し間を置いてから答えた。

 

「女子の中では一番仲がいいと思ってる」

 

「うん。私も男子の中では須藤君が一番近い存在だと思っているよ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 周りからわかってしまうくらいの気まずい雰囲気が流れる。加藤は俺にどう答えてほしかったのだろうか。この場合の正答はなんなのだろうか。

 二の句を継げれずに途方にくれていると目的地であるコンビニが目に入り、入り口付近に菜緒がいることも確認できた。

 妹ならこの雰囲気をどうにかしてくれるだろうと思い、一秒でも早くこっちに気付いてくれと念を送った。




金魚すくいのときに加藤が取れなかったのは紙のポイを使っていたからです。
ウエハースのポイを使った須藤君は器用というわけではなく、堅実に取りにいっただけです。
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