月に吠える   作:光政

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4話 曇りのち晴れ

「いらっしゃいませー2名様でしょうか?」

 

 お盆も終わり、夏休みもそろそろ両手の指で数えられそうになる。バイト先の喫茶店もお盆明けから再開し久しぶりの出勤となった本日。

 レジ打ちとか忘れてそうだなと思っていたがそんなことはなかった。自転車や水泳と同じく手続き記憶に加えていいのではないかと変なことを考える。

 

「須藤君は夏休み中何もなかったの?」

 

「バイト中はあまり私語をしたら駄目ですよ、小早川さん」

 

「今来た人達以外お客さんはいないから大丈夫でしょ」

 

「だそうです、店長」

 

 奥で注文のコーヒーなどを作っている店長を見ながらそう言うと苦笑いを浮かべていた。

 

「あんまりうるさくなると困るけどね、少しくらいなら大丈夫だよ」

 

「ほらぁ。それで何か面白いことはなかったの?」

 

「うーん……特に」

 

「なーんだ、つまらないの」

 

「そう言う小早川さんはどうなんですか。たしか彼氏いましたよね」

 

「夏休み前に別れたよ~。それにただでさえ今年は受験があるからね、そんなこと言ってられないよ」

 

 そう言って栗色に染めている肩にかかっている髪をくるくると弄ぶ先輩を見て、そうなんすかと適当に相づちを打つ。

 

「店長~、私が受験失敗したらここで雇ってくださいよ~」

 

「そうならないように頑張るんだよ」

 

 孫でも見るかのように微笑む店長を見て、本当に受験に失敗したら雇ってくれそうだなと思った。まだ50代だが人によっては60代と答えてしまうであろう、善人のような顔立ちをした店長はその見た目通りに穏やかな人で怒ったところを見たことがない。4月からバイトを始めてまだ4ヶ月しか経ってないからだろうか。

 

「小早川さんっていつからここで働いてるんですか」

 

「んー去年の3月からかなー。学校も慣れてきたし近場でバイト探しててちょうどよかったし」

 

「へーそうなんですね」

 

「この話するの2回目なんだけど」

 

「そうでしたっけ」

 

「君が私に興味がないのがよくわかったよ」

 

「たぶんその話聞いたのって入ったばかりの頃じゃないですか? 俺余裕なかったんであまり覚えてないですよ、きっと」

 

「そうだねぇ。私が友達連れてきて、それで接客とかの練習したもんね」

 

 そんなこともあったなと目を逸らしながら思い出す。働き始めのころ緊張で固さが抜けない俺を見かねた先輩は学校の友達を連れてきてくれて、失敗しても大丈夫だよと言ってくれたのを思い出す。

 失敗を恐れて固くなってたわけではなく、俺が何か粗相をして店に迷惑がかかるのがプレッシャーになっていたというのが真実だが。いや、でもそれって結局失敗を恐れてるな。

 

「その件に関してはまじで感謝してます」

 

「もっと敬いたまえ」

 

「ところでいつまでバイト続けるんすか。勉強の時間とか色々あるでしょうに」

 

「それなら推薦を狙ってるから大丈夫だよ、いや大丈夫ではないんだけど。勉強の息抜きってことで親には一応の許可はもらえてるし。A判定から落ちたらやめるようにって条件は出されてるけど」

 

「へー結構寛容なんですね」

 

「ほら私って末っ子じゃん? だから色々と自由なんだ」

 

「末っ子ってことが初耳ですけど」

 

 そうだったかなとアハハと気持ちよく、だけれどもどこか品よく笑う先輩を見てこの人は女子校でなければすごいモテただろうなと思った。

 それからも他愛ない会話を続けていると来客を告げる入り口のベルの音が小気味良く響いたので接客に伺う。

 

「いらっしゃいませ、二名様でしょう……か」

 

「そうですって、あれ? 須藤君?」

 

「ん? 恵ちゃんの友達?」

 

「うん、須藤結平君。同じクラスなんだ」

 

「そうなんだ。俺加藤圭一って言います、よろしく」

 

「あっ、ああ、どうも。いつも恵さんにはお世話になってます」

 

「須藤君のバイト先ってここだったんだね、知らなかったよ」

 

 思いがけない来客に一瞬たじろいでしまったが、いつも通りに接客をこなし席にまで案内する。

 裏に戻ると面白そうなものを見つけたと先輩がいい笑顔で待っていた。

 

「須藤君、今のって同級生だよね?」

 

「まあ、そうです」

 

「へ~顔立ち整ってるし可愛いね。彼氏もカッコいいし」

 

 彼氏……だよな、あれはどう見ても。加藤の口から一度もそのような浮いた話は聞いたことがなかったのでどこかショックを受けている。

 加藤のことが好きだとかではなく……、そうだ、これはあれだ。自分にしか懐かないと思っていたペットが他の人にも懐いてたと、そのような気持ちだ。きっと。

 

「呼び出しきたらさ、私が注文聞きに行っていい? 近くで見てみたい」

 

「いいですけど……変なこと言わないでくださいよ」

 

「変なことって?」

 

「そりゃあ……変なことは変なことですよ」

 

 変な須藤君と先輩は小声で言うが、俺の耳にバッチリと聞こえていた。

 でも、正直先輩の申し出はありがたかった。あの夏祭りの帰りから何となく気まずさのようなものを感じていたので、進んで接客に行こうとは思えなかった。

 

「すみませーん、いいですかー?」

 

「はーい、ただいま伺います」

 

 先輩は俺にウインクすると加藤達の席に注文を聞きに行った。

 本日のバイトは開店から入っていて、夕方前には上がれるがそれまでの時間がいつもよりも長く感じるなと小さくため息を漏らした。

 

 

 *

 

 

「須藤君あの女の子と何かあった?」

 

 接客から戻ってきた先輩が開口一番にそう告げてきた。

 

「何かって……何かあったんですか?」

 

「いやね、注文を聞きに行ったときに私の顔をを見るや否や店の奥を気にしてたからね。どう考えても須藤君絡みでしょ」

 

「例え俺に関係してたとしても加藤と何かあったとは限らないじゃないですか」

 

「まあね。でも彼氏が一緒にいて他の男の人を気にしてるのも変だし……あとは女の勘ってやつかな」

 

「へぇ~」

 

 なるほど。女の勘ってやつもバカにしたもんじゃないなと面食らった。

 

「お姉さんに話してみな? ちょっとは楽になるかもよ」

 

「まあ、何かってあったってほどではないですけど……祭りの帰りに私のことどう思ってるのかって聞かれて、それから何となく気まずいです」

 

「祭りって少し前にあったやつか。行ったんだ?」

 

「ええ、クラスのみんなと」

 

「それで何て答えたの?」

 

「女子の中では一番仲がいいと思うって」

 

「へぇ、それで加藤さんはなんて?」

 

「私も男子の中では一番仲がいいと思うよって」

 

「ほうほう。それで?」

 

「いえ、それだけです」

 

「それだけ?」

 

「それだけです」

 

「それって今まで何も変わってないんじゃない?」

 

「へっ?」

 

「だってさ、別に彼氏彼女の関係になったって訳ではないんでしょう? 立ち位置というか関係性がわかっただけで何も変わってないよ」

 

「そう……なのかな?」

 

 たしかにお互いがお互いのことをどう思っているか聞いただけでそれ以上は何もない。何もないが―、

 

「だとしてもどこかぎこちなくなるのが人間関係ってやつじゃないですか?」

 

「そうなんだけどさ、気まずいって感じるのも自分だし、そうでないと感じるのもまた自分なんだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「つまりさ、気の持ちようだよ。友達以上恋人未満の関係を煩わしく感じるのかどうかは気の持ちようってこと。あとは須藤君がどうしたいかだよ」

 

「どうしたいか……かー」

 

「人間関係って要するにさ、押し引きなんだよ。相手の話を聞くことがあれば、自分のことを話したりするし……それが恋愛関係であればもっと複雑になるけど基本はそうなんじゃないかなと私は思ってる」

 

「でも押したり引いたりだけじゃ人間関係って成り立ちませんよね?」

 

「そうだね。たしかに押しても引いても駄目なときもある」

 

「そんなときはどうするんですか?」

 

 俺の質問に対して先輩は悪戯に笑うと短く、ハッキリと答えた。

 

「もっと歩み寄ればいいんだよ」

 

 

 *

 

 

 先輩と話をしてからしばらく経ち、店内のテーブルは空いてない箇所を数えたほうが早いくらいにお客さんが入っていた。

 レジで会計の呼び出しがかかったので向かうと加藤達だった。先輩との話を思い出して、出来るだけ今まで通りに、いつも通りにしようと接客をする。

 圭一さん? が会計を済ませ、加藤に帰り際に何か声をかけようかなと思っていると向こうから声をかけてきた。

 

「この間は変なことを聞いちゃってごめんね?」

 

「いや、別に。何とも思って……ないと言ったら嘘になるけど、それでも今まで通り仲良くしたいと俺は思っている」

 

「私もそう思ってるよ」

 

「じゃあ仲直り? てことでこれからもよろしく」

 

「よろしくお願いします。あと……」

 

「あと?」

 

「圭一君は彼氏じゃないから。従兄弟だから」

 

「えっ? へっ? 従兄弟? ああ、はぁ……」

 

 そういえば自己紹介のときに名字が一緒だったなと思い返す。

 

「なんか誤解されてたら嫌だなって……それだけ」

 

「ああ、悪いな……。―そうだ加藤、今日ここで何を注文した?」

 

「えっとー……ドリアのセットと紅茶と……それからチーズケーキかな」

 

「ここのピンクレモネード美味いからさ、今度来たときは奢るよ」

 

「ほんと? ありがとう」

 

 そのとき加藤はたしかに微笑んだ。今日まで加藤と過ごした中で見たことがない顔だったので強く印象に残った。

 

「それじゃあ、またね」

 

「ああ、また」

 

 加藤達を見送って、店内に置かれた振り子時計を見る。バイトが終わるまでまだまだ時間はあるが、今度は長く感じないだろうなと思いながら俺は仕事に戻った。




続きは何となく考えていますがまだ書いていないです。
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