祝日というのは多ければ多いほどいいなと思う。
例えば月曜日が休みになれば、土日とくっついて三連休になりその週は4日だけ学校に通えばまた土曜日がやってくる。
水曜日が休みになれば残された平日全てが休日前か後になる。
祝日がない6月は憂鬱だったなと振り返る。時刻は午前1時。9月の三連休初日を迎えた俺は意味もなくスマホをいじり、自堕落な時間を過ごしていた。そんな空気を破ったのはドアを叩く音だった。
──
「映画を観ながらコーヒーを飲んだから寝れないだって?」
「うん……変に目が覚めちゃって……」
自分の椅子に気だるげに寄りかかっている兄はまだまだ夜は本番だと言わんばかりにハッキリとした顔をしている。
「コーヒーの一杯分のカフェインで寝れなくなるなんて……得してるのか損してるのかわからんな」
「でも半分はお兄ちゃんの責任だと思うな」
「俺? なんでさ?」
「だって私がココア飲みたいって言ったのにコーヒー作っちゃったでしょ?」
「まあ、それは悪かったよ」
ばつが悪そうになった兄に言葉を続ける。
「それでね、相談なんだけど……」
「うん」
「夜寝れないときってどうしてるかな?」
「は?」
私の言葉に兄は面食らったらしく驚いた顔をしている。普段あまり表情を変えないだけに新鮮だった。
「えっ菜緒って夜更かししないの?」
「10時過ぎにはいつも布団に入ってるかな? 遅くても11時には寝るようにしてるよ」
「そうか、そんないい子だったのか。今時の女子中学生は遅くまで連絡のやり取りをして既読がついていないと村八分にされるものばかりかと……」
「そんなことないよ、いや、まあ返信を欲しがる友達もいるけどさ」
「それで寝れないときにどうすればいいかと、そうだな……宿題でもやって眠たくなったら布団に入るといい」
「最初に宿題のこと考え付いたからもうやっちゃったよ」
「まじか。じゃあ小説とか何か本読め」
「一気に読みたいからそれはなしで……」
私がそう言うと兄はふむと指を眉間の辺りにやった。これは兄が小さいときから何かを考えるときにやる癖で、おそらくこの癖を知るのは父と私だけだと思う。
兄はうーん、でもと小声で何回か呟いてから私に向き直り、悪そうな笑みを浮かべながら言った。
「ちょっと散歩でも行くか」
*
夜は冷えるから何か羽織るものを用意した方がいいと言われたので軽いパーカーを手にし再度兄の部屋に行き、携帯と鍵を持っているかの確認をしゆっくりと階段を降りる。
リビングを確認すると父はどうやら1階の寝室で寝てるらしく姿は見えなかった。
玄関に並んでいる靴が見えにくかったけど兄がスマホのライトで照らしくれたのでスムーズに履くことができた。気が利くいい兄だなと思うと同時に、私の寝れないという相談を嫌な顔ひとつせず聞いてくれている時点でかなりいい兄だなと考えを改める。
私がドアを開けようとすると兄が小声で待ってと言ったので動きを止めると、私の代わりにドアノブに手をやりカチャリと音が鳴るかどうかというところで一度手を止め、また再度ドアを開ける動作をすると不思議なことにドアは音を立てずに開いた。
変なことも知ってるんだなと感心しつつ、外に出ると昼間にはない、湿ったような何とも言えない匂いがしていることに気がついた。
「菜緒、鍵貸して」
「うん」
小声で鍵を求められたので手渡すと、ドアを開けるときよりもゆっくりとした動作で鍵を回すと小さくカチャリと施錠の合図が鳴った。
「よし行くか」
顔はあまり見えなかったけど、そう短く言った兄はかなりずるい顔をしていたと思う。
「とりあえず適当に近所をぶらつくか」
「うん。ごめんね、私が寝れないばっかりに付き合わせちゃって」
「気にすんな。無駄なエネルギーを消費するための散歩だし、それに―」
「それに?」
「初めての深夜徘徊でしょ? 楽しまなきゃ損だ」
兄の言うとおりだった。私は恥ずかしながら午後9時以降の外出はほとんどなく、あったとしても塾の帰りが少し遅くなったときでそれも父が運転する車の窓からただ暗いいつもの道を見ているだけだった。
条例か何かで具体的な時間は忘れたけど夜間の外出はしてはいけないと決まっているけど、不思議な高揚感が私を包んでいて、これから何が起きるんだろうという気持ちが抑えられなかった。
「大丈夫? 怖くない?」
「うん、平気。お兄ちゃんもいるし」
「そうか」
「お兄ちゃん今日みたいに夜に出歩くことってよくあるの?」
「ないよ。うん、ない」
「そっか」
時計の短い針は1時を越えて、私がしている小さなアナログの腕時計ではハッキリとした時間はわからず長い針が3の文字を追い越してるかどうかといったくらいだった。
「時計の針ってたまに止まって見えない?」
「あーわかる。デジタルの数字もたまに一秒以上止まってるときあるよな」
「そうそう! よかった、私だけじゃなかったんだ」
「俺もどこぞの少年漫画のラスボスみたいに時を止められるようになったかと錯覚する」
「それ知ってる。オラオラって言いながら殴る人だよね?」
「それは主人公の方だな」
そうだったかなと思い返すけど、自分で直接読んだことがあるわけではないので記憶は手繰れなかった。
うーんと考えながら昼間に歩くときよりもゆっくりと、でも確実に前に足を進めてく中である感情に気がついた。
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「歩いているだけなのに楽しいね」
「そりゃな、夜中は何やっても楽しいもんだよ」
「うん、歩いて話してるだけなのにすごい楽しい」
「やっちゃいけないことってのは大抵楽しいもんだよ」
「犯罪とかも?」
「それは別。例えばさ、学校にスマホって持っていったらダメだろ?」
「見つかったら没収されちゃうね」
「でも中には持ってきて仲間内でゲームだったりしてるやつもいるだろ?」
「うん、学校終わってからやればいいのになって思っちゃう」
「でもさ、そういうやっちゃいけない状況でやるくだらないことが一番楽しいんだよ。見つかるスリルもあいまっていつも以上に充実感があるんだよ」
「そうなんだ……うん、そうかも。私も今ドキドキと楽しい気持ちでいっばいだもん」
「だからバカなことやってるなって見るんじゃなくてさ、今すごい楽しんでるんだなって見方に変えると色々と得するよ、きっと」
「今度からそう思うようにするね」
色々と話をしていると近所の少し大きめな公園が視界に入ってきた。
公園とかは変な人とかがたむろしていることが多いから夜は近寄らない方がいいと兄が言ったのでそういうものなのかとまたひとつ学んでしまった。
公園から遠ざかるように歩いていると兄が小さくどうするかなと呟いたので何の事かと聞いてみる。
「何か呟いてどうしたの?」
「いやさ、菜緒お腹空いてないか?」
「そうかなぁ……そうかも」
「うーん……さすがに悪い遊びを教えすぎか……」
そういう考えている仕草をしている兄のお腹が鳴った。
ハハッと小さく笑うと兄は恥ずかしそうに短く、ハッキリとした声音で言った。
「コンビニ行って何か買って食うか」
──
「本当にいいのかなぁ」
「散歩行くかって言ったときもそうだけど、めちゃくちゃ嬉しそうだったからな」
「でも太っちゃわないかな?」
「大丈夫だ、それに細すぎるくらいだからちょっと食べ過ぎるくらいがいいんだよ」
「お兄ちゃん、そういうこと加藤さんとかに言ってないよね?」
「家族にだけだよ。まあ、夜中だから色々と口が軽いかもな」
そんな会話をしながらコンビニに入ると、目が眩むような明るさに思わず目を細めてしまう。
思わず外に目をやるとあんなにも暗い道を歩いていたのかと思うくらい漆黒が広がってるように感じられた。
「お兄ちゃん、外真っ暗だね」
「変なこと言ってら。でも初めての深夜徘徊だもんな」
「お兄ちゃんが初めて夜に出掛けたのはいつ?」
「夜中の散歩って意味なら高校入ってからだな。ある曲を聞いててさ、ふと夜を散歩してみたくなったんだよ」
「そうなんだ」
「ほら食べたいものとか欲しいもの選びな、俺が払うから」
「本当? ありがとう」
スマホしか持ってないと思ったら使い慣れているであろう小銭入れをポケットから出して得意気に言っていた。
お菓子売り場に行き、小さく袋詰めにされているクッキーを選んで兄に手渡すとそれだけでいいのかと笑われた。兄が手にしているかごの中にはおにぎりが2つ入っていたので私が考えているよりもお腹が減っていて、私も同様に思われていたんだなと気がついた。
レジで会計を済ませ、店を後にし帰路に就きながら先程買ったものを口にする。食べている間は互いに無言だったけど、その間も心地よく感じられるほど充実感があった。
これがきっと兄が言っていたやってはいけないことの楽しさなのかなと思った。
私がクッキーを食べ終わるよりも早くにおにぎりを食べ終えた兄が小さく聞いてきた。
「どう? 寝れそう?」
口の中にクッキーがまだ残っていたので返事を待って欲しいというジェスチャーをし、出来るだけ早く飲み込み返答を口にする。
「たぶん大丈夫だと思う」
「それはよかった。歯磨くときに脱衣場の洗面台使うと思うけど、脱衣場の電気じゃなくて洗面台側の電気を付けたほうが光は漏れないから」
「わかったよ。―お兄ちゃん今日みたいに出歩くことはないって言ってたけど、あれ嘘でしょ」
「嘘じゃないよ」
「そうかな? その割にはバレないように気を付けるのが色々上手すぎると思うんだけど……」
「よくあるの? って聞かれたからないって答えたんだよ」
「ということは……」
「たまにはあるんだよ」
そう悪戯に笑う兄に何となく悔しい気持ちが湧いてきたけど、やぱり私よりも長く生きているんだなと変に感心してしまう気持ちの方が大きかった。
「―それとあの言葉だけど……」
「どの言葉だ?」
「やっちゃいけないことは大抵楽しいもんだよって。あれお兄ちゃんが考えた言葉じゃないでしょ」
「バレたか」
「だってそういうこと言い切る人が私を散歩に連れ出すかとかコンビニに寄り道するくらいのことで悩まないと思うんだよね。誰の受け売りなの?」
「父さんが昔言ってたんだよ。見つからないように楽しめってさ」
「お父さんが? そんなこと言わなそうなのに」
「俺が中学生1年生の時に今日の菜緒みたいに眠れないときがあったんだよ。そしたらさ、菜緒が寝ているのを確認してから何て言ったと思う?」
そう言って笑みがこぼれている兄は私の返事も待たずに二の句を続けた。
「ラーメン行くぞってさ、笑っちゃうよな。普段結構真面目に大人らしいのに子供みたいなずるい顔になってさ」
「今のお兄ちゃんも同じ顔をしてると思うよ」
「やっぱ親子なのかな? それでそのときに今日の菜緒みたいに言ったんだよ、夜中に外出したらダメだよって。そしたらやっちゃいけないことってのは楽しいんだよって」
「そっかぁ、そのときの言葉だったんだ」
「そういうこと。でもこういうのはほどほどにしとかないとな。俺らまだ子供だし、菜緒は女の子なんだし」
「そうだね……でも―」
私はもちろん、兄も当然夜中の外出は許されていない。でも私は過去に一人家に取り残され除け者にされたという事実を知ってしまった。
別に仕方のないことなんだろうけどささやかな仕返しとして兄同様に悪戯に笑いながら私は言った。
「今度ラーメンに行くときは3人でね?」
きのこ帝国のクロノスタシスという曲を聞いていたときに思い付いた話です。