「ごめんね、でも加藤さん以外に頼めなくて」
「ううん大丈夫だよ」
私がそう言うと彼女は便箋を手渡してきた。
移動教室のため教科書などの必要なものを持って自分のクラスから出たときに不意に隣のクラスの子に呼び止められたのだ。
理由は須藤君にラブレターを渡してほしいとのことで、どうして私なのかなとか一瞬思ったけれどよく一緒にいるから仕方ないのかなと思い直した。
届け先はわかってるけれどどのタイミングで渡したらいいのだろうと考える。二人きりになるチャンスはいくらでもあるけれど、改まって場を設けるとなると変に意識をしてしまう。
彼は一体どんな反応をするだろうか。私からのものだと勘違いしてしまうだろうか。
──
「ねぇ須藤君」
「どうしたかとー」
授業が終わってすぐの変に間延びした気の抜けた返事を返す彼を見て、こちらの気も知らないでと少しうらめしく思ったがとりあえず二の句を続ける。
「帰りに渡したいものがあるんだけど予定とかあったりする?」
「別に何もないよ、いつも通り帰るだけ。どうした急に改まって」
「それは帰りのお楽しみということで」
そう言ったあとにすぐに気がついた。何かない限りいつも一緒に帰っているのだから別に確認する必要はなかったなと。
他人のラブレターを知り合いに渡すというのは初めてのことだから少し動揺しているのかもしれない。そう思い直すことでこのことについては深く考えないようにした。
「はいこれ」
「へっ?」
帰り道、私が短くそう言ってラブレターを渡すと彼もまた短い返事でそれを受け取った。
「隣のクラスの子から須藤君に渡してくれって頼まれたの」
「へ~、一瞬加藤からかと思って焦った」
「どうして?」
「そりゃあ……なんでだろうな……」
少し困ったような顔になった彼に私は更に言葉を続ける。
「それでその子から出来れば返事を聞いてきて欲しいって言われてて」
「まじで? いやでも加藤も橋渡しみたいで大変だろ。俺が直接相手のところに行ってくるよ」
その言葉を聞いたとき、私は須藤君は誠実な人なんだなということと返事の内容がわからないので何となく残念なような気持ちになった。もちろん二人の間の問題なのだから私が関与するのはおかしいのだけれど、それでも少しだけ嫌な気持ちになってしまった。
「……もし」
「え、なに?」
「もし二人が付き合うことになったらこうやって帰ることもなくなるのかな」
「うーん、まあそうだろうな」
「それはちょっと嫌だなぁ……」
私がそう小さく呟くと須藤君は急に黙ってしまった。どうしたのだろうと彼の顔を見ると私を見ながら目をパチクリとさせていた。
―とんでもないことを口走ってしまった。
そう思わずにはいられなかった。つまりは付き合わないでほしいと言ったも同然のことを言ってしまった。
「加藤、それはつまり……」
「好きとかではなくてね、単純に須藤君と帰りながら話すこの時間が楽しみというか、なんというか……」
「はあ」
「私のことなんか気にしなくていいから。須藤君の思った通りに行動していいから」
「り、了解」
動揺していたので矢継ぎ早に言葉を続けてしまい、私らしくなかったと思う。変に思われていないだろうかと須藤君の顔を見ると笑っていた。正確にいうと無表情ではあったのだけれど口角が上にあがっていた。
「加藤も慌てたりするんだな」
そう言った彼から目を離せず、
「それはそうだよ」
と返すことしかできなかった。
──
後日、一緒に帰っているときに須藤君が突然思い出したかのように口を開いた。
「そういえば手紙をくれた子とは付き合わないから」
「そうなんだ」
それを聞いてホッとした自分に少しも驚かなかったのは先日の自分の醜態があったからだなと思った。
「前にさ、加藤の裁量で失恋にされたやつあったじゃん」
「そんなこともあったね」
「あれってさ、半分は当たってるんだよ」
「どういうこと?」
「振られる振られない以前にフタを開けることさえしてないんだよ」
「その子のこと好きだったの?」
「たぶん。それ以来恋愛関係は逃げてきたから。どこからが友情なのか好きなのか、自分のことなのにわからなくなった」
そう懺悔するかのように呟く彼に何て言えばいいのかわからかった。
「でも今回加藤には感謝してるんだよ」
「どうして?」
「恋愛について考えるいいキッカケになったなって。相手には申し訳ない返事をしちゃったけど……だからありがとな」
「ううん、お礼を言われることなんてなにもしてないよ」
「それでも、ありがと」
あまりにお礼を言ってくるものだから何だか少し照れくさかった。
「あれ? 恋愛に対して前向きになったってことは次からの返事はどうなるの?」
「好きじゃなかったら付き合わないよ。とりあえず付き合うとか軽い感じは何となく嫌」
「そっか、須藤君らしいね」
「そうか?」
「そうだよ」
「加藤は?」
「私?」
「結構モテると思うんだけど」
「うーん……そんなことないと思うよ? 澤村さんや霞ヶ丘先輩じゃないかな、モテるって言ったら」
「あの二人に比べたらそれはそうだけど……加藤も負けてないと思うけどなぁ。今度の文化祭のミスコンとか出て目立ったら変わるかもね」
「そういうのは苦手だから出ないかな」
「あはは、加藤らしいな」
それからは色々と話をしながら帰った。
別れ際に本当にありがとなと須藤君は三度お礼を言ってきたので心の底からそう思ってるんだろうなと感じた。
会話の中で彼が私に言った加藤らしい、私が彼に言った須藤君らしいという言葉を振り返る。どちらも4月から今日に至るまでの積み重ねでそういう言葉になったのだと思うと相当仲が深まったなと思う。
それと同時に彼の初恋はどういうものだったのかということを考えてしまう。フタを開けることさえしてないと言っていたけれど何か事情があったのだろうか? 本人に聞こうにも触れられたくない話題だったとしたら失礼だし、何にせよ私には聞く権利もない。仮に友人以上であったとしても恋人ではないのだから。
好きになれば相手のことをもっと知りたいと思うのは当然のことだし、でもそれで嫌われたら……恋愛って難しいなと思ってしまう。
ただ昔を振り返りながら私に対して自分のことなのにわからなくなったと呟いた彼の寂しげな顔だけはどうにかして明るくしてあげたい、そう思わずにはいられなかった。