三日間の日程で行われる豊ヶ崎学園祭は二日目を迎えていた。初日は前夜祭と称して本番である他の日と比べると小規模で行われるものの主役である学生にしたら、そんなことは関係なく大盛況の内に終わった。
二日目からは一般公開となるため朝早くから登校した学生達は自分達の出店に不備はないかなどの最後の確認作業をしている。
それは須藤達のクラスの出し物であるお化け屋敷も例外ではなかった。
「そこちょっと光漏れてない?」
「受付の分の机ってどこだっけ?」
「あれ? 衣装どこに置いたっけ?」
などと各所でちょっとした悲鳴が聞こえている。
「すごいね」
「だな」
受付担当である須藤と加藤はお化け役などのクラスメートと比べると準備が少なく既にいつでも仕事が出来る態勢になっていたため、クラスの右往左往している様子を遠巻きに見ながらのんびりとしていた。
「朝御飯何食べた?」
「家でパンを食べたよ。須藤君は?」
「おにぎり。パンって食パン?」
「そうだよ」
「バターとマーガリンどっち塗った?」
「ジャムで食べたよ」
「そっちかー」
「その二つって何が違うんだろうね、ほとんど変わらない気がする」
「ひとつが牛乳でもう片方が動物だか植物の油脂だったか。どっちかは覚えてないけど」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「またひとつ賢くなったな」
「そういう豆知識ってどこから仕入れてくるの?」
「本が一番多いかな。今回のはかなり前にテレビでやってたのを覚えていただけだけど」
「他に何か面白い知識ある?」
「うーん……そうだ、時計の針が止まって見えることない?」
「授業中に時計見たときとかに結構あるかも」
「あの現象ってクロノスタシスってちゃんと名前あるんだってさ」
「へ~そうなんだ」
「ちょっとそこの二人! 準備が終わってないんだから手伝って!」
クラスメートからの声かけによって二人は準備に戻る。
今日は学園祭。学生たちが一番忙しく、一番充実した一日を送る日。
──
一般公開の時間になったと同時に多くの人が学園の中になだれ込む。
入り口の屋台の出店で止まる人もいれば校内に目標があるのだろうかと思うほどに一直線に校舎に向かってくる人。
そんな人々を見て、実行委員の案内担当として校舎の玄関前に立っていた須藤は思わず笑みがこぼれた。すぐに顔をもとに戻すものの浮き足だった気持ちはそのままだった。
「すみませーん、体育館ってどっちですか?」
「体育館ですと校舎に入ってすぐ目に入る案内板に沿って歩けば着きますよ」
「バンドってもうやってますかー?」
「10時からなのでまだですね」
矢継ぎ早に色々な人から尋ねられるが出来る限り丁寧に一人一人に対応していた。
気がつけば順番待ちをしているような形で須藤のもとには案内を求めるお客さんが溢れていた。またミスター豊ヶ崎に推薦されるほどに顔が整っていたので知りたいことを聞き終えたあとには、
「一緒に回りませんか?」
「このあと時間空いてますか?」
などといった誘いを受けることが多くなっていた。
それに対して須藤は仕事が忙しく時間がないこととミスター豊ヶ崎に出場するから投票用紙がもらえたら是非投票してほしいと呼び掛けていた。出場にはあまり乗り気ではなかったが出るからには負けたくないという気持ちが働いたためである。
──
「お待ちのお客様どうぞ」
お化け屋敷の受付では加藤が一人で対応していた。本来は二人での仕事だが相方である須藤が実行委員などの仕事で忙しいため受付の交代時間に間に合わなかったためである。
(遅いなぁ)
と加藤は仕事をしながらぼんやりと考えていた。
学園祭を二人で回ることはないため須藤と過ごせる数少ない時間なので楽しみにしていたからだ。
待機している客がいなくなったので加藤が少し遠くを見てぼうっとしていると不意に隣にある受付の椅子が音を立てて後ろに引かれたのでびくりとしてそちらを見た。
「悪い、遅くなった」
「ううん大丈夫だよ。委員の仕事お疲れ様」
「お詫びと言ってはなんだけどこれ」
須藤から申し訳なさそうにリンゴジュースを手渡されると加藤の口許が少し緩んだ。
「そんな気を遣わなくてよかったのに」
「まあまあ、もらえるものは病気以外もらっときな」
「ふふっなにそれ」
「そういえば加藤は誰かと学園祭回るの?」
「クラスの友達と回るよ。ミスター豊ヶ崎も見に行くから安心して」
「見られると緊張するなー」
「何かパフォーマンスとかするの?」
「いや何もないよ。コスプレしたりとか特技を披露する人もいるらしいけど俺は自己紹介して司会の質問に答えるくらいかな」
「無難だね」
「無難が一番だって。カップヌードルだって結局普通のに落ち着くし」
「それもそっか」
「でもやるからには勝ちたいと思ってる」
「意外と負けず嫌いなんだね」
「そりゃあね」
「すみませーんお化け屋敷って入れますか……ってもしかして須藤!?」
「おー久しぶり。中学以来だな」
「なんだよー久しぶりに会ったっていうのに相変わらずのテンションだなー」
「まあね。そっちは元気してたか?」
「お前よりは元気だよ」
「だろうな」
「かーっこれだからクール系男子は。お化け屋敷入っていいか?」
「どうぞどうぞ、暗いから足元だけはそれなりに見えるようになってるけど気を付けてな」
「おおっサンキュー」
そう言って須藤の同級生はお化け屋敷にへと入っていった。教室の扉が閉まったと同時に加藤が口を開く。
「今のって同級生?」
「そう、中学の頃の」
「一人で来たのかな?」
「……言ってやるな、加藤」
「あっ須藤君だ」
「えーと、たしか鈴木と岡田だっけ。久しぶり」
「あれ須藤君そんな大人しい系だったっけ? もっとガキ大将みたいな感じじゃなかった?」
「いやそれ小学生の頃の話。もう高校生だから」
「それもそうだね」
「それでお化け屋敷入るの?」
「いや適当に二人でぶらついてたんだけど……せっかくだし入ってくかな」
「暗いから気を付けてな」
「「はーい」」
須藤の同級生二人が教室に入っていくと先程と同じ様に加藤は口を開いた。
「今の二人も?」
「小学生の頃のな。校区違ったから中学からは別々だったけど」
「須藤君って昔は騒がしかったんだ?」
「小学生のときはそれなりにやんちゃだったよ」
「大人になったってことかな?」
「そんな感じかな」
それからも須藤達のクラスの出し物には多くの来客があり二人は応対していく。1時間程が経過し受付の交代の生徒がやって来たので引き継ぎをし二人は教室を後にする。
須藤は大きく伸びをするとメインイベントでもあるミスター豊ヶ崎が行われる会場にへと向かった。
*
「お前らー!! 美男美女が見たいかー!!」
「「「おー!!」」」
「誰が一番か知りたくないかー!!」
「「「おー!!」」」
「ならば今日決めるぞー!!!」
「「「おー!!」」」
なんだこの掛け声はと須藤は舞台袖で苦笑していた。
裏ではミスターでは出場者5人が控えていて1年生では須藤だけだったので上級生の出場者達からお菓子をもらうなど可愛がられていた。
須藤は正直他の出場者からの妨害などがあるのではないかと危惧していたが、そんなのは漫画などの世界だけだなと先輩達に心の中で謝罪をしていた。
5人のアピール順は公平にクジで決められ須藤は3番目だった。良いか悪いかはわからないが頭かトリでなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。
舞台では既に1人目が自己紹介を終えてアピールタイムが行われていた。どうやらサッカー部らしくリフティングをしながらジャージをストリップのように脱いでいって既に上半身が裸になっていた。女子達からはキャーと嬉しいような悲鳴が溢れていて短パンに指をかけて脱ごうとした瞬間にアピールタイムが終了し、ステージは最高に盛り上がっていた。
さすがすごいなと須藤が感心していたところで事件が起こる。アピールタイムで終わりと思っていたら告白シチュエーションという異性に対しての実際の告白を再現する時間があったのだ。
そんなの聞いてないぞと抗議をしたい気持ちを押さえ、とにかく告白方法を考えなければならないと頭を回転させる。ただ好きだと言えばいいだけじゃない、やるからには勝ちたいというのが須藤の性だからだ。
頭を悩ませてある程度方向性がまとまった同時に2人目が終わり、司会が須藤の名前を言ったので袖からステージにへと上がる。
「今回唯一の1年生出場! 須藤
観客に応えるように控え目に手を振るとどうやら初々しく映ったらしく上級生の女子達に受け黄色い声援が増す。加えて──
「なんとブレザーでの登壇です! これは学ランに見慣れた上級生に刺さるのではないでしょうか!?」
これこそが須藤の作戦だった。
「では自己紹介をお願いします!」
「1年A組の須藤結平です。特技は野球とかスポーツ全般で部活は帰宅部で日々他校に負けないようにしっかりと頑張っています」
自己紹介はそこそこに受け、司会がツッコミを入れたことでより盛り上がった。須藤は心の中で司会に親指を立てていた。
「それではアピールタイムですがやはりスポーツ系ですか?」
「いえ分かりやすいところで、バク宙やります」
その須藤の一言に会場からは期待の声が上がる。
ステージの端に行き準備をすると、会場は打って変わってしんと静まり返る。
須藤は助走をつけてロンダートをしその流れでバク転、そしてバク宙を成功させる。会場は男女問わず拍手喝采の大盛り上がりで須藤の顔からは笑顔が溢れる。
「おー! これはすごい! 今日のためにわざわざ練習をしたんですか?」
「いえ、中学生のときに出来たらモテるだろうなと思って練習しました」
この回答は会場にまたも受けてその流れで告白シチュエーションにへと入っていった。
盛り上がる会場とは逆に、寂しげにその告白を見つめる一人の女子生徒がいたことは誰も知らない。
*
「おめでとう、準グランプリ」
「ありがとう、勝ちたかったんだけどな」
「でもグランプリの人って三年生で来年はいないからいけそうじゃない?」
「いやーたぶん来年は出ないかな」
「どうして? 楽しそうだったのに」
「性に合わないってのがよくわかった」
「ふーん」
そう言ってフォークダンスが行われているキャンプファイアを見ながら須藤君はあくびをしていた。
二日目に行われたミスター豊ヶ崎は学園祭最終日である三日目、つまり今日発表されて結果須藤君は準グランプリだったのだ。
「あのブレザーはどうしたの?」
「あれは中学生のときのやつ、ただ学ランで出てもつまらないから家から持ってきたってわけ。特に部活に入ってるわけでもないしな」
「他校に負けないように帰宅部で頑張ってるんじゃないの?」
「それはあれだよ、会場を盛り上げるために言っただけだよ」
「そうなんだ」
「そうだ、俺会場に手を振るときせっかく加藤を見つけたから絶対に加藤に向かって振るようにしてたんだよ。気付いてた?」
「目が合ってたからたぶんそうかなって思ってたけど、そう思わないようにしてたよ」
「えーなんで」
「アイドルのコンサートに行ってウインクとかのファンサービスしたときに私に向かってやってくれたって言うファンと似てない?」
「似て……ないとは言い切れない」
「でしょ? そういえば司会の質問に答えるだけって言ってたのに色々とやってたね」
「言わないほうが驚くかなと思って。サプライズ的な」
「ちょっと驚いて……あとなんかちょっと寂しかったな」
「なんでさ」
「なんか須藤君が遠くに行っちゃったみたいで」
「なら来年はミス豊ヶ崎に加藤出ようぜ。俺絶対に投票するから」
「そういう意味じゃなくてね……」
「どういう意味?」
「ううん、何でもないから気にしないで」
昔から時々私は自分の感情がわからなくなることがある。表情に出にくいっていうのもあるけど楽しいとか悲しいとか。でもあのとき私はハッキリと感じて、自覚してしまった。
嘘でも告白をしないでほしい。
嘘でも返事をしないでほしい。
その人は私の──私の好きな人だから。
初めての気持ちだった。喉が渇いて、心臓が強く打ったのがわかった。
今までどうやって話しかけていたのかもわからない。
「来年はさ一緒に回らない? たぶん加藤といるのが一番落ち着く」
「うん、いいよ。こちらこそお願いします」
彼はいつも通りにこうやって言ってくれる。それが嬉しくて、少し寂しい。
もう少し、踏み込んでみようかな?
フォークダンスを一緒に踊りませんか? と言葉にしようと思ったけど、飲み込んだ。
これが私の弱い心というか、恋のもどかしさというか。
──きっとこの関係が壊れるのが怖いだけというのが本心だけど。
でもいつか、私がこの気持ちを口にするときが、そのときが来たらどうか聞いてほしい。君への想いはこんなにもあるんだっていうのを知ってほしい。