今回どうしてもこの話で終わらせたかったのでいつもより2000字ほど文字が多いのと内容が進むのが早いと思います。
少しでも面白いと感じてくだされば嬉しい限りです。
2回の乗り換えをして何時間も電車に揺られてやっと着いた場所はこの辺りでは海の色も景色も綺麗だと言われている有名な観光スポットだった。少し3月という季節外れな時期に来ているのに最近の温度上昇のせいかそこそこ多くの人で賑わっていた。俺たちはホテルの前に着くや否やすぐに海の方に歩き出し立ち尽くす。
「凄い綺麗なの……」
「ことみちゃんは海に来るの初めてですか?」
「うん。行ったことなかったの」
「じゃあ今日はめいいっぱい遊ばないとダメね」
杏の言葉にことみは力強くうんと頷き荷物を置くために一旦ホテルにへと入る。
学生でも泊まれる値段だったのであまり期待はしていなかったのだがフロント1面はとてもオシャレな雰囲気があり宿泊者もかなり来ていた。
チェックインは15時からなので水着と必需品だけ取って荷物を引き取ってもらいさっそく海の方へと向かった。
「ホテルも綺麗だし今日すごく楽しめそう」
「なに椋、めっちゃテンション高いじゃないっ」
「お姉ちゃんも既に楽しそうだよ?」
「楽しむために来てんだから当たり前でしょー。渚とことみなんか見てるだけで楽しいしね?」
「見てて飽きないよね」
前に4人で歩いている女子軍はキャッキャと女子トークで盛り上がっていて全員がとても楽しそうな顔をしていた。
あまり人が楽しんでいる所を見てもなんとも思わないが杏が楽しそうに話している姿は見ていて飽きなかったので後ろから呆然と見つめる。その姿を見ていた春原が退屈そうに俺に言葉をかけた。
「お前、かなり杏にぞっこんだよね」
「あん?」
「恋愛とか興味ねえっ!みたいな態度してたのにさ。今の岡崎がもし藤林杏に振られたりとかしたら凄い見物かもねっ」
「てめえ性格悪いな、見損なったぞ」
「今まであなたが僕にしてきた言動よりかはマシだと思いますけどね……」
まあいいや、と春原はその話題を断ち切ってまた別の話題を切り出す。
確かにぞっこんと言われて否定することはできない、ただそれをこいつに言われるのはどうも気に食わなかった。
適当に春原とだべっていると次第に砂浜に着いており、更衣室の前まで来ていた。すると盛り上がっていた女子たちは急に俺たちの方に向き直る。
「じゃ、私達着替えてくるから。アンタたちすぐ着替え終わるんだし場所取り頼んだわよ」
「うんうんそれは男の仕事だもんね任せてよ!」
「あ、そうそう陽平?すこーしでも私達に下心ありそうな目で見た時は構わずその目ん玉ほじくって一生見えなくしてあげるからね♪」
と、最後に思わず震えてしまいそうな言葉を言い放って女子軍は更衣室に消え去った。
きっと春原はたとえ下心がなさそうな目であいつらを見たとしても蹴られる運命確定だ。行くぞとだけ春原に声かけをして俺も更衣室に入り着替えを始める。
下を着替えればあとはすぐに着替えることができるので春原が来ない内にあまり見せたくはない下の方をさっさと着替えた。
そして俺と春原は着替えを終え場所取りのために更衣室を出て良さそうな場所を見つけ出しそこで杏たちを待つために座った。
「あー早く来てくれないかなあ!ことみちゃんとかさ、ありゃナイスバディでしょ絶対っ。委員長も見物だね」
「お前は水着姿が見れるんなら誰でもいいのな」
「まあね〜。岡崎だって杏の水着姿見たいんだろ?」
「まあ、取り立てては」
「んな興味ねえみたいな反応すんなって!今は素直になろうぜ?」
「……流石に彼女の水着姿に興味無いやつはいねえだろ」
「うんうん、素直でいいねえ。っと、岡崎来たぞ!!」
そのテンション高めの声に合わせて女子更衣室の方に目を向ける。
そこには確かに見知った4人組の女子がこちらに歩いてきておりそれはまた雰囲気が違って輝いて見えた。
というか俺はというといつもと違う杏の姿から目を離せずにいた。少し、いやかなり期待していた水着姿は想像以上で思い切ったのか可愛らしい水色のビキニを着ていた。こんなにも杏の体のラインが分かるような姿を見たことがなかったので思わず喉をごくりと飲んでしまう。そして向こうも俺がずっと見つめていることに対して恥じるような顔でこっちに向かってきていたので思わずお互い目を逸らしてしまう。正直、こいつの水着姿以外他の奴らの水着姿は全くといってほど目につかない。それほどまでにこいつが綺麗に見えた。
春原もきっとことみや椋の水着姿に見とれているのだろう、俺たち男2人は無言で女子軍を見つめていた。
「お待たせしました……って、岡崎さんと春原さん私たちのこと見すぎですっ!」
「え?あ、いや……悪い」
「朋也くんハレンチなの」
「なんで俺だけなんだよ!」
合流した途端古河はあまり露出は少ない水着なのに何故か恥ずかしそうに両手で隠していた。てか、第一ことみや古河の水着姿を凝視しているのは春原の方だろっ。しかも杏まで俺が古河たちの水着姿を凝視していると勘違いしたのかさっきまで合わなかった視線がいきなり睨みつけてきた。まったく非がないのでとりあえず視線を逸らして立ち上がる。
一言、似合ってるとかそういう言葉を言わなくてはならない状況かもしれないがそれを言う雰囲気でもなかった。
「いやでもほんと似合ってるよみんな!さっ早く海入ろうよ!」
「ジロジロ見るんじゃないわよ気持ち悪い」
「お姉ちゃん言い過ぎだよ……ほら、海入ろ?」
「海の中で陽平を沈み込めるのも楽しそうよね♪」
「さりげなく恐ろしいことも言わないでください……!」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと行くわよ!朋也もっ」
「俺は後から入るよ」
俺の言葉に杏はなんで?とでも言いたそうな顔をした。
特に深い事情というのはないが結構長い間電車に乗った後にすぐに海に入るというのは疲れそうなので先にクールダウンをしたかっただけだ。
あとことみがビーチパラソルを持ってきていたらしくこいつらが海に入っている間に立てておきたかった。まあ、さっさと日陰に入りたいってのも理由の一つだが。
なので俺はことみが両手で持っていたビーチパラソルを貰う。
「俺はこれを組み立てておくからさ、その間遊んでおけ」
「いいんですか?朋也くん」
「任せとけ」
「いやあ悪いねえ岡崎!」
「お前は後片付け1人で頼むな、ちゃんとお前だけ残して帰っておくからさっ」
「お前といい杏といい僕の扱い酷すぎますよねえ!?」
ぶつぶつと文句を言っている春原をさっさと海に連れて行ってくれと合図するように俺は杏に目配りをして伝わったのか春原の耳を引っ張りながら4人で海の方に入っていった。
といって組み立てると言ってもすぐに終わる作業なのでさっさとビーチパラソルを立ててチェアに寝転がった。
眠るわけにもいかないので浜辺の方で遊んでいる杏たちを見つめる。
春原を除く女子4人組は海に入って浮き輪で浮きながら会話しているようだ。春原はというと杏にご褒美アリ(本当はない)の命令でもされたのだろうさっきからクロールや背泳ぎなど何故か1人で泳ぎまくっていた。
ていうか、あの4人で話す話題というのは一体どんな内容なのだろうか……想像してみるが全く思い浮かばなかった。ただ言えるのはあのメンツで普通の世間話とかはできねえだろうな。きっと古河やことみがボケて杏がツッコミを入れるみたいな感じだろう。
そうやってぼーっと杏たちを見つめていると目の前に誰かが現れ視界が遮られた。
「今1人なんですかー?」
「あん?」
「睨まないでくださいよ〜。暇そうだったから声かけちゃったっ。ていうか、結構かっこいいね!」
逆光のせいと話し方からして面倒くさそうな感じっぽいので自然と睨みつけるような視線を送った。
見ると俺と同い年か大学生くらいだろうか、女2人のペアで俺の前に立っていた。顔は少し濃いメイクなのであまり分からないが美人な方だと思う。
これ以上絡まれるのは面倒なので杏たちの方へ向かおうと立ち上がる。
「ちょっとどこ行くの?一緒に遊ばない?あ、ていうか日焼け止め塗ってくんない?」
「悪いがあんたらに構ってる暇はなくてな。他を当たってくれ」
「日焼け止め塗ってくれるくらいいいじゃん!」
そいつらを通り過ぎようとしたとき2人のうちの1人が俺の腕を掴んでくる。こういう女ほどめんどくさいものはないな。
軽く舌打ちをしもう関わるなという意志を込めて2人を睨みつけると一瞬びくっと肩が震え掴んでいた手を離す。
そのまま立ち去ろうとするーーーブギャンッッッッツ!
「おわっ!?」
い、今のは何だ!?反射的に避けることができたからいいものの少し反応が遅かったら直撃してるところだったぞ……。
恐る恐るその物が飛んで行った場所を見ると……ええと、和英辞典か??
途端、後ろからものすごいオーラを感じる。いや待てこのことに関しての俺は全く非がないのではないだろうか。ゆっくりとそのオーラか感じる方を振り向くととても笑顔ではない笑顔の杏が立っていた。
「トモヤクーン、何してたのー?」
「………見ての通り休憩だ」
「へーー、こんなに可愛い彼女がいるのに休憩中に他の女の子とイチャイチャしてるなんてなかなか根性据わってるわね〜」
「いやまて杏俺は別に……」
「言い訳なんか聞きたかないわよ!腕まで掴まれちゃってさ嬉しかったんじゃないの!」
「あれはしょうがねえだろ!しかも被害者は俺の方だろっ」
「ああそうっほんとは休憩だって言って女の子にナンパされたかったんじゃないの!」
「そんな具体的な内容で休憩するかよ!」
っと言ったところで少しやばい雰囲気になってしまった。
いつもみたいに言い返してみたはいいものの杏からすればさっきのは本当に嫌だったらしくこれ以上は反論できなくなった。
悪い、と謝ろうとしたが何も聞きたくないのか杏はもういいわとだけ言ってその場を立ち去る。
「おい杏、待てって!」
「離して」
「なんでそんなに怒ってんだよ!あれくらいのことで嫉妬してんのか」
「ーーッ!お願いだから離して」
俺の言葉がまた怒りに触れたのか、今度は思い切り掴んでいた腕を引き離された。
また追いかけてしまうと更に機嫌を損ねる可能性が高いので呆然とその場に立ち尽くす。さっきの2人の喧嘩口調が春原や椋たちにも聞こえていたのだろう、杏が浜辺に戻ると椋が心配そうに近くに寄っていっているところが見えた。
と言ってもそんなに怒ることなのだろうか、いまいち女心というのが掴めない。
今あいつらの所に行ったとしても杏と気まずい雰囲気になるだけなので俺は舌打ちをしてチェアに再び寝転がる。
あいつと付き合ってから何回も軽い喧嘩や言い合いはあるが、はっきりとした拒絶が示されたのは今回が初めてだった。
☆
海で遊んでホテルにチェックインした後も一向に俺と杏が話す気配はなかった。
館内着に着替えてからレストランに夕食を食べに行こうとなったので一旦女子とは別れて俺と春原だけになる。部屋に着いた瞬間春原はすぐに話題を切り出す。
「お前らどーしたの」
「別に」
「別にじゃないでしょ、お前なんかヘマしたんじゃねえの?」
「どうだかな。わかんねえ」
「分かんないって、それが1番ダメなやつでしょ?さっさと仲直りしてくれよーせっかく旅行に来てんのに雰囲気ぶち壊しだよ」
「だったらお前がなんとかしろよ」
「あのねえ、この件に関してはお前らのーー」
そこで、春原の声は止まった。
あまりにも俺が怒りと悲しみの感情で満ちた表情をしてしまっていたからだろうか、春原は俺の顔を数秒間何も言わず見つめてくる。
しばらくその体制が続いたあと、俺は口を開いた。
「……悪い、春原。さっきの言葉は八つ当たりだ」
「いいよ別に。んで本当にどうすんのさ。せっかくの旅行だぜ?このままじゃダメでしょ」
「分かってる、なんとかするよ」
「………あのさ、岡崎。お前ちゃんと杏の気持ち考えてるか?」
「あ?」
「いかにも男みたいな性格してる杏だけどさ、あれでもちゃんと女の子だぜ?」
「……………ああ」
「あいつの気持ちもちゃんと理解するのが彼氏ってやつなんじゃねえの」
……確かに春原の言う通りかもしれない。
これが初めて女の子と付き合ってて女心が分からないっていうならまだ納得はできるが俺は違う。
しかも初めてできた彼女に関しては向こうの気持ちを把握するより以前に最後には最低なことをしてしまい終わってしまった。もう既に罪深い行動をしてしまってるのでこれ以上好きなやつを傷つけるという行為は絶対にしたくなかった。
それが例えどんなに小さな言い合いや喧嘩だろうとも。
そう、例えば俺が言われて気にならないこと言葉があったとしてもあいつからすれば気に入らなくイラッとしてしまうかもしれない。
自分の価値観を相手に押し付けるだけではなく、きちんと相手の気持ちや性格を把握するべきだ。
さっきの海辺での杏との会話を思い出すと、俺は自分の価値観を押し付けて話していたのであいつの気持ちを尊重してなかったんだと分かった今無性に自分に対して腹が立った。
とりあえず無視されてもいいので杏に話しかけよう、こうやって1人で考えてたって何かが変化するわけでもねえんだから。
思い立つとさっさと部屋の中にあった部屋着に着替え出しルームキーを持って玄関まで歩く。
「おい春原早くしろっ」
「ちょっと待てって、まだ何も着替えてないよっ」
「お前いい加減そのノロさ治せよな」
「アンタもそろそろその自己中さ直した方がいいと思いますけどね……!」
まったくその通りだと思うぜ、春原。
レストランに春原と向かうと既に杏たちは前で集まっていた。
少し気まずさと緊張が渦まいてしまったが立ち止まるわけにもいかないので平静を保って近くまで歩く。
すると1番俺たちのことに気づきやすい位置にいた椋が最初に気づきこちらに体を向けた。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です。私たちもさっき来たところですから」
「って待ってよ、女の子の館内着って浴衣だったの!?」
「いやさっきチェックインしたとき思い切り浴衣受け取ってたの見てただろ」
「そうだっけか?もう覚えてないや〜!」
てめえの脳はどっか穴でも空いてんのか。
さりげなく杏を見ると目が合いすぐに逸らされてしまう。だが俺は新鮮な浴衣姿に目を奪われ目を逸らせずにいた。
今日は水着姿や浴衣姿など普段見れない姿ばかり見ているのでもうそれだけでこの旅行は満足な気分を味わえる。まあ、そんな中で1番放ってはおけない問題が発生したわけだが。
既に決められている席まで歩く途中どうやって話しかけようかタイミングをうかがう。
(っていうか、普通に話しかければいいんだよな……)
こうやってこそこそ話しかけるタイミングを狙ってるっていうのは凄い甲斐性なしな気がする。
全員で食べ物を取りに行こうとしたとき、俺は杏の隣に向かった。
「杏」
「っ……!こ、ことみっアンタ変なもの取りそうだから私が選んであげましょうかっ?」
「お姉ちゃん、ちゃんとした所なんだから変なものなんてあるわけないよ」
「あ……そ、そうよね確かにっ。あはは……」
さりげなく話しかけたつもりだが思い切っきり避けられてしまっていた……!杏のやつ一体いつまでこんな態度取るつもりだ?
せっかく距離を詰めたが再び遠くなってしまったのでまた呆然と立ちつくす。椋が心配そうに俺の事をチラチラと見ているので心配するなという意思表示で苦笑いしながらも頷いておいた。
確かにあいつが怒る理由も今となれば分かるがせっかくの旅行なのにこのままの状態が続くというのはどうしても癪に障る。まだ高校生としての気分でいられる今だからこそ、こんな雰囲気でいたくなかった。この旅行でしか作れない2人の思い出も作りたかった。
なので俺は古河やことみと話し込んでいる杏の腕を掴み目を見つめる。
「来い、杏っ」
「え……?ちょっ、朋也っ!?」
杏の腕を掴みながら早歩きでレストランを抜け一旦ホテルを出て目の前にある海岸にへとたどり着く。
もうここまで来た時には何の抵抗も言葉もなかったのでゆっくりと掴んでいた杏の腕を離した。
「悪い、痛くなかったか?」
「大丈夫、そんな強くなかったから」
「そか。なあ、杏………今回は俺が悪かった」
しっかりと目を見つめ、そう杏に伝えた。
謝罪されたということが意外だったのか杏は何も言わず立ち尽くしているのでしばらく待つ。
すると次第に口を開いたので俺は黙って聞いた。
「……私、振られちゃうのかな〜とか思ってた……朋也がそんなナンパじみたことなんかするわけないって分かってたのに、まるで朋也のこと信用してないような言葉言っちゃったからさ……」
そんなわけねえだろ、と反論しようとした矢先、杏の目頭から涙が落ちてきたので咄嗟に言葉を失ってしまう。
今の言葉からして自分自身への自己嫌悪からの涙なのだろう、俺は後ろから杏を抱きしめる。
俺がどうやって仲を戻そうか考えてた分、こいつも自分の悪かった部分を責めてそんな考えを出してしまったんだ。1度そんなことを考えてしまったら抜け出すことは難しいだろう。
レストランで話しかけた時もきっと愛想をつかされたんじゃないか、振られるんじゃないかなと思ってしまったからこそ避けられたのかもしれない。
「馬鹿、振るとかそんなのするわけねえだろ。俺はそんな軽い気持ちでお前のこと想ってねえよ」
「……うん。ごめん、朋也」
「俺も悪かったんだ。ただでさえ日常的に俺の周りって女の子が多いから余計心配させてるだろうしな」
「……それはごもっとも。でもアンタは……私以外興味ないんでしょ?」
当たり前だ、と返答する前に俺は杏の体を向き合わせて軽くキスをした。またいつもと違う心地良さが芽生えもっとしたくなったが我慢し優しく抱きしめる。好きな相手と一緒にいるとこんなにも安らぐのはなぜなんだろうか、出来たらずっとこいつの傍にいたいと思えてくる。旅行前に思っていた一線を超えたい、という気持ちはもうどこかに消えていた。
「ね、朋也」
「あん?」
「これからは今みたいには会えなくなってくるじゃない?それでもさ、私の事絶対捨てないって約束できる?」
「……突然だな」
「即答してくれないのね?」
「俺からはそんなことしない。考えたこともない」
「そっかっ」
その言葉をずっと待ちわびていたかのように返答を聞いた瞬間俺は杏に勢いよく抱きしめられていた。
とりあえず可愛いので抱きしめ返ししばらくその状態を保つ。
さっきも言った通り、自分からこいつを振るということは今ではとても考えられない。それほど今の自分というのはこいつを必要としている、傍に居てもらわないと困る存在ということだ。
最初は全く恋愛という文字さえも浮かばない奴だったのにいつの間にこんなにもかけがえのない人になっていたのだろうか。
(……もしかすると、2年の時からもう俺の気持ちは動いていたのかもな)
と考えるが、そんなことはないなと思考を消し去る。本当の気持ちに気づいたのが椋と付き合っている時なのにそんな前から気持ちが動いていたとしたら流石に鈍感な奴だとしても気づくだろう。
好きになった瞬間がいつかなんて明確には分からない、気づいた時にはもう後戻りくらい気持ちが高まっていた。
もうこれ以上は近くに寄れない距離にいる杏を見て思う。
ーー特定の人をずっと必要とするってのはこんなにも幸せなんだな。
そして次の日も色々と遊び回り、あっという間に卒業旅行が終わった。
杏の機嫌も治ったのでまた再び明るいテンションが戻り思い切り楽しんで帰りは流石に疲れたのだろう全員とも最寄り駅まで爆睡していた。
最寄り駅に着いて重い荷物を持ちながらそれぞれの分かれ道までたどり着く。
もうここで別れてしまうと次いつこのメンツで会えるのか、これで本当に高校生活というのが終わってしまうんだーーという思いをみんな持っているのだろう、誰も喋らずただ顔を見合わせていた。なので俺は、この空気を変えるためにも声を出す。
「……おい春原!お前週1くらいはここに戻ってこいよ、待ってるからな!あと古河っ、お前んとこのパン屋も今度寄るから。ことみもっ、耳が潰れねえ程度ならヴァイオリン聞いてやるからっ。椋は、意外と会うかもしれねえから普通に会ったら話そうなっ」
最後にグッジョブ!のポーズを片手で再現しテンション高めにその場を明るくさせようと努める。
これがつまらないばかりの高校生活を過ごしていたとなればちっとも悲しいや寂しいなどの感情は生まれることはないだろう。だけど俺や春原でも少しは充実した高校生活を送れた気がする、だからこうやって一緒に過ごしてきた奴らと別れることに寂しさを感じていた。
「岡崎、やっぱり僕がいないと寂しいんだねっ。仕方ない、年に1回くらいは……待て、さっきお前週1で帰ってこいって言ったっ?」
「ああ」
「んな帰ってたら僕の給料それだけで無くなるじゃんかよ!」
「お前なかなかの安月給で働いてるのな」
「こんな低脳を採用してくれるだけそこの会社凄いわよ。ていうか本当に公表できる会社でしょうね?」
「今まで僕のことどんな感じで見てたんですかねえ……!?ちゃんとした会社だっ!」
「岡崎さんと杏ちゃん相変わらず春原さんにはいけずですっ」
「いけずはだめなの」
「わ、私もいけずはダメだと……」
「なんか今日は僕の味方がたくさんいるっ!?」
この一連の会話に俺たちはみんなで笑いあった。
今でしかやり取りできない、そんな馬鹿な会話で。
そしてあっという間に春原は仕事のためここからいなくなり、他の奴らも徐々に新生活にへと動き出していた。
現に俺も卒業旅行の後さっさと一人暮らしのためにワンルームの借家を借りて今日から一人暮らしの日々が始まることとなる。
寝室の壁にはいつも実家でかけていた制服ではなくもう既に仕事用のスーツがかけてある。ちなみに就職先からこの家の距離は近く、歩いて行ける距離だ。明日は朝早いのでさっさと寝ることにして電気を消す。
さあ明日からは、社会人生活の始まりだ。
次回からはやっといよいよ本番の社会人編にうつっていきたいと思います…!!のですが来月中盤辺りくらいまでやることが結構あるので投稿また遅くなると思います、すみません(--;)