あの初デートから5ヶ月が過ぎようとしていた。今の季節はもう秋で、改めて時間の流れというのは早いものだなと実感する。
あれからも俺はきちんと学業を真面目にこなしていきテスト勉強にもきっちりと励んだ結果まあまあいい成績を取ることができた。杏は専門学校に進学なのでもうとっくに受験は終わっており椋(椋も専門学校らしい)と買い物に行ったり進路が決まった友達と遊びに行ったりと高校生活を充実している様子だった。
だが、就職組はまだまだ終わっていないわけで内定が決まるその日まで気を抜けないわけだ。もうそろそろ就職組も就職活動が始まろうとしているので杏と会える時間は自ずと少なくなっていくだろう。ていうかまず、あの初デート以来杏の受験が迫っていたのでなかなかデートも出来ずかなり忙しかったので今の今まで特に進展はなかった。そこには少していうか大分不満はあるわけだが……でも仕方ない。少しだけ我慢すれば2人の進路が決まったあとは2人で色々なことができる。
それまで我慢だ、と言い聞かせながら俺は途中だったテスト勉強に再び手をつける。
今の時刻は5時半、俺は1人で放課後の学校に残って就職組からすれば最後のチャンスである定期テストの勉強をしていた。ここで少しでもいい点を取れればいい評価を貰えるのでやっておいて損はない。本当だったらやっと落ち着いた杏と一緒に帰ろうと思ってたのになんで定期テストがこの時期にくるんだよ……。
杏にはやっと落ち着いたんだから少しは自分に時間を使えと言って無理やり帰らせた。それにあいつがいたら絶対に勉強がはかどらなくなってしまうのでそれは嫌だった。
俺がため息を着いた瞬間、教室の扉が開く。
「まだ残っていたのか、岡崎?」
そう声をかけてきたのは智代だった。普段は眼鏡などはかけていないのに今は珍しくかけていたので生徒会の業務中だったのだろうか。
智代は遠慮なく3年の教室にズカズカと入ってきて何をしているのかと机を覗き込む。
「勉強か?」
「ああ、まあな」
「あの時言っていたこと嘘じゃなかったんだな。見直したぞ」
「そりゃどうも。お前はこんな時間まで何してたんだ?」
「生徒会だ。思ったより量が多くてな、なかなか終わらないんだ」
「大変そうだな」
あまり学校のイベントや活動には興味がない俺でも智代がどれほど生徒会長として頑張っているのかは知っていた、それにたまにすれ違う時に見てみても下級生や上級生にも慕われている雰囲気があり正に生徒会長という役柄に合っている人物だった。だから俺はそれを壊したくもなかったのであの桜並木で会った時以降智代には話しかけなかったし話しかけられてもすぐ会話を終わらせた。それでもこうしてこいつは俺に話かけてくれるのでそんな人の接し方も智代が慕われている理由だろう。
今は対して誰も見てやしないので普通に話すことにする。
「お前はしばらく全然私と話してくれなかったからな。これでも寂しかったんだぞ?」
「悪かったよ。でも俺と話してたらお前の印象が悪くなるさ」
「……そんなことで私を避けていたのか?気にすることはない、周りからすれば生徒会長が不良に注意しているとしか思わない」
「そんなもんだといいけどな」
「そんなもんだ。だからこれからは私と普通に話をしてくれ。嫌われてしまったと思うじゃないか」
智代は身を乗り出してそう主張した。確かに自分が関わりたいとか仲良くなりたいと思っている人に嫌われてしまったかもという態度や雰囲気を出されたら誰だっていい気分ではないだろう。一方的に避けてしまっていたことに少し罪悪感が芽生える。だからといって仲良くなりすぎるのもダメよな……流石に杏と付き合っていて他の女の子と仲良くしていたら張本人に絞められる可能性があるかもしれない。
だから適度な距離で今までみたいに会ったら話す、そんな関係を俺は望む。
「分かった、じゃあこれからは智代と会った時とかは話しかけるよ。それでいいんだろ」
「ああ、そうしてくれ。それと岡崎、お前テスト期間毎日残るつもりなのか?」
「そうだが?」
「だったら生徒会の仕事が終わったら手伝ってやれるぞ、お前はまず1年からの基礎がついていないだろうからな。私でも教えてやれるし3年の勉強も少し分かるんだ」
そりゃすごい、ぜひともその脳みそを交換してもらいたいものだ。
確かに智代の話は俺からすればとてもありがたいことだが放課後の教室で2人きりなど彼女がいたらアウトだろう。しかも彼女はもう既に帰らせてあるのにそれなのに他の女の子と勉強をする、そんなことがあいつにバレてしまったらとんでもないことになるので流石にそれをする勇気はなかった。それに杏には変な誤解を与えたくないし困らせるようなことは絶対にしたくない、誰か頭良い男友達がいれば良かったかな……まあそんなことを今更思っても意味無いが。
多分智代はまだ俺と話そうとしているので帰ったフリをして図書館に向かおうと思い支度を始める。
「ありがとよ。でも俺一人でできるよ」
「そうか。……お前はまた、私を避けようとしているな」
参考書や教科書をカバンに詰め込み教室を出る前に智代の顔を見るとなんとも寂しそうな顔をしていた。すこし沈黙の時間が流れたので気まづくなる。
……別に言う必要ねえかなと思って杏のこと言ってなかったが、これは言った方がいいのか?
なんで前より距離を保っているのかは確かに付き合っているんだと言えばすぐに解決するだろう。
「俺、付き合ってる奴がいるんだ。だからだよ」
「そうなのか!?……誰と付き合ってるんだ?」
「藤林杏だ。お前も知ってるだろ?」
「ああ。そうか……あの方と付き合っているんだな」
杏も智代も仲がいい感じではないがお互いの顔や名前は知っているのですぐに認知できるだろう。
俺は教室を出ようと促し教室の鍵を閉める。
「職員室に用があるからそれは私が返しておこう」
「そうなのか?じゃあ頼むよ、ありがとな」
「ああ。彼女さんを幸せにな」
教室の鍵を渡して智代の言葉に俺は頷き図書室に向かった。あいつもこれで避けられているとか思わなくて済むだろう。それに今までの関係と大して変わりはないし俺と話さないくらいで寂しがる必要もないはずだ。それなのに……なんで付き合っているって話したあとも、あいつは寂しそうな顔をしていた?その理由ってのは絞られるわけだが今はそんなことを考えるより以前にしなければいけないことがある。
もう外も暗くなってきているのであまり長居はできない、30分だけでも図書室で勉強しよう。春原の部屋に行ったところで勉強なんかできねえしな、家に帰るってのも嫌なので俺は学校を選んだ。
幸い図書室はまだ鍵が空いていた、ということは誰かがまだ居てるということになり俺はその誰かというのに心当たりはあった。
扉を開けて入るとそこには地面で本を読んでる奴が1名、予想的中だ。
しばらくその子の近くに突っ立ってみるが一向に気づく気配はない。これも前までと変わらんな、俺はもう少し近寄ってしゃがみ込み本を読んでるその子に声をかける。
「一ノ瀬」
「……………」
「ことみ」
「……………」
まだ熱中してるのかこいつはっ。
仕方ない、ちゃん付けで呼ぶしかないのか……。
「ことみちゃん」
「ん…………朋也くんなの」
「久しぶりだな、ことみ」
やっと俺の存在に気づいた彼女は笑うこともなくぼーーっとした顔で俺を見つめた。
こいつとは4月頃にサボる場所を探していたときに図書室で数回話したくらいだった。なので特別親しい関係でもなく会ったら話すくらいの関係。でも不思議と話すのがかったるいとかそういう感情はなかった。
「いつもこんな時間までいるのか?」
「大体そうなの」
「そうか。悪いが30分くらい居座らせてもらうぜ」
ことみがこくんと頷くのを確認し俺は近くにあった机にカバンを置き教科書類を取り出す。
チラとことみを見たが再び本を読み始めたので邪魔をしないよう静かに勉強を始めることにする。辺りは日を浴びているときと違いだんだんと暗くなっており終わっているクラブも多かったので学校自体が静かだった。これならちゃんと集中できそうだーーと思った矢先少し離れたところから視線を感じたのでそちらを振り向く。彼女は目が合うと読んでいた本を地面に置いたまま近づいてきた。
「朋也くんは何をしているの」
「ん?ああ、勉強してんだよ」
「……そこ、答え違うの」
「えまじかっ?」
「そこはこうするの」
どこから取り出したのかは分からないがことみは持っていたシャーペンでその間違っていた問題の途中式を書き出してくれる。見てみるととても分かりやすい途中式であり馬鹿な俺でもすぐに理解することができた。流石優秀なだけあって人に教えるということは非常に上手いのだろう。ていうか、テスト前なのに勉強もせず本を読んでるだけって感じなのになんでこうも差が付くんだ?元からの素質もあるのだろうがこうしてことみを見るとこんなにも勉強をしているのがバカバカしくなりそうだ。そしてあっという間に6時になり俺は帰る支度をする。
「ありがとなことみ 。そろそろ帰るよ」
「また来るの?」
「あー……気が向いたらな」
「分かったなの」
久しぶりに会話をしたことみに別れを告げ俺は図書室を出る。にしても、やはりいまいちどこか掴めない変わったやつだ。気が向いたら行くとは言ったが余程のことがなければ図書室には向かわないだろう、テスト勉強も教室でできるしサボることももうないだろうしな。
もう活動時間も終わったのかクラブ活動のやつらがグラウンドで片付けをしているところを見ながら俺は歩き出す。
ーーそうやって窓を見つめふと校門前を見た時、見知った人物がそこに立っていた。
俺はそれを見つけた瞬間気づいた時にはもう走っていた。この5ヶ月間、一緒にいる時間というものは全然少なかったがどれ程一緒にいてもこの気持ちが薄れるということはなかった。あいつから専門学校に合格したと聞いた時、自分のことのように嬉しくなった。他人の嬉しい出来事を自分も同じ気持ちで祝うことができるようになった。あれ程つまらなかった学校が少しマシになった、少し有意義のある時間を過ごせるようになった。
そう思えることはきっと生きていく上で重要で、俺みたいに何もやる気がなく淡々と過ごしている日々は言葉通りつまらない日々だろう。
だから人は趣味や恋人やら何かと有意義な時間を作ろうとするんだろう。
俺は階段を降りて昇降口を出て走るとそこには校門を背もたれにして立っていた杏がいた。
「杏!!」
少し汗ばんだ顔の汗を拭き取りながら近づく。
杏は俺の存在に気づき駆け寄ってきた。
「おっーそーい!アンタこんな時間までするつもりだったの?」
「お前こそずっと待ってたのかっ?」
「なわけないじゃない。友達と途中までは寄り道してたんだけどさやっぱ朋也と帰りたいなーって思って戻ったらまだ靴あったからさ、待ってたの」
「いつから」
「5時くらい?」
1時間、待っていてくれたということか。
杏が1時間も待つということはなかなかにないことだもし1時間も待たせたものなら恐ろしいことが待っていることだろう。
なので1時間も俺のために待っていてくれたということに嬉しさを感じた。俺は杏の頭をありがとうの代わりにぽんと手を置き前を歩き出す。
待ちなさいよと早歩きで俺のところに駆け寄ってきて杏は俺の腕に腕を絡めた。
「最近涼しくなってきたからまた腕組めるわね」
「夏は暑っ苦しかったからな」
「ね。明日も残んの?」
「そのつもりだ」
「やっとあたしの受験が終わったってのにね〜。しばらくはどこにも行けそうにないわね」
「それが終わったらいつでも行けるさ。だからそれまで待っててくれ」
その言葉の意味がこれからもずっと付き合っていける、という意味で捉えてくれたのだろう杏の組む腕が更に強くなりうんと頷いてくれた。
5ヶ月経ったのだから何か進展はあるはずなのだろうが俺たちはキス以上のことにはまだ進んでいない。
お互いがかなり忙しい状況下だったので2人でいれる時間も昼休みやたまに一緒に帰るくらいしかできなかった。そろそろもっと色んなことがしたいーーとは男の俺は思うわけであるのだが……そういう事も一段落するまでお預けなのだろうか。俺は学校から離れたあまり人目のつかない所に着いた瞬間杏にキスをした。拒む様子もなく杏は俺の腰に手を回し受け入れ態勢に入っていたので構わず続ける。
息が苦しくなってきたら1度呼吸を整えまたキスをして杏の体温を感じる。
「んっ………朋也っ」
「杏っ…………」
もっとこの体温を感じていたい、もっと触れていたいという感情に支配され俺はもっと深くキスをする。
少し回された腕が固まったが拒まれてはいないので続けることにして試しに舌を入れてみることにする。
5ヶ月も付き合ってこのディープキスも数回しかやったことがないというのとは受験でもなんでもない学生からすればなかなか珍しいことだろう。とにかく今の俺は杏にもっと触れたかった。
舌を入れた瞬間びっくりはしていたが同じ気持ちだったのだろうか?その舌に応えてくれるように杏の舌と絡み合う。
……しばらく互いの体温を味わったあと、ゆっくりと口を離しお互い顔を赤くしながら呼吸を整える。
もっと先に行きたい、と毎回キスをする度に出てくる感情が今日は更に強くなっている。もっと杏のことを知りたい、その先というのは俺が知らない杏も見れるわけで。
その感情を紛らわすように杏を抱きしめた。
「悪い、息苦しかったか?」
「そりゃもうめちゃくちゃ。でも朋也とキスしてたらそれに夢中であんま気にすることじゃない……かな?」
「早くお前とずっと一緒にいたい」
「……もうちょっとの我慢よ」
一緒にいれる時間は確実に少ないのになぜこんなにも幸せと感じれるのだろうか?こいつがいればこれからの就職活動も自然と頑張ろうと思えてくる。もう少しで定期テストもやってくるのでしばらくは一緒に帰れるかどうかも微妙なところだろう。だけどそれを乗り切ればきっと楽しいことがあるはずだ。
大手の企業は確実に無理だが生活に余裕は出るくらいの少し大きめの会社に就くことが出来てそして杏とも付き合っていけることができる、そんな未来を本気で願う。
卒業まであともう半年あるかどうか、ここからも俺の踏ん張りどころだろう。
俺と杏は手を繋ぎながら再び帰宅路を歩き出しお互いの分かれ道になった。送っていこうかと聞いたがその時間を勉強時間に使いなさいと言われそれに素直に従うことにした。
「お前結構髪伸びたよな」
「ん?ああそうねえ、朋也が好きなあの時の髪には全然及ばないけどね」
「今のも好きだぜ」
「そりゃあ分かってるけどやっぱアンタが一番好きな髪型にしちゃいたいじゃない?」
「馬鹿。それじゃお前の意思がねえだろ」
「アンタが私のことずっと見ていてくれたらそれでいいの!それに髪は伸ばしたいしね」
杏は少し頬を赤くしながらそう伝えてくれる。
こうやって素直に愛情表現をしてくれたらこっちもある意味恥ずかしくなる、ていうかまじで可愛すぎんか……。正直まだまだ一緒にいたかったが今はやるべきことがあるので欲望を無理やりかき消した。
杏も帰るという行動に躊躇しているのか帰る気配がないので俺は繋いでいた手を離した。
「また明日な」
「……うん。じゃあね、朋也」
名残惜しそうな顔をしていたがやがて笑顔でそう返し杏は自分家の帰宅路を歩いていく。
俺は見えなくなるまでその姿を見送り重い足で自分家に向かうことにする。
家になどこんな時間に帰りたくなかったが逆に勉強をするという状況でいてばいい環境にあそこはなっていた。
常に静かで人はいるが俺に干渉してくる奴はいないので誰も邪魔をしてこない。部屋に引きこもっていたらあいつの顔も見ずに済む。
あともう少しの我慢だ、杏に見捨てられないためにも頑張る必要がある。
俺はダルい気持ちと奮闘し就職活動に向けてのやる気を出した。