「就活生?」
その人は黒髪のロングで筋の通った顔立ちをしていた。一言で言うと美人顔で少しつり上がった目は少しだけキツそうな印象を持たせていたが逆にこの顔立ちからすればこのつり目はチャームポイント的なものになっているのではないだろうか。
服装は仕事の合間なのだろうか、何一つ乱れてないスーツを着ていて着こなし方にもよるのだろうがとてもスーツが似合っている人だった。右手にはコンビニの袋をぶら下げていたのでちょうど昼時なのだろう。
「まあ、そうっすね」
「そっかー!こうやって就活生見ると私も自分が就職活動してる時のこと思い出すなあ」
「……そっすか」
「その制服ってもしかして光坂高校?めっちゃ頭良くない?」
「この辺じゃ進学校っすけど、俺は全然」
「またまたそんなこと言っちゃって。そういう人ほど頭いいのよね」
「…………」
ここで本当に頭が良くないとか言い返しても多分似たような感じの言葉を返されるだけなので会話をのばさない為にも敢えて沈黙を選ぶ。
ここで頑張ってねとかじゃあねなどを向こうから言ってくれればそれで終わったのだが、その人はそんな俺の目論見には気づかずにまた求人募集の紙を再び見だした。………ん?これは果たして帰っていい状況なのだろうか?何も言わないままその紙を見られても帰っていいのかどうなのかという判断が難しくなる。でもこの人が求人募集の用紙を見るってのは転職などを考えている時以外全く読む意味がないわけで、やはり俺に何かを言うために求人募集を見ているのだろうか?
ここで何も言わずに帰る、という雰囲気でもなさそうなので一応近くに立ち続けることにする。少しの間そうしていると、その人の口が開いた。
「私ね、高校の時本当に勉強しない子だったのよね。中学の時までは定期テストとか常に上位をキープしててさ進学校に通ったのはいいんだけど途中でなんだかやる気がなくなっちゃって。なんで私こんなに勉強してるんだろって思った」
「はあ」
「でもその結果、内申も低くて学力もなかったから進学をやめて就職。就職っていっても全然小規模かつ中規模な会社だけどね。でも私は別に過去を後悔してるわけじゃないの」
「……なんでだよ?」
「この職に就くことができて良かったって思えるくらいいい職場先だから!そりゃたくさん勉強してたらもっといい所行けたんだろうけど今の職場は今までの私だったからこそ巡り会えたわけだからね」
「そりゃおめでとさん。んであんた、それを俺に言って何が言いたいんだ?」
初対面の人にこうやっていきなり自分の人生談を語られてもどう反応すべきなのか分からないしそもそもなぜそんな話を俺にする必要があるのか。
勉強してきたしてこなかったとか他人がどうしてきたのかなど知ったことではない、むしろ興味がないのでさっさと帰りたいくらいだ。というかこの人にとっても貴重な休憩時間をこんなくだらない話に費やしているのもどうかと思う。
その人は求人募集の紙に向けていた視線を外して再び帰らせろムードを出している俺の目を見つめ出す。
「その目が気になったからよ。これからの人生に何も期待を寄せてないような目」
「だからって何であんたの過去話を聞かなければならねえんだ」
「さっきから思ってたけど目上の人にはきちんと敬語を使いなさい。将来困るわよ」
「少なくとも今初めて会ったばかりの人に指摘される必要のないことだ」
「ふっ………!確かにそうね?まあとりあえずさ、今の自分は落ちこぼれてるとかそう思い込んでるのならすぐにそんな考え消しさない。あなたの未来なんかまだまだ可能性あるじゃない」
……本当になぜ俺は初対面の人に説教じみたことを言われているのだろうか。
とりあえずこの人が言いたいことっていうのはこの人自身が高校時代の時に自分は落ちこぼれだとか思っていたのだろう、でもそれでも今は納得できる職業に就くことができたから俺にもそういう自己否定的なことは思わないでやりたいことをやれ、みたいな感じなことを伝えたいのだろう。
確かに自分のことを過小評価していることは認める。だがそれを別に改めようとかは思わないしまして希望など何に対しての希望を見い出せばいいんだ。
杏と出会い付き合って中途半端な自分というのには納得がいかなかったから今こうして勉強に励んでるのはいいが先に対しての希望があるわけじゃない。前までの状況で就職活動に行っても内定が貰えるかどうかもあやふやだったのでせめて貰えるように頑張ってるだけだ。
「……あんたの過去の話はよく分かったよ。だから帰っていいか?明日もテストなんだ」
「あ、そうだったの!?ごめんごめん。じゃあこれだけ」
そう言うとその人は小さめの財布から白い紙を取り出して俺に差し出してきた。
それを受け取り見ると《桜坂電気株式会社 鈴木 美耶》と書かれた名刺だった。いや、なんで名刺なんだ?今までの会話に名刺を渡されるような会話をしただろうか……?
「なんだよ、これ?」
「名刺よ名刺。勤めてる会社の」
「それくらい見りゃ分かる!なんでこれを俺にってことだ!」
「あんまり行きたいところないんだったらウチはどうですか?っていう紹介かな」
「俺が?」
「うん」
「あんたがいるここに?」
「す・ず・き・み・や!あんたじゃない」
「……あんた分かってんのか?俺みたいなやつがそこに就職するってことだぞ」
「なにその過小評価っ。勿論ダメだと思った人になんか名刺渡すわけないじゃない」
いや、今までの会話でなんで俺がダメなやつではないという部分があったのか逆に教えて欲しい。他人という関係性だがまず年上という時点で敬語を使ってないのは社会人になるためには基本中なことだしあんた呼ばわりなど尚更ダメな社会人だろう。俺が面接官とかだったら絶対そんな奴採用したりしねえな。
だからこの人がなぜ名刺を渡してきたのかが全く分からない、そして同情とか可哀想だとかそういう同情の類で渡してきたという感じでもなさそうだ。俺は再び桜坂電気会社と書いてある名刺を見る。
名前からして電気会社なのだろう、聞いたことはないので小さい株式会社だろうか。ていうかそもそも電気会社というのは具体的にどんな仕事をするのか全然知らないのでこんな状態で面接に行っても冷やかしに行くだけなんじゃないのか。
さっさと帰りたいので適当に近くのポケットに名刺を突っ込む。
「頑張ってね、テスト。あと学校生活ももう少しなんでしょ?楽しみなさい」
「あんたももたもたしてたら昼休み終わるぞ」
「やばそうだった……!じゃあねっ?また会えたらいいね」
その人は手を振りながら早足で駅前を去っていった。
俺は深いため息をつき、ゆっくりと家の方向へ向かう。
とにかくよく喋る女だった、あれはすごい苦手な感じの人だ。
(ああ……杏に会いてえ)
毎日会っているはずなのにこんなにも溢れ出てくる感情は本当に初めてだ。しかも今日はあいつの誕生日プレゼントも買った、だから尚更これを渡した時の杏の表情が見たいのだ。
さっきまでの憂鬱な気分も少し晴れそうなので家に着くまでずっと杏のことを考えておこう。
さっき会った鈴木美耶という変な女のことは忘れよう、もう一生会うこともねえだろうしな。
少し、重かった足取りが軽くなった気がした。
☆
次の日、ついにテスト最終日を迎えると同時にもう少しで就職活動が本格的に入るんだなと自覚する日になった。
普通ならテストから解放され嬉しい気分になるはずだがこの先はもっと大変な時期になるので憂鬱なのには変わりはなかった。
朝に軽く最終日の科目の復習をして身支度をして親父をスルーし家を出る。やはりこの早起きする生活習慣というのはいくら続けてもきつい、少し布団に入っただけでもすぐ寝そうだ。
もう勉強というものに向き合うのはうんざりだ、このテストが終わったら一生向き合いたくない存在になるだろう。そしてさっさと卒業して就職して………そう考えると、俺の人生ってのはとてつもなくつまらなく感じてしまいそうになるので考えないようにする。
そんな思考を巡らせながら桜並木の道にさしかかろうとした時、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
その愛しい声に咄嗟に反応し、ようと声をかける。
「おはよ。ていうかアンタほんと最近早いわねえ、急に真面目くんになっちゃって」
「つっても今日までだけどな。明日からはまた遅刻の日々だろうぜ」
「まだ就職活動も始まってないのにダメでしょーが!もう内申つけられないから何しても大丈夫だと思って遅刻とかそういう社会的にしてはいけないことする奴が大体痛い目見るのよ」
「じゃあ残念ながら俺はその痛い奴ってことだ」
「この私の彼氏が痛い奴ってうわもうそりゃ最悪ね」
杏はジト目で俺の事を非難しながらその痛い奴の手を取って自分の手に絡めた。
そして自分の体も俺の方に寄ってかかりまるでずっと離さないわよと言わんばかりに密着していた。毎回これされる時思うがこうやって密着されると自然と杏の胸が身体に当たるのでなんとも言えない気持ちになる。妹の椋に比べると確かに大きさは劣るが小さいとも言えない。よし、下駄箱までだろうがちゃんとこの感触を覚えておこう。
「ね、朋也っ。放課後どっか行かない?」
「いいぜ。久しぶりに地元うろついてみねえか?」
「久しぶりにそれもアリね〜、そうしましょ」
テスト最終日なので終わったあと気晴らしにデートに行こう、という気持ちもあるのだろうが多分杏は誕生日というイベントに俺が何をしてくるのか楽しみにしているのだろう。だからわざと自分から今日誕生日だとか言わないしそれで俺が杏の誕生日に何もせずにいたらただじゃおかないはずだ。さっきからのこの嬉しそうな顔がなによりも今日という日を楽しみにしていると分かる証拠だ。
問題はいつ渡そうか……デートの帰りに渡すのがやはり1番無難だろうか。あとやはりこういう特別な日には飯なども奢らないといけないのだろうか?だとすると昨日の誕生日プレゼント代も含めると俺の所有額がだいぶきびしくなる……。バイトなどをしてたら別だがここは仕方ない飯代は払ってもらうことにしよう。色々考えているといつの間にか下駄箱に着いていたらしく靴を履き替えるため自然と杏の腕が離れた。
「アンタもこれから忙しくなるし今日はできるだけ遅くまで一緒にいない?次いつ出かけられるか分かんないしさー」
「ああ、そうだな」
「やたっ。んじゃテスト中寝るんじゃないわよ?」
おう、と軽くだけ返事して教室前に着き杏と別れた。
相変わらずもう既に人でいっぱいの教室の中に入り1番端っこの窓際の席にへと向かうことにする。すると、自分の席がある列の1番前に座っているやつが参考書に向けていた目をこっちに向けた。
「岡崎おはよー。最近早いな」
「あ?あぁ……そうだな」
話しかけられると思っていなかったのでつい素っ気ない言葉で返してしまった。最近真面目に授業も受けサボることもなく学校生活を送っているからか前みたいに周りから避けられる、という雰囲気が無くなっていた。こうやって挨拶を交わす程度の仲の奴も数人できたしクラス全体が俺に対しての見方が変わったかのように思えた。挨拶程度でも話す相手がいるということは気分は悪くはないし今思えば俺も他人と関わることを避けていたので余計クラスのやつらにとっては関わりたくないやつだという印象を強めていたのだろう。そんな挨拶の光景を見てる奴が1名、俺はそいつの近くにへと歩き出す。
「朋也くん、おはようございます」
「ああ。上機嫌だな」
「最近朋也くんが色々な人と関わっているのを見て嬉しいんです」
「お前が嬉しがることじゃないだろ」
「いえ、嬉しいです」
杏の双子の妹、椋は心からそう思ってくれているのだろうなと思える笑顔で返してくれる。そんな椋を見て自然と俺も笑みがこぼれた。
こうやって周りのやつらがだんだんと話しかけてきてくれたのは椋のおかげでもあるはずだ。2人が話しているところはちょこちょこ見かけたりしているはずなのでそれで俺の印象が少し柔らかくなったのもあるだろう。クラスや授業のことで分からないことがあった時、一定の人には聞ける雰囲気になっていた。
「椋が俺と話してくれてたおかげでもあるぞ。お前と話してなかったら今みたいにはなってない」
「そ、そんなことないです……!結構朋也くんと話したい人多かったんですよ?」
「へえ。俺とねえ」
「……朋也くん信じてないですよね。本当なんですよ?特に女子とか……」
そりゃ大した物好きがいるものだ、俺だったら印象悪い不良生徒なんかと話したくはないって思うけどな。
だけどまあ、こいつが言っていることなんだし信じておこうか。
こんな感じで俺たちは別れたあとしばらくは気まずい雰囲気が漂ったが、次第に気を遣わない友達みたいなのに変わっていった。別れた直後、椋に友達として仲良くやっていきたいと言って本当に良かったと思える。『信頼できる女友達』今の俺と椋の関係はまさにそんな関係だと思う。
「とりあえずテスト頑張ろうぜ。もう専門決まった人からすりゃあんま意味無いテストだろうけど」
「でも今回、私結構頑張ったんです。高校生としての最後のテストだから悔いのないようにしようと思って」
「さすが委員長だな。俺も頑張るよ」
「朋也くん最近すごい頑張ってるのでいけますきっと。頑張ってください」
こうやって誰かに応援されると本当に頑張ろうと思えてくるのは何なのだろうか。それが自分と仲のいい人からだったりすると余計その気持ちが倍増する。
応援してくれる椋の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫で俺は席にへと歩く。少しやる気が出た気持ちのままにあとチャイムが鳴るまで5分程の猶予しか残されてないが最後の確認チェックをする為に参考書を開く。別に高得点を目指してるわけでもなく言えば欠点回避の為に頑張っているという状況だが、全く焦る気持ちはなかった。理由は1つ、俺が俺自身を頑張ったと認めているから別に何点でもいいと割り切ってるからだ。
こうやって何かに取り組むことはめんどくさいことでないと久しぶりに感じた。
そして、高校生最後のテストが終わった。
1年生から3年生までの何回も繰り返された定期テスト、その最後の2回だけを真剣に取り組みこれから就職活動にへと移り変わる。
答案用紙や課題物も提出しやっと一段落つけるので軽く伸びをした。
結局最後の定期テストに春原は一限も来なかった。あいつの場合俺より遅刻頻度が高かったり来ない回数が多いので今さら何をどう頑張っても意味が無いとでも思っているはずだ。卒業したら地元に帰るとかなんとか言ってたので就職はそっちでするのだろう。だとするともうじき就職活動が始まるわけでありあいつはきっと地元に戻るはずなので2人でバカできるのは本当に少ない時間しか残っていない。
ほかの人達もそうだ、これからは自分の人生を歩むためにバラバラになる。
ーー少しだけ、寂しく感じた。
卒業する、ということに関しては全く何の感情も抱いてないが大切な人たちと別れるという面ではそんな気持ちが芽生えた。
(ま、春原に関しては一切そんな気持ちねえけどな)
逆にこの辺りにあいつが就職してほぼ毎日会うみたいな状況の方が嫌だしな、せめて1年に1回くらいで充分だ。
そんな色んな考えを巡らせて校門の近くの壁に身を寄せているとやっと待っていた人物が横に来た。遅いぞ、と一声かけるとそいつは笑顔でごめーんとだけ言い自然と俺の腕に掴まる。
「おい杏、本気で謝ってねえだろ」
「ん?当たり前じゃない、それともなにアンタ私の彼氏なのにこのカワイイ彼女のこと待てないわけ?」
「痛えって!腕そんなにきつく掴むな!」
この暴力癖とすぐにえげつない発言を言うことをやめてくれればもう最高なんだけどな。だが、そんな一面を持っている杏も嫌いではない。
今から始まるデートもきっと楽しいものになるはずだ。