就職活動が終わってからというものあっという間に卒業の日がやってきた。俺たちは卒業式をするため講堂に移動し、後ろには保護者、前の方に校長や教頭、左右には担任の先生やPTAに加入している人達が揃っていた。
本当は卒業式などだるいだけで出席する意味もないので春原とサボろうかと話していたのだがちょうど近くに杏がいて見事に引きずり戻された。杏は体育の時くらいしか見かけないポニーテールで卒業式に出席していたのでそれを見られたのはいいがさっきからだるいという気持ちが強く残り続けている。
(なんで俺はここにいるんだ……今からでも抜け出せねえのか)
やはりどうしてもこういう学校行事というのは性にあわない。こうやって人の空気ばかりが漂っているところに居続けるよりは適当な場所で適当に過ごした方が居心地がいい。その輪からはみだしていた俺にとっては苦痛でしかなかった。
ちらっと春原のいるところを見ると同じことを考えていたのだろう、つまらなさそうな顔でこっちを見ている。
そして目が合った瞬間も、きっと同じことを考えているはずだ。
((まだ今だったら抜け出せる))
講堂に足を踏み入れそうになる直前に俺と春原はみんなとは真逆に方に足を向き直し早歩きで講堂とは無縁の場所に行こうとする。
「おいこら岡崎!!春原ァァ!!」
幸いにも生活指導の奴らなどは講堂の中に入っていて次々と生徒が入ってくるので出るにも出られず叫ぶだけで追われずに済んだ。
「はは、やっぱチョロいねうちの生活指導はさ」
「お前何度も捕まってるけどな」
「はっ、あんなの仕方なく話だけ聞いてやっただけさ」
どこからそんな自信ありげの言葉が出てくるのか不明だが言い返すのが面倒なのでスルーして先々と前に進む。
春原は無事卒業式を抜け出したことが嬉しいのかのんきに鼻歌を歌いながら付いてきていた。ていうか、よくこいつはきちんと卒業できたものだ。留年してもよい成績と態度を取っているのにこうして無事卒業できているというのは本当に奇跡だろう。
まあ単に仮にこいつが留年しても問題児が学校に居座っているだけなので学校側が仕方なく卒業させたのかもしれないな。
「てかお前いつ金髪に戻したんだよ?」
「地元からこっちに戻って来る間に戻したんだよ。金髪なんか今しか出来ないしね」
「あのだせえ黒髪よりはまだ金髪の方がマシだぜ!」
「その言い方だとどっちもひどいように聞こえるんですけど!?」
「え?その金髪はその最低最悪に似合わねえ髪色を少しでもマシにするためにしてたんじゃないのか?」
「あんたほんとひどいですね……!?今まで僕の髪型のことずっとそんな風に思ってたのかよ!」
「当たり前じゃん」
自分ではその金髪頭は最高にイケてると思っていたのか途端に春原の絶望の声が辺りに響いた。
流石の春原も金髪のままで面接に行くというのはまずいと思ったのかしばらくの間黒髪に戻していて当然のごとくその姿を見て俺や杏は大声で笑っものだ。
つい最近こいつも地元から帰ってきたばかりでしかも学校に行く必要も特になかったので卒業式まで見事に春原は学校には来なかった。なのでこいつとこうしてきちんと会話を交わすのも久しぶりだった。
中庭まで移動し、誰もいない静かな場所に俺と春原は芝生の上に寝転がる。
最近授業をサボるということがなかったのでこうやって中庭で寝転がるというのは本当に久しぶりだ、しかも明日からは中庭に行く機会もなくなる。これからはサボることもできずただひたすら働くということを考えたら、社会人になるということが少し億劫に感じてしまった。
「お前らって卒業したら同棲とかするの?」
「あ?特に考えてねえよ」
「ふーん。他の男に取られるんじゃないぞ?杏って確か専門学校だったよな。周りに男なんかいくらでもいるだろうしさ」
「そんときはそんときだな」
「そんときって……取られてもいいってこと?」
「そういうわけじゃねえよ。ただ俺以上に好きな奴が出来たってんなら無理やり引き止めたりはしない」
「それってなんか、優しいフリして逃げてるだけだよね」
「………そうかもな」
結局、俺は椋を振ったあの日から何も変わってないのかもしれない。どちらかを傷つけてしまうのをただ恐れて大事なことをずっと先延ばしにして結局は自分の身を守っていたのかもしれない。今だってそうだ、もし杏が他のやつに目を向けてしまってもこのまま交際を無理やり続けるということはしないだろう。自分の意思だけ物事を判断しているのだ。勿論藤林杏という存在は今の俺にとって必要不可欠な存在でありかげがえのない人になっている。
だけどそれは自分だけの意思でありあいつはそう思ってないかもしれない。いや、本当は普段のあいつが俺にしてくれる行動でどう思っているのかなどは分かっている。俺は少し、自分に自信がないんだな。
適当に春原とだべっていると卒業式が終わったのか、次々と生徒が出てき始めた。
中庭も友達とゆっくり話したり写真を撮ったりするには絶好の場所となるのでだんだん人が集まり始めてくる。プラス子供の卒業姿を見に来ている保護者もいるのでここは騒がしくなるだろう。
「おい春原、どうするよ」
「僕たちがここにいたって特にすることないもんね。でも岡崎、杏はいいのかよ?」
「あいつのことだから誰かと話してんじゃねえか」
「残念、さっきちゃんと卒業式に出ろって伝えたはずなのに何故か途中でいなくなってるお馬鹿なトモヤくんとその隣のヘタレに真っ先に会いに来ちゃったわ♪」
後ろからその声が聞こえた瞬間、心臓が一瞬止まったかのように俺と春原は体が固まった。恐る恐る振り返るとそこには笑顔でいたが見るからに怒りのオーラが出ている杏と隣でいつも通りオドオドしている椋、そして古河やことみもいた。
杏は大股で近寄ってきた瞬間思い切り俺と春原の片耳を思い切り引っ張りだす。
「ちょっ!!痛い痛いやめてくださいお願いします!!!」
「んーなんてー聞こえなーい??」
「おい杏悪かったから離してくれ……!!」
やべえ、耳を本気で引っ張られたらこんなに痛いのかってくらいに痛すぎる。
杏はまるで俺の言い分など聞かずに睨みつけながら遠慮せずに引っ張ってくるので近くにいた椋や古河が止めに入ってくる。
「お姉ちゃん流石にもうやめてあげようよ……!」
「そうです、岡崎さんと春原さん凄く痛そうですっ!」
「なんか私がいじめっ子みたいね……まあいいわ。アンタ達2人に感謝しなさいよ」
流石に2人の言葉には弱いのかやっと片耳が解放される。春原の片耳を見ると既に真っ赤だったので俺の耳もそれくらい赤くなっているだろう。ていうか、本人が言っている通り充分いじめの範囲にいってると思うんだが。
「朋也くん、大丈夫なの?」
「ん?ああ……生きてはいるぞ」
「杏ちゃんやっぱり怖いの」
「ことみー?怖がらなくていいのよ、全部こいつらが悪いんだから」
さっきから後ろにいたことみに対して杏はさっきまでの雰囲気を消し去り抱きつく。それでことみも安心したのか嬉しそうな顔で手を回していた。ったく抱き合っただけでマイナスな印象ってのは消えるのかよ?女子というのはある意味怖い。
「んで僕たちに何の用だよ?早く帰りたいんだけど」
「陽平には用はないわよって言いたいところだけど、ちょっと提案〜」
「えなに、楽しいことっ?」
「ええ充分楽しいわよっ。ここのメンバーで卒業旅行行かない?2泊3日で!」
………いや、マジかよ何故そうなった。
杏と2人だけで旅行に行くのならまだしもなぜこのメンバーなんだ?正直言ってあまり行きたいとは思えない。
そしてその気持ちが出ていたのかさりげなく杏が俺の方を見た。きっとこいつも俺がこういうイベントにあまり興味がないことを分かっているだろう。それでも誘ってきてるということはそれぐらい行きたいという気持ちの現れであり、その彼女の願望をただ行きたくないという理由だけで断る気はなかった。現に春原なんか面倒くさがるどころかすげえ乗り気な顔してるしな。
「いいんじゃないか。 ただ2泊もするんなら安いところしか行けねえぞ」
「そこはちゃんと分かってるわよ。椋が事前に安くて学生でも行けるところをピックアップしてくれてるからねっ」
「へえ〜やるじゃん委員長!ねえもう近いうちに行っちゃおうよ!」
何気春原が1番楽しみにしてそうだよなこれ。
そこからはだんだんと会話が盛り上がっていき海がいいや田舎辺りがいいやと少し意見が分かれたりしながらも結局は海が近くにあるホテルに泊まろうということになった。
ある程度まとまりがつくと女子軍(と言っても杏や椋)はまだ仲の良かった人達とちゃんと話していないということで先に帰っててと促された。
「ねっ朋也」
「あ?」
「ほんとは一緒に帰りたかったんだけどどうしても仲の良かったグループで帰ろって話になっちゃってさ。だからごめんね?」
「気にするな、そいつらとはこれからいつ会えるか分からねえしな。俺らは旅行もすぐに行くんだからまたすぐ会えるだろ?」
「うんっ、そうね。陽平誘ったのもアンタ1人だけだと可哀想かなと思って誘ってあげたんだから感謝しなさいよ?」
「あのめちゃくちゃ丸聞こえなんですけど……!?」
最後の春原の嘆きは無視して杏は少ししてその場を離れた。
これからはもう二度と学校へと続くあの桜並木の道も他の道も一緒に歩く必要がなくなるのか。
やっぱり最後にもう一回杏とあの道を歩きたい、という気持ちが芽生えてしまったがこればかりは仕方がないので無理やり欲望をかき消す。それにこれからまた作っていけばいいんだ、あいつとの日常的な何かを。そう思うとこれからの人生が少し明るく見える。2人だけで行くわけではないがきっと卒業旅行も楽しいものになるんじゃないだろうか。
(ていうか、そろそろ一線超えてえよな)
逆にもう少しで1年ってところまで付き合っててディープキスしかしてないっていうのは遅すぎはしないか?特に友達もいないので同世代のカップルがどれ程そういう事が進んでいるのかというのがいまいち把握しがたい。
特に焦るほどのものではないしお互いの意思を尊重し合わなければならないことなので無理やり迫るということはしたくない。だからそれっぽい雰囲気が出るまで待ってはみたが結局はキスで止まっていてそれ以上がない。まあとりあえず現地でどうなるかだな……。
「はあ。帰るか、春原」
「そうだね〜いやついに僕にもモテ期到来かなー!」
「お前相変わらずアホだな。古河とことみも帰るか?」
「すみません、私もうちょっとだけ校舎を見て回りたいんです。ことみちゃんも一緒にどうですか?」
「一緒に行くの。バイバイ、朋也くん」
「ああまたな」
「あの綺麗に僕だけスルーするのはやめてくれるかな?」
俺は落ち込んでる春原を無理やり引っ張りながら歩き出す。
しばらくして春原の制服を掴んで前に突き飛ばし1人で歩かせるようにした。
「お前1人で歩けやしないのかよ」
「前から思ってたけどあんたらほんと僕の扱い酷すぎません?いじめの範囲入るぜこれ」
「大丈夫、春原陽平という人間らしい名前をしているが実は人間になろうと日々頑張っている猿なんだ」
「どっからそんな外れまくった設定が出てくるんですかねえ!?」
せっかく爽やかに言ってあげたのに本人は納得いかない様子だった。
そして特に思い入れもない校門を抜けて桜並木をくぐり抜ける。学校という1つの環境が終わることに対して特に何も思わなかったので、この卒業式もああやっと終わったんだなとくらいしか思えなかった。この高校に入学するまではやる気に満ち満ちていたがそれもすぐに消え去り後は堕落の日々が待っていただけ。だけど一つだけこの高校に通ってよかったと思えた事がある、それは今まで関わってきてくれた人達との出会いだ。もし違う選択をしていてこの高校を選んでいなかったら杏は勿論椋にも古河にもことみにも春原にも、そして最後には関わりをたくさん持ったクラスメイトとは出会うことがなかったはずだ。つまらなかった学校、行く意味もなかった学校、何一つやるべきこともやりたいこともなかった学校。そんな中で学校に行っていたのはやはりそいつらがいてたからだったからだろう。なので俺は少しだけ、学校という建物に感謝した。ここがなければ杏たちに出会うことはなかっただろうから。
✩
卒業してから約1週間、大体はこの時間からは春原の部屋に行っていつもみたいにダラダラしている頃だったが卒業して以来そんな機会もなくなった。そして今日から2泊3日の卒業旅行なので6時半にセットしていた目覚ましで起き昨日適当に入れておいたトラベルセットを一応確認しておく。まだ時間に余裕はあるので2度寝しようかと思ったが真面目に遅刻しそうなのでやめておく。
俺は机の上に何枚か置いていたプリントを手に取り読み始める。
そこには空き室と書かれたここの地域では安めの家の詳細が書かれていた。卒業してからというもの特に行く場所もなくこのままではずっと家に居てしまうことになりそれだけは嫌だったので商店街の不動屋さんに訪ね何枚かオススメの部屋を紹介してもらった。ちなみにまだ春原は卒業してからも1週間は寮にいれるらしく翌日向かったのだが掃除や荷物まとめるのが大変だから頼むから今はやめてくれと言われ仕方なく自宅にいることしかできなかった。なので春原とはこの卒業旅行が終われば地元に帰ってしまうのでしばらく会えない。そうなってしまうと何もない日もこの家にいなくてはならないことになってしまうのでさっさと飛び出して行きたかった。ちなみにもう本命候補は昨日の夜決めたのであとは電話するだけだ。だから旅行から帰ってきたらさっさと不動屋に電話して契約させてもらおう。
一応考えをまとめたのでプリントを再び机に置きそろそろ時間なので荷物を持って家を出る。
集合場所は駅前なのでそこまで時間もかからず行けそうだ。
しばらく無言で歩き続け駅前に差し掛かった時、見覚えのある頭が登場する。
「椋、1人か?」
「えっ?あっ朋也くん……!おはようございます。お姉ちゃん準備に支度かかっちゃって先に行っててって言われたんです」
「なるほどな。まあとりあえず切符だけ買って待っておこうぜ」
「そうですね」
あいついつものデートなら10分前には既に来てんのに泊まりとなると遅くなるのな。
駅の方に歩こうとすると椋は大きめの自分の荷物を持ち上げようとしていたので俺はそれを阻止する。
「重いだろ、持つよ」
「い、いいんですかっ?」
「隣で重そうに持っている奴を見ながら歩く方が見苦しいからな」
頬が赤くなっている椋の返答を待たずに俺は荷物を持ち上げ駅前にへと向かった。時間的にもちょうどいいのできっと誰かいるだろうと思って周りを見渡すと、そこには古河とことみと意外にも春原も来ていて切符売り場の前で待っていてくれていた。
「いやー女の子2人に対して僕1人ってなんだかいい気分だねえ!」
「それも今終わったがな」
「うわっ岡崎!?もう来たのかよ!」
「そろそろ着かなきゃいけない時間だからな」
「おはようございます、岡崎さん、椋ちゃん」
きっと春原の相手をするのに大変だったのだろう古河の顔が俺たちを見つけた瞬間ほっとした表情になっていた。
椋も古河とことみに挨拶を交わして時間帯的にもそろそろ電車に乗ろうとしていた時間だがあと一人がまだ来ない。
「おい岡崎、杏はなにしてんの」
「俺に聞かれても知らねえよ」
「あいついつも僕達のこと散々言ってるくせに自分が遅刻するってどういうーーブホヘッッッゥゥ!!!!??」
今なんか辞書みたいなんが春原に直撃したような……??しかも完全に沈黙してやがる。その瞬間の出来事に俺たちは固まり、次第に改札とは逆の方にへと顔を向ける。こんなことをするのはただ1人だけということを知りながら。
「ごっめーんお待たせ!!あと陽平ごめんねえ?なんか私の悪口言ってるような気してさー」
そんなこんなで、俺たちの卒業旅行は始まった。