勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる   作:主(ぬし)

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活動報告でもお伝えしましたが、先月、子どもが生まれました。更新速度が遅くなると思います。この『女騎士になる』についてはほぼ出来ているので、あと2話ほどで切りをつけて終わる予定です。


12話

()()()()()()()()()()()()!?まさか、そんなことが……」

「しかし、私の傷が何よりの証だ。見給え、リン神官」

 

 顔面のほとんどを覆っている血の滲んだ包帯を肉厚の手で無造作にめくる。「うっ」という呻きを漏らしたのは、私だったのか、魔法使いの少女だったのか。おそらく両方だろう。まるでカマイタチのように鋭く迷いのない傷跡は、司祭の顔の左側を縦一直線に切り裂いていた。導水渠のように深い切傷によって左目は完全に潰れ、べこりと凹んだ瞼の隙間から眼球を構成していた辛子色の液体が粘っこく糸を引いてドロリと流れ出ている。顔面のいたるところに細かい石つぶてが食い込んでいて、まるで船底のフジツボのようだ。大急ぎで処置したらしい荒い縫合痕は古岩に走るひび割れのようで、見ているだけで怖気が走る。

 光量乏しいロウソクの明かりの下で、お世辞にも美形とは言えない彼の顔貌にあってこのおぞましい傷跡が加算されては、常人には直視できるものじゃない。

 

「な、なんて酷い……!」

 

 逆流してくる胃酸を喉輪を締め付けてなんとか呑み下し、私はマドソン司祭から青白い顔を逸らした。逸らした先ではハントの無表情と顔面蒼白な魔法使いが並んでいる。一方、剣士の家系に生まれた武闘家は剣による裂傷を見慣れているらしく、その傷をまじまじと凝視する胆力が備わっていた。

 

「その傷、手練だな。しかもかなりの手練だ。太刀筋が一ミリだってぶれてねえ。こんなこと、『赤の団』の連中にも出来る奴は少ないぜ。並大抵の腕じゃなかったろ、司祭さん」

「ああ。その通りだ。凄まじい剣の使い手だった。コリエル神の御心によるお救いがなければ、私の頭はとっくに二つと分けられていただろう」

 

 司祭が汚れた包帯を背後の僧兵に渡す。僧兵は優秀な召使い(ポーター)のように清潔な包帯を懐から取り出し、司祭の傷跡を丁寧な手付きで再び覆い隠す。刃傷の手当てがやけに手慣れているけれど、野生のモンスターや野盗が多い地方の僧兵にとっては慣れたものなのだろうか。

 無残な顔の左半分を器用に隠したところで、私と魔法使いはホッと安堵の息を吐いた。

 たしかに言われてみれば、その縦一文字の太刀筋からはまったく迷いというものを感じられなかった。斧で薪を割るように真っ直ぐに振り下ろされた剣筋は、ハントの得意とする大上段斬りを連想させる。

 

(姫様の近衛騎士に、そんなに腕の立つ者がいたなんて)

 

 大上段斬りは、クリスとハントが一緒に考えて身に付けた必殺技だ。大抵の魔族の魔力障壁では防ぐことの出来ない、勇者の膂力を最大限に活かした一撃。その強烈無比な攻撃と同じくらいの冴えを一介の騎士が持っているなんて。それに、マドソン司祭はよくそれを回避できたものだ。常人が避けられるような甘い攻撃ではないのに。本当に神のご意思が働いたのか。

 

「で、でも、ルナリア姫殿下は心優しいお人だって、父ちゃ───お父様から聞いたことあるわ。そんな人が、よりにもよって王立教会の司祭を害するなんて」

「ええ、にわかに信じがたいことです。何があったのですか?」

「うむ。神の啓示と言えばいいだろうか、何やら胸騒ぎがしてな。昨夜、森の奥に足を運んでみたのだ。すると姫様一向に偶然遭遇した。どうされたのかと話しかけたのだが、姫様は狂乱状態で、会話にもならなかった。様子がおかしいと思ってさらに説得を重ねようとしたら、これだ」

 

 芋虫のように太い指が己の顔面の前でひらひらと振られる。新品の包帯にじんわりと赤が滲んでいくマドソン司祭の痛々しい顔を見て、またもや気分が悪くなる。凄まじい激痛だろうに、どうして平然と会話ができるのだろう。その常人離れした胆力に寒気すら覚えながら私は質問する。

 

「殿下はどうしてそのような蛮行に及んだのでしょう?司祭様を疑うわけではありませんが、殿下はまだ幼いながらも賢明であられ、とても慈悲深い方だと聞き及んでいます。なんの理由もなしにそのようなことを……」

 

 そこまで言って、私はマドソン司祭の顔に苦々しい表情が過ぎるのをたしかに見た。簡単に納得しない私に苛立ちを覚えたのか。それにしては、その表情には利己的な憎悪が滲み過ぎていて、瞬間的にとても聖職者とは言えない歪んだ人格が垣間見えた。

 

「口の()に乗せることも憚ることだが、どうやら殿下は邪教徒に(たぶらか)されているようなのだ」

()()()?」

「そうだ。この傷は、そやつによってやられたものだ」

 

 聞き慣れない言葉に思わずオウム返しをした私に、「うむ」と重々しく頷いたマドソン司祭が、皮膚が突っ張ったことで痛覚を刺激した傷口を抑えて顔を顰める。その際に漏れた陰にこもった舌打ちは意識外にしてしまったのだろう。聖職者らしからぬ粗暴な癖に我知らず私は眉をひそめる。

 

「その()()()()()は突如として“還らずの谷”から現れた。まるで幽鬼のように谷底から姿を現したのだ。この傷はそやつにやられたものだ」

「まさか、あの谷から!?」

 

 かつて魔王を打倒せしめた勇者ですら帰還できなかった“還らずの谷”から脱してきたなんて、信じられない。しかし、顔を青ざめさせる司祭の面体は迫真で、嘘をついているとは思えなかった。

 なんて皮肉だろうか。同じ日に崖に落ちた善の者と上がってきた悪の者がいるなんて。

 

「そ、そんなの、魔術学院の一流教師にだって無理よ。浮遊魔術を使ったって、きっと昇り切る前に魔力が尽きてしまうわ。どうやってそんなことが……」

「わからん。まるでひとっ飛びに跳躍してきたかのように見えた。邪教の秘術でも使ったとしか思えん」

 

 魔法使いに「お手上げだ」というふうに首を振って、マドソン司祭は自らの語を継ぐ。

 

「あの邪教徒は、甘言を弄し、さらに邪まな催眠魔法を使って、ルナリア姫殿下や一部の近衛兵たちを操り、王都へ謀反の種を運ぼうとしている。殿下は私の忠告など聴許しようともしなかった。姫様も近衛兵たちも、自分が操られているとは露とも疑っておらん。嘆かわしいことだ」

「そういえば、“コリエル神の他にも神様はいる”って前にクリスが言ってたわ。でも、信じてる人は少ないとも」

 

 魔法使いの言葉に私はコクリと小さく頷いて同意を返す。たしかに、世界ではかつて複数の神が信じられていたという。けれど、現在では力と戦いと繁栄の神(コリエル神)がほぼ唯一神の扱いをされている。今では、王立教会神官にだって他の神の存在を知る者は少ない。もっとも、他の神への信仰が淘汰されていったのは自然な流れではなく人為的な工作も否定できないという。……これらの知識は、クリスからの受け売りだ。彼がいてくれれば、もっと違う角度や深い見地から女邪教徒についての考察も出来たのに。

 つい物思いに沈みそうになった私に、マドソン司祭は内緒話をするように声を低め、さも言いにくそうな様子を装って顔を近づける。

 

「だが侮ってはいかんぞ。邪教徒は神通力を使うと同時に剣士でもある。この傷跡を見ればわかるだろうが、その腕は恐ろしいほどに立つ。あれほどの冴え技は見たことがない。もしかすると……」

 

 チラリと視線が転じる。その先には黙したまま机の一点を見つめるハント。含むものを感じる視線から私の背筋を驚愕という名の衝撃が貫く。瞠目するばかりの私の代わりに驚きを言語化したのは武闘家だった。

 

「ま、まさか、司祭さんよ!そいつはハント殿に匹敵する剣士だったって言うんじゃないだろうな!?」

「……うむ」

 

 「冗談だろ」と驚愕を隠せない武闘家が目をギョロつかせて大げさに仰け反る。魔法使いも言葉が出ないようだ。当然だと思う。この世でハントを超える実力者は、魔王本人と配下の四天王くらいだと思われていた。それが同じ人間にもいるというのだ。味方であればどんなによかったか。

 でも、私は聞き逃さなかった。マドソン司祭は、武闘家の「ハントに匹敵するのか」という問いかけに「そうだ」とはっきり肯定しなかった。つまり、考えたくもないけれど───その異教徒の女剣士は、単騎では()()()()()()()

 

「マドソン司祭様、私たち勇者パーティーに何をお望みでしょう?」

「君たちには大変な任務を与えることになるが、大事ないかね?」

「……図らずとも、今の私たちには辛い任務こそ救いとなりましょう」

 

 その言葉に、武闘家と魔法使いが顔を俯ける。ただ思い悩むより、目的をもって突き進んだ方が心への負担が軽くなる。今の私たちは、ただ立ち止まって後悔に押し潰されるより、とにかく前に進んで後悔に追いつかれない方がいい気がした。

 司祭は、一斉に表情を暗くした私たちに、(おの)ずから説明し(がた)い後ろめたい事情があることを察したらしい。「君たちが近くにいてくれたのは僥倖だった。まさしくコリオリ神の思し召しに相違あるまい」。心得顔でそう語ると、胸の前で円字を切り、神への祈りを体裁的に捧げる。

 

「君たちには、邪教徒の女剣士の討伐を依頼したい。あの女を倒せ。君たちにしか出来ないことだ」




『あやかしトライアングル』をすこれ
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