勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる 作:主(ぬし)
「君たちには、邪教徒の女剣士の討伐を依頼したい。あの女を倒せ。君たちにしか出来ないことだ」
そう来るとはわかっていたけれど、正直、胡散臭いという印象は拭えない。
姫様を
けれど……言いようのない違和感が私の胸の内で渦を巻いている。今、目の前で薄ら笑いを浮かべているマドソン司祭の依頼は、本当に善行なのだろうか?
「えっと、それじゃあ……今回、私たちが戦うのって、魔族じゃなくて……」
「人間、しかもこの国のお姫様ってことになるのかよ」
魔法使いと武闘家があからさまに困惑した表情を交わす。そう、この依頼を受けるということは、私たちは
(今までとは違う。成算はある。でも、
過去にも山賊や盗賊を退治することはあった。その際も、ハントを中心とした圧倒的な彼我の実力差に物を言わせて、殺さずに捕らえるか痛い目に遭わせて反省させるだけだった。クリスが、人殺しを避けるようにと耳にタコが出来るほど厳命していたからだ。「勇者がすることじゃない」と。
でも、今度はハントに匹敵する難敵が相手なのだ。話通りに姫様や近衛兵まで操られているというのなら、戦いはより深刻なものになる。特に訓練を積んだ兵隊となると、たとえ一人ひとりの実力は私たちより劣っていても、集団戦闘を前提として鍛えられた彼らは果てしなく脅威だ。協力して戦うことが不慣れな私たちにはきっと荷が重いだろう。手加減なんて出来ないし、苦戦だって考えられる。
(クリスは指揮もとってくれていた。みんな、鬱陶しげに渋々聞いていたけれど、的確だった)
盗賊たちも馬鹿ではなく、集団戦法で反撃を挑んできた。それを難なく制圧出来たのは、ハントたちの強さもあるけれど、クリスの万全な作戦準備と柔軟な指示によるところが大きい。3人は自分の実力だと過信していたけれど、クリスの貢献無しには考えられない成果だった。
私たちパーティーは、しょせん1+1+1+1の足し算でしかない。クリスを欠いた今は特にそれが顕著だ。けれど、兵隊は綿密に協力することで単純な足し算ではない戦力へと昇華する。訓練を受けた兵隊は、双子のようにお互いの考えを読み取って連携行動が取れる。特に優秀な指揮官に率いられた統率力のある兵士集団は強い。筋力や魔力で劣る人間が魔族に拮抗できている理由でもある。『決して兵隊を侮ってはだめだ。彼らは個ではなく集団で戦うときに真価を発揮する』。これもクリスからの受け売りの知識だ。苦闘を強いられれば、殺すか殺されるかという事態は避けられない。
(そうなったら───私たちは、ただ操られているだけの無実の人間を殺すことになる)
勇者パーティーが、人類の守護者が、同じ人間を殺すことになる。力に物を言わせて騎士たちを殺害した虐殺者になる。それは本末転倒なことだ。クリスはそれこそを避けようとしていたのに。
武闘家と魔法使いの不安げな視線が私の横顔に注がれていることは理解していた。彼らは決断を下すことに慣れていない。後から文句を言うことはあっても、“これからどうするか”について判断をしたことはなかった。それは全てクリスが細かく考えてくれていたし、それを追認する形でパーティーの指針を決定していたのはハントだった。いつも、クリスが情報を収集し、選択肢を用意し、方針を確認し、ハントが「じゃあそれで行こうよ」と軽々しく頷く。それでなんとかなってきた。今、一人は崖の下で、一人は私の真横で死人同然のように消沈して役に立たない。ここは最年長の私が決めなければならない。
(クリス、貴方なら、こんな時にどうするの?)
紅茶がなみなみと注がれたカップに同心円状の波紋が立つ。静かに揺れる紅茶の水面に映り込む私が私を見つめ返す。そこに映っているのがクリスだったらどんなに良かったか。彼を失った弊害に打ち据えられて腹の底が石を飲み込んだかのように重く感じられる。
今、ここにいるのが私ではなくクリスだったら、どう考えるのだろう。何を優先しようとするだろう。胸のうちにわだかまるこの違和感の靄を、どう言語化するのだろう。私は彼のように人生経験豊富じゃない。私の積み重ねた知識も経験も、彼の血の滲むような努力に比べたら足元にも及ばない。“勘”だけがヒリヒリと危険信号を発するだけで、その根拠に当たりをつける術がない。
助言の一つでも出てこないものかとハントを横目で睨むも、遠くを見ているような茫洋とした眼差しはこちらを見ようともしない。その呆けた横顔に苛立ちが募り、知らずに臍を噛む。
一番、クリスの傍にいた時間が長いくせに、彼から何も吸収していないのだろうか。こんな時こそハントに勇者としてのリーダーシップを発揮して欲しいのに。
「深く考える必要はない。何も難しいことはないのだ」
答えあぐね、言いよどむ私の様子を見て、マドソン司祭は困惑するでもなく、“お前の考えなどお見通しだ”と言わんばかりの薄い刃のような鋭い笑みを浮かべた。
「コリエル神の寵愛厚き勇者パーティーを
優しい父親めいた声音で喉を震わす。司祭は私たちパーティーがクリスという核を欠いたことを知らない。私たちが“頭”を失ったことを知らない。知ったとしても、「たかが村人如きいなくても」と言いそうな傲慢な雰囲気が滲み出ていた。
「無論、この任務を快諾してくれれば、君たちパーティーへの王立教会からの力添えはより一層手厚いものになるだろう。情報も、人員も、なにより金銭も、もう苦労することはない。教会に行くたびに、君たちは潤沢な活動資金を手に入れることができる。信仰心は無限なのだ。その口添えは任せたまえ。
歌うようにそう言うと、懐から
目の前に用意された大金にも、言い添えられた言葉にも、さらに不安を煽られる。必要以上に語調を和らげる目の前の顔の一枚下には、飴を振るって幼児に誘いをかける下卑た年配者の笑みが透けて見えた。思想的、生理的な嫌悪感に寒気すら覚える。
「なあ、リン殿。この申し出はありがたいんじゃないか?パーティーとしての行動が自由になるんだぜ」
「わかってる。少し黙ってて」
語気鋭く言った私に武闘家がたじろいだ。武闘家の言う通り、たしかにありがたい申し出だ。このパーティーは活動資金を得るために各地のギルドでクエストをこなして日銭を稼いでいた。それはクリスの考えだった。武闘家や魔法使いはこれを「面倒くさい」と嫌っていたし、私も「こんな非効率なことをせずに王国なり各地の貴族なりに支援を請えばいいのに」と首を傾げていた。でも、今になってその理由がわかった。
私は膝の上においた拳をぎゅっと握り締めた。緊張で額が汗ばみ、呼吸が浅くなる。私たちは、何かよからぬ企みに手を貸そうとしているのではないか。もしここで司祭の手を取ってしまえば、私たちは二度と外せない足かせを引きずることになるのではないか。
(クリス、貴方は、こうなることを心配していたのね)
今になって、クリスが特定の組織に過剰な支援を求めずにパーティーの運営を自立させようと苦心していた理由が身に沁みて理解できた。人類を救うという崇高な目的をもったパーティーに、政治や宗教といった界隈からの不必要な横やりを入れられることを恐れていたからだ。神官の私が言えた義理ではないけれど、王立教会にも王立教会の思惑がある。魔族に追い詰められようとしている時ですら、私たち人類は彼我のテリトリーのことしか頭にない。椅子取りゲームなんてしてる場合じゃないのに、協力することが出来ない。勇者パーティーを自陣営に取り込み、利用しようと画策する者たちは引く手数多だ。
(でも、私にはこれ以外に手が考えられないのよ!)
もしもクリスが今の私を見ていれば、きっと軽蔑するだろう。けれど、私たちはもう自力でパーティーを維持できない。ギルドとの折衝もクリスの領分だった。クリスが各地のギルドに必ず顔を出して、現地の人々では難しいクエストを請け負うことで、このパーティーは多種多様な人たちから好感をもたれ、横の繋がりを得ていたのだ。同時に、クリスを通じて各地で独立していたギルドが情報の行き来をするようになり、ギルド同士の繋がりも生じかけていた。魔族に対抗するために人間同士が連携を取るための地盤作り。もしかしたらクリスはそこまで考えていたのかもしれない。でも、もう彼はいない。私たちは彼自身と一緒に、彼が育んでいた人類団結の芽をも刈り取ってしまった。
私の苦悩などお見通しだと言うように、マドソン司祭がぐっと身を乗り出して机越しに私の手を握る。贅沢な象牙のボタンがロウソクの照明にまろやかに輝く。司祭の手のひらの皮はまるで牛革のように分厚く、やけに冷たかった。飢えた獣のような笑みがぐいと近づいてきて、痛み止めで呑んだらしい強い酒の臭いがするキツい口臭が漂ってくる。思わず生理的な嫌悪感に仰け反りそうになった肉体を気合で抑えこむ。
「もちろん、断ってもよいのだ。かの有名な勇者パーティーに強制しようなどとはつゆとも思っていない。だが、“勇者パーティーに王女救出の要請を断られた”ことは王立教会に報告せざるを得ない。わかるね?」
「それは……!」
そんなことをされれば、教会からの支援そのものが打ち切られてしまうかもしれない。最悪、私はこのパーティーから外れて帰還するように指示されるかもしれない。正直に言って、私がいなくなってしまえば、残されたハントたちがパーティーとしてやっていけるとは到底思えない。パーティーが消滅してしまえば、クリスのやってきたことが無駄になってしまう。それはなんとしても避けたかった。
私たちがこれから活動していけるかどうかは、マドソン司祭の胸三寸だ。悔しいけれど、私のような場数を踏んでいない小娘では、この司祭には太刀打ちできない。ビクビクとした雌兎のような情けない姿を晒す自分自身に苛立ちが募る。その
「……そのご依頼、お受けする以外に道はないようですね」
「そのようだ……ん?」
私が折れかけていることを鋭い本能で察したらしいマドソン司祭が満足気に大きく頷く。そしてにんまりと余裕の笑みを浮かべたかと思いきや、その視線が私の羽織るローブに何気なく流された。
次の瞬間、何が気に障ったのか、彼が両眉をカッと引き上げて驚愕に仰け反った。僧服に包まれていてもわかる大柄で筋肉質な肉体が重そうなソファをガタンと跳ね揺らす。
「そ、そのローブは!?」
「え?」
司祭の指が私のサラマンドラのローブを指差して上下にぶるぶると震える。見れば、彼の背後の僧兵も無表情を崩して滝のような脂汗を顎に伝わせていた。ふたりとも、なぜか私のローブに肝を潰した様子だった。彼らの急変っぷりに、私たちはポカンと戸惑うことしか出来ない。クリスとお揃いで買ったこのローブがどうかしたのだろうか?
「あ、あの、マドソン司祭さま?これが何か……?」
「そのローブはあの
「く、
聖職者にあるまじき無作法な暴言に今度は私がギョッとする。聖職者は、特に言葉遣いを神学校で徹底的に矯正される。どんなに育ちが悪くても、とても厳しい教務教師が精魂を込めて性根から叩き直すし、たまにやってくる巡回教師のくどくどとしたお小言もそれを後押しする。学校から送り出された頃には、どんなに未熟な神官見習いでも物腰柔らかで敬虔な人間になっているはずだ。それなのに、口汚い痛罵を漏らした目の前の司祭にはその教義がまったく染み付いていなかった。
「あ、い、いや、」
不意に己の
呆気に取られて二の句を告げない私たちのなかで、ことの
「その女は、たしかに彼女と同じローブを着ていたんだな?」
何の前触れもなく生気を取り戻したハントが、司祭に向かって勢いよく身を乗り出したのだ。その横顔は今まで見たこともないような鬼気迫る凄みを帯びていて、私たちは黙って見ていることしか出来なかった。
『最強無双の異世界機兵-アルカンシェル-』をすこれ。異世界転生×エルフ×ロボットは最高だぞ。