勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる 作:主(ぬし)
「クリスを追い出したって……貴方たち、正気なの!?」
頭上に広げられた雨よけのタープがビリビリと震え、握り締めた私の両手も怒りにわなわなと震える。自分の顔が真っ赤に燃えていることを自覚しながら、私は3人に詰め寄る。武闘家と魔法使いが気まずそうに顔を逸らす様子にも苛立ったが、それよりなにより私の怒りに油を注いだのは彼らを率いるリーダーのはずの勇者の態度だった。
「……クリスは、限界だった。リン、君だってわかってただろ。レベルの差も開く一方だった。僕らに着いてくるだけで精一杯だったんだ。このままだとクリスは死んでしまう。そんなのは嫌だ。だから……」
「それはパーティーを自発的に出ていくように仕向けたことの言い訳になりはしないわ。自分も納得させられない答えなんかその辺の犬っころにでも食べさせなさい。クリスがどれだけこのパーティーのために頑張っていたか、貢献していたか、知らないなんて言わせない」
こんな辛辣な言い草、懇意にしている王立教会の神父が聞いたら卒倒するかもしれない。とても高位神官のセリフではないだろう。でも、言わずにはいられなかった。
事前に示し合わせていた森中の合流地点に来てみれば、一番会うのを楽しみにしていたクリスがいなかった。その理由を尋ねてみると、3人とも言いにくそうに目を泳がせるばかり。嫌な予感がして問い詰めれば、このザマだ。武闘家と魔法使いがクリスをよく思っていないことはわかっていた。この二人は自分の力を過信して増長している節がある。たしかに、二人ともまだ10代でありながらその実力はかなりのものだ。だから、自分が一人でなんでも出来て、まるで不死身であるかのように振る舞っている。自分たちと同じように戦えないクリスを厄介者としか見ていない。でも、ハントだけはそうではないと信じていた。幼馴染みであり、クリスとは兄弟のような間柄であるハントならクリスのことを理解し、クリスがいてくれるからこそこのパーティーが成り立っていることを自覚していると信頼していた。だけど、それは間違いだった。燃え盛る怒りの感情が冷たい失望へと移ろっていく。その変化を感じ取ったのだろうハントの奥歯がギリッと音を立てた。
「じゃ、じゃあ、どう言えばよかったんだよ!“お前は僕らについて行けないから故郷の村に帰ってくれ”って、クリスに言えばよかったのか!」
「そうよ」
私の断言にハントが目を見開き、後ずさる。全然、駄目だ。ハントはたしかに強い。歴代勇者と比べても、おそらく5本の指に入るほど天賦の戦闘力を誇っている。メキメキと強くなり、どこまでも成長する潜在能力は天井知らずだ。でも、内面が成長できていない。最強の勇者だなんだと周囲から持て囃されても、どんなに肉体が強くなっても、ステータスが上がっても、スキルが増えても、彼の心は幼いままだ。それも当然かも知れない。まだ見ぬ女勇者に出会った時、ハントが力不足では格好がつかないからと、戦いだけに集中できるようにクリスが面倒なことを一手に引き受けてくれていたからだ。ハントは気づかないままクリスに依存しきっていた。それこそ、ハントにその自覚がないほどに。他人に対してそこまで献身的になれるクリスの方が、よっぽど勇者らしいと思える。そんなクリスを私は尊敬していた。
「そう伝えるべきだったのよ。クリスは、他でもない貴方がそう言ったならきっと理解してくれたわ。でも、貴方にはそれを告げる勇気がなかった。勇気がないことを誤魔化して、遠回しな言い方でクリスを追い出した。貴方の求めに応じて貴方を支え続けてくれた大事な人を、裏切ったのよ」
この、意気地なし。言外に強く滲ませた非難を察したハントが後悔に深く俯く。おおかた、魔法使いと武闘家の口車に乗せられたのだろう。いや、自ら乗ったというべきか。自分でクリスにパーティーを抜けるよう告げる度胸がなかったから、クリスが自分で出ていくように仕向けた。たとえ無自覚にそれを行ったのだとしても、許されることじゃない。それはとてもとても卑怯なことだ。
「しかも、たった一人で装備もなしに森に入らせるなんて、どうかしてる。早く見つけないと。村の近くだからって魔物が出没する危険がないわけじゃないんだから」
「……悪かったと思ってるよ。だからこうして、彼女に魔法で探してもらってるんじゃないか」
ハントが魔法使いをすがるような目で見る。頼られた魔法使いは、空中に浮遊しながらうっすら光を放つ水晶玉を覗き込んでいた。探したい対象の血液に溶け込んだ魔力の流れを追跡する捜索魔法だ。道端に落ちた血痕に残る微弱な魔力からでも対象を追跡できるという高難易度の魔法だが、彼女には造作もないことだ。弱冠16歳にして王国最高学府の王立魔法学院を史上最年少飛び級主席で卒業したという天才魔法使いは、私たちの会話に我関せずという態度で保身を図りながら水晶玉をいじっていた。その不誠実な態度に苛立ちが募るけど、そこは腐っても主席であって、彼女の捜索魔法は精度も範囲もピカイチだ。すぐにクリスを見つけ出してくれるという確信があった。
「クリスが見つかったらすぐに連れて帰りなさい。そして謝るのよ」
有無を言わさない私の言葉に銘々憮然とした沈黙を返す。知ったことじゃない。3人には土下座する勢いでクリスに謝罪させてパーティーに戻ってもらうつもりだ。このパーティーには、クリス自身が考えている以上に彼が必要不可欠なのだ。我の強いメンバーをまとめながら組織だった行動を可能にできるのは、一番の年長者であるクリスの献身あってこそ。私と同い年でありながら、彼は私よりずっと成熟していた。何事にも全力で取り組む彼の姿勢と考え方に触れて、私も大きく変わることが出来た。彼は人類の救世主たるこの勇者パーティーの屋台骨なのだ。彼がいなければ、このパーティーは……ううん、私は───。
「うそ」
魔法使いの横顔からザアッと血の気が引いた。冷淡だったそれがガラリと変転し、衝撃と後悔が顔面を埋め尽くす。常日頃に彼女が見せない蒼白な顔を見て、クリスに恐ろしいことが起きたのだとその場の全員が瞬時に察した。魔法使いのところまで歩み寄り、漂白されたように白いその顔にぐいと顔を近づける。
「クリスを見つけたのね。何が見えたの?」
「あ、あの、わ、私は悪くないわ。私はただ、クリスに事実を指摘してあげただけで、」
「そんな話はしていないわ。何が見えたかを聞いているのよ」
頭でっかちめのガキンチョめ。頭のてっぺんを杖で小突いてやりたい衝動を抑え、努めて冷静に問い掛ける。自分の感情を表に出しても相手を混乱させるだけだ。それは、自制心に富んだクリスなら難なく出来ることで、未熟なハントには出来ないことだった。目を見開いたハントが見るからに狼狽して魔法使いの肩に掴みかかる。
「いいから早く教えろよ!クリスはどこに行ったんだ!」
「お、おい、ハント殿」
「お前は黙ってろ!僕はクリスを探しにいかなくちゃいけないんだ!」
体格ではハントより二回りも上回る武闘家が迫力に気圧され、後ずさった。とても勇者とは呼べない醜態を晒すハントに、私も呆気にとられて思考が声にならない。ハントの目が再び魔法使いを射抜く。途端、この場で最年少の魔法使いが「ひっ」と身を竦めた。ハントの表情は今にも爆発しそうなほど切羽詰まっていて、感情のバランスを少しでも崩したら何をしでかすかわからない危なかっしさを見て取れた。これが子供なら怖くもないが、人類最強の『勇者』がこうなっては恐ろしさしかない。常の高慢さが見る影もない魔法使いの表情が恐怖に引きつっている。
「て、手前で、クリスの痕跡を追えなくなったの。そこから先は深すぎて、私の魔法でも、」
「どこだ!どこの手前だ!?」
恐怖に涙すら浮かべる魔法使いが唇を震わせる。言うか言わまいか悩み、言わなければ何をされるかわからないと屈し、辿々しく応える。
「とっても深い、谷───」
私の身体能力では止められない。だから、止められる人間を使う。
「ハントを押さえてッ!!」
「お、おうッ!」
この時ばかりは武闘家の獣じみた反射神経に心から感謝した。一瞬で全ての表情が抜け落ちたハントが神速で駆け出すと同時に武闘家が飛び掛かる。強烈なタックルを腰で受けとめたハントがもんどり打って倒れ込み、雨でぬかるんだ泥が派手に跳ね散る。体格で倍する武闘家に羽交い締めにされたらさすがの勇者も身動きは取れない───なんてわけはない。
「……ハント、自分が何をしているかわかってる?」
いつの間に鞘から抜いたのか、まったく見えなかった。人間を超えた俊敏さで抜刀された鋼の剣が、武闘家の眼前でピタリと静止していた。切っ先を映す武闘家の瞳孔が狭まり、恐怖に呼吸が止まる。武闘家の首がまだ胴体と繋がっているのは、ハントが自制心を発揮したおかげじゃない。私の杖がその身代わりになったからだ。
カツン、と軽い金属音が空気を震わせる。神官用の杖の上半分だったものが転がり、ぺたりと尻餅をつく魔法使いのつま先にあたって止まった。ミスリルを人工的に再現した
「邪魔を、するな。クリスを、助けに行くんだ」
「無駄よ。諦めなさい」
殺意のこもった視線が私に転じる。それを受け止めた総身がざわざわと総毛立つ。なんて威圧感。味方の時はこれ以上ないほどに頼もしい勇者が、今はたまらなく恐ろしい。恐怖に怖気づきそうになるけど、気合で堪え抜く。クリスならこうしていた。どんな相手にも彼は毅然とした態度で立ち向かった。あの人は勇気のある人だったから。
「この森のなかにある谷は“還らずの谷”ただひとつ。どんなに明るい日でも谷底が見えない。どこまで深いか誰も知らない。落ちたら最後、誰も上がってこられない。1000年前に魔王を打倒した勇者すら上がってこられなかったという伝説があるほどの死の谷。この話、クリスからも聞いたんじゃない?行き先の下調べは必ずしてくれていたはずよ」
図星だったのだろう。ハントの瞳がゆらりと感情に揺れた。クリスに頼りっきりで、この情報も聞き流していたのだろう。
「勇者ですら生きて帰ってこなかった谷底に落ちたのなら、クリスはきっともう死んでる。もし息があったとしても、助けることはできない。降りたら最後、貴方も上がってはこられない。それを看過するわけにはいかない。貴方は今代の勇者。人類のために魔物を倒し、魔王を滅するため、生きて戦わなくてはならない」
「……見捨てろっていうのか。そんなこと出来るわけないだろ。出来るはずがないだろ。アイツは僕のたった一人の家族なんだ。それに、君も本当はクリスを助けたいはずだ。見捨てることなんて出来ないはずだ。だって、リンはクリスのことを───」
「
私の豹変にハントがビクリと肩を跳ね上げる。でも、もう容赦はしてやらない。クリスはいなくなった。もう甘える相手はいない。それをわからせてやらないといけない。それがハントにとってどれだけ辛いことであっても、背負っていかなければいけないんだ。心を鬼にする覚悟を決めると、抑えることをやめた激情に従い、憤怒の眼差しで三人を睥睨する。
「貴方が殺したのよ。貴方たちが、彼を殺したのよ」
今さら後悔に追いつかれたのだろう魔法使いと武闘家が真っ青になって地面に視線を落とす。後悔するくらいなら、どうして。そう叫んで怒りのまま死ぬまでぶん殴ってやりたい衝動を全身全霊の精神力で封じ込め、ふうふうと肩で息をしながらハントの目を射抜くように睨み付ける。
「見たこともない、どこにいるかもわからない女勇者にうつつを抜かす前に、貴方は身近にいる片翼こそを見るべきだった。貴方とずっと共にあった片翼を切り捨てたのは、他ならぬ貴方自身よ。その罪は絶対に消えることはない」
「ぁ……ぁぁ……」
「悲しみなさい。苦しみなさい。その何百倍もの無念を抱いたまま死んでしまったクリスの死に対して、全てをかけて償うのよ。安易な死を望む権利なんて貴方には微塵もありはしない。貴方のこれからの人生は贖罪に費やされなければならない。もう片方の女勇者とやらを見つけ、魔王を打倒するその時まで、貴方に安らぎは訪れないと知りなさい」
プツン、と何かが切れる音がした。殺気が消えて、森に悲痛な叫びが響いた。ハントの絶叫が夜の森を突き抜ける。頭を爪で掻き乱し、喉を枯らせて、泥の大地に爪を立てて、最強の勇者が癇癪を起こした子どものように泣き叫ぶ。誰もそれを止めようとしない。慰めようともしない。降りしきる雨がいつもより何倍も冷たい。厚い
(……私の、初恋だったのに)
世間知らずで高慢ちきだった私に、真正面から向き合ってくれた初めての人。なんにも出来ないくせになんでも出来て、なんにも知らないくせになんでも知ってる。『村人』というクラスのハンデを努力で補ってきた、一生懸命ながんばり屋。彼に負けじと私も努力して、努力することの楽しさを知った。『神官』という優秀なクラスのステータスに甘んじることを良しとしなくなり、己を磨き、世のため人のために力を尽くすことの大切さを私に教えてくれた。まったく。彼が勇者だったなら、どんなに救われたことか。神様も意地悪なことをする。
涙なのか雨なのかもわからない雫が頬を伝い落ちる。泣き言ばかり言っていられない。クリスがいなくなった代わりを誰かがしなくちゃいけない。魔王軍は活発化していて、勇者の戦力はどこも引く手あまただ。こんなところでのんびり傷心を癒やしている暇はない。王立教会のきな臭い動きが気になっていたけれど、しばらくこのパーティーから離れられそうになくなった。直属の神父にはなんて言えばいいのだろう。ああ、クリス。貴方がいてくれたならどんなによかったか。貴方もいけないのよ。自分自身を過小評価しすぎて、その価値を誇ることをしなかった。パーティーに己の重要性を知らしめていたなら、こんなことにはならなかった。貴方ほど必要とされる村人なんて、他にいないというのに。でも、きっとクリスはそんなことはしなかったに違いない。謙虚なあの人は、自分の功績をひけらかす暇があったら誰かを助けるべきだときっぱり言い切るに違いない。そういう人なのだ。だから、私は好きになったのだ。
「さようなら、私の大好きだった人」
私の呟きは大地を打つ雨音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。私の耳にも。
初心者として頑張ります(執筆歴13年)