勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる   作:主(ぬし)

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3話

「くっころぉ……」

 

 真っ二つに割れた花崗岩の台座に力なく座り込み、オレは盛大な溜息を吐いた。どうしてか、漠然とした感情の発露の際になると「クッコロ」という台詞が勝手に口から出てくるのだ。どういう意味なのかはわからない。これもまた、神剣の呪い(・・)なのだろう。

 精神的ショックに押し潰されるようにぐったりと上半身を曲げて俯く。すると、どんどんどんどん身体が曲がり、広げた足の間に半身がぺたんと入り込んだ。まるで大きな手のひらに背中を押し付けられて、肉体を二つ折りに折りたたまれたようだ。以前の男だった頃とは比べ物にならないほど柔らかくなった己の身体に何度目かもわからない驚愕を覚え、そして何度目かもわからない溜息をつく。

 

「くっころぉ……」

 

 幼少時の栄養不足やパーティーを支えるための激務が祟ったせいで衰えるばかりだった肉体は、信じられないほど俊敏かつ柔軟になった。筋張った筋肉は油を挿していない鉄歯車のようにギシギシとした動きだったが、今では十全を超えた滑らかさを有している。

 

「身体能力のステータスも軒並み上がってるみたいだし、喜ぶべきなんだろうけど……」

 

 さっき試しに神剣を振るってみたら、剣先が触れてもいないのに余波だけで硬い花崗岩の台座がスパッと斬れてしまった。以前のオレには到底できない芸当だ。真に驚くべきことだが、剣速はハントのそれに匹敵する。肉体の身軽さと帯びている剣の優秀さを考慮すれば、ハントより速いかもしれない。他にも、少し飛び跳ねただけで天井に頭をぶつけるほどの身体能力。頭を派手にぶつけてもこれっぽっちも怪我をしない頑健さ。どれもこれも、人類最強のクラス『勇者』に勝るとも劣らないステータスだ。美しいほどの断面を晒す台座を指先で撫でて、複雑な感情に唇を歪める。曲がりなりにも喉から手が出るほど欲しかった力強さを手に入れることが出来たのだ。喜ぶべきなのだろう。なのだろうが。

 

これ(・・)がなぁ」

 

 地面と上半身の間に挟まれる二つのクッションに意識をやる。ふにゅふにゅと柔らかく、けれど柔らかすぎない弾力で押し返してくる女の乳房。胸部鎧(ブレストアーマー)の下に隠れているが、重量感はかなりのものだ。身長に比べて胸部の肉付きは豊かに思える。

 

「オレは着痩せするタイプなのか」

 

 ボソリと口にして、そのセリフのアホらしさに頭を振る。男のまま強くなりたかった。世の中、上手くはいかないものだ。

 ちなみに、まだ鎧は脱いでいない。自分とは言え、これほどの美少女の肌を見るのは無粋な気がして、抵抗があった。半身をのそりと起こし、神剣の鏡のようなブレードを覗き込む。訝しそうに見つめ返してくるのは、この上ない絶世の美少女だ。年かさは10代後半といったところか。輝くばかりの黄金色の長髪、純白の肌、血色のいい唇、蒼空のようなエメラルドブルーを湛える大きな瞳。切れ長の双眸を中心にして気品のある顔立ちが整えられていて、凛と光沢輝くコバルトブルーの鎧と衣服がさらにその気品を引き立てている。膝が見える短いスカートを穿いているのに、似合いすぎていて下品さは微塵もない。子供の幼さと大人の艶やかさを併せ持つ、成長期独特の色香を纏う美少女がそこに映っている。つまり、今のオレだ。

 どういう理屈かはわからないが、間違いなくこの神剣による効果だ。神々の戯れ。言い方を変えれば、ただのイタズラ(・・・・・・・)

 この世界の神は複数で、王立教会が推す『力と戦いと繁栄の(コリエル)神』と、それ以外の4柱の神が信じられている。大昔は5柱とも同じ扱いだったらしいが、王国の権力を背景にしてここ100年で強権を手に入れた王立教会によって今では国じゅうが一神教に染まっており、4柱を信仰する地域は稀になっている。各地を旅して歴史を学ばなければオレも神は一柱だけと思い込んでいた。なぜ王立教会が一神教にそこまで拘るのかについては、所属する神官もわからないとのことだった。しかし、今なら頷ける。たしか、4柱には『快楽と鋳造と悪戯の(チャーリ)神』がいた。その神による仕業だ。間違いない。絶対そうだ。戯れというレベルを超えて呪いじゃないか。こんな神を信じてたら、国中でとんでもないことが起きるに違いない。排除されたのも頷ける。神剣に映る少女が盛大な溜息を吐きだし、ブレードが白く曇る。

 

「……雨、やんだみたいだな」

 

 優れた聴覚が洞窟の外の変化をも正確に捉える。敏感な嗅覚が雨が止んだ後の土の匂いを感じ取る。洞窟の入り口まではかなり歩かなければいけないはずなのに。武闘家は野生動物のような察知能力を自慢していたが、今のオレの感覚器官は彼に肩を並べるほど鋭敏になっている。

 

「とにかく、行こう。いつまでもこんなところにいても、何も変わらない」

 

 ウジウジと悩むのはオレらしくない。むんっと気合を入れると、曲芸師のように身体のバネだけでひょいと飛び上がる。跳躍力がありすぎて天井すれすれまで近づいたところでくるりと一回転し、すたっとバランスを崩すこともなく見事に着地。ガチャンと鎧靴(ソルレット)が金属音を立て、一拍遅れてスカートがふわりと漂う。鍛え上げた強靭な靭帯がなければ出来ない動作を何気なく出来てしまったことに唖然とするも、人間というのは馴れる動物とはよく言ったもので、さっさと立ち直って歩を進める。

 

「この神剣の呪いは解けるのだろうか……おっと、そうだ。せっかく作ったんだから使わなくちゃな」

 

 抜身の剣を持ち歩くのは危険だ。鞘もセットで安置されていればよかったのだが、前の持ち主はあいにくとそこまでのサービス精神はなかったようだ。というわけで、この姿になる前の自分が羽織っていた衣服を使って即席の鞘を作ったのだ。持ち前の裁縫技術が活きた。手先の器用さは損なわれていないということもわかり、安心した。大工として培ってきた技術は人生そのものだ。男であることは失っても、それまで失いたくはない。神剣のブレードを革と布の合成物で幾重にも巻いていく。元はハントや武闘家が使わなくなった衣服を切り貼りして作った古着だった。再利用品ではあるが、勇者パーティーが身につけていただけあってそれなりに良い素材を使っている。しばらくは使えそうだ。武闘家が文句の一つでも言ってきそうだが、オレを切り捨てたのだから、今さらこれらをどう使おうと何を言われる筋合いがあるのか。それに、突然女の子に変えられた身としては、男だった頃の物品の一つでも持っていきたいと思うのはそれほど未練がましいことではないと思う。

 

「うーん、やっぱり少し血が目立つな。洗って落ちるといいんだが」

 

 鞘のあちこちに血が滲んでいる。この谷底に落ちたときに流した自分の血が染み付いているのだ。なるべく汚れていない部分の生地を選んだとはいえ、多少はやむを得ないだろう。血は水で洗ってもなかなか落ちないので、どこかで油石鹸か湯でも調達して綺麗にしよう。

 最後に、頑丈な油布(オイルスキン)のローブを手に取る。オレが身につけていたもので一番新しくて一番上等なこれは、神官のリンが贈り物として渡してくれたものだ。見た目よりズッシリと重いのは、細かく砕いた玄武岩をまぶした糸で編まれ、サラマンドラの油を染み込ませているからだ。そのため、このローブは雨衣の役目と同時に耐刃・耐炎仕様になっている。控えめに見てもかなり高級なものだろうに、そんなことはおくびにも出さずにそっぽを向いてこれを押し付けてきたリンの顔を思い出す。

 

「怒るだろうな……」

 

 リンとはこの森で合流する予定だった。彼女は、高位神官として王立教会と勇者パーティーとの連絡役をする傍ら、パーティーメンバーとして防御や回復の役目を担ってくれていた。その腕前は確かなもので、彼女がいてくれたことで脱することの出来た窮地は数え切れない。同い年ということもあり、お互いにライバル心のような含むものもあって、何度も意見を衝突させた。だけど、信頼関係は構築できていた……と思う。とにかく、彼女はオレと違って優秀だった。なんでも知っていて、なんでも出来るリンのことを尊敬していた。自分にカケラ程度でも彼女の才能と知性があれば、こうはなっていなかったに違いない。今頃、どうしているだろうか。パーティーを追い出されたオレを「不甲斐ない奴」と怒っているのだろうか。このローブも、返す機会があれば返したほうがいいかもしれない。彼女が高級な装備をくれたのは、オレが自分の身も守れないほど力不足だったからであって、クリスという勇者パーティーのメンバーでもないただの村人に当てたものではないのだろうから。

 寂しげにふっと笑みをこぼし、オレはローブを背に羽織って洞窟の外へと足を進めた。

 

「……よく生きてたな、オレ」

 

 さんざん雨を降らせて欲求を解消した雨雲が立ち去った天空には、満点の星が広がっていた。近くに村もなく余計な光がないせいで、いつもより星々の輝きが眩しく見える。湿った大気は涼し気な風に押し流され、空気も澄んでいる。が、遠い。空がものすごく遠い。星明かりに照らされた谷の斜面を見れば、王国随一の高層建築と言われる王城がすっぽりと入ってしまいそうなほど深いことがわかる。これほど深い谷だったとは、落ちているときにはわからなかった。谷というのは、遥か太古の巨大な川の流れに侵食されて形成されると本で読んだことがある。それにしても、ここは不自然なほど深い。幅もそれほど広くない。これほどの深さの大河となれば当然川幅も広いはずだが、そうでもない。あの洞窟を隠すためだけに存在するような幽谷だ。どうやって形作られたのだろう。無事に上がることが出来たら調べてみたい。

 

「まあ、上がれたら、の話だな。いったいどこまで続いてるんだ、この谷は」

 

 狭い谷底に鎧靴(ソルレット)の音色を反響させながら登り口を探して歩く。降り注ぐ星明かりと鋭い視力のおかげで転ぶことはないし、疲れ知らずの体力のおかげで延々と歩き続けられるが、脱出できる足場が一向に見つからないというのは精神的な疲労を及ぼす。あまりに高すぎて、よじ登るイメージすら湧いてこない。再び斜面に視線を滑らせて天を仰ぐ。この上から足を滑らせたのだと実感し、今さらながら背筋が凍る。本当に、よく骨一つ折っただけで済んだものだ。

 普通なら、こんなふうに潰れる(・・・・・・・・・)───。

 

「なッ!?」

 

 突如として頭上から落ちてきたヒト型の影が、落下速度をそのままに目の前の大地に叩きつけられた。衝撃で肺から息が残らず漏れ出し、「ぐぎゃっ!」という断末魔と交じる。慌てて近づくも、すでに原型が認められないほどの損傷からして生きているとは思えなかった。だが、肉体の特徴や装備からして、これは人間だ。銀の鎧を着た人間だった。胸甲(ブレスト)に赤の三本線を刻み、死んでもなお剣を握り締めるこの兵士は、ついさっきまで呼吸をして生きていた人間だったのだ。悔しげに歪んだ唇が強い無念を物語っている。

 瞳の裏側で義憤がメラと燃えるのを知覚する。谷の上を見上げ、目を細めて意識を集中する。遥か高方だが、鷹のように驚異の視力を秘めた眼はそこでチカチカと煌めく火花をたしかに捉えた。キン、キンと鉄を弾く金属音が微かに聴こえる。見間違えるはずがない。聞き間違えるはずがない。これらは、剣と剣が鍔迫り合ったときに散逸する火花と音だ。誰かが戦っているのだ。谷底に至る懸崖を背に複数の誰かが追い詰められている。一人落とされたことからして追い詰められている方は明らかに劣勢だ。だというのに、相手に手を緩める様子はない。一切の情け容赦のない攻め様にじわりと嫌悪感が募る。なんて卑劣なんだ。助けなくては、とガントレットをギリと握り締める。

 

「でも、この高さをどうやって上まで登れば───ええい、考えてる場合か!!」

 

 とにかく、この上に登るんだ!登れないじゃない、登るんだ!出来ない理由を捜している暇があったら、砕け散る覚悟でぶち当たる!オレにはそれしか出来ないんだから!!

 

「すみません、お借りします!」

 

 すばやく胸の前で十字を切って一言断り、すでに事切れた兵士の手から剣をもぎ取る。この高さから落下しても折れないほど丈夫なら、きっとこれ(・・)にも耐えられる。咄嗟に思いついたアイデアを実行せんと、斜面の中腹に視線をピタリと合わせる。成功するかどうかなんて考えない。今は、この身体のステータスを信じるのみだ。剣を逆手に持ち、やり投げの要領で振りかぶると肉体をぐぐっと限界まで引き絞る。肉体を弓のようにギリギリと引き絞り、スカートがめくり上がることも気にせず左足を高く高く振り上げ、頂点まで到達した瞬間に一気に振り下ろした。

 

「だぁああッ!!」

 

 ズン、と大地を踏みしめると同時に剣を解き放つ。槍と化した剣は一瞬で音の速さを超えて中空に一文字を描き、目標点と定めていた場所の岩を粉砕して突き立った。谷底と谷上のちょうど中間地点に、剣の柄が星明かりを反射している。中間地点だ。だけど、それでも遥かに高い。首が痛くなるほど見上げなくてはいけないほど高い。果たして、あそこまで跳べるだろうか。ちらと頭をもたげた不安を振り払うように神剣を背に回し、肺を限界まで膨らませて全身の筋肉に活力を巡らせる。いいや、跳べる!跳べるとも!以前のオレとは違うんだ!

 

「神剣よ!くだらない呪いなら、いくらでも甘んじて受けてやる!だから───オレにもっと力を!!」

 

 オレの意志に応えるように手を通して神剣から流れ込んでくる、生命力(エネルギー)。麻布が水を吸収するように、オレの内側に急速に染み込んでくる。自分自身が改変(・・)されているという直感を覚えるも、構わないと断じる。女に変えられる以上の理不尽な呪いなどありはしないのだから。素直にエネルギーを受領すればするほど、不可能など無いと断言できる万能感がつま先まで漲ってくる。筋肉がメキメキと張り詰め、突っ張られた皮膚の表面に幾筋もの血管が浮き出る。一本も残すこと無く毛細血管の端の端まで新鮮な血液が循環し、耳の奥で血液の濁流の音がする。ドクドクと早鐘を打つ強靭な心音が遠ざかっていく。異常なまでの集中力に、あらゆる余念が弾き飛ばされていく。心中を支配する静寂のなか、はち切れんばかりに高まったエネルギーを、それでも足りぬとまだ蓄積する。身体中の汗腺から汗が吹き出る。噛み締めた奥歯がガリッと音を立てる。今だ(・・)

 

 

 

 

 

「───お待ちなさい(・・・・・・)

 

 

 

 

 次の瞬間。オレは崖の上に降り立っていた。

 自身に向けられる複数の驚愕する視線を受け止め、オレは神剣を鞘から颯爽と解き放ち、

 

 

 

 

 

……あれ?オレ、今、「お待ちなさい」って言った?




女騎士伝説、爆誕

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