勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる   作:主(ぬし)

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「努力」も一つの才能。それを教えてくれたのは、炭治郎でした。主人公の性格の参考にさせてもらってます(アマゾンプライムで全話視聴)


5話

 僧服の巨漢、王立教会の暗殺部隊を束ねるドン・マドソン特務司祭は、目の前で起きている現実を受け入れることが出来なかった。今の今まで、マドソンは神が用意してくれた幸運に感謝し、成功を確信してほくそ笑んでいた。

 「この醜い豚め」。そう言われてきた自分に、人間としての地位と権力を与えてくれた『力と戦いと繁栄の(コリエル)神』を、マドソンは心から信仰していた。というより、コリエル神を祭壇に祀ることで力を得た王立教会を利用(・・)していた。影の組織として暗躍し、王立教会と切って切り離せぬ関係となることで、自分自身が教会の権力者に上り詰めることを画策していた。それを邪魔立てする者は、たとえまだ(よわい)14になったばかりの第三王女といえど容赦はしない。社会から差別され、嫌悪され、弾き出されてきたマドソンにとって、王家など崇拝対象の末席にも入らなかった。

 「ルナリア姫が王立教会の陰謀に気付いた」。その知らせを聞いた時も、マドソンは一切迷わなかった。彼はその時点で動かせる手下を残らずかき集め、一人だけ馬に飛び乗ると、大粒の雨が降りしきる鬱蒼とした森を強行走破した。その甲斐は完璧に報われた。姫の馬車を“還らずの谷”に追い込んで転倒させ、追い詰めることに成功した。途中で部下の一人が“還らずの谷”に滑落していく様子を見て、マドソンは姫一行を馬車ごと谷に突き落とすという見事な策を思いついたのだ。ここで王立教会に恩を売り、姫を殺害した共犯に巻き込んでやれば、もうマドソンの出世は決まったようなものだ。この時、彼はたしかに神の意思を身近に感じていた。

 だが、今はどうだ。

 

「……馬鹿な……」

 

 燦然と煌めく大剣が流星の尾を引いて空間を閃く。最高の優雅と最大の強度が一つに両在する宝剣が星光を撥ね、次の瞬間には僧兵の首が毬のように地を刎ねる。豊かな金長髪が獅子の(たてがみ)の如く拡がり、戦慄すら覚える美貌の輪郭を黄金の輝きで縁取る。精霊の泉のようなエメラルドブルーの眼光に射貫かれると、精神の奥深くに畏敬じみた恐怖が走る。

 突然、どこからともなく現れた女騎士(・・・)が、マドソンの全てをぶち壊そうとしていた。

 また一人、()られた。速すぎて太刀筋すら見えなかった。そうして斬られる仲間を囮にした僧兵が女騎士に背後から忍びより、鋭い槍の刺突を放つ。文字通り彼の半生を費やして到達した目にも留まらぬ一撃は、しかし、後ろ手に回された細い手によってガッシリと掴み止められた。まるで背中に目があるかのように、振り返ることもせずに、だ。女騎士の細い手は、見た目からは考えられない万力のような握力で槍を空中の一点に固定している。

 必殺の攻撃を難なく防がれた僧兵から無表情の鉄仮面が砕け落ちる。自信を見るも無残に破壊され、愕然として動きを止める。それが僧兵の命取りとなった。

 

「仲間の仇!覚悟!」

 

 近衛兵の気迫を乗せた大上段が振り下ろされた。負傷で膝をついていたとは思えない冴えを魅せる一撃は、たとえ僧兵が油断していなかったとしても回避できたかどうか。僧兵が後悔に歯噛みした時には時すでに遅く、近衛兵の剣は断頭台の刃のように僧兵の首を跳ね飛ばした。

 それと同じことが各所で起きる様を、マドソンは一歩引いた後方で冷や汗とともに見ていた。近衛兵は、先ほどまでの狼狽模様が嘘のような士気の向上を見せていた。『騎士は心で戦う。故に心の支えを壊してやれば弱くなる』。マドソンは経験則でそれを知っていた。だから近衛兵隊長のアルバーツを先に殺したのだ。

 

「満足に戦える者は左右へ!負傷者は意地を張らず下がれ!中央は私が受け持つ!軽傷者は私の背後で討ち漏らしに対処せよ!」

「わかりました!みんな、騎士殿に従え!」

「「「応ッ!!」」」

 

 だというのに、眼前の近衛兵たちに気後れした様子は無い。むしろ最高の状態に復活し、逆攻勢を掛けてきている始末だ。その中心にいるのは、件の女騎士だ。舞い踊るようにこちらの兵を撫で斬りにしていく女騎士の存在が、近衛兵たちの士気を高らかに鼓舞している。

 まるで同じ死線をくぐり抜けてきたかのように、女騎士は近衛兵に呼吸を合わせながら剣を振るっている。明らかに、女騎士は戦い慣れている上に、集団戦闘を指揮することにも慣れていた。

 

「左の陣、敵をこちらに受け流せ!右の陣は一歩前進!敵を押し戻せ!」

「各騎、ギリギリまで見切り、槍の穂先を根本から斬り落とすのだ!棒きれにしてしまえば恐れるものはない!私が手本を見せる!」

 

 目の前の敵のみならず、左右の味方に目を配り、劣勢の面影を見つければ逐一指示を出して戦況を優位に傾ける。的確かつ合理的な指示が、澱みも迷いもなく発せられる。女騎士は、全体の趨勢を見る広い目を有していた。貴族の娘が興じるママゴトのようなお飾り騎士とは次元が違う、本物の騎士然として戦場の華を体現している。

 旧知の仲なのか、たった今出会ったばかりなのかは定かではない。だが、近衛兵は女騎士に信頼を置き、彼女を中心とした戦闘態勢を受け入れている。この瞬間、彼らは間違いなく女騎士を自分の命を預けてもいい指揮官(・・・)と見定めていた。そこには羨ましいほどの完璧な統率と連携があった。女騎士は、その高飛車で孤高然とした風貌からは想像もできないほど、味方への分別と連携への理解を備えていた。

 

 だが、マドソンがなによりも驚いたのは、そんなことではなかった。

 

 彼が呆然と見つめる視界のなかで、女騎士の大剣が己に迫る模造(デミ)ミスリルの槍先をバターのように両断し、返す刀で僧兵を袈裟斬りにする。その隙を突こうと迫る別の僧兵に対し、籠手(ガントレット)が轟と唸りをあげて大気を捩じ切る。少女とは思えぬほど荒々しい構えから放たれる男勝りの拳の一撃は、迫り来る槍の切っ先を真正面から捉えたかと思いきや、模造(デミ)ミスリルの刃を安物の硝子細工のように粉々に粉砕した。

 自分たちの武器がまったく通用しないという現実を突きつけられた僧兵たちに動揺が走る。最強の武器で相手を追い詰めていた自分たちが、今では逆の立場に追い込まれている。

 

「……ま、まさか……」

 

 マドソンは息を呑んだ。人類が造れる最高硬度の金属は、王立教会でも上層部のほんの一部のみが製法を知る模造(デミ)ミスリルである。それをこうもやすやすと破壊できる金属など、心当たりは一つしか無い。

 本物の(・・・)神の鋼(ミスリル)。破壊不可能、防御不可能。神世の玉鋼を精霊が鍛えた最強無敵の金属。遥か昔に神から人類が授かったミスリルの武具は、王家が保有する鎧兜のみとされていた。だが、違ったのだ。

 模造(デミ)ミスリルの刃を破壊してもまだ喰い足りぬとばかりの拳が僧兵の鳩尾を精確に穿つ。ボグッ!と分厚い胸筋の下で肋骨が潰れる鈍い音がして、白目を向いた僧兵が絶命して膝から崩れ落ちた。なんと恐るべき膂力なのか。『剣士』や『武闘家』といったクラスの者たちは何度も見てきたが、そんなものとは比べようもない。並大抵のクラスではあるまい。

 たった数分で戦況を一変させる強さ。たった一人で戦況を一転させる存在感。

 マドソンの脳裏に『勇者』の二文字が浮かぶ。

 

(あ、悪夢だ)

 

 貼り付けたような嫌らしい笑みがボロボロと剥がれ落ち、大量の汗が伝い落ちる頬肉がピクピクと痙攣する。ミスリルの剣と鎧を装備した勇者になど、暗殺部隊を総動員したところで勝てるわけがない。

 後頭部で自己保身の本能が喚き声を立てている。視線だけでザッと周囲を見渡し、敵味方双方の戦力差を瞬時に把握する。彼我の戦力差、実力差を客観的に受け入れられる冷静さはまだ残っていた。

 手下の僧兵は12人にまで討ち減らされた。対する近衛兵は8人。一人ひとりの練度なら負けはしないが、精神的支柱を得て士気が上がる一方の近衛兵を全滅させるには不足も不足だ。不本意極まるが、潮時だった。

 

「火矢を放て!」

 

 自らの経歴に汚点を刻むことになるが、命あっての物種だ。火矢で敵の動きを止めて、その隙に僧兵の死体を回収しながら撤退する。マドソンはきちんと引き際を心得ていた。苦々しい思いを引きずりながらも野太い声を喉から発して───ふと、女騎士のエメラルドブルーの瞳と目が合った。

 蛇に睨まれた蛙の心境を彼は生まれて初めて痛感した。と同時に、自分が近衛兵の指揮者を優先して倒したように、相手もまた同じことを考えるのではないかという疑念が過ぎった。

 マドソンの唯一の計算違いは、女騎士の俊足を度し難いほどに見誤っていたことだった。

 

 ズドン。目の前に落雷が生じたが如き激震が地面を伝って骨身を震わせる。跳ね散る幾つもの石礫(いしつぶて)がマドソンの顔面を打ち据える。眼球が映した像が視神経を伝って脳に届く。

 すでにその時、ミスリルの剣は彼の剛槍ごと左目を縦に斬り裂いていた。左眼球が最後に結んだのは、視界全てを埋める黄金の髪とエメラルドブルーの瞳だった。

 傷ついた牛のような醜い悲鳴が大木の幹を揺らした。顔の左側に一文字の縦線が走ったかと思いきや、パックリと割れて鮮血が噴き出す。あまりに速過ぎて、動体視力が微塵も追いつけなかった。

 右半分だけになった視界のなか、マドソンは反射的に手に握る槍を横薙ぎにする。技術の欠片もない力任せの攻撃は、近くに控えていた部下の側頭部を強打して頭蓋骨を陥没させる結果に終わった。だが、女騎士を後退させられたことは僧兵一人の命を差し出すだけの価値はあった。女騎士は曲芸師のような軽やかなバック転で跳躍し、マドソンへの追撃を一旦諦めた。マドソンの頭が分割されなかったのは、女騎士の踏み込みが浅かったからではなく、眼球からの情報を脳が処理する前に野生じみた脊髄が上体をわずかに反らせたからだった。彼は今度こそ神に感謝した。

 

「何をしている!火矢を放て!馬車を狙え!燃やすのだっ!」

 

 おびただしく出血する左目を掌で強く押さえ、喚くように命じる。火打ち石から転じられた火花が油紙を巻いた(やじり)を松明のように激しく燃やす。間髪入れずに何本も放たれる矢は、しかしほとんどが女騎士の人外じみた剣さばきの餌食となる。だが、女騎士とて神ではない。かろうじて剣閃の網をかいくぐった一本が横転して腹を晒す馬車に到達した。それは近衛兵にとっては運悪く、マドソンにとっては運良く、雨に濡れておらず湿っていない場所だった。

 火は(シャフト)に取り付けられた火薬筒に引火し、ボンと音を立てて球状の炎で一瞬だけ周囲を昼間のように白く染めた。背中を照らす熱波と、続いて鼓膜をつんざく甲高い少女の悲鳴に、近衛兵たちの統率が乱れる。そこには彼らの主君が閉じ込められているからだ。

 

「今だ!退()けっ!退けっ!死体と武器を忘れるな!」

 

 これ以上の追撃は来ないと判断したマドソンは、己の馬に跨ると我先に遁走を開始した。僧兵たちは狂信者故にマドソンの指示を神の代理人の言葉と認識して忠実に指令を全うしようとするも、破壊された模造(デミ)ミスリルの刃を回収し尽くすことは不可能だった。仲間の死体を担いで()()うの体で追従してくる僧兵たちを一瞥し、馬の尻に鞭を入れる。

 

「おのれ、おのれ、おのれぇ……!」

 

 マドソンは奥歯を砕かんばかりに噛み締めて呻いた。顔面に力を入れたことで脳天を突く激痛が走り、脂汗が全身に滲む。常人なら気絶しても不思議ではない痛みと流血に身悶えしながら、悪人だが傑物には違いないマドソンは冷静に今後の対策を練っていた。

 あの火矢で馬車は完全に使い物にならなくなるに違いない。あのまま厄介者のルナリア姫が焼け死んでくれれば儲けものだが、馬車に刺さった火矢は一本だけだった。そう都合よくはいかないだろう。火傷でも負ってくれれば十分だ。姫が怪我をしたとなれば、主君の身をなによりも案じる近衛兵たちのことだ。王都への旅路は必ず遅延する。

 手紙や伝令なら改竄なり買収なりでなんとでもなるが、姫自身をこのまま王都に向かわせるわけにはいかない。まだガメニア国王に陰謀を知られるわけにはいかないのだ。しかも、王立教会の暗殺者に襲撃されたという事実が姫の口から語られれば、ことは陰謀の暴露のみならず、王立教会そのものの存立も危うくする。姫の暗殺という由々しき反逆行為を帳消しにできるほどの権力は、やんごとなき(・・・・・・)御位の協力者(・・・・・・)にもまだ無い。そんなことになれば、王立教会ともどもマドソンの未来も閉じられてしまう。

 なんとしても途中で姫一行を皆殺しにしなければならない。王都まではまだ距離にして70里(280キロ)以上ある。健全な騎馬の移動距離が一日で10里(40キロ)であることを考慮すれば、王都に達するまで一週間は楽にかかるだろう。近衛兵は負傷者も抱えているし、姫が怪我をしていれば期間はもっと伸びる。それだけあれば、襲撃の機会(チャンス)は何度でも巡ってくる。

 だが、神はマドソンに多大なる試練を与えていた。

 

(化け物め!)

 

 今は無き左目が最後に見た女騎士の姿を思い出す。鬼神のごとき強さ、稲妻のごとき速さ、有能な戦術家としての手腕。

 あの女騎士が姫に同行するとなると、容易に手出しは出来なくなる。あまりに強すぎる。いかに多勢を連れてこようと勝てるイメージが湧かない。軍団規模でも引き連れてくれば姫は片づけられるだろうが、犠牲が大きすぎるし、王立教会がそれだけの兵力を動かせば国王に気が付かれる。もちろん、この手でこの傷の復讐をしてやりたいという思いはあるが、自分では手も足もでないことは身に染みて理解している。

 だから、アレに勝てる強者(・・)を連れてくるしかない。あの女騎士と真正面から当たって倒せる可能性を秘める者は、この世に一人しかない。マドソンはその人物を(じか)に見たことがあった。王城での御前試合にて王国最強の騎士を子どものようにあしらってみせた若者。人類最強のクラス───『勇者(ハント)』。あの若武者のパーティーをアイツにぶつけるのだ。

 馬の臀部から血が滲むのも構わず、硬い鯨髭の鞭を怒りに任せて振るう。痛みと屈辱に顔を歪めながら、マドソンは如何にして勇者と女騎士を敵対させるかを模索していた。




作品中に「砕いた玄武岩をまぶした糸で編まれた防刃ローブ」が出てきますが、これは先日、会社で支給された防刃手袋の説明欄を読んでる時に思いつきました。なにが創作のためになるか、わからないもんです。
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