勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる 作:主(ぬし)
僧服の巨漢、王立教会の暗殺部隊を束ねるドン・マドソン特務司祭は、目の前で起きている現実を受け入れることが出来なかった。今の今まで、マドソンは神が用意してくれた幸運に感謝し、成功を確信してほくそ笑んでいた。
「この醜い豚め」。そう言われてきた自分に、人間としての地位と権力を与えてくれた『
「ルナリア姫が王立教会の陰謀に気付いた」。その知らせを聞いた時も、マドソンは一切迷わなかった。彼はその時点で動かせる手下を残らずかき集め、一人だけ馬に飛び乗ると、大粒の雨が降りしきる鬱蒼とした森を強行走破した。その甲斐は完璧に報われた。姫の馬車を“還らずの谷”に追い込んで転倒させ、追い詰めることに成功した。途中で部下の一人が“還らずの谷”に滑落していく様子を見て、マドソンは姫一行を馬車ごと谷に突き落とすという見事な策を思いついたのだ。ここで王立教会に恩を売り、姫を殺害した共犯に巻き込んでやれば、もうマドソンの出世は決まったようなものだ。この時、彼はたしかに神の意思を身近に感じていた。
だが、今はどうだ。
「……馬鹿な……」
燦然と煌めく大剣が流星の尾を引いて空間を閃く。最高の優雅と最大の強度が一つに両在する宝剣が星光を撥ね、次の瞬間には僧兵の首が毬のように地を刎ねる。豊かな金長髪が獅子の
突然、どこからともなく現れた
また一人、
必殺の攻撃を難なく防がれた僧兵から無表情の鉄仮面が砕け落ちる。自信を見るも無残に破壊され、愕然として動きを止める。それが僧兵の命取りとなった。
「仲間の仇!覚悟!」
近衛兵の気迫を乗せた大上段が振り下ろされた。負傷で膝をついていたとは思えない冴えを魅せる一撃は、たとえ僧兵が油断していなかったとしても回避できたかどうか。僧兵が後悔に歯噛みした時には時すでに遅く、近衛兵の剣は断頭台の刃のように僧兵の首を跳ね飛ばした。
それと同じことが各所で起きる様を、マドソンは一歩引いた後方で冷や汗とともに見ていた。近衛兵は、先ほどまでの狼狽模様が嘘のような士気の向上を見せていた。『騎士は心で戦う。故に心の支えを壊してやれば弱くなる』。マドソンは経験則でそれを知っていた。だから近衛兵隊長のアルバーツを先に殺したのだ。
「満足に戦える者は左右へ!負傷者は意地を張らず下がれ!中央は私が受け持つ!軽傷者は私の背後で討ち漏らしに対処せよ!」
「わかりました!みんな、騎士殿に従え!」
「「「応ッ!!」」」
だというのに、眼前の近衛兵たちに気後れした様子は無い。むしろ最高の状態に復活し、逆攻勢を掛けてきている始末だ。その中心にいるのは、件の女騎士だ。舞い踊るようにこちらの兵を撫で斬りにしていく女騎士の存在が、近衛兵たちの士気を高らかに鼓舞している。
まるで同じ死線をくぐり抜けてきたかのように、女騎士は近衛兵に呼吸を合わせながら剣を振るっている。明らかに、女騎士は戦い慣れている上に、集団戦闘を指揮することにも慣れていた。
「左の陣、敵をこちらに受け流せ!右の陣は一歩前進!敵を押し戻せ!」
「各騎、ギリギリまで見切り、槍の穂先を根本から斬り落とすのだ!棒きれにしてしまえば恐れるものはない!私が手本を見せる!」
目の前の敵のみならず、左右の味方に目を配り、劣勢の面影を見つければ逐一指示を出して戦況を優位に傾ける。的確かつ合理的な指示が、澱みも迷いもなく発せられる。女騎士は、全体の趨勢を見る広い目を有していた。貴族の娘が興じるママゴトのようなお飾り騎士とは次元が違う、本物の騎士然として戦場の華を体現している。
旧知の仲なのか、たった今出会ったばかりなのかは定かではない。だが、近衛兵は女騎士に信頼を置き、彼女を中心とした戦闘態勢を受け入れている。この瞬間、彼らは間違いなく女騎士を自分の命を預けてもいい
だが、マドソンがなによりも驚いたのは、そんなことではなかった。
彼が呆然と見つめる視界のなかで、女騎士の大剣が己に迫る
自分たちの武器がまったく通用しないという現実を突きつけられた僧兵たちに動揺が走る。最強の武器で相手を追い詰めていた自分たちが、今では逆の立場に追い込まれている。
「……ま、まさか……」
マドソンは息を呑んだ。人類が造れる最高硬度の金属は、王立教会でも上層部のほんの一部のみが製法を知る
たった数分で戦況を一変させる強さ。たった一人で戦況を一転させる存在感。
マドソンの脳裏に『勇者』の二文字が浮かぶ。
(あ、悪夢だ)
貼り付けたような嫌らしい笑みがボロボロと剥がれ落ち、大量の汗が伝い落ちる頬肉がピクピクと痙攣する。ミスリルの剣と鎧を装備した勇者になど、暗殺部隊を総動員したところで勝てるわけがない。
後頭部で自己保身の本能が喚き声を立てている。視線だけでザッと周囲を見渡し、敵味方双方の戦力差を瞬時に把握する。彼我の戦力差、実力差を客観的に受け入れられる冷静さはまだ残っていた。
手下の僧兵は12人にまで討ち減らされた。対する近衛兵は8人。一人ひとりの練度なら負けはしないが、精神的支柱を得て士気が上がる一方の近衛兵を全滅させるには不足も不足だ。不本意極まるが、潮時だった。
「火矢を放て!」
自らの経歴に汚点を刻むことになるが、命あっての物種だ。火矢で敵の動きを止めて、その隙に僧兵の死体を回収しながら撤退する。マドソンはきちんと引き際を心得ていた。苦々しい思いを引きずりながらも野太い声を喉から発して───ふと、女騎士のエメラルドブルーの瞳と目が合った。
蛇に睨まれた蛙の心境を彼は生まれて初めて痛感した。と同時に、自分が近衛兵の指揮者を優先して倒したように、相手もまた同じことを考えるのではないかという疑念が過ぎった。
マドソンの唯一の計算違いは、女騎士の俊足を度し難いほどに見誤っていたことだった。
ズドン。目の前に落雷が生じたが如き激震が地面を伝って骨身を震わせる。跳ね散る幾つもの
すでにその時、ミスリルの剣は彼の剛槍ごと左目を縦に斬り裂いていた。左眼球が最後に結んだのは、視界全てを埋める黄金の髪とエメラルドブルーの瞳だった。
傷ついた牛のような醜い悲鳴が大木の幹を揺らした。顔の左側に一文字の縦線が走ったかと思いきや、パックリと割れて鮮血が噴き出す。あまりに速過ぎて、動体視力が微塵も追いつけなかった。
右半分だけになった視界のなか、マドソンは反射的に手に握る槍を横薙ぎにする。技術の欠片もない力任せの攻撃は、近くに控えていた部下の側頭部を強打して頭蓋骨を陥没させる結果に終わった。だが、女騎士を後退させられたことは僧兵一人の命を差し出すだけの価値はあった。女騎士は曲芸師のような軽やかなバック転で跳躍し、マドソンへの追撃を一旦諦めた。マドソンの頭が分割されなかったのは、女騎士の踏み込みが浅かったからではなく、眼球からの情報を脳が処理する前に野生じみた脊髄が上体をわずかに反らせたからだった。彼は今度こそ神に感謝した。
「何をしている!火矢を放て!馬車を狙え!燃やすのだっ!」
おびただしく出血する左目を掌で強く押さえ、喚くように命じる。火打ち石から転じられた火花が油紙を巻いた
火は
「今だ!
これ以上の追撃は来ないと判断したマドソンは、己の馬に跨ると我先に遁走を開始した。僧兵たちは狂信者故にマドソンの指示を神の代理人の言葉と認識して忠実に指令を全うしようとするも、破壊された
「おのれ、おのれ、おのれぇ……!」
マドソンは奥歯を砕かんばかりに噛み締めて呻いた。顔面に力を入れたことで脳天を突く激痛が走り、脂汗が全身に滲む。常人なら気絶しても不思議ではない痛みと流血に身悶えしながら、悪人だが傑物には違いないマドソンは冷静に今後の対策を練っていた。
あの火矢で馬車は完全に使い物にならなくなるに違いない。あのまま厄介者のルナリア姫が焼け死んでくれれば儲けものだが、馬車に刺さった火矢は一本だけだった。そう都合よくはいかないだろう。火傷でも負ってくれれば十分だ。姫が怪我をしたとなれば、主君の身をなによりも案じる近衛兵たちのことだ。王都への旅路は必ず遅延する。
手紙や伝令なら改竄なり買収なりでなんとでもなるが、姫自身をこのまま王都に向かわせるわけにはいかない。まだガメニア国王に陰謀を知られるわけにはいかないのだ。しかも、王立教会の暗殺者に襲撃されたという事実が姫の口から語られれば、ことは陰謀の暴露のみならず、王立教会そのものの存立も危うくする。姫の暗殺という由々しき反逆行為を帳消しにできるほどの権力は、
なんとしても途中で姫一行を皆殺しにしなければならない。王都まではまだ距離にして
だが、神はマドソンに多大なる試練を与えていた。
(化け物め!)
今は無き左目が最後に見た女騎士の姿を思い出す。鬼神のごとき強さ、稲妻のごとき速さ、有能な戦術家としての手腕。
あの女騎士が姫に同行するとなると、容易に手出しは出来なくなる。あまりに強すぎる。いかに多勢を連れてこようと勝てるイメージが湧かない。軍団規模でも引き連れてくれば姫は片づけられるだろうが、犠牲が大きすぎるし、王立教会がそれだけの兵力を動かせば国王に気が付かれる。もちろん、この手でこの傷の復讐をしてやりたいという思いはあるが、自分では手も足もでないことは身に染みて理解している。
だから、アレに勝てる
馬の臀部から血が滲むのも構わず、硬い鯨髭の鞭を怒りに任せて振るう。痛みと屈辱に顔を歪めながら、マドソンは如何にして勇者と女騎士を敵対させるかを模索していた。
作品中に「砕いた玄武岩をまぶした糸で編まれた防刃ローブ」が出てきますが、これは先日、会社で支給された防刃手袋の説明欄を読んでる時に思いつきました。なにが創作のためになるか、わからないもんです。