勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる   作:主(ぬし)

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 『馬車をひょいひょいと修理する女騎士』。この小説は、そんな面白いギャップのあるシーンを書きたいがために作ったようなものです。馬車の構造を調べることが出来たし、書きたかった描写を書くことができて満足です。
 なお、書き進めるうちに長くなってしまったので、いったん区切った上であともう一話を更新します。


7話

「女騎士様、その素晴らしい剣と鎧はまさかミスリルなのでは!?なんと神々しい!」

「女騎士様、貴方様の剣術にはお見逸れしました!噂に聞く勇者にも勝るとも劣らぬ速さ、いったい師は何方なのです!?」

「女騎士様、貴女の指揮は見事でした!いったい幾つの合戦をくぐり抜ければそれほど見事な指揮が出来るのですか!?」

「女騎士様、どちらの流派(スクール)に所属しておられたのですか!?」

「女騎士様、その工学の知識はどのようにして身につけられたのですか!?」

「女騎士様!」

「女騎士様!!」

「「「女騎士様!!!」」」

 

(……くっころ)

 

 油断すれば「くっころ」と口から漏れてしまいそうだ。頭痛が痛い。どうしてこうなったのだろう。こめかみに手をやり、予期もしなかった今の状況に眉根を寄せる。

 僧兵を退け、少女を馬車から救い出してから、オレたちは馭者と客車内に残されていたメイドの遺体を埋葬した。その後、回収できなかった近衛兵の隊長───谷底でオレの目の前に落ちてきた兵士で、副隊長の父親らしい───に黙祷を捧げた。敬愛されていた隊長だったのだろう、各々の目に光るものがあった。夜空に染み入るような無言の時間だった。それが終わった途端の、これだ。

 興奮する忠犬のようにオレを囲う近衛兵たちを横目で覗き見る。彼らのキラキラとした眼に映っているのは、電光石火の如き勢いで自分たちを窮地から救った謎多き美貌の女騎士の姿だ。目元のキツさが高潔な威厳を漲らせ、全身からカリスマを発散し、見ているだけで安心できる強者の波動を充溢させている。まさに守護神という言葉がうってつけな女騎士だ。正直に言って、そこには実物(オレ)よりかなり誇張されているものが映っている。心境は複雑どころの話じゃなく、ゲンナリせずにはいられない。

 オレはそんな大した傑物じゃない。クラスは最底辺の『村人』だ。自分に出来るか出来ないかなんて判断する前に他人の危機に首を突っ込んだだけの場当たり馬鹿だ。新しい身体とミスリルの装備を手に入れたから彼らを助けることが出来ただけだ。これが真実の実力というわけじゃない。彼らが見ているのは、彼らが見たがっている偶像に過ぎない。

 

(……いや、魅せられている(・・・・・・・)のか)

 

 刀身の血をザッと振り払うと神剣に厚布を巻き付け、その奇妙に熱を帯びた刀身を撫でる。どことなく生物のような脈動を指先に覚え、言い知れぬ不安が腹を寒くする。やはり、普通の剣じゃない。剣の形をした何かだ。

 さっき神剣に念じて得られた“力”と引き換えにオレの身に何が起きたのかと考えを巡らせたが、その正体が見えてきた。己の戦闘力を底上げし、同時に“仲間”と互いに認識した者たちの潜在能力も引き上げる。事実、近衛兵たちは負傷や疲労など振り払ってケロリとしている。その代わり(・・・・・)、彼らはオレに対して過剰な期待と無二の信頼を寄せるようになった。まるで催眠術でも掛けられたように、オレを、実物のオレ以上の存在(・・・・・・・・・・)だと思い込んでいる。オレの言葉が彼らを駆り立て、オレの行動が彼らを無理やり引っ張る。

 神剣から力を与えられるたびに何かを犠牲に差し出しているのかと思ったが、どうもそうではないようだ。力を得るたびに、オレは“理想の女騎士”という偶像(・・)に段階的に変質させられている。この妙に芝居がかった高慢そうな口調だったり、後光のようなカリスマだったり。何を目的にして神剣がそう差し向けているのかはわからないが、そんな気がするのだ。

 

(やめてくれよ。オレは、そんな立派な者になれはしないんだ)

 

 自嘲の笑みが唇の端に滲む。思い返せば、オレは独善的な理想主義者だった。自分に実力が伴っていないことを知りながら、クラス『村人』の弱者であることを自覚しながら、ハントという『勇者』の金魚のフンとしてついて回って、困っている人を誰彼構わず助けようと手足をバタつかせて、一人で勝手に足掻いて、パーティーの足を引っ張っていた。オレがいなければ、もしかしたらパーティーはもっと先に進めていたのかもしれない。みんな、もっと強くなっていたのかもしれない。オレはそのチャンスを奪っていたのかもしれない。そう考えれば、ハントにまで愛想を尽かされたのも当然の報いだ。理想に追いつく力を得てからそれに気付くなんて、それこそ愚か者の証じゃないか。

 

 

 

「───皆さん、女騎士様が困っているではないですか。急な質問攻めは失礼ですよ」

 

 

 

 芯の通った女性の声。しっとりとして静かだが、どんな雑音も貫き通す鞭のような鋭さを有している。とても少女のものとは思えない威厳を具えた声に、浮足立っていた兵士たちは踵を鳴らして一斉に居を正し、本当の主君に注視を向ける。悔恨に落ち込みそうになっていたオレは、ほっと救われた思いでそちらを見やる。

 

(……可憐だな)

 

 ワンピーススタイルのシンプルなホワイトドレスは、質のいいフランネル生地と相まってさぞや清楚な印象を見る者に与えたろう。しかし、今は他人の血が至るところに滲み、端々に痛々しい焼け跡が覗く。だが、それすらも優雅に着こなしてみせるほどに可憐な少女だった。ただそこに立っているだけで、まるで厳かな大聖堂にいるかのような錯覚を感じさせる。持って生まれた(・・・・・・・)権威(・・)は隠しきれるものじゃない。

 少女は、あれほど苛烈な経験をしたのに自失する様子を微塵も見せようとしない。さすが(・・・)と心中で感嘆する。護衛の近衛兵の練度の高さ。充実し、統一された彼らの装備。高品位かつ最新鋭の馬車。“姫様”と呼ばれる少女の、つま先から頭のてっぺんまで一部の隙も無い高雅な雰囲気。ここまでなら、位の高い爵位に座る大領主の娘という推測も成り立つ。しかし、偶然目撃したアレ(・・・・・・・・)が推理の決め手となった。それが示唆する答えは一つしか思い浮かばない。

 少女の正体に確信を得たオレは、恭しく片膝をついて静かに(こうべ)を垂れ、最敬礼を示す。

 

「御身がご無事で何よりです。ルナリア王女殿下(・・・・・・・・)

 

 ザワリと近衛兵たちが驚きに仰け反る。驚くことに、正体を看破されたというのに本人だけはまったく衝撃を受けた様子を見せずに涼しい顔を保っていた。

 

「……私をルナリアだと推測した根拠をお聞きしても?念のために馬車からは王家の紋章を外していました。それに、私は一度会った方のお顔は絶対に忘れません。ましてや貴方のような淡麗な騎士様なら必ず覚えているはずです」

 

 「絶対に忘れない」という言葉には虚勢ではない真実味があった。あらためて少女らしからぬ自負心と胆力に驚きつつ、その問いかけに応える。

 

毛氈(もうせん)です」

「毛氈?」

 

 毛氈とは、羊などの毛で作った毛織の絨毯を意味する。オレの回答が予想外だったのだろう。キョトンと目を丸くしてオウム返しをする王女に年頃の女の子らしさを見て、微笑ましいと思う。こちらの不敬な感想が微かにほくそ笑んだ表情で伝わったらしく、少女の頬にぽっと恥じらいの赤みが差す。

 

「ど、どうして毛氈が出てくるのでしょう?」

「殿下を馬車からお助けする際、チラと敷物が目に入りました。絹のような滑らかな毛並みと艶のある赤銅色は、一瞬見ただけでとても質の良いものだとわかります。あれ程の色艶はガルベストン地方の希少な羊以外に考えられない。そのガルベストンが15年前に王家直轄地となって以来、市場にはガルベストン羊の羊毛は粗末な物以外に出回ることはありません。しかし、殿下の馬車に用いられていた毛氈はガルベストン羊のもので、一級品かつ真新しいものでした。つまり、」

「王家の者でないと入手できるはずがない。王家に連なる血筋に絞られ、そのなかで14歳の女に該当するのは第3王女ルナリア・コールドウェル・ウェストウッド・フォン・ガメニアのみという結論に至るわけですね」

 

 オレの台詞を引き継いで核心を正確に捉えてみせた少女───ルナリア・コールドウェル・ウェストウッド・フォン・ガメニア姫殿下───にコクリと一揖で応える。勇者パーティーとして女勇者を捜しながら各地を回っているあいだ、補給物資の確保はオレの役目だった。地方ごとの物価の差や、好まれる特産品や好まれない文化を商人を通して学んでいった結果、気付けばそれなりの見識を得ていたのだ。

 ちなみに、ガルベストンの羊毛については魔法使いが「ガルベストン羊のピーコートがないと寒い北方には行きたくない」というワガママを訴えたので四方八方に手を尽くして調べたのだ。当たり前だが手に入らなかったし、代わりにと購入したフットファウアー産羊毛のコートは気に入らないと投げ捨てられた。あれでもど田舎の村人だったオレからしたら十分に高級品だ。まったく、理不尽な話だ。

 近衛兵の「凄い」という感心の嘆息にくすぐったさを覚えていると、ルナリア姫が含むもののない自然な笑みを咲かせた。

 

「お見逸れしました。私とほとんど変わらない年齢でしょうに、とても博識でいらっしゃるのですね。剣技や格闘、部隊指揮といった武勇に優れ、馬車の構造を瞬時に見て取る知識や、あっという間に滑車を構築する工学技術を持っていて、それらのみならず商の知識もお持ちだとは。知勇兼備とはまさに貴女を指す言葉です」

「滅相もございません。私など、つい先ほど仲間から役立たずと放逐されたばかりで、行き場をなくして放浪していた身です。そのような大層な者では……」

 

 姫の過大な賛嘆が逆に心の傷に染みた。ハントたちから「必要ない」と言われた記憶が思い起こされて思わず喉が詰まり、上から抑え込まれたかのように頭が沈む。己の実力不足の結果を甘んじて受け入れたとは言え、ショックから立ち直れているとはお世辞にも言えなかった。

 

「まあ、そんな!貴女ほどの逸材をむざむざ手放す者がいるなんて……!」

 

 心底驚いたという反応を示してくれるルナリア姫や近衛兵たちに感謝しつつ、真実を伝えるべきか、伝えるにしてもどう説明すればいいかを悩んだ。「実は今さっきまで役立たずの男でしたし、この剣も鎧も、なんだったら身体も拾い物だし、話し方だって呪いのせいなんです」とバカ正直に告げても信じてもらえそうにないし、言い出せるような雰囲気でもない。なぜなら、オレを囲む近衛兵たちの興奮(ボルテージ)が再び盛り上がる気配を見せ始めたからだ。

 

「女騎士殿、では我が姫に仕官しては如何か!?」

 

 頭を垂れたまま口をもごもごさせていると、兵士の一人が弾けるように声を上げた。彼を皮切りにして次々と賛同の声が沸き立つ。

 

「神兵の如き戦いっぷりはまさに一騎当千!兵士どころか騎士にだって貴女に匹敵する者はいない!」

「貴女の指揮はとても見事だった。経験に裏打ちされ、実に理に適った采配だった。隊長を失って統率を失いかけていた我々には指揮官が必要だ」

「そうだ、貴女がいてくだされば、『赤の団(・・・)』とだって───」

「お、おい!皆、口が過ぎるぞ!」

 

 副隊長が気色ばみ、鋭く制した。口を滑らせた兵士が慌てて口を手で抑える。しかし、この肉体の優れた聴覚はしかとその確信的な台詞を掴んでいた。思考が繰り出されたばかりの独楽(コマ)のように激しく回転し、推論を導き出す。

 

「……ミネルヴァ第一王子が関係している、と?」

 

 副隊長が驚愕に肩を跳ねさせる気配。それと同時に、ルナリア姫の平静を装っていた顔貌に揺らぎが生じた。肯定を示して小さく頷いた表情が暗く陰る。

 『赤の団』。全員が『剣士』のクラスで構成された王国騎士団(ロイヤル・ナイツ)において、特に優秀な者のみが選抜して集められた総勢100人の精鋭中の精鋭たる戦闘集団。第二王子の『青の団』と合わせて王都を守る戦力を為す。

 ……とここまでは聞こえはいいが、その実情は異なる。“優秀”の定義が大いに歪んでいる。騎士とは名ばかりの、品行方正とは無縁な荒くれ者が集められ、武力の行使のみに特化した単なる暴力装置に過ぎない。

 オレ自身、『赤の団』にはいい印象はまったく無い。ハントが王城に招かれた日、平民の使用人に横暴な態度をとっていた団員を咎めたら、危うく逆上したその騎士に斬り捨てられるところだった。剣が振り下ろされる直前、オレが勇者パーティーの一員であることを理由に騎士を制した男こそ、『赤の団』を束ねる軍団長にして、この王国の王位継承者第一位に君臨する若き精悍なる王子───ミネルヴァ・コールドウェル・ウェストウッド・フォン・ガメニアだった。

 「すまなかったね」という口先だけの謝罪の裏側から滲む平民への嘲りを思い出し、オレは厳しい眼差しで顔を上げる。

 

「ミネルヴァ王子は王立教会の枢機卿らと大変懇意になされていると耳に入れております。此度の僧兵らによる襲撃の裏にいるのは王子だとお考えなのですね?」

「確証はありません。ですが、それを臭わせる発言を僧兵が漏らしました。考えたくはありませんが……」

 

 ルナリア姫の長い睫毛が震える。よくよく見れば、目鼻立ちに記憶のなかのミネルヴァ王子と似た印象が散見された。内面まで王子に似なくて本当によかった。

 血を分けた実の兄妹に命を狙われるのは、きっと辛いだろう。肩をさざ波のように震わせる姿は演技には見えなかったし、他人を騙すような悪辣な人物にも見えなかった。ルナリア姫が治める領地では善政が敷かれていたし、好人物であるという噂は耳にしていた。オレは彼女を信じようと思った。

 

「殿下。殿下が領地を出てこのような場所におられる理由と、ミネルヴァ王子からお命を狙われる理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「……普段、彼らはこれほど口が軽くありません。近衛たちは貴方に“将の器”を認めたようです。私も貴方にはそれを感じます。貴方を召し抱えることができればどんなに素晴らしいことか」

 

 口を滑らせた兵士を咎めない度量を示してすぐ、ルナリア姫は「ですが」と声音を低める。

 

「まだ貴方は私に仕官していない。私は貴女を叙任していない。貴女の名前すら知らない。だから、まだ通りすがり(・・・・・)でいられます。いらぬ面倒に関与してしまう前に、今ならまだ去ることが出来ます。私たちも貴女のことを知らぬ存ぜぬと押し通すことができます。それほど、事は重大なのです。一刻も早く王都に着かなければなりません。どんな障害に当たろうとも。もし、これ以上のことを聞きたいというのであれば……もはや後戻りは決して出来ないと心得なさい」

 

 大の男も萎縮してしまうような威厳を伴った強い台詞だった。脅迫とも捉えられる。だからこそ、彼女の表情とのギャップに胸を打たれた。縋り付くものを求め、助けを乞う子供の双眸。涙をいっぱいに讃えて、喉元まで出かけた「誰か助けて」という藁を掴む叫びを辛うじて抑えている、か弱い女の子の表情だった。

 

(オレは───オレはどうすべきなんだ?)

 

 オレはパーティーから追い出された。実力不足で、必要とされなくなった。それは厳然とした事実だ。だが、新たな力を手に入れたからと言って、ハントたちの下にのこのこと戻ろうという気にはなれなかった。「女になって強くなったからまた仲間にしてくれ」なんて、どんな顔をして言えばいいんだ。受け入れられたとして、どんな顔で過ごせばいいんだ。それに、この力はオレが実力で手に入れたものじゃなく、偶然見つけた拾いものに過ぎない。努力や才能で己を磨いてきた勇者パーティーの一員には相応しくない。

 なにより、本音を言えば……オレは新しい仲間を欲していた。新しい自分と新しい人生、新しい役割を欲していた。独断専行を好み、連携を好まないハントたちと違い、訓練された近衛兵たちはオレの意見に耳を傾け、オレの指示を尊重し、意図を汲み取って的確に動いてくれる。オレのような『村人』という最底辺のクラスの言うことをちゃんと聞いてくれる。そしてルナリア姫は、オレを必要としてくれている。この王国のお姫様が、だ。そんなこと、誰が想像できただろう。ほんの5年前まで大工として顎で使われていたオレが、ほんの少し前まで勇者パーティーのお荷物だったオレが、お姫様に必要とされている。誰かに必要とされ、認められ、助力を求められることなどなかったオレは、そのことが堪らなく嬉しかった。

 目の前に新世界が萌す一方で、過去という洞窟の奥から流れてくるような虚ろな声が耳元に囁かれる。

 

 

『お願いだ。僕を支えてくれ、クリス』

『ああ、ハント。お前が立派な勇者になれるように、俺がどこまでも付き合ってやる』

 

 

(何をいまさら!お前が、オレをいらないと言ったんじゃないか!)

 

 最後に見たハントの顔が脳裏に浮かぶ。眉根を苦しげに寄せ、唇を悲しげに噛み、寂しそうな目でオレを見ている。どうしてそんな顔をしているのか、理由を想像しようとして、やめた。もうオレには関係のないことだ。背中に追いすがってくる後ろめたさから顔を背けて力づくで振り払うと、オレはぐっと目を瞑り、そして開ける。どうするか、決めた。

 

「なれば殿下、私めに貴女の守護騎士(ガーディアン)の位をお授けください」

 

 厳かに告げて、本で読んだ騎士叙任式の礼儀作法を思い出しながら両手で保持した神剣を捧げもののように差し出す。ミスリルの剣身が神秘的な輝きを放つ。近衛兵たちの「おおっ」という感動のため息が空気を微振させ、小さく息を呑んだルナリア姫の拳が安堵に震えるのが見えた。力が抜けそうになった膝を叱咤したルナリア姫がオレの目の前まで歩を進め、礼儀に則って神剣をそっと手に取る。

 と、耳を澄ませなければわからないほどの弱々しい声が呟かれる。

 

「もう、本当に戻れないんですよ。私たちの前に立ち塞がる相手はとても大きく、邪悪です。しかし、進むしかありません。……それでも、いいの?」

 

 オレは心底驚いた。大切な友人を失い、護衛の(かなめ)を失い、絶体絶命の状況に叩き落されたのに、ルナリア姫はオレという他人を巻き込みまいとしている。強い味方は喉から手が出るほど欲しいだろうに。その偉大な精神性と底知れぬ慈愛に、オレはこれ以上無いほど胸が熱くなった。

 こんな主君に仕えることが出来るなんて、幸せなことに違いない。『村人』には逆立ちしたって手に入れられない名誉に違いない。

 

「構いません。むしろ私としても望むところです。私に第二の人生をお与え下さい。殿下に仕え、殿下のために生きるという新しい役目をお授け下さい。これは過去を捨て去り前に進めという運命の導きに他なりません」

 

 本心だった。これはオレが生まれ変わる良いキッカケになると思った。

 「ありがとう」という心からの感謝の呟き。その台詞に重なって、神剣の平がオレの肩にそっと置かれる。

 

「その覚悟、然と受け止めました。女騎士よ、貴女の名を名乗りなさい」

「私の名はクリス───ティアーナ。クリスティアーナ、です。ティアナとお呼び下さい、殿下」

「わかりました、ティアナ。では、簡易的ですが騎士叙任の儀を執り行います」

 

 オレの本名はクリスティアンで、クリスは愛称だ。だから咄嗟に、クリスティアンの女性名であるクリスティアーナを名乗った。ティアナであれば、過去のオレを知る者が聞いてもオレのことはわからないはずだ。

 今度は神剣の呪いではなく自分から過去を斬り捨てたことにみぞおちが冷たさを覚えるも、やはりそれからも顔を反らし、騎士の誓いを唱えるルナリア姫の瞳をじっと見つめる。

 

「ティアナ。我が騎士となる者よ。謙虚であれ。誠実であれ。礼儀を守れ。裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく。己の品位を高め、堂々と振る舞い、民を守る盾となれ。主の敵を討つ矛となれ。騎士である身を忘れるな」

 

 少女らしからぬ威厳ある声が言霊となって全身をビリビリと激震させる。この世界に騎士が誕生してから今日まで継承されてきた品位と伝統が実体的な重さを伴って魂に伸し掛かる。それに負けじとオレも一言一言に熱意を込めて宣誓の言葉を紡ぐ。

 

「我が主君、ルナリア・コールドウェル・ウェストウッド・フォン・ガメニア姫殿下。我が名誉と誇りに懸けて、御身を守り抜くことをここに誓います」

 

 そして、そっと剣身に唇を落とす。主君と騎士という主従関係が成立したことの証だ。これで騎士叙任の儀式は終わった。見上げれば、ルナリア姫が頬を緩ませて微笑んでいた。その瞳は久しぶりに安らぎを覚えて涙に潤んでいた。

 

「近衛兵全員、新たな守護騎士(ガーディアン)ティアナ殿の叙任を讃えよ!!」

 

 副隊長のたくましい号令が轟くやいなや、厳かな静寂が歓呼の咆哮へと一瞬で場を譲った。剣という剣が夜空に向かって突き上げられ、雄々しい咆哮が星星を圧倒する。オレの新しい門出を祝ってくれているように思えた。今からオレはティアナだ。ルナリア姫を護る騎士になったんだ。これでいい。これでよかったんだ。過去の弱いオレのままだったならお姫様の騎士になるなんて夢のまた夢だった。オレはこうなることを望んでいたんだ。

 そうやって自分を無理やり納得させ、オレは騎士に任じられた喜びの余韻に浸りながら姫に満面の笑みを見せる。

 

(じゃあな、ハント。もう会うことはないだろう。元気でやれよ)

 

 心の鉄扉を閉める。陰ってゆく扉の向こうに垣間見えた寂しげな子供(ハント)の姿に胸に痛みが走ったのも一瞬、音を立てて扉が完全に施錠されれば、それも徐々に薄れていった。

 今日このとき、オレは生まれ変わった。弱かった『村人』クリスを捨て、強い『女騎士』ティアナとして生きていくんだ。

 

 

 決意と希望に燃えるオレの手のなかで、神剣が“熱”を脈動させたが、何故かもう気にならなかった。




 登場人物の名前や国名は全て『星を継ぐもの(著:ジェイムズ・P・ホーガン)』から引用しています。「ファンタジー小説を書くときは真逆のSF小説からアイデアを貰う」というのが僕の考えでして、今回もそうしました。
 『星を継ぐもの』とは、主人公であるヴィクター・“ハント”と、彼の良きライバルである“クリス”チャン・ダンチェッカー教授、そこに色を添える“リン”・ガーランドが地球生命のルーツを探る、SF小説の最高傑作の一つです。近未来、月基地建設中に高度な宇宙服を装着したミイラが発見されます。調べてみると、なんと5万年前の人間だということがわかります。過去の地球にそんな高度な文明があった証拠はないのに、遺伝子は間違いなく人間に違いありません。このミイラ“チャーリー”は、いったいどこから来たのか。どうして月で死ぬことになったのか。最後の数ページで大どんでん返しがあり、読者に驚きを与えること間違いなしです。お薦めです。ちなみに漫画版もありますが、ストーリーが原作と違います。僕は原作小説の方が好きです。
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