勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる 作:主(ぬし)
(なんて、美しい人なんだろう)
火の粉を散らせ、颯爽とローブを背に羽織る女騎士の幻想的な姿に、私は殺されかけていた事実すら忘れて心の底から見惚れてしまった。
背後の満月さえも脇役に押しのけてしまう神秘的な存在感に思わず息を呑む。月光に負けじと輝く豊潤な金長髪。思わずたじろいでしまうほど完璧な美貌。健康的に伸びた白く長い手足、くびれた華奢な腰と豊かな肉付きは、砂時計のような曲線美を大胆不敵に躍動させる。そんな、美の女神も裸足で逃げ出す見た目とはまったく対称的な硬さを秘めた、エメラルドグリーンの瞳。まるで男性のような硬質さを宿す双眸は、悲しみと慈しみ、強さと哀愁を奥に秘めて、
およそ男女という枠を超えた、ヒト型が到達しうる究極の美の結晶人を前にすれば、同性であろうと心を奪われずにはいられない。所作一つひとつが絵画じみていて、まるで内なる魂から煌々と光が溢れ出ているかのようだ。
(なんて、強い人なんだろう)
ただ美しいだけではない。並外れた身体能力、卓越した剣技、無敵の装備、出会ったばかりの近衛兵を一つの群生生物のように操る神がかり的に見事な指揮。それら
今もって、私は彼女の素性も知らない。どこから来て、どんな人生を経てきたのか、露とも知らない。でも、この人は信頼できると確信していた。なぜなら、この人は誰よりもまっさきにシリルの遺体を弔ってくれたから。
普通、王家の者に仕えるメイドは廷臣の娘が担うのが慣習とされている。けれも、私は王立学校で懇意となった平民出身のシリルを王女付きのメイドに推薦した。シリルとはとても気が合ったから。でも、成績優秀の者とはいえ、平民であるシリルに対して心無い態度をとる騎士や貴族は絶えなかった。私の近衛兵たちでさえ、最初の頃は長年の習慣からぞんざいな対応をしていた。悪気があって蔑視をしていたわけではなく、生まれ持った身分やクラスが人生を左右するこの世界では致し方の無い、骨の髄まで染み込んだ“伝統”のようなものだった。シリルという平民の友が出来なければ、私も同じことをしていたと思う。
そんな理不尽な世界で、彼女は生前の姿が見る影もない無残なシリルの遺体を赤子のように大切に抱きかかえ、丁重に埋葬してくれた。戦友でもなんでもない、生きている内に言葉を交わしたこともないシリルが御世に旅立てるようにと本心から祈ってくれた。そこには身分の違いなど介さない思いやりが確かにあった。きっと『剣士』より高位の恵まれたクラスだろうに、彼女は理不尽な世界の因習に染まってはいなかった。そのことに、私は心から感じ入った。
(19歳……いえ、18歳かしら?)
長く優美な手足と凛々しいアルトの声音、そして経験の積み重ねを感じさせる奥行きのある双瞳が見た目の年齢を大人びさせているけれど、よくよく見れば齢の頃は私とほとんど変わらないことがわかる。まだ大人になりきれていない顔立ちから、少なくとも20歳には達していないと思えた。けれど、その落ち着いた佇まいは如何にも地に足がついた大人そのもので、どれだけの経験を積めばその歳でその域に達せられるのかと思わず問い詰めたくなる。王国選り抜きの家庭教師に教えを請うたとはいえ、しょせん受け売りの知識しか知らない私が逆立ちしても敵わない“生の体験”が身の内に充溢し、全身から自信となって溢れている。
表面的ではなく確固とした根拠に裏打ちされた言動にこそ人は説得力を感じるし、そういう言葉こそ人を導くに足る力を持つ。この女騎士には人の上に立つ“格”を感じた。
(どうして、こんな英雄のような人が仲間から追い出されてしまうのかしら?)
恭しく跪いて私を
他者を慮る物腰は余裕があって柔らかいけど、貴族的な大仰さや優雅さはなく、物心ついた頃からの教育で研ぎ澄まされた武人的な洗練さや突き放すような厳格さはない。むしろ、互いに助け合おうとする細かい心配りと最低限の動作で最大限の効果を得ようとする無駄のない動きには、シリルのような平民の雰囲気を感じる。そのことから、ティアナはかつて人品卑しからぬ身分ではあったが、事情があって平民に格下げされてしまった家の出なのではないかと私は予想した。おそらくは武家だろう。彼女が幼い頃に平民になっていたのなら、これほどの武人が無名であることも、私が顔を覚えていないことも頷ける。あえて家名を口にしなかったことには理由があるに違いない。
(きっと、なにかあったんだわ)
仲間から放逐されたと語る際、俯くティアナが見せた悲哀の欠片を私は見逃さなかった。何があったのかは想像するしかない。けれど、この実力と美貌だ。実家や以前の仲間との間で、さぞや不快な出来事が起きたのだろう。ティアナの真っ直ぐな正義感や誠実さからして、彼女がトラブルを引き起こす人間とは思えなかった。むしろ真っ直ぐ過ぎる正義感や誠実さが仇となったのかもしれない。不条理なこの世界では出る杭は打たれてしまう。ティアナなら尚さらだ。ともかく、傷心の女性、しかも恩人に対して今は不躾に尋ねるべきではないと思った。
(これほどの武人がまだ誰にも仕えていないなんて信じられない)
話を聞けば聞くほど、ティアナには運命を感じずにはいられなかった。それと同時に、これほど有能な人材を野放しにしていた王国と、これほどの類稀なる逸材をまんまと手放したという彼女の元仲間に、感謝と呆れという相反する感情が募った。元仲間に追い出されたティアナには気の毒だけど、私にとってはこの上ない幸運を寄越してくれたも同然だから。
今夜、大事な人たちを奪われてようやく理解した。私には“力”が足りていない。救いも、願いも、理想も、悪意を持った武力で潰されてしまえばひとたまりもないということを知った。力を伴わない声は存在しないに等しい。だけど、今の私にはその“力”を体現する
「私の馬をどうぞ、ティアナ
「しかし、グレイ殿の愛馬であろう、本当に良いのか?」
「構いません。姫様の馬車を牽いていた馬もおれば、父の軍馬もおります。余っているくらいですよ」
「そうか。かたじけない。グレイ殿のお言葉に甘えよう」
「いえ。隊長に跨ってもらえるなんて、こいつも喜びますよ。それと“グレイ殿”はやめてください。貴女が隊長なんです。姫様がそうお命じになったし、俺もその方がいいと思います。だから、俺のことはどうか副隊長とお呼び下さい」
「ああ、わかった、グレイ副隊長。新参者が指揮権を横から簒奪する形になって許してほしい。これからよろしく頼む」
「と、とんでもない!俺こそ、貴女のようなお美しい───じゃなくて勇壮な騎士のお傍に立てるなんて最高───じゃなくて、とても名誉なことです!」
わははは、とグレイがいつに無く調子の高い笑い声をあげる。違和感があると思ったら、いつの間にか愛用の無骨な
隊長が戦死したのだから、順当に考えれば副隊長であったグレイが繰り上げされて隊長の役を担うはずだった。そこへ、命の恩人とは言え会ったこともない少女がやってきて隊長に任ぜられたのだ。任命したのは私だけど、そのことをグレイが面白く思わないのではないかと心配していた。けれど、ティアナはそんなグレイを気遣って角が立たないように謙虚に接してくれている。予想以上の人格者だ。私の心配が杞憂とわかってほっと安心する。でも、グレイのモジモジとした態度を見るに、もしかしたらそれ以上に厄介なことになっているような気がする。
のぼせ上がった少年のように急に身なりを気にしだしたグレイの行動に首を傾げて、ふと彼の父親であった近衛兵隊長のアルバーツが2年前に彼を私に紹介した時のセリフを思い出した。
『息子という贔屓目を廃しても、剣の技量は確かです。が、私に似らず生真面目で、二十歳を過ぎても交際の一つもしたことがない修練一筋の堅物です。婦女子との会話もろくにしたことがございません。決して醜男ではないのですが』
(………グレイ、あなた……)
「もっと遊びを教えるべきでしたなあ」とアルバーツの呆れ声が耳元にこだまする。私の心中の呟きが聞こえでもしたのか、はたまた私のじとっと細めた視線を察知したのか、グレイがハッとして背筋を伸ばすとわたわたと慌てて近衛兵たちに指揮を飛ばし始める。
「さ、さあっ!先はまだ長い!ティアナ隊長のもと、必ずや王都ウォキンガムに辿り着くのだ!」
「「「おうっ!」」」
上擦った声に、近衛兵たちがいつも通りの───心なしかいつもより気合の入った───咆哮で応える。けれど、彼らが兜の下で茶化すように頬を綻ばせているのは明らかだ。
アルバーツの采配で、私の近衛兵には血気盛んな若武者ではなく30代から40代前半の熟練兵が峻別されている。20代は、兵学校を主席で卒業した若き武人にしてアルバーツの息子でもあるグレイのみだ。彼らにしてみれば、私は自分の娘と同年代だし、グレイもまた長年慕っていた隊長の一人息子とあって他人とは思えない存在なのだ。そして、今年22歳になるグレイの目には、ティアナは年齢の近い絶世の美少女として映っていることは世間知らずの私にもよくわかる。
遅れてきた思春期そのものの反応を隠しきれないグレイと、彼を温かく見守る近衛兵たちを見回し、私も思わずふっと微笑みをこぼす。それは安堵から生まれたものだった。親友、父親、隊長。私たちはそれぞれにとって大切な人を失った。絶望のとば口まで追い詰められた。まさに悪夢のような辛い夜だった。けれども、私たちは自分を見失うことはしない。誰にも私たちの心を完全に打ちのめすことは出来ない。なぜなら、私たちはティアナという新しく強い希望の光を得たのだから。
宵闇が薄れ、東の空が白み始める。光差すその方角には、まさしく私たちが目指すガメニア王国の王都ウォキンガムが待っている。
(天国から見ていて、アルバーツ、シリル。貴方たちの死は、絶対に無駄にはしない)
山脈を照らす曙光に拳をギュッと力ませる私の肩に、そっと手が置かれた。振り返れば、優しさを帯びたエメラルドグリーンの眼差し。この瞳はどれほどの不条理に鍛えられてきたのだろう。何度も何度も悔しくて悲しい思いに打ち据えられてきたのに、それでも他人を思いやる心を手放さなかったティアナの眼差しが私をひたと見据えていた。
形の良い朱色の唇が悠揚迫らぬ落ち着いた声音を発する。心を暖かく包むこむような響きに、意識せず“兄”という単語が想起される。
「姫様、まずは態勢を立て直すことが先決です。ここから東南に馬を半日走らせた穀倉地帯にメア・インブリウムという合同村があります。穀物の取り引きで栄えていて、ほぼ街といって差し付けない賑やかで活気のある村です。そこへ行きましょう」
「ですが、私たちは一刻も早く王都へ行かねばならないことがあるのです。早駆けすれば一週間もせずに辿り着けるはず。立ち寄っている暇など……」
「当初の計画とは大きく狂っているはずです。馬車を破壊され、ほぼ全ての物資が失われました。食料や衣服から馬の餌料、予備の武器もです。剣も盾も馬車の下敷きになり、燃えてしまってもはや使い物になりません。近衛兵たちの装備もかなりのダメージを負わされています。糧食もなく装備も心もとないとあっては、どんなに士気が高くとも王都まで強行軍を続けるには不安が大きすぎます。メア・インブリウムを過ぎてしまうと規模の大きな村も街も望めません。補給と整備のチャンスはここだけです。『勇者』のクラスを持つ超人ならさておき、我々のような普通の人間は士気だけでは戦えません」
“
どこの世界の普通の人間が飛来する矢の雨を叩き落とせるのだろう。全員の胸中に浮かんだ疑問を露と知らず、ティアナは説得の言を紡ぐ。
「幸いなことに、メア・インブリウムには腕のいい信用できる鍛冶屋もおります。一日あれば、人数分の剣を鍛え直すくらいは可能でしょう。一度仕事を頼んだことがありますが、相応の金さえ払えば良い仕事をする一端の職人です」
ティアナの言うことはもっともだ。焦燥に逸って冷静でなくなっていた。僧兵の
ティアナが持つ兵站の重要性への理解と地理への広範な知識について、何度目かわからない感心をして目を丸くする私に、ティアナが説得の追い打ちをかけてくる。
「それに、姫様のお召し物も替えていただいた方がよいかと。そのような高級な衣服は間違いなく目立ちます。このままでは如何にも“裕福なご令嬢のお忍び旅”と宣伝してまわっているようなものです。そこへ護衛の少なさと装備の貧弱さを見れば、不届きな野盗や山賊が黙ってはいないでしょう。非礼な物言いになりますが、穀倉地帯と王都の間は不毛の一帯で、王国の治世があまり行き届いておりません。賊の隠れアジトもあるほどです」
「ティアナ隊長、そういえば数年前、勇者一行が国王陛下に拝謁する際にその一帯を通って、そういった
「ん?ああ、たしかに去年に通りがかった際に偶然山賊のアジトに遭遇して大立ち回りをしたが、周辺の治安のために他のアジトを探して駆逐してしまおうと言ってもハントも誰も耳を貸さずにすぐに立ち去ってしまったから中途半端になってしまって、」
「え?」
「ア゛ッ!?ち、ちがう!そういう噂を耳にしたまでだ!勇者一行による山賊退治は完全なものではなかったから、連中がまた息を吹き返している恐れは十分にある!いらぬ危険まで背負うことはないと言いたいのだ!」
不自然に声を荒げたティアナが目をグルグルと瞠らせ、近衛兵の一人に詰め寄って力説する。その勢いに負けたわけではないが、私は「なるほど、たしかに」と顎に手を当てて納得する。馬車と装備を失った今、あえて高貴な身分であることを喧伝しながら王都へ向かうのは余計な危険に身を晒すことになりかねない。それを防ぐために身分を隠すような変装をすべきという進言は的を得ている。ついでに近衛兵たちも装備を一新するついでに服装を変えれば、私の命を狙う追手への目くらましにもなる。目立たない格好で、穀物を運搬する人々がごった返す大街道に出てしまえば、こっちのものだ。
だけど……一つ、気がかりなことがある。
「ティアナ、その、言いにくいのですが、私たちには
馬車はほぼ全て燃えてしまった、とティアナは言った。であれば、金品もまた同じ灰への運命を辿ったに違いない。王族とはいえ自分の領地を経営している身なのだから、この国の隅から隅まで貨幣経済体制が敷かれていることくらいはちゃんと知っている。代金を支払わなければ対価を得ることは出来ないのは自明の理だ。メア・インブリウムで服や剣がいったい幾らで取引されているのかまでは知らないけど、人数分を購入するとなるとそれなりの金額になるだろう。その証拠に、近衛兵たちも気まずそうな表情で互いに目を合わせている。庭師の次男坊から近衛兵隊長にまで努力で上り詰めた叩き上げのアルバーツならともかく、他の者たちは己が『剣士』のクラスであると神託を得たときから剣の腕一つを極めてきた。そんな彼らにしてみても、無一文の状態で放り出された経験などあるはずもない。
自分のせいだ、と気落ちして肩を落とす。火急の件だったため、急遽荷物をまとめて少人数で出発したし、途中にどこにも立ち寄る予定はなかったから、非常時のためのお金はシリルがわずかに持っていただけだった。今考えれば想定不足にも程がある。
私が第三王女であることを知らしめて必要なものを徴出してしまうという手も考えられるけど、それは私の矜持が許さない。民草に理不尽を強いることはしたくない。それこそ山賊と同じになってしまう。そもそも、王家の身分をひけらかすような華美な装飾を私が好まなかったこともあって、私が王家の一員であることを証明できる物品は、ティアナが目にした馬車の毛氈くらいなものだ。それらをまるまる失ってしまった以上、私が王女であることを証明するものがなくなってしまった。というわけで、王女としてはとても情けない話なのだけれど、私はまったくの無一文なのだ。
己の未熟を突きつけられて自己嫌悪に浸りそうになる。
「姫様、ご安心ください。私に一計があります」
わだかまる負の感情を討ち晴らす力強いセリフに顔を上げれば、ティアナが得々とした笑みを浮かべて自信満々に胸を張った。ミスリルの胸当ての内側で豊かな乳房が鞠のように弾む。
「私は長らくパーティーの裏方をやってきましたので、資金繰りについては多少の心得があります。錬金術師のように無から有を生み出すことは出来ませんが、1から10を生み出すくらいはやってみせましょう。なに、一夜にして姫様を金満家にしてみせますよ」
なんと贅沢な裏方がいたものだ、という近衛兵たちの心の声が聞こえた気がした。宝の持ち腐れもいいところだ。ティアナが属していたというパーティーには適材適所という考えがごっそり欠如していたに違いない、と私たちは戸惑いを覚える。……若干一名はティアナが身体を反らせたことでスカートから顔を出した白い太ももに気を散らされてそれどころじゃないみたいだけれど。
でも、信じられる。ティアナは根拠もなくうそぶいたりはしない。大言壮語を好まない人間だからこそ、今のティアナの自信に満ちた笑顔からはそれだけの説得力が滲み出ていた。
「他でもないティアナがそう言うのなら、私は信じましょう。皆も良いですね?」
近衛兵たちが一斉に力強く頷いて応える。無一文の私をお金持ちにしてみせるなんて、いったいどんな魔法を使う気なんだろう。不敵な表情を見せつけるティアナに、あらためてこの才知豊かな女騎士を叙任できた幸運に心から感謝する。ティアナがいれば不可能なんて無いと思える。強くて、多才で、人格者でもあるティアナの方が、
(
実は一度、私は勇者をこの目で見たことがある。
この世界で唯一『勇者』のクラスを神から授かったとされる少年、ハント。歴代勇者のなかでも最強と噂され、魔王を打倒する可能性も秘めた超一流の戦士。そんな彼が、国王であるお父様に拝謁するために城までやってきたことがあった。伝説の勇者をひと目見ようと、私は心躍らせながら上階の窓から彼を覗き見たのだ。だって、もしかしたら将来、自分の夫となるかもしれないと思ったから。
最初、意外なほどに勇者が幼いことに驚いた。一回りは上だろうと思っていたら、私とほとんど年嵩の変わらない子どもだった。子どもでありながら、剣技を披露するために国王の近衛兵と御前試合を行った際の剣舞の冴えに大きく喉を鳴らしたことを覚えている。精鋭中の精鋭であり己より遥かに巨躯の騎士を、赤子の手をひねるようにやすやすと地に伏せさせる実力に、お父様すら言葉を失ってしまった。大人と子どもの立場が完全に逆転し、近衛兵は手も足も出ていなかった。圧倒的なパワー、圧倒的なスピード、圧倒的な動体視力、圧倒的な戦闘センス。───でも、
ハントは、一緒にいた少し年上の男の人に頼り切っていた。傍目から見ていてもそれがよくわかった。あの人は兄だったのだろうか。それにしては一人だけ痩せていて装備が貧弱だったけど、ハントに対等に話しかけていたから少なくとも従者ではなかった。ハントは、些末なことはそちらに任せて、自分は剣を振るってチヤホヤと褒め称えられることが嬉しくて仕方ないといった様子だった。自分の『勇者』というクラスの力に溺れているのは火を見るよりも明らかだった。数ヶ月前にパーティーメンバーに加わったという武闘家と魔法使いも、男の人が何度も苦言や助言を呈しているのにまるで聞く耳を持たない。武闘家は自分より弱い人間の言うことは聞かないといった態度で男の人をあしらい、魔法使いの少女に至っては無視をしていた。取り付く島のない二人を必死に説得する男の人の涙ぐましい姿を直視していられず、私は勇者への幻滅もあって窓をピシャリと閉めてしまった。
上から俯瞰して見れば、彼らの関係が理想的で無いことは明白だった。パーティーを率いるリーダー足るべき勇者が完全に機能していないことに、私は少なくない失望を覚えた。
(勇者ハント。果てしなく強いけど、中身は未熟。だからこそ、
己を律する心力を持たず、恵まれた力の正しい使いみちを自分で判断できないというのは、自他共にとって不幸なことだ。それが勇者であれば、もはや目も当てられない。特に、そこに付け入ろうとする者がいる場合には最悪の結末が待っている。
待ち受ける終焉の様相を想像してしまい、背筋に戦慄が走る。
(それこそ、王立教会がたくらむ陰謀───“
偶然、親しい貴族を通じて手元に転がってきたその情報に、私は度肝を抜かれた。王立教会が勇者を独自の戦力として組み込もうとしているというのだ。すでに僧兵団という信仰厚く精強な独自の兵力を有していながら、王立教会は密かに勇者とその仲間たちを己の子飼いにしようとしている。そして、行く行くは勇者たちを尖兵としてクーデターを起こし、国王の心胆を寒からしめるのみならず、不遜にも王国そのものを乗っ取ろうとしているという。最初はくだらない陰謀論だと片付けようとした。たしかに勇者パーティーには女性の神官が派遣されているが、それは根拠にはならない。魔族の出現に対応して各地を転戦する勇者パーティーを支援するには、王国の出先機関より各地の王立教会支部の方がまだ役に立つ。神官はその連絡役としてパーティーに加わっていると聞いていたし、なにより信じるに足る証拠が無かった。怯えた様子で陰謀を打ち明けてくれた貴族の女性をやんわりと諌め、その日は護衛をつけて家路へ着かせた。翌日、もっと詳しく聞こうと思ったのだ。
しかし、翌朝にその女性が殺されたという話を耳にして、私は胃の腑に氷を詰め込まれたかのような恐ろしい不安に襲われた。彼女は暗殺されたのだ。迎えに行かせた使用人によると、家族もことごとく殺され、当人は酷い拷問を受けた末に絶命していたという。拷問をした下手人は、彼女が情報を誰に話したのかを問い詰めたに違いない。その報せを聞いて、私は情報が正確だったことを確信した。そして、自領地を出発してからわずか2日で僧兵に襲撃を受け、揺るぎない証拠を得た。さらに、その背後にはミネルヴァお兄様がいることも知ってしまった。
(お兄様……どうしてなのですか?)
ミネルヴァお兄様。3人兄妹のなかでもっともお父様の信任厚く、弟と妹を大事にしてくれた長兄。他人に対しては冷たくて取っつきにくい性格だけど、度を超えた理不尽を押し付けることはしない理性を具えていた。平民を斬ろうとした配下の騎士を制止して、後にその騎士を処罰したという話も聞いたことがある。荒くれ者が多い『赤の団』を自らの支配下に置いたのも、彼らの手綱を締めるためだと語っていた。その言葉に偽りがあるとはどうしても思えない。
ミネルヴァお兄様は、いつも身体の弱いジェヴェレン兄様と青臭い理想家の私を気遣って、顔を合わせたときには滅多に他人に見せない自然な微笑みを向けてくれた。そんなお兄様が私たちを裏切ろうとしているなんて、にわかに信じられなかった。
長兄であり、文武
なのに、どうしてこのタイミングで王立教会と結託してクーデターを目論むのか、どうして私の命を狙うのか、まるで理解できなかった。どう考えても平仄が合わない。
(でも……こうなってしまった以上、もうどうしようもない。事実として王立教会の手先に貴族が殺され、私の身も害された。もはやただの噂話では片付けられない。なんとしてでもお父様に知らせるしかない)
そう、私は立ち止まることは出来ない。立ち止まってしまうことは、アルバーツやシリルの死を無駄にしてしまうことになる。それは許されない。
(大丈夫、私にはティアナがいる!)
覚悟を新たに、私は目の前の
ついに昇った朝日が闇を急速に後退させ、瞬く間に世界を光の領地へ染め上げていく。くっきりと軽快な朝の陽光に照らされた黄金の長髪が煌めき渡り、神獅子の
(もしも、ミネルヴァお兄様が勇者ハントを差し向けてきたとしても、ティアナなら勝てる)
勇者ハントと女騎士ティアナが戦う様子を想像する。でも、彼女が負けるイメージがまったく湧かない。凛々しい横顔で朝日を目に焼き付けるこの美貌の女騎士は、きっと勇者ハントに対抗する切り札となってくれる。
「では、行きましょう!メア・インブリウムへ!!」
曙光から伸びる清浄の光に向けて私たちは颯爽と歩みだす。
その一歩が世界全体のバランスを揺るがす激動の始まりに過ぎないことなど、誰も気づかないままに。
書きたい描写を入れれば入れるほど長くなっていきます。あと一話です。
「勇者パーティー追放モノ」は良くも悪くもなろう小説っぽいので、果たして読んでくれる人がいるのか、楽しんでくれる人がいるのかと心配でしたが、予想していたよりずっと楽しんでもらえてよかったです。今回の小説では、覚えたばかりの言葉だったり言い回しだったりを実験として使っています。騎士には騎士らしい言い回しを、王族には王族らしい喋り方をさせるように気を使ってみました。それよりなにより、自分が楽しむことをなによりも優先して書いたつもりです。僕も楽しんで、読む人も楽しんでくれれば、ウルトラハッピー!