勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる 作:主(ぬし)
輝く力を失った太陽が峨々とした山谷の
血のように赤い夕日を浴びて、大きな巻き角の
クリスを失ってから二日目の夕刻。固く締まった砂の小道を踏みしめる音が四人分、微妙に湿り気を帯びた山の大気に吸い込まれては消えていく。山脈の谷間に吸い込まれていく死に体の太陽を背にして、目的地の手前で歩を止めた私はローブを翻して隣のハントに向き合った。
「───ハント。今から、ある司祭に会ってもらうわ」
地方ではもっとも大きな教会の鉄門から私の固い声が跳ね返ってくる。
“教会は質素であるべき”という不文律が守られていたのは私が生まれる前の話で、もはや往時茫々としてしまっている。首都の一等地に建立された豪華絢爛な大聖堂を見れば一目瞭然だ。どんな組織も権力を持った瞬間から腐敗していくという潮流は昔から変わらない。
(だけど、地方でここまであけすけに暗黙の取り決めを無視している教会は珍しいわね。なんていうか、これじゃまるで……)
広大なぶどう畑の中心。すり鉢をひっくり返したような小高い丘にその教会は大柄な態度で居座っていた。物見
(まさに“要塞”、ね)
この近くは第3王女ルナリア姫殿下が治められる盤石で豊かな領地があり、魔族が出没するような地域ではない。姫殿下の治世が行き届いているから野盗や山賊が多いわけでもない。その病的なまでの堅固さに、ここの主に対して驚きと呆れが同時に訪れる。とはいえ、彼の役目の性質上、その本拠地が神経質になるということも納得できない話じゃない。コリエル神の教えが行き届いていない辺境の地へ信仰を広めに行くというお役目を担っている司祭は、何度も身の危険を経験したという。だからこそ、彼は身の回りに屈強な僧兵を15人も従えている。枢機卿でもない一人の司祭に10人以上の僧兵が護衛につくなんて、例外中の例外だ。彼の顔は広く、地方の教会はもちろん、古参の枢機卿たちや果ては貴族にも顔が利くという。なんとなく胡散臭くてお近づきになることを避けていたけれど、クリスを失ってしまった私たちには背に腹は変えられない。この司祭に会って厚い協力を得ることが、これからの私たちの活動に大きく影響する。
(図ったようなタイミングでの支援の申し出。疑う理由はないけど、裏があるのかしら)
クリスの欠落は、その
そうして、彼の残した補給品を食いつぶしながら途方にくれている私たちに
“教会からの潤沢かつ広範な支援を約束する代わりに頼みたい役目がある。”
きな臭くないといえば嘘になる。けれど、選択の余地はなかった。なにより、何かしらのキッカケがなければ、私たちは動き出すことが出来なかった。思えば、パーティーの次の目的地を見定めていたのもクリスだったのだ。私たちはコンパスすら失ってしまった。
「ハント、聞いてるの?」
「……ああ、聞いてる」
ハントは濁った白目に虚ろな瞳孔を漂わせたまま力なく頷く。耳に入っているけど頭には入っていない。彼の意識はいまだ“死の谷”の底に無残に横たわっているであろう一人の男のそばで立ち尽くしている。“心ここにあらず”といった様子のハントに、それでも説明をしないのは不義理になるからとやけっぱちにならずに根気よく話を続ける。
「貴方たち───いいえ、
その交渉や折衝を、私がいない時は“誰”がやってくれていたのか。そこについては敢えて言及しなかった。私の当てつけるような物言いが刺さったのか、表情を後悔で暗くする魔法使いと武闘家にチラリと目線を流し、再びハントの濁った双眼を真正面からじっと見据える。
「でも、それと同時に王立教会もパーティーの援助をしていることはわかっているわね。王国の出先機関はせいぜい規模が大きな街にしか無いけれど、教会なら地方の村にだってある。だからこそ、私たちは見知らぬ土地でも問題なく活動できていた。これからはそのサポートをより手厚く行ってもらわないといけない。情報提供や物資の補給といった後方支援をしてもらわないと、私たちは活動できない」
その役目を一手に担っていた人を追い出して、殺してしまったのだから。言外に込めた私の糾弾に顎をさらに下げて重苦しげに俯くハントの胸板を杖で軽く小突く。
「しっかりしなさい。貴方は『勇者』よ。我らがコリエル神がこの世に遣わし給うた希望の光。爪持たぬ弱き人々の盾となり、魔の闇に切り込む剣となる者。己の役目を自覚しなさい」
「……僕には……僕だけじゃ、そんな大役……
今さら必要としても、いなくなってしまった人は帰ってこない。喉から迸りそうになる叫びを全精力を傾けて飲み込む。
「狼狽える自分がいるのなら、そんな自分はいますぐ殺してしまいなさい。神託通りに“もうひとりの女勇者”とやらを見つけるまでは、貴方は自分自身のみという片翼で飛び続けなければならない」
そうして、ハントの腕を迷い子にするようにそっと優しく擦ってやる。
「でも、私たちが支えてあげる。そのために私たち仲間がいる。そうよね、二人とも?」
「ああ、俺は腹をくくったぜ。もう取り返しはつかない。だから、自分に出来ることはなんでもやる。面目躍如の機会を与えられたと考えてる。ハント殿、俺はアンタについていくよ」
「わ、私は……私は、
武闘家と魔法使いの絞り出すような決意に、淀んでいたハントの目に僅かながら生気が差し、色味が戻る。
「……リン、君も僕を支えてくれるのか?」
その縋り付くような目線にこめかみが疼く。声によそよそしさが滲まないように全身全霊の気力を込めて、私は応える。
「支えるわ。全力で支えてあげる。
これまでより少しだけ生気を取り戻したハントが「わかった」と小さく頷く。茫洋とした眼差しは沼のように感情が沈殿していて、奥の真意までは見通せない。彫刻のような表情は暗く強張ったままだ。今、ハントは何を考えているのだろう。気にはなったが、心配する気には到底なれなかった。
私はハントを許さない。私から
不意に、今となっては懐かしい
「ねえ、貴女、それって、」
冷たい風に矮躯を縮こませる魔法使いが、上等なコートに身を包んでいた。丈の短いピーコートは暖かそうな
ついキツくなった眼差しに魔法使いがビクリと肩を震わせ、気後れした顔を曇らせる。いつもの高飛車な魔法使いらしくない殊勝な態度に疑問が募る。
「……去年、“ガルベストンのコートがないと寒い北方になんか行きたくない”って、私がクリスにワガママを言ったの。その時にクリスが買ってきてくれたコートよ。“ガルベストンのじゃないなら着ない”って、私はヘソを曲げて受け取らなかった。でも、彼はそのあとも大切に持っていてくれたみたい。私の名前が刺繍された麻袋に新品のまま入っていたの。いつか私が寒さに凍えるようになったときのために、売らずに彼が持っていてくれたみたい」
コートの襟に縁取られる頬が感情に赤くなる。襟の毛皮でくぐもる声で、魔法使いが続ける。
「私、今になって、あの人がどれだけ私たちを思ってくれてたのかわかったの。……ねえ、リン」
「なに?」
「あの人、とっても優しかったんだね。私、あの人のこと、全然わかってなかった。ううん、わかろうとしてなかった」
私は思わず顔を反らせた。目尻に熱が灯り、抑えていた嘆きが溢れそうになる。言葉を発して返そうにも、震える唇では何も紡ぐことが出来ない。もっと早くそのことに理解が及んでいればこうはなっていなかったのに。やるせなさに唇をきつく噛む私の背中を告解室に見立てて、魔法使いは悔恨を浴びせ続ける。
「……あのね。私の家、あんまり裕福じゃなかったの。平民よ。貴族なんかじゃない。その日を過ごすだけで精一杯。兄姉が五人もいるのよ」
唐突な告白に、驚愕のあまり魔法使いを振り返ることしか出来なかった。武闘家も太い眉をこれでもかと持ち上げて驚いている。この魔法使いの少女はいつも生意気で、お高くとまっていて、身につける装飾品を自慢して、そういうところから貴族出身なんだろうと私たちは思いこんでいた。
「貴族のフリをしてたの。貴族の出だって思われたかったから。私の家系は大したことないクラスしか輩出してこなかったのに、私だけ運良く『魔法使い』として生まれることができた。お父様とお母様───ううん、
“全てのクラスは
これがこの世界の宗教の建前だ。御神と王立教会に仕える神官たる私が「建前」などと切って捨ててしまうのは不敬な話だけれども、“クラスは遺伝する”という現実を否定することはできない。“蛙の子は蛙”という諺のとおりだ。貴族たちはその特権を守るために妻や婿を厳選し、『剣士』や『魔法使い』といった優秀なクラスを血筋に固着させることに躍起になっている。かくいう私の両親も『僧侶』と『魔道士』のクラスの持ち主だった。
しかし、稀に突飛なクラスを持って生まれる人間がいることもまた事実で、これもまた“
魔法使いの一人称や三人称がじわじわと変化し、言葉遣いの端々に南部地方独特の間延びした訛りが混じりだす。きっと生まれは遠い南部なのだろう。本当の自分をさらけ出していく魔法使いの声がだんだんと湿り気を帯びていく。その幼児のようにつたない声音に、私も武闘家も黙したまま耳を傾ける。
「アタイ、頑張ったの。いっぱい本を読んだわ。それこそ片言隻句すべて暗記するくらい。先生の言うことを全部学んで、先生から吸収できることは全部吸収した。知らないものなんか何にもないと思ってた。私に出来ないことなんてないって。……なのに、あの人には、クリスには敵わなかった。同じ平民出身なのに、アタイが知らないことをたくさん知ってた。アタイの魔法じゃ出来ないことをなんでも出来た。いろんな言葉を知ってて、いろんな文化を知ってて、いろんなコツを知ってて、いろんな方法を知ってて……。炎魔法を顕現させるよりも早く焚き火を起こせるなんて、アタイ信じられなかった。アタイね、悔しかったの。クリスを前にしてると、あんなに頑張った努力が意味のないものだったみたいに思えて、それで鼻を高くしてた自分が恥ずかしくなったの」
魔法使いがクリスににべもない態度で接していたのは、見下していたからではなく、嫉妬によるものだったのだ。『村人』という、生まれ持ったクラスに運命を決定的に左右されるこの世界では片足をもがれたような重いハンデを背負っているのに、諦観して投げ出したりせず、ひたすら努力して高みを目指そうとするクリスの背中に引け目を感じていたのだ。その気持ちに私は共感のカケラを見いだした。私も、負わされたハンデを物ともせずに己の在り方を真っ直ぐに持ち続けるクリスを見て不必要な劣等感を刺激され、反発してしまったことがあったからだ。彼と出会った当初は本気で彼を気に食わないと思ってしまったし、それが尾を引いてずっと素直になれなかった。
「───俺の兄貴は、騎士団にいるんだ」
その弱々しい吐露が武闘家の口から漏れたものと気が付くのに数秒を要した。隣を見れば、肩をそびやかして粗野に歩いていたはずの武闘家が、まるで萎んだように肩を落とし込んで地面を見つめていた。彼もまた、明かしたことのない本音を見せてくれようとしていることが直感でわかった。
「騎士団って……」
「そうさ、あの騎士団だ。しかも近衛騎士大隊第二近衛騎士中隊さ。お前たちだって知ってるだろ?第二王子ジェヴェレン殿下の『青の団』ってやつさ。この国で一番のエリートがいくところだよ」
ミネルヴァ王子率いる第一近衛騎士中隊『赤の団』が武力に長けているとすれば、第二王子傘下の『青の団』は
いつに無く声の細い、こちらの胸をも締め付けるような苦しげな声での告白があとを引き継ぐ。
「俺の親父も高名な剣士だった。その親父も、そのまた親父も。俺の家は代々『剣士』の家系なんだ。嫁だって『剣士』のクラスじゃないと認めない。優秀な『剣士』同士の血を掛け合わせて、代を重ねて剣の道を究めることを一族の存在意義だと信じて疑わないのさ。それはそれは立派な家系図を見せられたよ。先祖は素晴らしい剣士だったって。かつて勇者とともに魔王を倒した剣士の
常のいかにも武闘家然とした無頼な話し方が一変して古風で堅苦しい言い回しになる。彼らしくない───いいえ、そちらが本来の彼なのだろう。筋骨隆々な肉体が小さくなったように見える。胸襟を開いた魔法使いの言葉が呼び水となり、感化された武闘家も不要な鎧の内側に隠していた胸のうちを曝け出す。
「俺は悔しかった。たまたま生まれ持ったクラスが『剣士』じゃないというだけで、どんな努力も認めてもらえない。素手で魔物を打倒しても、親族からは
「アンタも、同じだったんだ……」
魔法使いの染み入るような寄り添う声に武闘家はしおらしい頷きを一つ返す。思えば、私たちは己の来歴を仲間に明かすことはなかった。特にこの二人は、仲間のことを競争相手とでも思っているかのように心を許すことをしてこなかった。お互いの生い立ちを語り合ったり、慰め合ったりするような、そんな空気が私たちの間に漂ったことは一度もなかった。いつも張り詰めていて気まずい雰囲気で、合流することが乗り気になれなかった。
「……俺は、クリスが嫌いだった」
武闘家が虚しげな声でポツリと漏らす。そんな強情だった二人が初めて心の内を明かしている。決壊した堰は水流の勢いを抑えることができなくなり、内に溜まっていた鬱々とした感情が次々にこぼれ出していく。
「ああ、そうだとも。俺はアイツが嫌いだった。大嫌いだった。アイツは『村人』のクラスであることに腐ったりしなかった。『村人』なんて『武闘家』よりずっと下のクラスなのに。アイツはクラスのハンデなんて歯牙にもかけていないようだった。無辜の人々のために懸命に頑張っていた。アイツを見てると、勇者パーティーで手柄を立てて父上や兄上に認めてもらいたいと足掻く俺が、血気に逸るだけの子供にしか思えなくなってきた。
ひと息に吐き出したせいで喉を掠らせてしわがれ声になった武闘家が、深く呼吸をして、ひときわ神妙に声を落とす。そして、誰にも見せることのなかった、自分自身ですら直視することを避けていた真実の本音を打ち明ける。
「そうさ、俺は───俺は、アイツの心の持ちようが、強さが───どうしようもなく、
ついに悄気りかえってぐったりと肩を落とす。溜め込んでいた何もかもを吐き出し終えたその背中は、
武闘家の寂しそうな横顔に、図らずも私は心を動かされて目尻を熱くした。それは魔法使いの少女も同じだった。武闘家の背中にそっと慰める手を添えようとして、直前でその手が翻ってたくましく盛り上がった背中の僧帽筋をペシリと
「ふん、悩んで落ち込む姿なんかアンタには似合わないのよ。元気しか取り柄のない筋肉ゴリラのくせに」
慰めは、むしろ今の武闘家に対しては侮辱にしかならないと思い当たったのだろう。彼は自分を見つめなおし、成長したのだ。その証左として、魔法使いの「元気を出せ」と暗に励ます心遣いを悟って、敢えてそれを指摘せず、気付いた様子をおくびにも出さなかった。
「ケッ。お前こそ、しおらしくしたって似合わないぜ。いつもみたいに強気な態度をしてろよな」
いつもの武闘家らしい、無骨で不器用な返礼に、魔法使いは心からの微笑を浮かべた。
口汚く挑発し合うも、お互いの表情に悪意の陰りはない。むしろ、本音の部分で語り合えるさっぱりとした間柄になったように見える。互いに表情は優れないけど、吐き出したおかげで感情を整理できたのか、顔色はどこか清々しい。
ああ、なんのことはない───彼らは、クリスという真っ直ぐな人間の輝きによって浮き彫りにされる己の欠点を前に、苦悩していたのだ。なんにも出来ないくせになんでも出来て、なんにも知らないくせになんでも知ってる。そんなクリスの努力の姿勢に、自分はまだまだ未熟なんじゃないかと焦燥感を煽られる。その感情は、かつて私も経験したものだった。
神学校を卒業したばかりの私は、ある日唐突に学長に呼び出され、勇者パーティーへの合流を命じられた。私が選ばれた理由は、聖職者としてのスキルの高さと、なによりも信仰心の高さ故だった。思えば、それは同年代の私を通じて勇者を王立教会の信仰に染めようという思惑だったのだろう。実際、コリエル神を盲信していた私も田舎者の勇者とその
かたや、神学校に閉じこもって偏った知識を詰め込んだ頭でしか世界万物を見ることのできない世間知らずの神官。かたや、『村人』というハンデを背負い、そのうえで勇者を支えながら魔族と戦う過酷な旅を経て広範な知識と経験を蓄えてきた苦労人。当然の帰結として、私は同じ土俵に上がることすら出来なかった。全能なるコリオリ神に懐疑的なクリスに食って掛かるたびに、さらりと核心を突かれて二の句を継げられなくなった。
最初の頃は、彼にやりこめられることが悔しくて仕方がなかった。勇者ハントの信仰心を叩き直したいのに、クリスという壁を突破できない自分が情けなかった。パーティーの支援から舞い戻っては図書感に籠もったり、学園の師に教えを乞うたり、周りの先達に相談をしてクリスに負けない見識をつけようと躍起になった。でも、私がそうしている間にもクリスは旅のなかで生きた知識を肌で学び取っていて、彼に追いつける気がしなかった。立ち止まることを知らない彼のひたむきな姿に、私は焦燥感を覚えて涙すら浮かべることもあった。
そして、いつからか……神学校以外から知識と経験を得るようになって、私の世界はどんどん広がって、世界を見る目は大きく変わっていった。私が勇者パーティーに赴く目的は、ハントの信仰を変えるためではなく、クリスと会うために変わっていった。
壁が取り払われたように互いの素顔を晒し始めた魔法使いと武闘家の姿に、私は二人に対して共感を覚え始めていた。彼らへの憎しみが消えていくのを感じる。それに反比例して、一切共感を覚えることのできないハントへの怒りが火に薪をくべるように燃え上がる。
ハントが率先して魔法使いと武闘家のクリスに対する思い込みや誤解を解いていれば。もちろん、クリスが『村人』というクラス故に戦闘では足手まといだったという事実はそのままだろう。それでも、パーティー内でクリスを孤立させ、挙げ句の果てに追放して死に追いやってしまうようなことは防げたはずだ。それは幼馴染みであり、クリスを旅に誘った張本人であるハントの役目だったことは否定しようがない事実だ。
「……クリスはね、皆の足を引っ張らないように、寝る間を惜しんで剣を振るっていたわ。裏方として私たちを支えるだけでなく、一緒に肩を並べて戦おうと努力していた。ハントの太刀筋を真似ようと手のひらが擦り切れるまで素振りをしてた。いつか、村長に“ハントの剣筋に似ている”と言われたとき、すごく喜んでた。彼は決して努力することを諦めない人だった」
事実、もしもクリスがハントと同じ身体能力を獲得していれば、その剣技の冴えはきっと双子のように通じ合うものになっていただろう。もしもクリスがハントと同じ実力を手にしていたなら、それこそ魔王を打倒することも夢じゃなかっただろう。“もうひとりの女勇者”なんて探す必要もなかったのに。
「どうか、彼の死を、無駄にしないで」
最後にそう言い添えた私に、魔法使いと武闘家は強い瞳で頷いてくれた。勇者パーティーに相応しいと誰もが思うような、決意に満ちた瞳だった。人類を救う英雄の兆しを見せる二人に、私は頼もしさすら覚えた。
武闘家と魔法使いは、クリスの死を糧に成長をしてくれた。純朴な嫉妬に振り回されるだけの子供だった己を自覚し、それを脱ぎ捨てることを選んだ。それだけでも、彼の喪失に何かしらの意味を見いだせる。彼らがこうして覚醒し、女勇者を見つけ、その果てに魔王の打倒が為された時、クリスの生と死には価値があったのだと世界に知らしめることができる。英雄たちを導いた者として、後世に彼の名を残すことができる。私が彼を失ったことにも、一抹の意味と救いを当てることが出来る。
不意に、私の第六感が私に疑問を投げかけた。この二人がこれほどの変化を見せているというのに、果たしてハントが何も変わっていないということがあり得るのだろうか。
血のように赤い夕日がハントの横顔を鮮血色に染める。自戒に満ちた
「……みんな、行きましょう」
決して振り払えない不安を胸中に押し隠し、私は一歩、石造りの
今は『屍者の帝国』を読んでます。めっちゃ面白い。なんでもっと早く読まなかったんだろ。