ブラックホール(完結)   作:At.f

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ナユタン星人様の「ロケットサイダー」という楽曲を基に書きました。


〈二次創作・小咄〉プラネット・ワインドアップ

 どうして、目を合わせてしまったのだろう。あくまでも無慈悲に、冷徹になろうって最初に決めていたはずなのに。

 僕の光線銃を持った2本目の触手がぶるぶると震えている。無理やりに3本目の触手を伸ばしてそれを止めようとしたけど、ダメだ。一度揺らいだ決心が簡単に戻らないのはよく分かっていた。

「……撃た、ないんだ」

 ガラクタの積もった廃材置き場で、目の前にいる人間の少女が驚いたような声を発した。僕の頭にある2本の触覚が、彼女が『そう』言ったのを感じ取る。違う、撃たないんじゃない、撃てなくなっていた。銃を握った触手を、僕はゆっくりと下げる。煤混じりの風が吹き、少女の赤みを帯びた茶髪がふっと揺れて。その下から透き通った寂しい瞳が覗いた途端に、僕のあやふやな覚悟とか決意とか、そんなちゃちなものは一気に砕かれてしまったんだ。

 僕と彼女の物語は、こうして始まりを告げた。

 

「あたしはサラ。ええっと……とりあえずよろしく、エイリアン?」

 ここにいたらキミもやられるから、と言われて半ば強引に案内されたのは、廃墟になった人間の住処だった。屋根と壁の穴が空いている場所が、適当な板で塞がれている。

「つまりここがサラの拠点……?」

「うわぁっと!? そんなにょろにょろしたルックスなのにこっちの言語が話せるんだ。ずっと一言も喋らないから、全然伝わってないかと思った」

「意思疎通に問題はない、心配しなくていい。僕はルイ。よろしく」

 僕が1本目の触手をふわんと挙げると、サラと名乗った少女は眉間にシワを寄せ、自分の手で頭をぽりぽりと掻いた。にょろにょろとは言われたけれども、今の僕は人間に擬態しているから、ちょっと六本触手が生えているだけで、あとは人の体そのものだ。

「あー、うん。咄嗟に匿ったはいいものの、明日になったら取って食われたりしてないよね……」

 地球人をぼりふにゃ食べる趣味はないのだが、サラがあまりにも憂鬱そうに溜息を吐くから、僕は少し考えて、

「なら、どうしてここに連れてきた」

 と、顔を黄色くして言った。僕の顔が黄色になるのは疑問に思った時だ。

「なんとなく。あたし、争いは嫌いだからね。こっちを攻撃する気がないなら、あたしだってキミを傷つける必要はない」

 実際この物騒な銃も撃たなかったし、と彼女はテーブルに置かれた僕の銃を撫でて言った。

「それ、撃つと物質を微粒子まで分解できる。あんまり触らない方がいい」

「あはは、知ってる。人が砂みたいに一瞬で消えるの、嫌ってほど見てきたから」

「死骸が残ると後々処理が大変だからと言われて渡された」

 やはり危ないと思うので、触手をふにんと伸ばしてその銃を自分の懐にしまった。そんな僕に対して、サラは警戒する素振りもみせない。

「はーあ。自分たちの勝利前提かあ。そりゃそうだろうけどさ……」

 そう言って、彼女はやっぱり憂鬱そうにテーブルに突っ伏した。それを見ていると、何故だか僕の3番目の心臓が喚くから、兼ねてから実行すると知らされている作戦の話をした。

「勝敗はもうすぐ決まる。かなりの人類を掃討したから、そろそろ最後の仕上げをすると聞いている」

「なに、巨大ビームでも打つつもり?」

「近い。でも、町中がサラの見たように砂みたいになる」

「……なにそれ、聞いてない」

「言ったら作戦にならないから、言ってない」

「いや今思いっきりあたしに向かって言っちゃったよね?」

 サラは僕の方を見ると、ぷっとその場で噴き出した。それから、椅子の上で身体をくるんと回して、こちらに向き直ると、にやにや笑いで言った。

「で、それをルイはどう思ってるわけ?」

「難しい質問をする。僕一人でどうこうできる話ではないから」

「どう思ってるかって言ってんじゃん。つまりはルイの考えが聞きたいわけ。二回も言わせんな」

「……はい」

 サラがいきなり睨みを利かせてくるので、僕は暗黒物質に見つかった星みたいに震え上がった。僕がサラを倒すというよりは、サラが僕を倒す気がする。

「僕は、なんで人間を襲うのか知らされてない。下っ端だから。でも、人の悲鳴が好きなわけでもないし、殺戮が趣味なわけでもない」

「あっはは、見事に否定が揃うね。やっぱ争いごとは苦手なわけか」

 サラは立ち上がり、突然床板を剥いだ。地下へと続く梯子が穴の中に見え、ビックリする。そうして彼女は、僕の三本目の触手を掴んだ。抜けそうになるからそんなに強く引っ張らないでほしい。半ば引きずられる形で、僕は床下にあった謎のスペースに連れ込まれた。

「それならさ、いっちょ逃避行といこうじゃない?」

 サラが小さなライトで暗闇を照らすと、そこには僕達の乗ってきたものと同じ宇宙船があった。

 

「いやー、乗り捨てられてたのを偶然見つけたのはラッキーだったけど、まさかエイリアンがいないと動かないなんて思わなくてさ」

 着陸に失敗して、使えなくなっていたと思っていた宇宙船は、完全な形で修復されていた。

「他星人に乗っ取られたら困る。だから動かないような仕組みになっている」

「どういう仕組みなんだか……この船自体は普通の機械だったから直せたけど。変な部品とかなかったし」

 サラは平然とそう言ってのけた。しかし、相当複雑な造りにはなっているはず。元から破損が少なかったのだろうか。僕はまた顔を黄色く染めた。

「あたしね、機械いじりが得意なんだよ。父さんの影響なんだけど、小さい頃から機械に触れてたから、なんか直感的に分かるんだ」

「これで、どこに行く?」

「月にある衛星都市。かつては開発が進んでて、人もちらほら住みに行ってたけど、あんたらが攻めてきてからは全員慌てて地球に戻ったよ」

「なるほど、理解した。目的地は月」

 僕が目の前のモニターに向かってそう告げると、宇宙船が唸るような音をあけてリブートした。

「音声認証!? うっは、これは滾るねー!」

 サラが顔をぱぁっと輝かせ、操縦桿を勝手に握る。宇宙船が段々と上昇を始め、屋根を突き破った。ぐんぐんと雲を突き破り、空を突き抜け、宇宙へと飛び出す。遠くで勝手な離脱を咎める警報音と銃撃音が聞こえたが、そんなものに僕達は止められない。日が沈むのに合わせて、光よりも速い宇宙船は月へと一直線の軌道を描いていった。

 

「へえ、高いところから見ると普通の都市だ……誰もいないのが不気味。ゴーストタウンってやつ?」

 衛星都市に降り立った僕らは、一番地球がよく見える電波塔まで足を運んだ。僕が二本の触手をぐわんと伸ばし、また四本の触手でがっちりサラを掴むと、展望台の上へと一気に登った。既に地球では、人類滅亡へのカウントダウンが始まっているはずだ。宇宙船が地球を取り囲み、虹色のビームをあちらこちらへと撃っている。緑が消えて、白へと変わっていく。その様を、僕ら二人はぼーっと眺めていた。

「なんか、ビードロでも見てる気分だよ」

 サラがぽつりとそんな言葉を漏らす。ビードロはガラスという意味もあるが、おそらく彼女が言っているのは、あの星にある玩具のことだろう。

「あんなに綺麗なのに、今頃地球では人がさらっさらの砂にされてるんだ。ほんっと、バカみたい。くだらない。どうしてあたし達って、争わなきゃいけないわけ?」

「理由なんてない。僕達は、いくつもの星を滅ぼしてきたから」

「そっか……やば、なんか涙出てきた」

 サラは涙でくしゃくしゃの顔になって、自分の膝を抱え込んでしまった。やっぱりその顔を見ていると、僕の胸が痛くなる。どうしてだろう。

「もうあたしの家族も、誰もいないし。地球に心残りなんてないはずなのに、いざこうやって見ると、やっぱ寂しいもんだね」

「……サラ」

 気が付くと僕は、一本目の触手で彼女の涙を拭っていた。

「なに、ぬるぬるしてて擽ったいんだけど」

「僕が、サラと一緒にいる。宇宙を巡ろう。僕らを受け入れてくれる星を探すんだ」

「……それ、告白かなんかなの?」

 頬を赤く染めて、彼女はくすりと笑いを漏らす。

「仕方ない。理由はその瞳に一目惚れしたから」

「好きになった理由を極めて業務的に伝えてくんな」

 サラが僕の脇腹を小突いた。彼女の笑顔を見て、僕も何年かぶりの笑みを浮かべた。それはもう、にんまりと。

 

「あ、喉乾いたから、ここ出る前になんか買っていきたい」

「水なら船の中に備蓄があるはず。使い切ってなければ」

 電波塔から降り、僕らは宇宙船を停めた場所へと戻る。誰もいない綺麗な都市は、僕が地球に初めて降り立った時の景色によく似ていた。

「そーいうことじゃなくて、これこれ」

 彼女がそう言って指を指したのは、自動販売機だった。

「この都市、ソーラーパネルで電気供給してるから、こういうジュースは冷えてるっぽくてさ。なんか開ける方法ない? さっきの銃とかさ」

「あれを撃ったら中身ごと砂になる」

「うっげ、全然使えないなそれ」

 可愛い顔をしてとんでもない悪態をつくものだ。例え外装だけ剥がせても、盗んでいるのとなんにも変わらない気がする。

「あ、やっぱりあった。これ取れない?」

 と思えば、サラは販売機の下を覗き、何かを発見していた。僕も同じように覗き込むと、そこにはきらめく銀貨が落ちていた。

「まさか拾うのか?」

「愚問でしょ、届ける交番もないんだし」

 サラに睨みつけられ、僕は渋々と六番目の触手を伸ばして銀貨を取り、販売機へ挿入した。

「結構種類がある。なにを飲む」

「……あたし、サイダーがいいな」

 サラがボタンを押し、ペットボトルを取り出す。蓋を開けるとぷしっという音が響いて、そのままぐいっと喉へと流した後、僕の方へとボトルを差し出してきた。

「かーっ……やっぱりしゅわってする。飲んでみる?」

 少しためらったが、おそるおそる口へと流し込んでみた。喉がばちばち弾けて、熱いような痺れるような、不思議な感覚が広がった。

「……む。あ、舌が……っ」

「あははは! そんな子供みたいな反応するんだ!」

 

 初めて飲んだサイダーの味は、この出会いと共にずっと忘れない。

 

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