異変が起こったのは、01年の梅雨も終わりかけの頃であった
現在、世界の主要国では地球環境を悪化させ、新たな怪獣出現の呼び水になる懸念が強い核分裂式の原子力発電が全面的に禁止されている
その代わり主流になったのは、衛星軌道上にある超高効率太陽光発電衛星からの、マクロウェーブによるエネルギー送電、もしくはレーザー核融合による発電であった
昨年南極で発見されたエレメントXの存在は、核融合発電の効率を飛躍させる可能性がある夢の新元素で、各国は国連に管理されたわずかな量を自国に持ち込み研究を行っていた
海竜丸はかつてプルトニウムを輸送する任務に就いていた大型貨物輸送船である、放射線対策のために厳重な隔離装置が幾重にも搭載された本船は最も安全な海上の城であり、日本政府が求めていたエレメントXの輸送に最適な船であった
南極のマクマード基地を旅立ち、ニューカッスル港を経由した海臨丸は、海上保安庁の巡視船「のじま」に警護されながら一路日本を目指す
上空にはのじま所属の対潜警戒ヘリの姿もあり、一見すれば安全な旅路であった
…無論、怪獣と言う脅威からすれば圧倒的に無力であるが、有事の際にはマレーシアとフィリピン空軍機がスクランブル発進する手はずになっている
事件が起こったのは、海竜丸がフィリピン海溝近くを航行していた時である
突如のじまに海竜丸から、座礁事故が発生したという緊急連絡が入った
だが、今いる場所は3000m以上の水深がある海のど真ん中である。本来ならばあり得ない
ライトを片手に海竜丸の甲板クルーが目撃したのは、海面の下に見える巨大な環礁だった
海図にも載っていない謎の環礁にクルーが困惑するなか、大きな揺れが海竜丸を襲う
なんと環礁が自ら動き、海竜丸から離れていったのだ
そのままのじまの真下を通過し、海の中に消えていく巨大環礁
のじま船長はありえないその挙動にただ絶句するばかり
この事件が、巨大生物が原因の可能性があるとして、CCIが情報収集を始めると、年明け直後から南太平洋のクリスマス諸島、ギルバート諸島近海ですでに環礁が現地の漁業関係者などに目撃されており、海流に沿って日本に徐々に接近していることが判明する
国家環境計画局の土橋局長は、環礁の調査を海竜丸と契約していた八洲海上保険と合同で行うことを決定
東都大学准教授で、藤戸拓哉教授の妻である藤戸雅子女史をオブザーバーとして派遣、その中にはのじまクルー米森良成の姿もあった。真相究明の為に無理やり調査に同行したのだ
その頃、長崎市内の動物園に、青木梓の姿があった
懇意にしている鳥類学者の平田教授が、何らかの事件に巻き込まれた可能性があると、彼を経由して知り合った同じ鳥類学者の長峰まゆみから相談を受けたのである
長崎県警の大迫力と共に向かったのは、五島列島の最南端にある孤島姫神島
現地に到着した一同は驚愕する
島の全世帯が住む村が壊滅状態にあったのだ。家屋、自動車、漁船。すべてが滅茶苦茶に破壊され、誰一人住民の姿はなかった
破壊された村の中を進んでいると、梓はある特徴に気付く。破壊された物体は全て上部から破壊されていた。まるで空を飛ぶ何か、もしくは家よりも大きい何かに襲われたかのように
そして真弓があるものを民家の陰に見つける
白い粘着質の、異臭を放つ物体。溶けかけのアイスか形が崩れた豆腐のようなモノ
異臭に誘われたのか磯部の虫や節足動物がまとわりついている
鳥類が吐き出す未消化物ペリットに似たそれを調べると、内側からはいくつもの『人が身に着けていたモノ』が現れた
衣服の切れ端
動きを止めた腕時計
平田が持ち歩いていたボールペンも
数時間後、夕暮れも差し迫る姫神島のヘリポートに長峰たちの姿があった
村を襲撃した何かの危険性を考え、夜行性であれば不意に山から襲い掛かってくる可能性もあり、これ以上島にいることは危険と判断したのである
ふと、梓は気づいた。先ほどまで聞こえていた鳥や虫の鳴き声が聞こえなくなっていた
さざ波の音と風の音、風に揺れる木のさざめき、オレンジがかった空間に満ちる不気味な静寂
その時、その静寂を切り裂いて巨大な影が梓たちの真上を通過していった
翼長15m程、茶色の体色に巨大な翼を羽ばたかせる鳥の如き姿
真弓は一瞬それをラドンだと重い声を上げた。梓はそれを否定する。全体的なフォルムも大きさも速度も違う。あれがラドンならば今頃自分たちは衝撃波で吹き飛ばされていただろう
何にしても、『アレ』が飛び立ったのは新たなえさを求めてで間違いないだろう。今それをどうにかできるのは自分たちだけだと真弓たちは警察のヘリで追跡を開始
同時に大迫は自衛隊に怪獣出現の報を知らせていた
北上したその鳥は福岡沖の能古島の近くまで飛行した末、一路反転して真弓たちの乗るヘリへと狙いを定めた
目の前まで迫る飛行怪獣、とっさに真弓と梓はヘリの扉を開け、手に持っていたレーザーサイトとカメラのフラッシュをひたすらに連射した
夜行性ならば強い光に弱いだろうと言う目論見は成功し、目の前で強烈な光を目に浴びた飛行生物は絶叫してバランスを崩しヘリから大きく離れると、そこに向かって飛来したミサイルが数発直撃し空中で撃墜された
GX-813グリフォン
特生自衛隊が試作した新型航空機で、下関沖合での試験運用中の第6航空隊所属機が急遽駆け付けたのだ
それに遅れて岩国基地の米軍飛行隊や築城基地と新田原基地の航空隊も続々と駆けつけ、ヘリの護衛に就く
窮地を脱して息をついた真弓は、戦闘機の軌跡を追いかけていると、その先にある姫神島上空を見て愕然とする
島の上空を、先ほど撃墜されたモノの同族が数匹、島の上空で甲高い声で鳴きながら旋回していたのだ
今度の休暇は休めないだろう。梓はそう確信した
アドノア島では、しきりに空を見上げながら低く小さな唸り声をあげているゴジラの姿があった
それは緊張、或は敵意ある存在を認識した際の警戒の仕草であり、人には気づけない何かを優れたテレパシー能力で感じているのではないか、とアドノア島のG対策センター職員はすぐに対応できるよう留意するべし、と言う報告書をGフォース本部へと提出する
それが正解だとわかるのは、数日後のことである