IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
真琴は機材を片付けると、場所をアリーナへと移す事を提案した。
オーバードライブ状態での運転試験は、研究所で行うにはあまりにも危険すぎる。機材どころか研究員すら吹っ飛ばされる可能性が高い。
学園側にこの事を連絡すると、アリーナには自習訓練を行っている生徒が数人残っているが、すぐに帰宅させると返事が返ってきた。学園側の反応からも、真琴の事がどれだけ重要視されているかよく分かる。アポなしでこれだけの事をできるのだから。
そして、メンテナンス用の機材をカートに載せた研究員一同と、待機状態であるチョーカーになった撃鉄壱式を装着した千冬はアリーナへと向かった。時々すれ違う生徒が何やら噂をしている。また新しいISのテストでも行うのだろうかと皆興味津津だった。
次々に行われる試験。千冬は、指示通りに黙々とこなしていった。
地上での、ホバー走行、及びに急加速、急停止。これらの試験は問題なく終了する。心なしか撃鉄壱式の近傍の景色が揺らいでいる気がするが、データ上は問題なしと判断された。
稼働率についても、実に80%オーバーを記録。とてもこれが初めての起動とは思えない記録を千冬は叩きだした。武器がビームソードのみという点が大きいが、それでもこれだけ機体を満足に動かせるのはこの世界どこを探しても千冬だけだろう。第一段階はこれでクリアした。
そして、試験は第二段階へ移行する。
真琴は今回の試験を三つに区切り、その時点で評価を行い、その都度対策を施すことにした。一度に最後まで行ってしまうと、最終段階まで来てやり直しになった場合、余りにも損害が大きいからだ。第一段階を通常状態での運転試験。第二段階を通常状態での攻撃、防御、及びに回避試験。最終段階としてオーバードライブ状態での運転試験としている。
「ここまでは問題なしですね。それでは、これからだいにだんかいの試験をおこないます」
真琴のアナウンスが千冬一人しかいないアリーナへと響き渡る。研究員達は、真琴の後ろで忙しなく機材を動かしていた。この間にも恐るべき勢いでデータの解析、対策案などが出されている。これは撃鉄弐式に反映させるためだ。
壱式はスペックが高すぎるので、常人にも問題なく扱える様に調整しなければならない。イギリス出張の後でもいいかなと思っていた真琴だが、物はついでとばかりに研究員にお願いしていた。
そして、攻撃目標が次々に射出される。
クレー射撃に用いられるような的を目がけ、千冬は一陣の風となりアリーナを駆ける。開始10秒程は撃鉄にほんの少しだけ振り回されている様な感じを受けたが、千冬はすぐにイメージを修正、対処を行っていた。
模擬戦場を駆ける千冬は、美しかった。烏の濡羽の様な髪をたなびかせ、射出された的を狼の様な目で睨みつけ、的確に打ち払う。その姿は、空を舞う大鷲が一瞬で獲物を狩る動作を連想させた。
的が射出されるペースが徐々に短くなるが、それでも千冬はおかまいなしに標的を攻撃し続ける。死角に射出された的でさえ、音で判断しているのだろう。振り返らずに撃ち落とした。
千冬が第1回IS世界大会を優勝できたのは、自分の操縦技術、直感、センス、そしてなによりISとの相性が大きい。
どんなにISの性能が良かったとしても、どんなに操縦者の技術が高かったとしても、それがうまくマッチングしないと世界の頂点に立つことなど叶わない。
撃鉄壱式は千冬を受け入れてくれた。そして、千冬も同様に撃鉄壱式を受け入れた。
互いを認め合った存在は、お互いの持ち味を生かし大空を駆け巡る。今度は守って見せるという千冬の強い意志を互いの中に秘めて。
「さて、こんなものでどうだろうか真琴君。撃鉄壱式の事はだいたい理解できたと思うが」
的が射出されるペースをMAXにしても千冬は対応した。というか、反応が早すぎて射出された瞬間に打ち払われていたのだが。
「これならもんだい無しですね。ISのめいれいけいとうにもエラーは確認できませんでした」
「それでは、第二段階の試験もこれで終了かな?」
「ええ、そうですね。それでは織斑せんせい、オーバードライブをきどうさせてください」
「わかった。……ああ、真琴君。私の呼び方なんだが、今は授業中ではない。先生と呼ばなくていいぞ」
「わかりました。それでは、まぎらわしいので千冬さんとよばせていただきますね」
「ああ、それでかまわない。……それでは、いくぞ」
「わかりました。いつでもかまいません」
試験は第三段階へと移行した。
再びオーバードライブを起動した撃鉄壱式、その威圧感は相変わらず研究員達を沈黙へと追いやる。その中、真琴だけが千冬へと指示を出していた。
「千冬さん、まとを適当にだすので、オーバードライブじょうたいでこうげきしていってください」
「いつでもかまわんぞ? さぁ、こい!」
やはり、ISと操縦者の心はリンクしているのだろうか。オーバードライブを起動させてから、千冬の印象が少し変わっている。
的を射出した瞬間、アリーナに衝撃が走る。千冬の姿が一瞬ブレたかと思うと、爆音と共に的が粉々に砕けたのだ。次の瞬間、千冬はそこから遠い場所へと離れていた。
「ほう、オーバードライブというものは中々どうして、御しにくい物だな。これは少しだけ練習が必要かもしれん」
実際に剣で攻撃しているのかどうかも分からない。ひょっとしたら、衝撃波で的を壊しているのかもしれない。これは後で録画したデータを解析しないと判断した一同は、試験の続行を選択した。
「まとはいくらでもあります。まんぞくがいくまで続けてください」
幸い、ここにはエネルギー補給拠点がある。オーバードライブの使いすぎでエネルギーが切れても対処が可能だ。
「それでは、的を一斉に射出してくれ。数はそうだな……。とりあえず30程お願いしようか」
その言葉に研究者達は唖然とした。的を射出する拠点は15しかない。
「ごめんなさい。15かしょしかないので、にどにわけます」
ない物ねだりをしてもしょうがないので、現状で出来る最善の手段を考える。その結果、機械で制御できる最速のタイミングで2回射出することにした。
「わかった。記録はしっかり撮っておけよ。私も復習する必要があるからな」
「ええ、しっかり保存しておきます」
―――そして、的が一斉に射出された。
結果は火を見るより明らかだった。次は設備をもっとしっかりしたものにしないと、撃鉄壱式の正式なデータは採取できないという結果だ。
的が一斉に射出された瞬間、先ほどと同じ様に一瞬の爆音の後、的が一瞬で全て切り払われたのだ。その際、G緩衝用のエネルギーの残滓が空中に漂い、赤く、通常では考えられない不可思議な軌跡を残していた。所々直角に曲がっているのだ。さすがにこれには真琴も脱帽させられた。
「しょうげきはでの攻撃はできそうですか? かのうならそれも試してみてください」
「そうだな、続けて的の射出を頼む」
千冬が試験を行っている際、バックヤードでは、相変わらずデータ採取が忙しなく行われている。研究者達は情報の波に飲み込まれ始めていた。
「えっと、つぎはちがう色のまともだします。それは攻撃しないでください」
こうして、試験の第三段階は21時ギリギリまで行われた。
◇
「あ、まーくんお疲れ様! どうだった? 織斑先生のISは」
部屋に戻ると、ベッドで通販カタログを広げてそれを寝転がりながら眺めている真耶がいた。真琴が帰ってきたと分かった瞬間、物凄い勢いで真琴の元へとかっ飛んで行く。
「ただいま。えっとね、あしたには完成するよ」
「そっかー……。てことは、まーくんは明後日出発できるのかな?」
「うん……まぁ、そうなるとおもう」
真琴の表情に僅かだが陰りが見える。ほんのわずかな変化だったが、真耶がそれを見逃すはずもなく心配そうに注意をしはじめた。
「織斑先生や国枝主任が付いているから大丈夫だとは思うけど、知らない人について行っちゃだめだよ? 寝る前にはちゃんと歯も磨かないと駄目だからね? 」
「う、うん……」
それ、昨日も言われたんだけどなぁと真琴は内心思っていたが、自分を本当に心配しているだろう姉の言葉にはちゃんと従うことにした。
「じゃ、お姉ちゃんと一緒にお風呂にはいろっか!」
「うん。じゅんびするからちょっとまっててね」
―――見せられないよ!
……失礼。何時もより真耶のスキンシップが過激だった為、割愛することにする。一週間以上真琴と一緒に居られないのなら、今の内に真琴分を補給しておこうと言う考えなのだろうが、中々に刺激的だった。皆には想像で何とかしてもらおう。
そして、山田姉弟は何時ものように仲良く一つの布団に入っていた。静かに寝息を立てる真琴を抱き、真耶はこれからの事を考える。
(まーくん、一人で寝れるのかなぁ……。寂しがって寝られなかったらどうしよう)
むぎゅむぎゅと真琴に豊満な胸を押し付け、一人不安にかられる真耶。
(それに、イギリスのご飯ってそんなに美味しくないっていうし……。ちゃんとした所ならそれ程でもないのかな? 織斑先生にお願いしておかないと。それに、まーくんを狙う女の人もこれから増えるだろうし対策も考えないとね。もう手遅れの人もいるけど……)
皆もお分かりであろう、イギリスの出張に同行するセシリア=オルコットである。
彼女の部屋に真琴が何回か行っているのを本人から確認を取っている。その、風呂も一緒に入った事も。将来、真琴が付き合う事には何の反対も持っていないと言っている真耶だが、今は時期尚早だと言わんばかりに不満を募らせていった。
(だいたい、まーくんにはまだはやすぎるとおもうんだ。 今の内から唾を付けておこうなんて、そんなこと絶対に許さないんだから!)
真琴を攻略するには、どうやら高い、高すぎるハードルが一つあるみたいだ。
◇
翌日、調整を残すのみとなった撃鉄壱式の事はひとまず置いておき、真琴はセシリアにイギリスサイドの返事がどうなっているのかの確認を取りに行った。
「おはようございますセシリアさん。いま、おじかん大丈夫ですか?」
「あら、お早うございます真琴さん。……その話でしたら、その、場所を移しませんこと?」
「それもそうですね。それでは、けんきゅうじょへ行きましょうか」
「わたくしは織斑先生に許可を頂いてから参りますわ。真琴さんは先にお行きになられてくださいな」
「わかりました。それでは」
先に研究所へ向かった真琴は、彼女が来るまでの少しの間昨日撮ったデータを見ていた。
正直、ここまで千冬が操縦をこなせるとは思っていなかった。それこそ、はじめはすこしだけ振り回されていたが、ほんの少し操縦しただけで完璧に撃鉄壱式というじゃじゃ馬を乗りこなして見せた千冬に感服していた。
データを確認すること数分、後ろから真琴を呼ぶ声が聞こえた。
「お待たせいたしました真琴さん。……あら? その映像はなんですの?」
「あっ」
「あ?」
「い、いえ。なんでもないですよ。ずいぶんはやかったですね」
ここでまさかのうっかり発動。没頭するあまり、セシリアの事を完全に失念していた。慌ててディスプレイの電源を落とすが、セシリアに感づかれてしまった様だ。
「わたくしの目はごまかせませんわ真琴さん。画面に映っているISはどういった物なのか説明していただいても?」
「あう……。ないしょですよ。これは千冬さんのせんようきです」
「それだけでは内緒にする理由には足りませんわ。他に何かあると見ました」
「ううっ……。えっとですね、その……機密事項なんですけど……えと……」
たじたじである。何故か、いたずらがバレた子供と、それを追求する親。という構図に見えなくもなかった。
―――……(ひょっとして、わたくし地雷を踏みました?)
―――……(どうしようどうしようどうしよう)