IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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15話 爆乳VSおほほ

 苦労すること5分。千冬の献身的な起こし方も相まって、ようやく真琴はむにゃむにゃと反応を見せ始めた。ホッとため息をついた千冬だったが、ここから更に真琴の覚醒に至るまで格闘することになる。

 

「真琴君……、ほら、起きろ。真琴君」

 

「にゅ~……」

 

 何やら訳の分からないことを呟いているが、寝ぼけているのだろう。そして、肩を揺さぶり続ける千冬の手に頬ずりを始めた。すべすべほっぺが千冬の手に襲い掛かる。

 

「んー……えへへ」

 

 無意識から来る表情に嘘はない。寝ぼけながらも微笑むそれは、クラス中の女子達を和ませるには十分だったみたいだ。

 

「ああ、かわいいなぁ真琴君……」

 

「織斑先生、何気に役得だよね」

 

「……全く、一体私にどうしろというんだ」

 

 それを見ていた生徒達から「この際真琴君が起きるまでずっと撫でていればいいんじゃ?」などと聞こえてくるが、千冬はそれをひと睨みすると今度は別の手で真琴を揺さぶる。

 

「ほら、起きろ真琴君」

 

「……ふぇ?」

 

 ようやく目が覚めたみたいだ、真琴は千冬の手から離れた後、涎の後が残った頬もそのままに両手で目をグシグシと擦り、キョロキョロと辺りの様子を伺う。

 

「ようやく目が覚めたみたいだな」

 

「あ、おはようございます」

 

 この一言に千冬はカクッと躓いた。クラス中から失笑が漏れる。

呆れるしかなかった彼女だが、どうにか持ち直したらしく真琴の頭をポフポフをたたき始めた。

 

「……とりあえず、頬についた涎を何とかしろ。授業はその後だ」

 

「うー……すみません」

 

 

 

 

「それでは、授業を再開する。皆、教科書の36ページを開け」

 

 遅れること10分、ようやく授業が始まった。

 

 今回の授業は数学。皆も苦い経験があるだろう、この頃になると数式が徐々に複雑になっていき、理解を諦める生徒もぼちぼち出始める頃だ。

 

「さて、今回は数学とは何か、一度原点に立ち返って考えたいと思う。……誰か簡単に説明できる者はいるか?」

 

 静まり返った。それもそうか、積極的に答える生徒などほんの一握りだ。それこそ、数学を心から楽しいと思っている存在くらいしかいないのではないか。

 

「誰かいないか? ……居ないのなら当てていくぞ。それでは、織斑。答えてみろ」

 

「うぇっ、……えっと、数式を学ぶ事だと思います」

 

「呼んで字の如くだな。まぁ、簡潔すぎではあるが間違いではない」

 

 その一言に一夏はほっと胸を撫で下ろす。

 

「そもそも数学というものは、農耕を行う時に必要になる3つの要素から成り立っていた。計算、測量、そして農作業の時期を知るための暦の解明だ」

 

 

「そしてこの3つの区分は、現在でいう構造、空間、変化を研究するための分野として発展してきた」

 

 

「―――例えば、土木工事の時に―――」

 

 

「―――が、数は無限にある。これを証明するために、数式というものが次々に生み出されている。というわけだ。次に―――」

 

 

 さて、皆いい具合に眠くなり始めてくる頃だ。実際、何人かはうつらうつらと船をこぎ始めている。

 

 しかし、それを見逃す千冬ではない。チョークを取り出すと、眠りかけている生徒目掛けて振りかぶった。あまりに自然な動作を目の当たりにし、起きていた生徒も何が起こったか理解できていないみたいだった。

 

「きゃうっ!」

 

「あうっ!」

 

 ナイスコントロールを言わざるを得ないそれは、的を目掛け、吸い込まれるかのように着弾する。その勢いでチョークが粉々になり、白煙を上げた。

 

「私の授業で寝るとは数学に余程自信があると伺える。そこで、優秀なお前らに課題を出してやることにした。嬉しいだろう?」

 

「はうっ」

 

「ゆ、油断した……」

 

 どっさり。夏休みの課題を連想させるであろうそれは、容赦なく眠りかけていた生徒達にのしかかる。

 

「期限は私が出張から帰ってくるまでだ。しっかり励めよ」

 

心なしか、課題を与えられた生徒の口から何か出ている様に見えたが気のせいだろう。そんな物が見えるはずが無いのだ。

 

「それでは、今回の授業はここまでとする。この後、私はどうしても外せない用件があるため、授業は副担任である山田君に任せてある。緊急時には研究所に連絡をするように」

 

彼女は真琴をチラりと見やると、何事もなかったかのように教室から立ち去っていった。残されたのは、やはり口から何かを立ち上らせている数人の生徒と、それを憐憫のまなざしで見つめている生徒達であった。

 

 

 

 

「さて、最終調整を行うと聞いたが」

 

「はい。ぜんかいきになったてんのかいぜんなどをおこなおうかと」

 

 場所は変わって研究所からアリーナへ。そこにはISを装着、アリーナの中空に静止している千冬と、司令室でデータ採取の為に色々と準備をしている真琴を筆頭とする研究員達が居た。

 

「ふむ、私はあれで満足しているが、真琴君にとってはまだ改善の余地があると言う訳か」

 

「はい。えと、オーバードライブなんですけど、ぶぶんてきに動作できないかなぁとおもいまして」

 

 一を聞いて十を知る千冬だ。真琴の言いたいことを的確に理解していた。

 

「……なるほどな。想定するは防衛戦。燃費を良くしつつも機体のコンセプトから外れないようにしたいということか」

 

「そのとおりです。きのうの段階であるていど直してあるので、これからテストを行いたいとおもいます」

 

 昨日の試験後、真琴は研究員達に回路の変更を頼んでいた。千冬の脳波を感知し、イメージ・インターフェイスにスイッチが入るのは換わらないが、部分的にオーバードライブを行える様にパターンを変更していたのだ。

 

「それでは、みぎうでだけオーバードライブを起動させてください」

 

「了解した」

 

 千冬がゆっくりと目を閉じる。そして、徐々に付近の景色が揺らぎ始めた。ここで話しかけてはいけない。集中しつつある戦乙女を邪魔するなど愚の骨頂。研究員達はアリーナに一人たたずむ戦乙女を見守りながらデータのチェックを始めた。

 

「……よし、これでいいか?」

 

 そこには、右腕に赤いオーラを纏わせ不敵な笑みを浮かべる一人の操縦者が居た。その笑みは見るものを圧倒し、怯ませる。

 

「せいこうですね。いまから千冬さんのまえに的をだします。こうげきしてください」

 

「わかった。……どのように攻撃しても構わないんだな?」

 

「ええ、すきなように攻撃してください」

 

 すこしすると、彼女の前に的が10個浮かび上がってきた。しかし彼女は目を閉じたまま微動だにしない。ゆっくりと、ゆっくりと頭の中で攻撃のイメージを作り上げていた。

 

「……ふんっ!」

 

 刹那、千冬の目が見開かれる。そして、腕が一瞬ブレた。散弾銃の如く的に襲い掛かる斬撃は、容赦なく的を切り刻む。

 

「ふむ、一つ残ったか。これも少し練習が必要だな」

 

「すこし、ですか……。すごいですねぇ」

 

粉々に砕け散り、パラパラと宙を舞う的。髪に降り注ぐそれを鬱陶しそうに払う千冬を見て、真琴はキーボードを叩き、研究員に何やらお願いをすると、マイクに向かって話し始めた。 

 

「そのようすだともんだいはなさそうですね。つぎのステップにいこうします」

 

「ああ、いつでもいいぞ」

 

 

 こうして、残された一日も撃鉄壱式の調整を行っていた。真琴の直感が警告の鐘を鳴らす。恐らく襲撃があるだろうと。

 

千冬も敵の襲撃を想定して訓練を行っていた。何か思う所……というよりも、襲い掛かってくるであろう敵について心当たりがあるのかもしれない。

 

 

 21時を回る前に真琴は帰宅し、姉に報告を行っていた。何の報告かって? わかるだろう? 英国のお嬢様と一緒に寝るという報告だ。

 

「まーくん。よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらえないかな?」

 

「えっとね、なんかいっしょに寝るくんれんをするんだって」

 

 真耶の顔色が変わった。

 

(やられた! まさか、こんな所でアプローチをかけてくるとは……!) 

 

 彼女の表情からどれだけ悔しいのか伺える。大切に育ててきたカルビを横からひょいっと以下略。

 

「……まーくん。セシリアさんの部屋に行こうか。一緒に」

 

「え? う、うん」

 

 真琴はこれから始まるだろう激戦を予想しつつため息をついた。まぁ、傍観者に徹すれば問題ないだろうと判断し、すぐに諦めたみたいだが。

 

 

 

コン、コン

 

 部屋のドアを叩く音が廊下に響き渡る。この時間だとまだ生徒は起きているため、できるだけ静かに移動をしたのだが、やはり目に付いてしまう。何事かと数人の生徒が成り行きを見守っている。

 

 無理も無い話だ。ゴシップ好きな彼女達に取って、夜に代表候補生の部屋に教員と研究員が尋ねてきたのである。色々と想像しないほうがおかしいだろう。

 

「はい、どちら様ですの?」

 

「山田です。少しセシリアさんにお話がありまして……、中にはいってもいいですか?」

 

 真耶の顔に感情がない。というか、怖い。周りで様子を伺っている生徒達の顔が引き攣っている。普段ニコニコと朗らかな笑みを浮かべる真耶だが、この時ばかりは臨戦態勢を取っていた。真琴からすれば、ここまで無表情な姉の顔を見るのは初めてだ。相変わらず彼女の服の裾を引っ張っているが、何処となく表情が引きつっている。

 

「山田先生ですか……? 少しお待ちいただけますか、すぐ開けますわ」

 

 ガチャリ。ドアほんの少し開いた瞬間、鮮やかな手つきで真琴を脇に抱えて進入。そして彼をやさしく地面に降ろし、叫び声をあげそうになったセシリアの口を押さえ、ドアを閉め鍵をかける。この間、わずか1秒。

 

 何が起こったのかわからないといった表情のセシリアを前に、真耶は表情を徐々に無くしながら、セシリアの口を被っていた手を離し、一人、話し始めた。

 

「セシリアさん……。少し、やりすぎじゃないでしょうか」

 

「な、何の事ですの?」

 

「とぼけたって無駄ですよ……。話しはまーくんから聞いています。迂闊でしたね、まーくんは必ず私に報告するんですよ」

 

「あ、あら、一体何が問題だというのですか? 真琴さんが一人では寝られないと聞きましたので、微力ながら力添えをしようとしただけですのに」

 

 黒い、真耶から黒い何かが噴出している。昼間セシリアが見せたそれと同等、いやそれ以上の何かを出し、真耶はセシリアに詰め寄る。

 

「まーくんは渡しません。この子が独り立ちできるその時までは」

 

「あら、真琴さんなら立派な紳士でしてよ? もう立派に独り立ちしていますわ」

 

「もうっ、ああ言えばこう言う! とにかく! まーくんと! 一緒に! 寝るのは! 反対だと! 言っているんです!」

 

「わたくしは! 真琴さんの! 力に! なりたいだけですわ!」

 

 女の口喧嘩という物は、仲裁に入ってはいけない。二人の矛先が仲裁先に向く可能性が極めて高いからだ。

 

 早く終わらないかなぁと、真琴は椅子に座り足をぶらぶらと遊ばせつつ彼女達を見ていた。そこから5分程口論が続いただろうか。ギャースカと騒ぎ立てる彼女達の口論の内容に理解が追いつかなくなった真琴は、考える事を諦めてテーブルに置いてあったクッキーをポリポリと食べ始めた。彼女らの勢いは留まることを知らない。

 

「まーくんは! 私と一緒に寝るのが! 一番いいんです!」

 

「ですから! 山田先生は! 今回の出張に! 同行しませんわよね!?」

 

 その時、ドアをノックする音が聞こえる。さすがに来客を無視して口論を続ける訳にもいかない。何か大事な用件かも知れない。

 

「……来客みたいですわ。一時休戦といきましょう」

 

「そうですね。でも、私は認めませんからね」

 

 鍵を開けた瞬間、ドアがボディブローを食らった人間の様に歪みながら一気に開いた。そしてその先に佇んでいる人物を見て、セシリアは凍りついた。真耶も凍りついた。真琴はおいしそうにクッキーをほお張っている。何故かって? そこにはジャージ姿の鬼教官が居たからさ、竹刀持ちで。

 

「やかましい! いくら消灯時間前とはいえ羽目を外しすぎだ!」

 

「お、織斑先生……」

 

「次このような問題を起こしたら懲罰部屋に叩き込むからな! 肝に銘じておけ!」

 

「ま、待ってください! これには正当な理由がございます!」

 

 その言葉を聴き、千冬の目尻がピクっと動いた。迷惑行為に対する正当な理由など、自分が知りうる限り存在しないからだ。

 

「ほう、騒ぎ立てるのに正当な理由があるのか。面白い、聞かせてみろ」

 

「それでは、部屋にお入りになってください」

 

 千冬が部屋に入ると、彼女は否応なしに固まる事となった。

 

 

「……何故ここに山田君と真琴君がいる?」

 

「お、織斑先生……」

 

 

 

 

 

 

 

 姉は真っ白になって固まっている。どうやらただの屍のようだ。

 

 セシリアは既に固まっている。こちらは小刻みに震えている。何か覚悟をしたようだ。

 

 弟はクッキーを食べ続けている。

 

 

 

 

 

 

 この状況を見て、千冬は額に手を当てて大きなため息を付いた。本来なら今の状況を理解しろというのは困難な筈なのだが、大体理解出来てしまった自分に対してため息が出てしまったのだ。

 

「……何となく事情は察したが、どういうことか説明してもらおうか。真琴君、とりあえず食べるのをやめないか? 何故このような事になったのか真琴君から話しを聞きたい」

 

 女性陣から話を聞いても、はぐらかされるだけと判断したのだろう。

 

 しかし、真琴はクッキーを食べる手を止めない。ほっぺを膨らませながら、笑顔を絶やす事無くハムスターみたいに小刻みに食べ続けている。

 

「真琴君、おい、真琴君。……なぁ、山田君。こういった場合、どうすれば彼は気づくんだ?」

 

「わ、わかりません……。このパターンは見たことがないです」

 

 さすがに真耶も驚いている様だ。普段の集中状態なら、対処のしようもあるのだが……。

 

 千冬は真琴の肩を揺さぶり続ける。しかし、彼から反応が返ってくることはなかった。

 

「もう、まーくん! 織斑先生が呼んでるよ!」

 

 がばっ! と真耶が彼を後ろから抱えあげる。手に持ったクッキーがなくなり次のクッキーを取ろうとしたが、その願いが叶うことはなかった。ここでようやく、真琴は周りに意識を向け始める。頬にクッキーのカスが付いているのは、まぁ、ご愛嬌という奴か?

 

「……? どうしたのお姉ちゃん」

 

「まーくん、織村先生が呼んでるよ」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

「やれやれ、やっと話を進めることが出来るか……。実はな―――」

 

 

 事の流れを真琴に説明する千冬。それを見ている真耶とセシリアは気が気ではない。本来の真琴なら包み隠さず全てを話すだろう。しかし、今回は状況が違う。

 

「えっと、すみません。ぜんぜん聞いてませんでした」

 

「ずっとクッキーを食べていたのか? 間食は程ほどにして。ちゃんと歯は磨けよ。仕方ない、山田君、オルコット、説明しろ」

 

「「わ、わかりました……」」

 

 

「お前らは子供か……」

 

「す、すみません」

 

「わたくしとしたことが……」

 

説明が終わった。その場に居たのは、きょとんとした真琴と、呆れて物が言えない千冬だ。対面には、すっかり萎縮してしまった二人がいる。

 

 

「つまり、山田君としてはオルコットの添い寝が気に食わないと。オルコットとしては、今のうちに真琴君の手助けをしてやりたいと。……本当かどうかは疑わしいがな」

 

「ぬぐっ……」

 

「しかし真琴君が一人で寝れないとなると、問題だな。さて、どうしたものか……」

 

ここで、真耶の目がキュピーン! と光る。妙案を思いついたみたいだ。

 

「そうだ! 織斑先生、真琴の添い寝をお願いできませんでしょうか!」

 

「な、ちょっ山田先生!?」

 

爆弾が投下された。

 

「私と……?」

 

「はい、織斑先生なら安心して真琴を預けられます!」

 

今度は、セシリアの目に悔しさが滲む。 

 

(やりやがりましたわね! このメロンが……っ!)

 

二人の間に火花が散るが、当の千冬と真琴は何処吹く風。二人でサクサクと話を進めていた。

 

「真琴君がいいなら、私はかまわないが……」

 

「よろしくおねがいします」

 

ぺこり。いとも簡単に話は決まった。セシリアの頭の上で、心なしかカラスが鳴いた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、部屋が汚れている事を失念していた千冬は真琴をそのまま案内してしまい、メイド姿の真琴が出勤する事になったとかならなかったとか。

 

 

 

 




―――おしごと、大変ですもんね。千冬さん。

―――……ああ、そうだな。

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