IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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21話 弟はかくも愛しくあり

 その後医師の診察を受け、もう退院しても良いという診断結果を受けたのだが……。

 

「弟君、言いたいことが有ったら遠慮なく言うと良い。もっとここに居てもいいんだぞ?」

 

「はぁ、分かりました。……ん~?」

 

「お、弟君ですって……?」

 

「全く、どうしてこうなってしまったんだ……」

 

 自慢げに胸を張り、真琴に話しかけるラウラ。とりあえず納得する事にしたが、疑問符を頭上に浮かべている真琴。二人の会話を聞いて、納得が行かない様子のセシリア。そして、頭を抱えて椅子に座りこんでしまった千冬。

 

 病室は混沌への一途を辿っていた。

 

「納得が行きませんわ! ラウラさんがどうして真琴さんを弟と呼んでいるのですか!!」

 

「ふふんっ、日本では気に入った相手を特殊な呼称で呼ぶというのが習わしだと聞いた。故に、それを実践しているに過ぎん」

 

「な、なんですって!? ああ……わたくしが危惧していたことが現実になってしまいました……」

 

 ラウラからすれば、真琴に向けている感情は「友愛」に近い。傍から見ると、背伸びをして弟の面倒を見ようとする姉みたいな構図なのだが、どうやらセシリアの目には強力なライバルに見える特殊なフィルターが張られているらしい。

 

 二人の口論を見ていた千冬は、もう勝手にしろと言わんばかりに溜息を付くと、容体が安定した真琴を連れて客室へと移動するのだった。

 

 

「真琴君。君に悪気がないのは分かっているんだが……もうちょっと何とかならなかったのか?」

 

「ごめんなさい……でも、ラウラお姉ちゃんなんか嬉しそうでしたから」

 

「ラ、ラウラお姉ちゃん……。そうか、君は律義に約束を守る人だったな。全く……ラウラにも困ったものだ」

 

「僕としては、友達が増えるのは嬉しい事なんですけど……その、駄目ならやめます」

 

「もう引き返すのは無理だろう。そのままでいいさ」

 

(友達、か……)

 

 早熟な子供と言うものは、友達が少ないケースが多い。上辺だけの友達付き合いならそこそこ有ってもおかしくはないが、真琴の性格を考えるとそれも考えられない。実際、彼は放課後に友達と遊ぶこともなく、ずっと家で姉で真耶と遊ぶか本を読んでいるかしかしていなかった。加えて、IS委員会や各政府からのちょっかいが彼の孤独を加速させている。

 

(本当の友達ができるといいな、真琴君)

 

 真琴の頭を撫でながら、千冬は彼の幸せを願っていた。

 

 と、その時

 

 

―――真琴さん! 真琴さんはどこへ行ってしまったのですか!?

 

―――ええい、貴様は待機していろ! 弟君は私が探し出す!

 

 

 遠くからぎゃあぎゃあと叫び声が聞こえてくる。じきに此処も見つかってしまうだろう。見つかってしまえば最後、再び真琴争奪戦が開始されてしまう。

 

「……真琴君、次の部屋に移ろうか」

 

「追いかけっこですね。ちょっとやってみたかったんです」

 

 目をキラキラさせて千冬を見上げる真琴。そうではないんだが……と言いかけた千冬だったが、ここで事実を言ってしまうのは余りにも酷である。否定しないで逃げ続けることにした。

 

「あいつらに見つかると色々と五月蠅いからな。そら、移動するぞ」

 

「はいっ」

 

 

―――1時間後

 

「こ、ここまで疲れたのはテニスの決勝戦以来ですわ……」

 

「ハッ、軟弱物め。その程度では弟君を守ることなどできんぞ。それにしても、さすがは教官です。我々の裏を付き、同じ建物内でここまで逃げおおせるとは……」

 

 ベンチに腰掛け、息も絶え絶えにスポーツドリンクを飲むセシリアに対し、同じくスポーツドリンクを飲みながら教官に敬意を表しているラウラ。どちらも清々しい程汗をかいていた。

 

「暑苦しい。風呂に入って汗を流してこい、いいな」

 

「了解。さ、弟君行くぞ」

 

「分かりましたわ……さ、真琴さん。一緒に行きましょう」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「そういえば真琴君もここ二日風呂に入っていなかったな……いやしかし、こいつらに任せて大丈夫なのか? ラウラが様子を見る分には問題ないと判断できるが……私と一緒に入るという選択肢もあるか……」

 

 当たり前の様に真琴を風呂に入れようとするラウラとセシリア。それを見てなにやらぶつぶつと呟いている千冬であったが、問題ない……という訳ではないが、まぁ大丈夫だろうと判断し彼を任せる事にした。

 

 

 一応此処は軍の施設だが、お偉いさんが来るという事もあり、大浴場とは別に浴室があり、VIP用に大きな浴槽と、シャワーが複数設置されている。

 

 真琴の体を洗うと言う事で、彼女らはVIP用の浴室を使用する許可が下りたのだが……。

 

「さぁ弟君、体を洗ってやろう。こっちへ来るといい……ふむ、すべすべしていて手触りがとてもいいな」

 

「お待ちなさい! 真琴さんの体を洗うのはわたくしの役目ですわ! ……まぁ、真琴さんの肌触りの良さについては同意致します」

 

 ここでも勃発する真琴争奪戦。シャワーの前の風呂椅子に腰掛ける真琴を挟んで、ラウラとセシリアがぎゃーすかと言い争っている。彼女らに自重という二文字は存在しないのだろうか。何かと世話を焼きたがる姉二人? に対して、真琴は何時になったら洗ってもらえるのかな~と彼女らを見つめていたのだが、いい加減寒かったのだろう。くしゃみが飛び出た。

 

「へっくし」

 

「ま、真琴さん!? ああもう、ラウラさんが何時まで経ってもわたくしの事を止めるから真琴さんが寒そうにしていますわ! 速く諦めてはいかが!?」

 

「おい、そこは私のせいじゃないだろう。……分かった、共同戦線といこうじゃないか。お前は右を洗え。私は左を洗う」

 

「納得はできませんが……致し方ありませんわね。その前に、もう一度湯船に入りましょう。真琴さんが風邪を引いてしまいますわ」

 

 この後何事もなく入浴は終了すると思われたが、真琴が「背中を洗ってあげる」と言いだした事で再び争いの火種はメラメラと燃え盛る。

 

「私が先だ!」

 

「いいえ、わたくしが先ですわ!」

 

 結局、入浴が終わるまでに一時間半を費やしたとか。

 

 

 風呂の後の着替え、髪の乾燥も含め、計2時間。漸く3人は千冬の元へと戻ってきた。

 

「やれやれ、やっと出てきたか。……何でお前らは真琴君の手を取っているんだ?」

 

 何やら真琴を挟んでけん制しあう二人。真琴の頭上では視線という火花が飛び散っている。

 

「油断していたら何をされるか分かったものではありません。故に正当な対処ですわ」

 

「教官、この女、放っておくと何をするか分かりません。懲罰部屋に叩きこむのが順当かと思われます」

 

「そんなことがあるかこの馬鹿者が……。程々にしておけよ」

 

 もはや開き直ったと言っても過言ではないだろう彼女らの様子を見て、千冬は諦める事にした。女性の一途な思いを止める事はとても難しいということを理解しているからだ。

 

「さて、お前らにこれからの予定を伝えておく。とりあえず真琴君の容体は安定したが、大事を見てもう一泊してからイギリスへ行く事になった。出発は翌日の午前9時だ。昼前にドイツに着くから、昼食はイギリスへ行ってからだな。会議はその後になる」

 

「真琴さんが元気になって何よりです。五月蠅い姉気どりの軍人もいなくなる事ですし、せいせいしますわ」

 

「ふんっ、吠えるなお蝶夫人が。しばらくしたら私もIS学園に派遣される予定だ。弟君を守るのは私の役目なんでな」

 

「お、おちょ……!? 聞き捨てなりませんわ! 何ですの、そのとても不名誉そうな名前は!?」

 

「縦髪ドリル、テニス、貴族。……ふっ」

 

「勝ち誇った顔が憎たらしい!」

 

 女は三人集まったら姦しいと言うが、二人ならどうなのだろうか。少なくとも、この二人ならそれに該当しそうだが。

 

 

 

 

 その後昼食の時間となり、皆好き好きに席に座った。当然、真琴の両隣りはセシリアとラウラだ。

 

「弟君、私が食べさせてやろう。ほら、口を開けるんだ」

 

「あーん……」

 

「お待ちなさい! わたくしですらまだ行ったことがないというのに……!」

 

 逆らう事を諦めた、というか疑問に思うことを辞めた真琴に、次々に食事を口に押し込むラウラ。当然、それを見て黙っているセシリアではない。ちなみに、千冬は無視を決め込んでいる。色々と諦めた。そっと胃薬を取り出したのは、恐らく目の錯覚だろう。

 

「もう少しバランスを考えて食べさせてあげたらいかがですか? これだから食事をただの栄養摂取としか考えていない軍人は……」

 

「ふんっ、フィッシュ・アンド・チップスばかり食っている英国貴族に食事云々で言われる筋合いはない。さ、弟君。次だ」

 

「むぐむぐ……」

 

「というか、次はわたくしが食べさせてあげる番ですわ! 先ほど共同戦線を張ると仰ったばっかりではないですか!」

 

「……そう言えばそんな事もあったな。チッ、忌々しい。ほら、次はお前の番だ」

 

「お前お前と呼ばないで下さいなラウラさん! わたくしにはセシリア・オルコットという立派な名前がございます!」

 

「それもそうか、分かったセシリア。さ、弟君、次は何が食べたい?」

 

「ですから! 次はわたくしの番だと先ほども申したでしょうに!?」

 

 真琴の姉候補と嫁候補の応酬は留まる事を知らない。綺麗なのか汚いのか良く分からない口論だが、喧嘩をすることでお互いを少しだけ理解できたのだろうか、互いを呼ぶ名前に変化が現れた。

 

「喧しい! 黙って食え!」

 

 飯時は静かにするものである。当然、二人の頭上に出席簿(エクスカリバー)が降り注ぐ。威力は何時ものに比べ2割増しだった。

 

「ぐ、ぬ、教官、何処からその武器を取りだしたのですか……」

 

「くっ……何かにつけて人の頭をぽんぽんと」

 

「やはり真琴君にこいつらを任せたのはまずかったか……しかし彼も友達を欲しいと言っていたし……」

 

相変わらず千冬はぶつぶつと呟いている。何か対策を練っている様だ。

 

 

 

 

 その後も、ベッドの上で安静にしている真琴を甲斐甲斐しく(?)看護するラウラとセシリア。結局、夜まで軍人と貴族のドタバタ劇が終わることはなかった。

 

 ちなみに、今度こそはとクラリッサがどこからともなくデシタルビデオカメラを取り出し、逐一影から撮影していた。後に鑑賞会をしていた所をアデーレに見つかり、こっぴどくしかられた後、地獄の訓練が追加されたのは全くの余談である。

 

 なぉ、データは全て謝罪と共に千冬の元へ届けられ、破棄されたとか真耶の所へ送られたとか。

 

 

 

 

 そして、夜になり就寝の時間がやってきたのだが。

 

「さ、真琴さん。今夜はわたくしと一緒にゆっくりと寝ましょう」

 

 パジャマに着替えた真琴手を引くセシリア。こちらも同じくパジャマに着替えたが、この世の春が来たと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

「おい待てセシリア今聞き捨てならん事をさらっと言わなかったかというか言ったなお前は教官から弟君と一緒に寝る事は禁止されていたはずだ分かったらさっさと自分の寝室に戻るがいい!」

 

 一息に言い切ったラウラ。しかしセシリアはそれに怯む事無く、いつもの威風堂々としたポーズを取り、反論した。

 

「ふっ……甘いですわ。カスタートプティングより甘いですわラウラさん! わたくしセシリア・オルコットは、既に真琴さんの姉君である山田先生に許可を得ています!」

 

「な、何だと……! きょ、教官! 事実なのですか!?」

 

 驚きを隠せないラウラ。その横では、苦い顔をして額に手を当て俯く千冬が立っている。悪意が無い分達が悪いとは正にこの事か。

 

「……ああ、本当だ。私が山田君に連絡を取り、事実関係を確認した。……オルコット家のメイド、中々侮れんぞ」

 

 真琴とドタバタ劇を繰り広げられている間、チェルシーが時間を見つけては真耶に連絡を取り、交渉していた。その際、彼女が如何に彼を大事に思っているか熱弁し、交渉すること更に3時間。ようやく真耶が折れたのだった。

 

「順当に考えたら、今夜はわたくしが真琴さんと一緒に寝る番です! さぁ、分かったのならさっさと一人で寝る準備をした方が賢明ですわよ?」

 

「くっ……なんだこの敗北感は」

 

「ラウラさんも、山田先生の許可が下りれば一緒に寝る事ができますわ。しかし、山田先生は見ず知らずの相手にいきなり許可を出すかと言うと、それは難しいかもしれないですわね……」

 

 どや顔でラウラを見下すセシリア。対するラウラの顔には悔しさがにじみ出ていた。

 

「ちっ、戦略的撤退だ! すぐに対策会議を開く!」

 

「……やりすぎるなよ。ではな」

 

 悔しさを顔に滲ませつつも諦めてはいない表情のラウラ。一方千冬は、真耶の許可が下りてしまっては仕様がないと判断し、それ以上追及することはやめていた。

 

「でしたら、その戦略が間違えているのですわ。わたくしが真琴さんの事を一番分かっているのですから。さ、真琴さん。寝る準備はできましたか?」

 

「あ、はい。……よろしくお願いします」

 

 ぺこりと一礼し、真琴はおずおずとベッドに潜り込んでいく。それを最後まで見届けた後、セシリアも徐に真琴が待っているベッドに潜り込むのであった。

 

(ああ……ようやく、ようやくですわ! 真琴さんをこの腕にゆっくりと抱きしめる事が出来ました。明日は良い事が有りそうですわ!)

 

「むぁ」

 

「真琴さん、ゆっくり、ゆっくりとお休み下さい。わたくしが守って差し上げますわ」

 

「んー……」

 

 ごそごそと自分が気に入る位置を探す真琴に、思わず気分が高揚してしまったセシリアであったが、セシリアは今後の事を踏まえ、鋼の理性で耐えた。その晩のすりすりむにむにTIMEは、今まで真耶が建てつづけていた記録を抜いて、堂々の一位に輝いたそうな。

 




―――セシリア・オルコット。許すまじっ……!

―――少佐、その拳銃のメンテナンスは終わっているはずですが……。

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