IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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23話 兎とまーくんと鬼教官

『キャメル1へ。こちらグロスター1 キャメルの左舷に国籍不明の戦闘機……? を確認』

『キャメル1へ。こちらグロスター2 同じく国籍不明の戦闘機を確認』

『キャメル1へ。こちらグロスター3 同じく国籍不明の戦闘機を確認』

『キャメル1へ。こちらグロスター4 国籍不明の戦闘機を確認』

 

 真琴が空飛ぶでっかいニンジンを発見してすぐに、各護衛機から同時に警報が発令される。

 

「何故ここまで気づかなかった! さっさと撃墜しろ!」

 

 旅客機内に怒号が響き渡る。イギリス軍からしたら、とんだ失態だ。たかだか一機の戦闘機? にやすやすと接近を許してしまったのだから。

 

『こちらグロスター1 駄目だ。護衛対象との距離が近すぎる』

『こちらグロスター2 護衛対象が爆発に巻き込まれる可能性が極めて高い。攻撃は無理と判断』

『こちらグロスター3 ミサイル、機銃共に使用不可。攻撃を断念する』

『こちらグロスター4 対象が攻撃をする様子はない。このまま様子を見る』

 

 

 

『はっはっはーっ! 天才の束さんの登場だよ! 束さん特性の光学迷彩とステルス機能を打ち破ることなんて無理無理。攻撃なんてしないから、着陸までこのままランデブーしようよ。ちーちゃん、私と飛ぼうぜどこまでも!』

 

 

 

 音声に一瞬ノイズが混じったかと思うと、千冬にとって聞きなれているが、とてもイライラさせるテンションの女性が乱入してきた。

 

「ふぅ……。やはりお前だったか。おい馬鹿、撃墜されるのは構わんが此方まで巻き込むなよ」

 

『ひっどい! 久しぶりの再会なのにそれはないよちーちゃん。合コンで真っ先にに自慢話するくらいないよ!』

 

 千冬のイライラゲージは指数関数的に上昇を続ける。対する束と名乗った女性、恐らく篠ノ之束だろう。彼女のテンションは下がることを知らない。ここで、横やりが入った。

 

 横で傍観していたイギリス陣営が千冬の知人かと尋ねてきたのだ。

 

「あの正体不明の戦闘機を操縦しているタバネ名乗った人物はまさか……」

 

「……認めたくはないが篠ノ之束本人だ。つい最近まで指名手配されていたISの開発者だ」

 

「束さんはニンジンがすきなんですねぇ……」

 

 見当違いな結論を出して勝手に納得していた真琴だったが、どうやらそれを聞かれていたらしく、物凄い勢いで突っ込みが入った。

 

『ニンジンこそ至高の食べ物! ウサギさんは大好きだし、カロチンたっぷり。そしてなによりウサギさんが大好きだし、何を隠そうこの私もニンジンが大好きなのだぁ!』

 

 何を言っているのか分からない。

 

「黙れ喋るな帰れ消えろ。……全く、なんでこうお前は居て欲しい時に居なくて、居なくていい時は必ず居るんだ」

 

『あれ? ちーちゃんは、私が恋しかったことがあるんだ? ねぇねぇ、いつの話し? 聞かせて聞かせて!』

 

「死ね」

 

 千冬は今すぐにでも目の前から居なくなって欲しいみたいだが、政府からしてみたら考えは全くの逆。このまま篠ノ之束に付いてきて貰えれば、ひょっとしたら真琴と束の共同開発なんていうこともあり得ると考えていた。

 

『あの……着陸まで後5分を切りました。皆さん、座席に座って下さい』

 

 アナウンスを聞き、一同は慌てて席に着いた。そんな中、千冬は真琴に大量のお菓子を与えていた。それを受け取った真琴は、目の前で起きている問題など記憶の彼方にふっ飛ばし、一心不乱にハムハムと食べ始めた。どうやら作戦は成功らしい。そして、旅客機とニンジンは仲良く着陸態勢に入る。

 

 

「やっほほーい! ひっさしぶりーちーちゃん! さぁさぁ、再開を祝って私とハグをしようではなぁ!?」

 

 

 千冬に突撃をかける束だったが、出席簿の角によるダイレクトアタックがそれを阻む。頭が陥没してもおかしくはない一撃だったが、彼女が装着しているウサ耳タイプのヘアバンドが辛うじてそれを阻止していた。

 

「……浅かったか」

 

「酷いよちーちゃん!? い、いくら照れ隠しとはいっても、何気に全力だったよねいまの!」

 

「死ね」

 

「し、真剣白羽取りー!」

 

「チッ……おい、私との再会が嬉しいなら、一撃くらっておけ」

 

「素直になろうよちーちゃん。私の胸はちーちゃん専用の抱き枕だから、何時でも飛びこんで来ていいんだよ?」

 

「……。」

 

「おおっとぉ! 二度も三度も同じ攻撃を食らう束さんではなぁい!」

 

 何時までこの無限ループは続くのだろうか。着陸してから10分。未だに一同は滑走路上に居た。

 

「ち、千冬さん……ほんとうにこのひとが、篠ノ之束さんなんですか?」

 

「ん? ……ああそうだ。おい束、皆に挨拶くらいしておけ」

 

「えー? めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。おわ……ん? んん?」

 

くるりと一回転してから皆を一瞥し、千冬以外誰も居ないかの様に振舞っている彼女だったが、自分以上の天才と言われている人物が視界に入ると、興味を持ち始めてしまった。

 

「おー……おおー。なるほどなるほど、ふむふむ。ウサギでもいいけど猫もいいなぁ」

 

 真琴の横まで歩いてきた束は、そのまま彼の周りをぐるぐると回り始める。それを見ていた千冬はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。

 

 篠ノ之束の世界は、自分の身内で完結していた。それ以外の存在には興味を持たず、話しかけられても冷淡な態度で拒絶の意を示していたのだが……。

 

「少年、名前は?」

 

「あ、はい。山田真琴です」

 

「ふぅん。やっぱり少年が山田少年だったか。論文見たけどね、子供の頃に書いたとはいえ、天才束さんの基礎理論をぶち壊してくれたのはびっくりしたよ」

 

 どうやらこのはた迷惑な兎は、自分の理論を上回った少年が気にかかっていた模様。さすがに今現在では束に軍配が上がるだろうが、真琴はまだ9歳。自分と同じ年齢にまで年と経験を重ねたらどこまで成長するか全くの未知である。ひょっとすると、自分と同等になり得るかも知れないのだ。

 

 コミュ障極まりない束だが、色々思う所が有るのかも知れない。

 

 

 

「んじゃ、まーちゃんね! 君にこれをあげよう、さぁ、装着するのだ!」

 

 彼女はどこからともなくカチューシャを取りだし、真琴にずずいと差し出した。差し出されたものは

 

 

 

 機械仕掛けの猫の耳の形をしたカチューシャ。見かけだけの物では無いのだろうが、紛れも無く、そこには猫耳カチューシャが存在していた。

 

 

 

「……。」

 

「さぁ! さぁ!」

 

 

 

 猫耳カチューシャを手に取り、自分の中で何かと戦っている真琴。それを分かっているのかどうか知らないが、束はニコニコを微笑みながら彼が装着するのを目の前で待っていた。彼女の様子を見て、真耶を思い出していた真琴は諦めてもらうのは無理だと判断したのだろう。大人しく装着することにした。

 

 すちゃっ。

 

 装着すると共に、真琴の視界が一気に広がった。今なら後ろに居る千冬の吐息ですら聞こえるかもしれない。

 

 しかし、空気をぶち壊す事に定評のある束は真琴のそんな驚きを歯牙にもかけず、自分の要求をゴリゴリと押し通してきた。 

 

「やはり束さんの目に狂いはなかった! 良いね、凄く良いね、とっても良いよ! ……さぁ、次は何をするか分かっているね? ハリーハリー!」

 

「……………………………………………………にゃー」

 

 

 ぶはっ

 

 

 一同、鼻から愛が溢れた。

 

 

 愛と言う名の嵐が吹き荒れた後、ウサ耳とネコ耳を引き連れて舞台は移る。現在、イギリス政府の内閣官房室で待機していた。

 

「おい馬鹿、何だこれは。何故こんな物を用意していた」

 

「いやーははは、ショタッ子ていいねぇ。人類の宝物だよ」

 

「質問に答えろ!」

 

 糠に釘、暖簾に腕押し、風になびく柳。千冬がいくら質問をしても束はのらりくらりとかわし続ける。

 

 被害者である真琴はというと、セシリアの上に座り、愛でられていた。

 

「無理です。これは無理です。色々と無理ですわ。これに加えてあのメイド服を着ていたらと思うと……気をやってしまいそうです」

 

 セシリアの頭上に大量のハートマークが浮かび上がっている様に見えるのは気のせいではないだろう。

 

「むむっ、君の事はどうでもいいけど、やっぱり猫耳にはメイド服だね。よーし、束さん頑張っちゃうぞー。色んな耳を用意しようではないか!」

 

「それでしたら、わたくしは様々な服を用意致しますわ。チェルシー、分かっているわね?」

 

「お嬢様……。まぁ、可愛いですから私も賛成しますが」

 

「お前ら……」

 

 悪ノリをする束、それに乗っかり暴走するセシリア。さらに同調するチェルシー。そして、何も見なかった事にして傍観を決め込んでいる国枝。

 

千冬は苦労人なのかもしれない。色んな意味で。

 

「どうやって山田君に報告しろと言うんだ……私の身にもなってみろ。というか束、お前がまさか身内以外に興味を持つとは思ってもみなかったぞ」

 

「うん? いやなんかこう、束さんセンサーにビビビっと来たのさ。ちーちゃんなら分かりそうなもんだけど」

 

「分かってたまるか馬鹿者が」

 

(まぁ、決して悪いことではないがな)

 

 古くから束と付き合いがある千冬は、彼女の異常性を昔から危惧していた。そして、それは世界のパワーバランスを狂わせるという最悪の形で実現してしまい、更には指名手配を受けるという事態にまで陥ってしまったのだが、幸か不幸かその指名手配が外れ、単純に凄腕のIS研究者と見られていることに関しては悪い感情を持つことはなかった。

 

(これも全て真琴君がIS学園に就職してからの事だな……彼にはいくら礼を言っても足りないな)

 

 真琴からすれば、普段から面倒を見てもらっているのだからそんなことはないと否定しそうだが、少なくとも千冬にとっては幼馴染をある意味救ってくれたのだから、否定を否定するだろう。

 

 千冬は、一夏に次いで守る存在を見つけていた。それは彼女を支える大きな力となるだろう。

 

 彼女らが真琴を愛ででいると、奥の大きなドアが開いた。そこには一度はニュースで見たことが有るだろう、イギリス政府の重鎮が数人。そして、彼女らを守るためであろう黒服にサングラスという、これまたベタな格好をしたSPが10人ほど佇んでいた。

 

「よく来てくれた山田博士。……それに、篠ノ之博士」

 

 イギリス政府の挨拶を皮切りに、一同席に着いた。自己紹介を終えた後、真琴とイギリス政府の会談が始まる。

 

 千冬にとって守るべき存在が矢面に立たされた瞬間だ。彼女はどのようにして真琴を守りきるのだろうか。

 




―――ところで束。あの猫耳はなんだ?

―――ん? ちーちゃんも欲しい?

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