IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
真琴が研究室で鈴のISをメンテナンスしている時に、それは突然訪れた。
親からの勘当宣言
両親は精神的にかなりやつれてしまったらしい。毎日途切れる事がなく送られてくる真琴への勧誘の手紙、電話、贈り物、そして、それを上回る頻度で送られてくる脅迫の手紙。始めは真琴が世界的に認められたと喜んでいたが、政府からの保護を受けて軟禁生活を強いら始めてから、次第に夫婦喧嘩が勃発しだした。
この事は真琴には内緒で話しが進んでいた。勿論、真耶はこれに猛反対。真琴を勘当するなら自分も家を出て行くと宣言していた。
考えてみて欲しい。自分の血を分けた子供を守る為に親が苦境に立たされるという状況はそこらへんに転がっている。しかし、真琴の場合は立場と環境が違いすぎる。それこそ世界規模で有名になってしまった為、逃げ場がないのだ。
24時間体制で監視される状況というのを経験したことがあるだろうか? 気を休める事ができる場所がなく、プライベートすらない。一字一句逃すことなくデータで保存されている。それこそ、夫婦としての営みですら監視されてしまうのだ。
そして、ついに限界が来てしまった。親の愛とて無限ではない。子供の為なら自分の命すら差し出せるとはよく聞くが、それは親の精神面が通常時の物ならば、という前提がある。
親からの手紙を読んだ真琴は茫然自失となり、手紙を落として立ち尽くしてしまった。
「真琴! 大丈夫!? ……なによこれ、信じらんない。こんな物を実の息子に送り付けたっていうの!?」
横でメンテナンスを見ていた鈴は、介抱しながら真琴が落とした手紙を読み激怒。すぐに真琴を研究員にまかせると、持った手紙もそのままに、職員会議が行われている会議室に突撃、真耶にその手紙を投げつけたのであった。
―――ISに携わる者は不幸になってしまうという制約でも有るのだろうか
学園に在籍している代表候補生には、少なからず人には言いにくい過去がある。親が居ない、もしくは離婚した、等々。そして、その後を乗り切る為の様々な苦労。
ひょっとしたら、これは独りよがりではあるが、人質としての価値を失くす為の最後の優しさなのかもしれない。
両親はこの手紙を渡した後、政府の監視下を外れてどこかでひっそりと暮らすらしい。
―――真琴の目が少し濁り、心に皹が入った。
◇
情報という物は、とにかく出回るのが早い。緘口令が敷かれたのだが、真琴が勘当されたという噂は一日もしない内に学園中に広まってしまった。渦中にある本人はと言うと、椅子に座った真耶に抱かれたまま、パソコンで新しいISのシミュレーションを行っていた。
真耶に新しいISをあげようと画策でもしているのだろうか。
何かに没頭でもしていないと、親の事を考えてしまうのだろうか。
……もしくは、自分を受け入れない世界について考えているのか。
防衛策の一つだと思われる。現在真耶の私室には千冬、真耶、真琴が居る。セシリアや、現場に居合わせた鈴も真琴が心配だから同席したいと言っていたが、話題が話題なので却下されたみたいだ。
重苦しい雰囲気が部屋の中を包む。まるでこの部屋の重力だけ何倍にもなってしまったのではないかという程息苦しい。
そんな中、千冬が話しを切り出した。
「話は聞いた。親から勘当か……事情こそ違えど、私達と同じになってしまったな、山田君。済まなかった。もう少し私達が気を回して居ればこんな事にはならなかったはずだ」
千冬は立ちあがり、彼女らに向かい深々と頭を下げた。
「……前々から連絡はあったんです。両親の精神的な負担がとても凄かったと。私は猛反対しましたけど、認めてはくれませんでした」
「とりあえず、今はこれからの事を考えるのが重要だとは思うが……大丈夫か? 無理なら明日に回すが」
「私は大丈夫ですけど真琴がさっきから何をしても反応してくれません。大丈夫でしょうか……」
真琴は、立ち直った後すぐにパソコンを弄りだしてしまった。そのため真耶が何時ものパターンでお菓子を使ったのだが、真琴はそれすら気にも留めずに一心不乱にパソコンを弄っていたのだ。
「真琴君は頭の回転がとても速い。……理解してしまったのだろうな」
「ディスプレイを見てるんですけど、篠ノ之博士とさっきから何やら連絡を取っているみたいなんです。ですけど、ログとか何にも無くて内容までは分かりません」
「……このタイミングであの馬鹿とか? 嫌な予感しかしないな」
ご存じだろうか、嫌な予感と言う物はかなりの確率で当たるという事を。
千冬が溜息をつくと同時に、ズパァン! とドアが物凄い勢いで開いた。そこに立っていたのは
「話しは聞いたよまーちゃん! 束さんが味方になってあげようではないか!」
世界のパワーバンランスを崩壊させた、天災こと篠ノ之束であった。ズカズカと遠慮なしに部屋の中に入って来たウサ耳(大)は、いそいそとパソコンを弄っているウサ耳(小)をひょいっと持ち上げて、今度は自分の上に置き直して愛で始めた。そしてマッハわしゃわしゃしながらまくし立て始める。
「いーじゃんいーじゃん気にしなくって。ちーちゃんもいっくんも束さんもいるしさ! なんなら束さんが一緒にいてあげようではないか、うははははいと柔らかし」
慰めているのかなんだかよくわからないが、束なりに真琴を気遣っているのだろう。もみくちゃにされながらパソコンを弄っている真琴だが、ここで変化が訪れた。おやつもなしに、パソコンから外へと意識を向け始めたのだ。
「まだ、だいじょうぶですよ。お姉ちゃんがいますし。……お姉ちゃんはいなくならないよね?」
上目遣いで心配そうに見つめてくる真琴のお姉ちゃんはいなくならないよね発言を聞いた真耶は、千冬ですら反応できない速度で束から真琴を奪還、目に涙を溜めながら抱きしめた。
「世界中がまーくんの敵に回ったとしてもお姉ちゃんはまーくんの味方だからね? ずっとまーくんと一緒だよ!」
「よかった……僕もずっとお姉ちゃんのみかただよ。それじゃー……束さん、メールでおねがいした件なんですけど」
「しょうがないなぁまーちゃんは。今回は特別だからね? はい、あげる!」
「もうちょっとでかいせきが終わりそうなんですけど……ありがとうございます。これでお姉ちゃんのISがつくれそうです」
「おい真琴くん……さすがにそれはまずい、こっちに渡してくれないか」
千冬が真琴からISのコアらしき物体を取りあげようと彼に手を伸ばすが、真琴はそれを胸に抱えて涙目になりながら千冬を威嚇し始めた。小動物が必死になって食べ物を守ろうとする仕草を連想させるそれは、室内にいる全ての姉ズの胸をきゅんきゅんさせる。
「がるるる……」
「いや、可愛いだけなんだが」
「まーくんが可愛いのは周知の事です」
「かわいいねぇまーちゃん 次は何の耳を用意しようかな?」
結局、千冬が彼から取り上げる事はできなかった。
真琴がどうしてここまで落ち込まなかったのかと言うと、両親が共働きでずっと真琴の事を姉任せにしてきた事に起因する。休日ですら真琴は真耶にべったりだったのだ。姉の方は少なからず精神的にダメージを受けたみたいだが、真琴の手前それを出すわけには行かない。というか、彼女も少なからず真琴に依存していた。
しかし、気にならない訳がない。これを機に姉弟という存在はより一層惹かれあい、依存する可能性が高まったのであった。
◇
私は更識簪。更識家当主である更識楯無の妹。
私は更識家に生まれて物心付いた時には、既に姉さんとの差を自覚していた。
全てにおいて秀でている姉さん。数々の記録を打ち立て、更識家の期待を背負って立つ姉を見て、すぐに私では勝てないと理解してしまった。そして、鬱屈していく私を自覚していく。
―――何時からだろうか、姉さんとまともに会話をしなくなったのは。
―――何時からだろうか、姉さんが暗躍し、その度に更識家の評判が上がる事を鬱陶しく思ったのは。
―――何時からだろうか、姉さんの事を正面から見つめる事が出来なくなってしまったのは。
―――何時からだろうか……更識という家名を鬱陶しく思い始めたのは。
代表候補生という身分に居ながら未だに完成しない私の専用機「打鉄弐式」を見つめ、織斑一夏の専用「白式」の整備に全ての人員を動員してしまった倉持技研を恨みながら、今日も私は整備を続ける。
その時更識家から連絡が有った。内容を要約すると、今ある打鉄弐式は永久凍結。その代わりに、山田博士が開発した撃鉄弐式を私に宛がうという事らしい。
私の心を支配し続けた今にも雨が降り出しそうな曇天、その雲の合間から一筋の光が刺した気がした。是非彼に会ってお礼がしたい。このISが有れば私も高みに登れる。ひょっとしたら姉さんと同じ立場に行けるかもしれない。まだ八歳だというのに何故ここまで頑張れるのだろう? 色々と教えて貰えるかもしれない。
彼に会おうと職員室にアポを取りに行ったのだが、どうやら出張で海外に出かけてしまったらしい。戻ってくるのは一週間後だと言う事なので、先にロールアウトした撃鉄弐式を起動してテストしておこうと思う。
それから数日後、政府から送られてきた撃鉄弐式のスペックを見て、私は持っていた資料を落としてしまった。織斑先生が乗っているという撃鉄壱式の姉妹機、そのスペックは現行のISを大きく上回る物だった。武器も近接型ブレードしかない。中距離を得意とする私にとってこれは想定外だ。
翌日、待機状態で届いた撃鉄弐式の初期化を確認し、一次移行するまで機動することにした。呼び出した撃鉄弐式のフォルムは、打鉄とは大きく異なる物だった。打鉄の後継機と呼ぶには語弊が有るかもしれない。すぐに機動してテスト飛行をしたのだけれど……オーバードライブを起動して移動した瞬間、制御しきれずに壁に激突してしまった。織斑先生はこんな化け物の手綱を握っていると言うの?
結局、一次移行するまでには2時間を要した。正直、私はこのISを扱いきれないかもしれない。余りにもじゃじゃ馬過ぎる……政府に進言してみよう。
政府からは、「打診はしてみる」という返事しか貰えなかった。私からすれば、それだけでも大きな進展だ。クラス対抗戦は終わってしまったけれど、その後も模擬戦は続くことだし、早いうちに慣れなければならない。何とかなれば良いのだけれど……。
山田博士が帰国してからすぐに、新しい撃鉄弐式のスペックが私の手元に回って来た。
……私には山田博士が何を考えているのか分からない。今の私の内面を見透かしたかの様なコンセプトに、私はあっけに取られてしまった。隠密行動を取る為の漆黒のマント、シングルロック形式のマルチミサイル、可変集束粒子砲、そして鎌。……私に死神になれとでも言うのだろうか。
もうちょっと、何とかならなかったのだろうか。隠密行動だったらせめて忍者とか……。
それから程なくして、彼が勘当されたという噂が校内に出回った。出所が出所なだけに、嘘とは思えない。噂の真相を確認するために山田博士が在籍している一年一組まで足を運び、影から彼の様子を伺ったのだけれど、驚くことに、彼はそこまでダメージを受けたという訳ではなかったみたい。
しかし、私はすぐにその考えがどれほど愚かだったかという事に気づく。ぼけぼけとした表情の中に、時折寂しさや哀しさが浮かんでいたのだから。
一組の代表候補生のセシリア=オルコット、そして私のISの開発が凍結してしまった原因を作った織斑一夏、そして何故いるのか分からないのだけれど、2組の代表候補生の鳳鈴音。彼女らが山田博士を慰めている様子が伺えるが、山田博士の瞳からは悲しみの感情と濁りが消える事はなかった。
私の中で、疑惑は確信に変わった。彼は間違いなく勘当されてしまったのだと。その原因は間違い無くISだろう。
彼が世界中から注目を浴び、下手な干渉は禁じるという通達が教員から通達されている。
体験したから分かる。あれは危ない兆候だ。
……直接ではないが、原因は私にもある? いや、その前の大元の原因は織斑一夏?
考えても仕方がない、後で彼の研究室に行って謝ろう。傲慢かもしれないけれど、彼の心を少しでも癒してあげる事ができれば……。
打鉄弐式を組み立てていたから、ISの知識は人より有ると自負している。少しでも彼の負担を和らげることができれば……きゃうっ!
ドアの影から彼の様子を伺っていたら、頭に物凄い衝撃が走った。……凄く痛い。誰? 私の事をいきなり叩いたのは?
「授業が始まるぞ馬鹿者。さっさと教室に戻らんか」
そこに居たのは織斑先生だった。……ひょっとして、もう予鈴が鳴り終わった後?
「……すみません……す、すぐに戻ります」
「……更識簪か。真琴君の事が心配なのは分かる、お前のISの開発を依頼したのは日本政府とIS学園だからな。原因の一部は私にもある。だが、もうすぐ授業の時間だ。後にしろ」
「……は、はい」
昼休みにでも会いに行こう。……それにしても、頭が痛い。
―――……お母さん
―――……(何故、気づいてやれなかった……!)