IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

29 / 50
29話 お姉ちゃん専用IS

 セシリアや鈴に慰められた後、真琴にしては珍しく昼休みまで授業を受け続けていた。ぼけーっと黒板を見続けていた真琴を見て、教師陣は心配しつつも彼の揺れている心を少しでも落ちつかることができればと、積極的に真琴を指名して問題を解かせた。

 

 指名された真琴はふらふら~……と黒板の前まで歩いて行き、いそいそと回答を解き始める。その際、身長が足りないので必死に背伸びをしてチョークで回答を書き続ける真琴を見て、生徒達が苦笑していたのはまた別の話。

 

 そして昼休みになり、ある生徒は一日限定3個の菓子パンを求めて購買に全力ダッシュし、ある生徒は友達と一緒に学食へと思い思いの場所に向かっていた。

 

 そんな中真琴は、何をするでもなくぼけーっと椅子に座って足をブラブラと遊ばせ、虚空を見つめ、時折うわ言で「お母さん」と呟くだけだった。

 

 その様子を見ていたセシリアと一夏は、痛々しい真琴を見て居ても立っても居られなくなってしまい、日頃からストックしているお菓子や購買で買ってきた惣菜パンなどを渡していたが、天使の微笑みが復活することはなかった。

 

 無表情ではむはむとパンを齧る真琴、それは翼を失くして茫然自失としている天使。とでも言えば分かるだろうか。

 

「真琴……すぐに元気を出せっていう方が無理なんだけどさ、俺らが力になる。だから、困ったことが有ったら遠慮なく言ってくれ」

 

「そうですわ真琴さん。貴方には沢山の味方が居ると言う事を忘れないで下さい」

 

 激励の言葉に対して、真琴はあくまで無表情で頷くだけだった。その時、一人の少女が真琴に歩み寄り、話しかけた。

 

「……あなたが、山田真琴博士?」

 

 普段聞かない声を聞き、真琴はピクりと反応し声がした元へと視線を向けた。その先には、内側にハネた水色の髪が特徴的な、メガネを掛けた少女が佇んでいた。その瞳には、何処か同情や憐憫の他に、後悔や懺悔といった複雑な感情が浮かんでいる。

 

「はい。……あなたは?」

 

「……私は、更識簪。……貴方が撃鉄を作ってくれたから……私は4組の代表候補生として……役目を果たすことができるようになったわ……それと、ごめんなさい」

 

 いきなり深々と頭を下げる更識簪と名乗る少女を見て、真琴は首を傾げてしまう。

 

「僕、あやまられる様なことしましたっけ」

 

「……日本政府が……無理を言って第3世代のISの開発を依頼したから……その……貴方のご両親が……」

 

「……もともと、僕はお母さんやお父さんとあんまり話したことがありませんでしたし」

 

「……それでも……原因の一部は私達にあるわ……何か手伝える事が会ったら……遠慮なく言って。……傲慢かもしれないけど、私は……貴方の力になりたい。はい……これ、連絡先」

 

「わかりました。何かあったられんらくします」

 

 一夏とセシリアは今までの会話で、何故4組の代表候補生が真琴にアプローチを掛けたのか理解した。しかし、彼らに更識簪を責める事なで出来る筈もない。自分達のISも真琴の手によって少なからず改造が施されているのだから。

 

 そして予鈴が鳴り響く。更識簪は一夏に向き合った後、一言だけ残して歩き去って行った。

 

「織斑一夏……私は貴方を許した訳じゃない……。でも……今は山田真琴博士を守る事が最優先……同じクラスなのだから……しっかり守ってあげて」

 

「分かってる。真琴に危険が迫ったら俺達が身を呈してでも守るさ」

 

 代表候補生達の目は、強い意志を宿していた。

 

 

 場所は変わって研究所。真琴は自分専用のラボを作ってくれと政府に要求した。日本政府がこれを拒むはずもなく、IS学園のすぐ横に真琴の研究所は作られる事となり、すぐに着工した。

 

真琴専用のラボができるまで、およそ2週間。それまでは今まで通り既存の研究所で開発を行う手はずになった。

 

真琴は新しいISの開発に着手。言わずもがな、世界で唯一の家族となってしまった愛する姉に捧げるオンリーワン。第4世代のISを作る為だ。

 

 コンセプトは既に決まっている。後は回路図と設計図を作成し、篠ノ之束に渡すだけだ。

 

 IS学園で第4世代のISを作ってしまうと世界中に第4世代の基礎が広まってしまう為、篠ノ之束主導の元、プロジェクトは開始した。

 

 天災こと篠ノ之束は、真琴が勘当されたという情報をいち早く入手。人知れずラボで号泣していた。身内を守る為にISを作るという真琴の姿勢に共感し、白式の改造を後回しにして全面的に協力してくれた。

 

 こうして、第4世代のISを作る「プロジェクト緋蜂」は真琴と束の二人という、前代未聞の人数で内密に開始した。

 

 

 

 緋蜂のコンセプトは、全距離対応無差別支援型兵器である。このISは、織斑千冬とのペア、もしくは真耶が真琴を抱きかかえながら戦うという前提で作成している。

 

 緋蜂のメイン武装は、オールレンジ対応の全方向無差別エネルギー光弾発射装置だ。自動支援装備である光の翼が生えている二つのビットが搭乗者の周りを公転し、搭乗者の位置情報をリアルタイムで把握、搭乗者に当たってしまう位置を除く全方向に、特殊な磁場を与えた予測不可能な機動で飛んで行くエネルギー弾を発射すると言う物だ。

 

 言うまでもなく、これは敵味方の区別なく攻撃をする兵器である。しかし、千冬なら無差別全方位攻撃にも対応できるだろう。

 

 接近を許した時の為に、可変集束粒子銃も装備させることにした。これは撃鉄弐式に搭載されている可変集束粒子砲を、腰だめで撃てるようにコンパクトにした物だ。スロットをこの二つの武装に割いているため、特殊な武装は他にはない。しかし、圧倒的な火力を誇るこの兵器があれば、さほど問題とは言えないだろう。

 

 草案は纏まった。後はどの様に展開装甲を組み込むかだ。

 

 真琴は今まで第4世代のISを触った事がない。つまり、言葉では理解しているが内容を理解しているという訳ではないのだ。

 

 しかし考えてみて欲しい。性能的に、第3世代が必要な換装装備を用意する必要がない。真琴はコアとCPU,そしてEEPROMがおよぼす影響を推察、すぐにプログラムの作成に当たった。

 

 プログラムに関しては先日連絡をとった束から基礎部分を貰っている。後は機体のコンセプトに会うように修正を加えるだけだ。

 

 本体の回路図に関しては、全ての局面に対応するために複数用意する必要がある。

 

 つまり、通常時、高速飛行時、水中機動時等である。

 

 入力回路は全て同じである。そこから三叉路の様に回路が分かれ、必要に応じて回路が変更されるという具合だ。これを応用すれば、仕様さえ決定してしまえばどの局面にも対応できる様になる。最終的には宇宙での単独稼働も夢ではないかもしれない。

 

通常時の回路に関しては、既存のIS、特に白式辺りのデータを用いる事で対処が可能だった。問題は高速飛行時と水中機動時だ。高速飛行時は、武装を極限まで減らして、その余剰分を推進装置に当てると言った対処が必要だ。それに伴う武装の仕様変更も必要である。

 

 高速飛行時には、二つのビットが推進装置となり、エネルギーを発射する門を全て推進装置に変換する機構を採用。回路に置いても、スラスターやビットの推進部に向かうエネルギーの割合を大幅に増幅。これにより、新しく回路図を起こさなければならないが、真琴に取ってこの程度はお手の物である。比較的早い段階で目途が立った。

 

次は水中稼働だ。水の干渉を防ぐために、水中に入った瞬間に搭乗者を完全に覆うバリヤーの展開が必要不可欠だ、それに加えて酸素も必要である。

 

 真琴はしばらく考えたが、良い案が出なかった為、束に相談。第4世代のISについての回路と構造について知識をを教授して貰っていた。

 

 真琴は「人に頼る」と言う事を覚えた。勘当され、真耶と二人で慰め合っていた時、差しのべられたのは同情や憐憫の眼差しだけではなく、優しい手も含まれていたのだった。

 

 

―――何か困った事が会ったら私達を頼れ。

 

―――まーちゃんはまだ子供なんだから、人に頼ったり甘えたりすることって大事だよ?

 

―――真琴、お前は一人じゃない。

 

―――真琴さん、わたくし達が付いていますわ。

 

 

 少し挫けそうになってしまった真琴だったが、皆の援助や手助けを背に、彼は前へ歩き続ける。恐れる事は何もないと言わんばかりに、全力でISの開発に打ち込む真琴は一回り成長したのであった。

 

 

 

 狂ったようにパソコンに齧りつく真琴、それは正に精密機械だった。誰が話しかけようが、どのようなお菓子を用意しようが、真琴が思考の渦の中から戻ってくる事はなかった。

 

 しかし、先日真琴が普段とは異なる動きを見せたのを覚えているだろうか。

 

 そう、自分の意思で集中状態から戻ってくる事ができるようになっていたのだ。

 

 千冬や真耶と約束した21時に前にはしっかりと作業を終え、彼はノートパソコンを誰にも見せることなく、自分の部屋に持ち帰っていた。

 

 

 

 

―――ところで、何故このISに「緋蜂」という名前が付けられたかというと、真琴がIS学園に来る前に話しは遡る。

 

 ぬいぐるみが欲しくて真耶にねだり、立ち寄ったゲームセンターでたまたま見かけたシューティングゲーム。その中のキャラの名前が緋蜂だったのだ。

 

 そのボスが放つ圧倒的な攻撃を目の当たりにし、彼は見惚れていた。計算し尽くされた弾幕は、最早芸術の領域に達していたと言っても過言ではない。ISを触った時、真琴がいつか作ってみたいと思っていた武装だったと言う訳だ。

 

 休日になると彼は束を自室に招き、一から問題点を列挙、改善案を出してはまた草案を練るという作業を繰り返した。そして少しづつ出来上がる仕様を束に持ち帰ってもらい、リアルタイムで緋蜂の作成を行って貰った。

 

 

 

 

―――そして一週間後

 

 

 

 

「まーちゃんまーちゃん! できあがったよ!」

 

 現在、千冬の授業中である。それすら意に介さず束は勢いよくドアを開け、教室に突撃を掛けてきた。

 

 関係者以外、彼女が篠ノ之束だという事を知らない。そのため、「誰?」と不審者を見る目で彼女を見つめていたのだが……

 

「あ、お早うございます束さん。織斑先生……えっと」

 

「皆まで言うな。……ふんっ!」

 

教室に響き渡る轟音。千冬が全力で放った崩拳が束の鳩尾にクリーンヒットしていた。

 

「ごふっ……ぬおお……ち、ちーちゃん……素晴らしいパンチ、ではないか」

 

 束は腹部を抑えて教室をゴロゴロののたうち回った。ウサ耳を装着した、童謡に出てきそうな衣服を纏った女性が見せたその光景は、とてつもなくシュールだ。

 

 拳一つで轟音を響かせる千冬も千冬だが、それをモロに喰らって悶絶するだけという束も大概な気がする。まぁ、気にしない方がいいのではないか。

 

 真琴の束さんという発言を聞いて、教室が一気にどよめき立つ。

 

「束って……ひょっとしてあの人が篠ノ之博士?」

 

「なんか織斑先生と知り合いっぽしい……」

 

「真琴君と知り合いってのも……」

 

 そんな中、箒だけは苦い顔をしている。血を分けた姉妹だと言うのに、余り会いたくない様だ。

 

「おい馬鹿、時と場所を考えろ。せめて真琴君が研究所に行ってから顔を出せ……」

 

 千冬は半ば諦めた様な表情で溜息をつくと、未だリカバリーが出来ていない束の手からアクセサリーを奪うと、それを真琴に手渡した。

 

「ほら、真琴くん。どうやらこれが新しいISみたいだぞ」

 

 最早隠す事なぞ出来ない。これだけ大勢の前で束がこれ見よがしに見せびらかしてしまったのだ。

 

「ぬぐぐ……最近ちーちゃんの愛が痛いよう。まぁ、照れ隠しだから良いんだけどね。それはそうと、まーちゃん、ちょっとこっちにおいで」

 

 千冬から崩拳を食らってから数分後、ようやく回復した束は真琴の元へひょいひょいっと近づくと、彼を小脇に抱えて教室から出て行こうとした。恐らく、ラボへ行って早くテストをしたいのだろう。しかし千冬がそれを許すはずもなく、勢いよく走りだした束の襟首を後ろから引っ張った。当然、首は勢いよく閉まる。

 

「ぐ ぇ 」

 

 割と女性が発してはいけない様な声が発せられた気がしたが、これも気にしない方がいいのだろう。

 

「授業中だ、これが終わってからにしろ」

 

「けほっけほっ……しょうがないなー。それじゃ、おじゃましま~す」

 

 束は真琴席に座り、そのまま授業を受け始めてしまった。勿論、真琴を抱きかかえて。千冬はそれを見て、「私語は慎めよ」と完全に諦めた様子で束など居ないかの様に振舞う。

 

―――やりづらい。

 

 彼女の心中を代弁するなら、こう言ったところか。罵倒も物理的な攻撃も意に介さない相手と言う物は、偉くめんどくさいものである。少なくとも、千冬は束以外にそんな規格外の存在を知らない。

 

 真琴を抱きかかえながらニコニコと満面の笑みで千冬の授業を受ける束。周囲の生徒が千冬の出席簿攻撃を恐れる事なく噂話をしているが、彼女はそれをどこ吹く風を言わんばかりに一蹴し、真琴を愛でていたのであった。

 

 

 

 そして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間

 

「おじゃましましたー!」

 

 束は真琴を小脇に抱え、陸上選手も素足で逃げだしそうな勢いですったたた~と立ち去って行った。

 

「お、織斑先生……彼女は、やっぱり篠ノ之博士なんですか?」

 

 沈黙が支配する事数十秒、意を決して一人の生徒が千冬に質問を投げかけた。それに対して、千冬はばつの悪い顔をしながらしぶしぶ答える。

 

「……認めたくはないが、あれが篠ノ之束だ。皆、あいつの様な人格破綻者になるんじゃないぞ」

 

 愚問とばかりに、生徒一同は一斉に首を縦に振るのだった。

 




―――ふんふんふ~ん

―――あ、あの……おろしてください

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。