IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
突然現れた正体不明の敵と思しきIS……と思われる物体は、アリーナに展開されていたシールドバリアーを難なく突き破り、フィールドの中央に凄まじい勢いで着地した。
その衝撃は筆舌し尽くしがたい。衝突した際に巻き上げられた土煙は、逃げまどう生徒達を阻むかの様に視界を一気に奪い去る。
ISを展開、なお且つ、パニックに陥らなかった者はすぐさま臨戦態勢へと移行。専用機持ち達は真琴を守る様に布陣し、ハイパーセンサーを駆使して相手の動向を伺った。
「全く、こちらの予定も確認せずに押し掛けるなんて、礼儀知らずも良い所ですわ」
「……なーんか嫌な予感がするのよね。生体反応を感知できないって、どういう事?」
「俺も同感だ。なんて言うか、この前襲ってきた無人ISに似てるっつーか、とにかく俺も嫌な予感しかしない」
「弟君、私の傍から離れるなよ。……敵に動きが見られないな、ふん、舐められた物だ」
「僕も真琴の護衛に当たるよ。僕達の傍を離れないで」
緊張感が走る。そんな中、ラウラだけは場馴れしているらしく、緊張はしていないが、油断することなく土煙の中に居る正体不明の敵を睨み続けていた。
策敵を続けてどれ程経っただろうか、ようやく土煙が晴れた時、そこには金属のボディが鈍い光を放ち、不気味な雰囲気を放つ全身装甲(フルスキン)に覆われたISが現れた。
「―――この前襲撃してきた奴の同型かっ!」
一夏、鈴、そして箒以外に、実際に全身装甲を見たものはこの中にはいない。
全長は3メートル以上あるだろうか。先ず目に留まるのは、異常とも言える程の手の長さ。手の先には、実体化された銃身が装着されている。全身の至る所にスラスターを搭載し、静かにエネルギーを放出している所から、何時でも動けると言わんばかりに臨戦態勢を取っている様子が伺える。
そして、襲撃者が腰を静かに引き、前傾姿勢を取る。勢い良く突撃するために、予備動作を取っているそれは、捕食者のそれと言うに相応しいだろう。
―――来るか
迎撃するために、一夏達も身構えた。
その時
いきなり襲撃者は大きく跳躍し、水泳の飛び込み選手すら裸足で逃げだせるほど凄まじい勢いでくるくると回転しながら、ご丁寧に捻りも加え、着地すると同時に ビシッ! と戦隊物のヒーローよろしく華麗にポーズを決めた。
…………………は?
皆の気持ちを一言で表すのなら、こんな所か。いきなり襲撃したかと思えば、今度はヒーローよろしくポーズを決められ、混乱しないはずがなかった。
そして、襲撃者に更なるアクションがあった。
『やっほーいっくん、まーちゃん! 研究所に寄ったんだけど誰も居なかったから来ちゃった! ねぇねぇ、びっくりした? びっくりした?』
不気味な外見を持つ全身装甲のISが、一夏と真琴を名指しで呼び、ハートマークを振りまきながら、内股気味で手を振り、更にピョンピョンとジャンプする光景は、シュール以外の何物でもなかっただろう。
「……束さん、何やってるんですか……」
「おい、一夏。お前、呼ばれているぞ。何とかしろ」
「そ、そうですわね……ええと、真琴さんも呼ばれていた気がしないでも無いのですが、なんと言ったらいいのでしょうか、その、教育上よろしくないと言いますか」
「言っておくけど、一夏、あんた私達を巻き込むんじゃないわよ。なんであんたの周りには、どうしていっつもこんなのばっかり集まるのよ……」
「ちょ、まってくれよ! 私達って、俺一人で何とかしろって言うのか!?」
「当たり前でしょ。あんな色んな意味で危ない奴に、真琴が絡まれたら大変よ」
「あ、機材をかいしゅうしないと……」
「俺はどうなってもいいのか!? ていうか真琴! お前なんで逃げ出そうとしてんの!?」
「というか中に篠ノ之博士入ってるのに生体反応がないってどういう事よ!」
『ふっふっふー。束さんにかかれば、そんな問題ちょちょいのちょーいだよ!』
専用機持ち達、一夏に擦り付ける。真琴、何やら納得がいった様子でカートを押しながら退出を試みる。周囲に居た生徒達、混乱の極みに陥る。
一体どうやって収集を着けろというのか、束と思しきISは、悪びれもせずにスキップしながら一夏達に近づいてくる。
そこに、土煙を上げながらF1カーよろしくカッ飛び、近寄る影が一つ。
「たああああぁぁぁぁぁぁばねえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ブリュンヒルデこと、織斑千冬である。
ISを展開していないはずなのに、肉眼で追う事すら漸くという程の速さで砂塵を巻き上げながら束に飛びかかり、全体重と加速を載せたドロップキックを食らわせた。
『お、ちーちゃんではないかぐほぅ!?』
―――おかしい
―――何故全身装甲のISが、生身の人間が放った蹴りで吹き飛んでいるのだろうか
飛び蹴りを食らった束(千冬がそう呼んでいたので、確定だろう)は、一直線に壁まで吹っ飛んで行き、轟音を響かせた後壁にめり込んでいた。
『うごぶっ!』
千冬はそれに追いすがり、素早く束を片手で引きずりだすと、無造作に地面に投げ捨てた。
『へぶっ』
「今日という今日は勘弁ならん! この糞忙しい時に! どうしてお前は! 厄介事ばかり! 持ちこんで来るんだ! お前のせいで! また私は始末書だ! どう落とし前をつけてくれるんだ!? ええ!?」
『ち、ちーちゃうごっ! 痛い痛い! お、落ちついてげばっ! ちょっとした悪戯ぁ!? 幼馴染のおぅ! ま、まってまってあがぁ! それ以上はあぅ!、束さん壊れちゃうごぶ!』
「大丈夫だ! お前は! もう! 壊れて! いるから! なぁ!」
一言喋る度に、何処から取り出したのか、千冬お得意の出席簿で容赦なく殴りつけている。しかし、音がおかしい。ゴギン! とか ガィン! といった、金属同士がぶつかる様な音が聞こえてくるのだ。
「お、織斑先生……また襲撃ですか……って!」
そこに、真耶が遅れて到着した。千冬を追いかけるのに相当苦労したらしい。両手を膝に着き、肩で息をしている。
「……ま、まーくん? 何かなこの状況?」
「あ、僕がつくったしゅっせきぼ、使ってくれているんですね千冬さん」
「ああ! 真琴君に依頼して全く持って正解だった! これでも! 足りないくらいだ!」
乱打乱打乱打乱打乱打乱打。一撃一撃に乾坤一擲の思いが込められた出席簿乱舞の太刀を食らい、ISの装甲はみるみるひしゃげて行く。
「ま、真琴さん……? 何ですのあの出席簿は?」
「えっとですね、この前千冬さんからおねがいが有りまして、ISの装甲につかうそざいに特殊なコーティングをほどこした物をざいりょうにして、出席簿を作ってみたんです」
良く見てみると、出席簿の端っこに「山田製作所」と印が押してある。オーダーメイドらしい。
『ち、ちーちゃん、これ以上は束さんちょっと困っちゃうかなぁ……』
その言葉を聞いて、千冬の動きが一瞬ピクッと止まる。それを見た束はやっと終わる……と安堵の息を吐いたのだが。
「ふ、ふふ……安心しろ束。私は今、お前以上に、困っているのだからな……!!」
「ひ、ひ、ひいぃぃ……! ちーちゃんが壊れた!!!」
「私をこんな風にした原因はお前だ!!!!!」
「にゃ、にゃああああぁぁぁぁ!!!!」
――――束のISのシールドエネルギー:MAX1200
――――織斑千冬のコンボ数:50HIT
――――残シールドエネルギー:3
◇
迷惑を掛けた罰として、全身がボコボコになったISを装着したまま、束はふらふらと空を漂い、顔面に搭載しているセンサーからオイルを流しながらアリーナの破損した部位を修理していた。ところどころでっかい絆創膏が張ってある。よほど千冬から受けた被害が大きかったのだろう。
本体の一部が分離し、手のひらサイズの無人ISが束と一緒に修繕に当たっているのだが、千冬にボロカスに殴られた際に不具合でも発生したのだろうか、とあるミニISは踊りだし、別のミニISは束の腰にしがみ付いて離れようとしない等、意味不明の動作を繰り返すばかりだ。
『こらー! ちゃんと直さないと、またちーちゃんに怒られちゃうんだから、サボッてないでしっかり直す!』
しかしこのミニIS、束が作ったというだけあり、言う事を聞かない。無事だったミニISもその内修繕に飽きて遊びだし、しまいには逃げ出してしまった、それを束が追って寸劇が繰り広げられているのだが、それはまた別のお話。
千冬も先ほど適度な運動をして少しは溜飲が下がったのか、愚痴を言いつつも一夏達と一緒に食事を取っていた。
「いいか真琴君。将来、絶っ対! あんな大人にはなるなよ」
「は、はい……」
千冬は物凄い勢いでパスタを巻きながら真琴に注意を呼び掛ける。パスタの回転速度は、まるで高圧電流を流したモーターを連想させる程早かったと追記しておく。
「と、所で織斑先生……篠ノ之博士のISって、この前襲撃してきたっていうISに似ていませんか?」
「確かに似ているが、本人が襲撃を否定していた。なんでも、「遠くから見ていたけど、あんな不完全な物を束さんが作る訳ないじゃないか」だとさ」
「わざわざこの為に全身装甲を作ったと言うのかあの人は……」
本当は、当時一次移行していなかった白式の成長を促す為に刺客として送り込んだ物だが、それは最重要機密事項として封印されている。ちなみに、その鹵獲された無人ISはコアが無事だった為、真琴邸のガードマンとしてせっせと働いているのだが、知る者は束と真琴と千冬だけである。
最近影が薄かった気がしないでもないが、箒もしっかりと昼食に同席している。打鉄の仕様許可が下りなかった為、箒だけアリーナの観客席でデータを取っていたのだ。
「あの馬鹿は、自分が面白ければ何でも良いんだ。恐らく映像を残している。家に持ち帰って観賞でもするのだろう」
「才能の使いどころを盛大に間違えていますわ……」
「でも、ちょっとだけかっこよかったです。一夏さんのISも全身装甲に」
「ちょ、やめれくれ真琴あれは恥ずいあんなのに乗っているのを見られたら俺は立ち直れなくなる!!」
「そうですか……ざんねんです」
もし一夏がこの時真琴の呟きに気付かなかったら、白式は全身装甲タイプに改造されていただろう。それが分かる程、真琴は残念そうな顔をしていた。
「それじゃあ……シャルルさんのISを」
「ぼ、僕も遠慮するよ……」
「そうですか……」
全てを言いきる前に、シャルロットも否定した。本能的に拒絶しているのだろう。誰が好んで、あんな不気味なISに乗ろうと言うものか。
「まぁ、この件についてはもうお終いにしよう。……そういえば真琴君、調整を依頼していたラファールmk2だが、もう終わったのか?」
「え、えっと……それなんですけど、あのですね、束さんがきゅうに来たものですから……」
「……皆まで言うな。昼食を取り終わったら、またアリーナだな」
「すみません……」
「気にするな。あの馬鹿が乱入などしてこなければ、今頃終わっていたはずなんだ」
束という爆弾は、指名手配から解除された。悩みの種はそこで亡くなったと思っていたのだが、その代償とでも言わんばかりに、こうしてIS学園をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回すのであった。
人知れず千冬は胃薬を飲んでいるのだが、その回数が劇的に増えた事を知る人は誰もいない。
◇
「さて、アリーナの修繕も終わった事だし、遠慮なくラファールのテストをしてくれ。
逃げ出したミニISの対処で手間取ってしまい、束が修繕を終えたのは夕方になっていた。
「うぅ~……体中が痛ひ……。束さんに肉体労働をやらせちゃ駄目なんだぞぅ……」
「自業自得じゃないですか……」
ISを量子変換した束は、アリーナの隅でグッタリとうつ伏せになり、一夏に介抱されていた。
それがよほど嬉しかったのか、指一つピクりと動いていないのだが、機械仕掛けのウサ耳だけはピコピコと忙しなく動いていた。
「それでは、私と山田君は打ち合わせがあるので失礼する。真琴君、後は任せたぞ」
「あ、はい。わかりました」
『うぇーい、束さんも見てあげようじゃないかぁ~』
「「「「「触らないでいい!!!」」」」」
束は、皆から光の速さで総スカンを食らうのであった。とーぴんぱらり。
――……うー、損傷度99.75%ってどういうこと……
――ピピッ!