IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
「それじゃあ真琴、テストを開始してもいいかな?」
『はい、いつでも大丈夫ですよ』
真琴と束は指令室に行き、データの解析を行うことにした。既に起動やデータ取採取は完了しているため、最終確認をするだけである。束はシャルロットにはまるで興味が無い様で、真琴に後ろから抱きつき、きゃっきゃっと騒いでるだけだが……。先ほどの力尽きた面影は、今はその様子から微塵も感じる事ができない。
他の専用機持ち達は、アリーナのフィールド上でラファールmk2の動向を見守っていた。
一夏、セシリア、箒はそうでもないのだが、ラウラは興味津津なのだろう。シャルロットの操作技術ではなく、ラファールの一挙一動を見逃さずに目で追っていた。
しかし前者の3人を含めて、その考えはすぐに改められることとなる。
『安定』という言葉が、これほど似合う動作確認も無いだろう。
起動するのはこれが2回目。シャルロットは、真琴が改造したラファールmk2を、出力を落としてはいるが見事に乗りこなしていた。
1度目、束が襲撃してきたほんの数分。シャルロットは、その僅かな時間でラファールmk2のスペック、挙動、癖を見抜き、自分をラファールに「合わせ」に行っていたのだ。
ISは、人間が一方的に使役する物ではない。人間とISが歩み寄り、互いを認め合い、信頼しあって、始めてその真価を発揮できるのだ。
シャルロットは、自分を助け出すきっかけを作り、更には世界的に見ても貴重な第3世代のISを、自分を自由にする為に惜しげもなく「作る」と言ってくれた真琴に信頼を寄せていた。
生まれてからずっと、母以外から優しくされた事が無かった彼女にとって、真琴達にそういった感情が生まれてしまうのも無理のない話だ。
自由に飛び立つ羽が生え揃った鳥は、恐る恐る空へと飛び立ち、そして徐々にその速度を上げて行く。優雅に空を飛ぶその姿は、まるで白鳥の様だ。
ラファールに身を預け、全く無駄の無い、それでいてシャープなラインを描きながら飛ぶシャルロットの姿は、とても美しかった。
「……動きに全くと言っていい程無駄が有りませんわね。とても器用ですわ。まさか、あの「じゃじゃ馬」を2回目とはいえここまで扱う事ができるなんて……信じられませんわ」
「おー……綺麗だなぁ。なんつーか、うまく言えないんだけど、無理をしてないっつーかなんつーか」
「自然体よね、ありのままの自分っていうのかしらこういうの」
「すぐに順応するシャルルもすごいが、あいつが言うには80%程の出力しか出していないらしいぞ。全く、私達のISと比べても遜色がまるでない……さすがは弟君だ。アンティークの性能をここまで上げるとは」
皆が驚く中、シャルロットは静かに舞い降りた。
『それではシャルルさん、拡張領域を弄ったばかりなので、今拡張領域に登録している武器を全て出し入れしてみてください』
「了解、それじゃあ一度全部の武器を出すね」
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
次々に武器が呼びだされ、地上に落ちて行く。ライフル、アサルトライフル、サブマシンガン、ショットガン、スナイパーライフル、ハンドガン、グレネードランチャー、アサルトカノン、シールド、チャフ、グレネード……
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
次々に呼びだされる武器を見て、始めは見守っていた一夏達も、次第に顔が青ざめて行くのを自覚したのだろう。どよめき始めた。
「……なぁ、鈴」
「あによ」
「俺の目が可笑しくなったのかな。落ちてくる武器を数えてるんだけど、20を超えた気がするんだ」
「どうやらあたしも眼科に行かなきゃ駄目みたいね。25を超えたわ」
「お前らの目は正常だ。今28個目の武器を出しているぞ」
「……全て合わせて、32個。ですか……どこの百貨店ですの?」
全ての武器を出し終えた時、シャルロットの足元は銃器でいっぱいになり、小さな山が出来ていた。
「ふーっ。さすがに拡張領域がラファールの3倍ともなると、収納できる武器の数もすごいねぇ。真琴、次は全部しまえばいいのかな?」
彼女も彼女で、当たり前の様に武器を次々に呼びだしているが、ここに巧の技が隠されている。
通常、一つの量子構成を終えるのには1~2秒かかる。それをシャルロットは、一瞬で呼びだしていたのだ。伊達に代表候補生に抜擢されてはいない。
『足りませんでしたか? それならふやしますけど……。ごめんなさい、最高で4倍までしか増やせません。ラファール本体のせいのう的に、4倍がげんかいなんです』
「い、いや、これで十分だよ。それじゃ全部しまうね」
『はい、おねがいします』
呆気に取られる一夏達を尻目に、ラファールmk2のテストは続いて行く。
一方、シャルロットがテストを再開し、自由に大空を飛んでいる間、真琴達はというと……
「まーちゃんまーちゃん。「まーちゃんが改造した」オレンジの回路図見せてもらったんだけどさー、まだまだ無駄が多いね。束さんにかかれば効率なんて100%のピッタリ賞だぜぃ☆」
「ていうかさ、この間の緋蜂みたいにもっと面白いの作ろーよ」
「そうそう、まーちゃん学校で苦労してるみたいだから護衛機作っとくね」
「箒ちゃんのISも粗方作り終わったし、そろそろ次の世代のISを作ろうかと思って居るんだ束さんは」
正に、マシンガントーク。ラファールmk2に異常が無いか確認をしている真琴の後頭部を自分の胸の谷間に埋め、彼の頭をわしゃわしゃと撫でくり回しながら、ニコニコと微笑み怒涛のラッシュで話しかける。
真琴の話し方は、どちらかというとゆっくりだ。間延びするほどではないが、どこか少し力が抜けているという印象が強い。つまり、どうなるかと言うと―――
「えっと、後でどこがわるいか教えて―――」
「こことこことここ! でさでさ、次はどんなIS作るのまーちゃん? いっその事人間型やめてみるとか? それとも束さんが此処に来る時に使った全身装甲?」
「あの、えっと、全身装甲はみなさんからあまり色の良いへんじを―――」
「じゃあさじゃあさ! とりあえず束さんの研究所へおいでよ! 皆には内緒だけど、まーちゃんならきっと大丈夫だって。今なら移動式ラボのおまけつきだぁ! これはもう買うしかないね! とってもお買い得!」
「えっと……」
こうなる。真琴が1を言い終わる間に、束は3も4も話題を振ってくる。真琴は束の問いかけラッシュを否定する事が出来る程気が強い訳もなく、テスト中のシャルロットには悪いが、データ採取は有る程度機械に任せるしかなかった。
―――そもそも、他人に対して無関心を貫いていた篠ノ之束が、どうして真琴に対してここまで積極的に関係を持とうとしているのか?
それは単に、「対等に話せる可能性を秘めた相手」という理由が大半を占めている。
それこそ始めは、自分の指名手配を解除するに至った人物。という認識しかなかった。
そして暇つぶしにと、千冬とセシリアがドイツの軍施設で内密に話していたのを盗聴したのがきっかけで、二つの国がご機嫌伺いをするほどISの開発能力が高い人物という情報を得た。この時点で、彼女はほんの、ほんの少しだが興味を持っていた。
そして実際に会ってみたら、それは子供であった。そこで、更に興味を持ったそうな。
―――そして、イギリス政府との対話。
ここで、自分の直感は間違いではなかったと確信したらしい。政府の人間が、たかが子供一人相手に物怖じしている様子からも薄々察しはついていたが、彼の雰囲気が豹変した時、つまり千冬や束の真似をしだした辺りなのだが、これなら暇つぶしに作ったISを、自分と共に、更に面白い玩具へと昇華させてくれるのではないか。
そう、思っていたのだ。
物は試しにと、帰りの旅客機の中で白式のデータを見せてみたのだが、彼は束と対等に話せる知識のほかに、豊富なアイデアを持っていた。予想以上の彼の出来に、束は微笑みを隠す事ができなかった。
―――まーちゃんの頭の中、見てみたいなぁ
そして、現在に至る。
幼少の頃より、束は頭の回転が早すぎた為、他の子供と遊ぶことを拒絶していた。というよりも、認めて貰えなかった。
束は幼稚園に通っている時から、既に大学の講義で用いるような参考書を読んでいた。
小学生にもなると、企業が製品を作るにあたって必要な専門知識や資格を取る為の参考書、さらには、論文。スポンジが水を吸収する様な勢いで彼女は己の欲を満たしていった。
―――面白い、世の中にはこんなにもいっぱい知識が溢れている。
しかし、束が小学生の高学年になる頃には、彼女の知識欲を満たしてくれる物は存在しなくなっていた。
―――つまらない、つまらない。誰か、私に知識を。知識を。もっと知識を授けて欲しい。
彼女が知識を欲する様は、まるで血に飢えた野獣。そんな彼女に近寄る存在など、居はしなかった。
唯一、親同士に付き合いがあった千冬、一夏、そして自分の妹である箒は、彼女を畏怖の視線で見る事なく、優しく接してくれたのだ。
しかし、彼女の知識欲を満たしてくれる相手は居なかった。
―――そっか、それなら自分で作っちゃえばいいんだ。
彼女がその回答に気付くまでに、それほど時間はかからなかった。
そして、程なくしてその願いは成就される。ISの誕生だ。
物は試しにと、今までの世界をひっくり返してみよう。女性にしか使えない兵器を作ったら、世界規模で混乱が起こることは間違いない。
それなりの代償は払ったが、束は今の世界をそこそこ気に入っている。
色々と予定は狂ってしまったが、得た物はそれ以上に大きい。暇つぶしの道具が、真琴という存在のおかげで玩具へと変わる可能性が生まれたからだ。
(うふふ、まーちゃん。次は何のお話をしようか。ぶち壊してくれちゃったISの基礎理論の再構築でもしてみる? それとも、新しい世界をまた作ってみる?)
天災の考える事など、誰も予想できない。
「―――はい、これでラファールのテストはおしまいです。シャルルさん、おつかれさまでした」
『あ、うん。お疲れ様。それじゃあ……もうこんな時間か。皆、戻る前に晩御飯食べて行かない?』
『そうだな。食事は取れるうちに取っておいた方がいい。しっかり食べて大きくなるんだぞ弟君』
『今日の日替わりメニューは……たしかカルボナーラでしたわね。真琴さん、ここのカルボナーラは絶品ですわ、是非お食べになってみて下さい』
『俺は米だなぁ。がっつり食いたい。すげー腹減った』
『おい一夏、お前は食事が終わったら課題をやらねばならんのだぞ? この前テストで赤点ギリギリだったではないか』
『うっ……しょうがないじゃないか。ここの授業レベル高すぎんだよ』
『あたしは何にしよっかなぁ。まぁ、行ってから決めればいっか……何よ一夏その目は。ま、まぁ? どうしてもっていうなら私が勉強見てあげてもいいわよ?』
『結構だ! 一夏の勉強は私が見る事になっているのでな!』
ぎゃーすかと騒ぐ専用機持ちを映し出すディスプレイを横目に、真琴もいそいそと食事へ向かう準備をしていた。
「束さんもどうですか? ここのご飯はとてもおいしいですよ」
「んー、そうだなぁ、ちょっちやること出来ちゃったからまーちゃんの研究所にいってるね、あでぃおす!」
束はやることが有ると言い残し、足早にというか、ピュウン! と効果音が付きそうな勢いで立ち去って行った。
「……ま、いっか」
『真琴さん? そちらを引き払う準備は終わりまして?』
「あ、はい。いまいきますね」
◇
夜の会議室、千冬と真耶は、シャルロットの亡命に必要な提出する書類の作成および、連絡を取っていた。
「さて、今出来る事は全てやったな。……全く、あの馬鹿が乱入さえしてこなければ、もっと早く終わった物を……」
「あ、あはは……強烈ですね篠ノ之博士は」
「あれは自然災害くらいに思って居ないとやってられん。真琴君が目を付けられた以上、ああやってちょくちょくちょっかいを出してくるのは、諦めるしかないのだろうな」
「真琴もまんざらではない様子でしたし、特に問題は……あ、有りましたねぇ」
「……思い出させないでくれ」
そして、溜まりに溜まった始末書の山。これらの大部分が、束が起こした問題について、だ。
「この量ですと……私達、今日は徹夜ですかね……うう、まーくん……」
「仕方ない、諦めてくれ。毒を食らわばなんとやらと言うじゃないか」
「とほほ……」
夜は更けて行く。そして、二人は徐に作業をこなし始めた。彼女たちの傍らに置かれているコーヒーの湯気が、今の二人の心境を代弁するかの様にゆらゆらと揺れていた。
――ところで織斑先生、その瓶は一体……?
――ああ、気にするな。ただの胃薬だ