IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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46話 亡命当日

 翌朝、シャルロットは目覚まし時計が鳴る数分前に目が覚めた。前日深夜まで千冬や真耶と打ち合わせをしていた筈なのに、気分が高揚でもしていたのだろうか。不思議と倦怠感が襲ってくる事は無かった。

 

「んっ……んん~~~~っ!」

 

 彼女はベッドから降りる前に一つ伸びをすると、ゆっくりと柔軟体操を始めた。寝起きの体に酸素を巡らせる様に、じんわりと、ゆっくりと体を解していく。しかし視線の端に止まった書類を見て体操をピタりと止めると、ベッドから降りて何かを確かめる様に書類を眺め始めた。

 

(いよいよ本番だ……。書類に不備が無いといいんだけど……)

 

 前日何度も確認して千冬からOKが出た書類だが、やはり不安は拭い切れなかった様だ。

 

(……うん……うん。何度も打ち合わせしたし、問題ないはず。大丈夫。きっと旨くやれる)

 

 と、その時、机に置いてあるシャルロットの通信機の着信音が鳴り響いた。

 

 時刻は現在6時。今回は亡命の手続き等あるためかなり早めに起床したのだが、今日は土曜日だ。普通に考えたらこの時刻に連絡を入れる事などあまり考えられない。

 

 しかし、そんな常識などお構いなしに通信機は着信を知らせ続ける。

 

 シャルロットは一つ深呼吸をすると、ゆっくりと通信機を手に取り、通話ボタンを押して応答した。

 

「……はい、シャルル・デュノアです」

 

『報告書は読ませて貰った。確認する、本当に山田博士の研究所でIS開発の手ほどきを受けているんだな?』

 

(開発の手ほどき……? そんな報告書出してないし、話を聞いてもいない。……あっちが勘違いしているなら丁度良いか。話を合わせよう)

 

「は、はい。……現時点ではラファール・リヴァイヴの……えっと、第3世代の基礎中の基礎の段階ですが」

 

『そうか。それでは引き続き山田博士の元で研究を続けなさい。ある程度纏まったら報告書を出す様に』

 

(何時もより口調が柔らかい……?)

 

『どうした? お前は山田博士から直々にご氏名を受けたんだ。この件は我々デュノア社の存亡がかかっているのだから、一字一句漏らさないで報告書に纏めなさい。良いな?』

 

「は、はいっ。分かりま―――」

 

 ぶちっ。

 

 シャルロットの理解の及ぶ前に通信は切られた。彼女は通信機を持ったまま立ち尽くすしかなかった。それもそうだろう、何せいつの間にか真琴から指名を受けたことになっているのだから。

 

(とりあえずあっちは勝手に勘違いしているみたいだけど……何がどうなってるの?)

 

 

 

 

 

 皆、覚えているだろうか。先日の深夜、真琴が何処かに連絡を取っていた事を。

 

 そう、彼はデュノア社に連絡を取っていたのだ。

 

 真琴はデュノア社に「シャルロットに随分と助けられたから、お礼にラファールの改造を施す」と言った内容の連絡をしていたのだ。彼はウィルスチェックを施した後、デュノア社からのメールを一通だけ残していた。

 

 連絡先は、送られてきたメールに記載されていた。始めはデュノア社のサポートセンターに繋がったのだが、山田真琴と言う名前を出した途端、少々お待ちください言い残した後保留状態に変わった。

 

 そして技術開発課へ繋がり、開発部に転送され、更には開発本部へと転送され、最終的に重役が一同に席を連ねる会議室へと繋がった。

 

 この間僅か5分。通常ではありえない対応だ。通常だと、担当者は席を外しているから折り返し連絡をするという旨の内容で終わるやり取りなのだが、今回は相手が相手だ。役職者は会議を急遽中断。急いでシャルロットから送られてきた報告書を用意し、現段階で上がっていた真琴との取引案件を準備していた。この辺り、腐っても大企業という所だろう。

 

 その間、真琴もPCのディスプレイを複数立ち上げ、色々聞かれても分かるように資料を準備していたのだ。

 

 いざテレビ会議が始まると、先方は終始低姿勢であり、真琴を怒らせる様な発言をする輩は一切出てこなかった。まぁ、この会議に企業の行く末がかかっているのだから無理もないのだが。

 

 真琴が世話になったお礼にラファールを第3世代に改造すると言う要件を伝えると、ディスプレイの向こうから完成が沸き起こった。

 

 本当に崖っぷちなのだろう。デュノア社として、社員を食わせていかなければならない責務は想像以上に重いのかもしれない。

 

 何せ、通信先の重役の一人がその場で涙を流していたのだから。

 

 人を人とも思わない所業は決して許される物では無いが、大の虫を生かす為に小の虫を殺すという話は聞かない話では無いのだ。

 

 ひょっとするとデュノア社の役員も、全員が全員悪人と言う訳では無いのだろう。一枚岩の企業など先ず存在しないのだから。

 

 山田製作所の様な社員が極少数の企業だと、一致団結して社会に貢献する形を取る事は難しくない。

 

 集団が大きくなればなるほど、統率は取れなくなる物だ。

 

 しかし、ここで共同開発という名目を立ててしまうのは色々とまずい。真琴があくまでデュノア社が単独で開発したと言う事にして欲しいと伝えると、先方は少し渋った。

 

 確かに第3世代のISを開発出来たとなると企業の業績は鰻登りになるであろうが、ISを開発、販売している企業に取って最も欲しいのは「真琴と共同開発をした」という事実である。世界最高峰の技術者から太鼓判を押されたという実績を公表できれば、デュノア社に取引を持ち掛ける業者が飛躍的に増える事は容易に想像出来る。

 

 ここでゴリ押しをすると、最悪真琴が拗ねて第3世代のISの開発すら放棄されてしまう可能性もある。デュノア社はあくまでこのISはデュノア社が単独で開発した物であるという誓約書をその場で作成。PDF化したデータと真琴に送信し、すぐに原紙も山田製作所に送付すると約束をした。何せデュノア社には時間が残されていない。最大限利益を確保するのが企業としての考えだが、今はここが落とし所だと判断したのだろう。

 

―――全員が起床した後上記の説明を受け、シャルロットと真耶はお口をあんぐりとあけたまま動かなくなってしまった。割と乙女がしてはいけない表情ではあったのだが、本人達の名誉も踏まえ、その詳細は割愛する物とする。

 

 その後間もなく千冬が山田製作所に訪れたのだが、その様子を見て彼女も立ち尽くしてしまったのはこれまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 そして全員で朝食を済ませた後、出発時刻になるまで、各々時間を潰していた。とは言っても、真琴を除いた3人は最後まで書類に不備が無いかチェックをしていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは入管で手続きを済ませて来る。国籍の変更通知は既に手元に有るから、後は面接だけだ。早ければ本日中に全ての手続きが終了するだろう」

 

「わかりました。それじゃあ、僕はアンフィニ・オリゾンをいじってますね」

 

「まーくん、お姉ちゃん達が帰ってくるまで誰も家に入れちゃ駄目だからね? ちょっと厳しいけど、オルコットさんやボーデヴィッヒさん達が来ても入れちゃ駄目だよ」

 

「うん、わかった」

 

 現在午前8時。千冬と真耶はスーツを、シャルロットは制服を着て、玄関で準備をしていた。

 

「お昼ごはんは冷蔵庫の中に入れてあるから、チンして食べてね。晩御飯の前までには戻ってこれると思うけど……」

 

「まぁ、何かあったら更識家に対応して貰え。性格に難はあるが、あいつなら間違いは無い」

 

 誰も家に上げるなと言っていたが、更識家とは既に交渉済みだから話は別だ。先方がボディーガードの手の届かない所も手回ししてくれると名言している以上、こういう事態に対しても対処マニュアルを作成しているだろう。簪辺りを派遣してくれるかもしれない。

 

「さて、そろそろ出発するぞ。デュノア、いい加減腹を括れ」

 

「……はい。もう大丈夫です。それじゃあ真琴、行って来るね」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 真耶は最後まで不安気に振り返りながら山田製作所を後にした。昔、真琴が一人きりの時に高熱を出して倒れた事でも思い出しているのだろうか。

 

 ◇

 

(これでラファールカスタムに触るのは最後、か……)

 

 学園のSPが運転する車の中、後部座席に座ったシャルロットは感慨深げに十字のマークのついたオレンジ色のネックレス・トップを撫でた。

 

 自分を苦しめたISに最後までお世話になるとは、なんとも皮肉な話である。

 

 流れる景色を眺め、彼女は一人今までの事を振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 母親と二人で別邸で暮らしていた時の事

 

 

 

 死に行く母親の手を取り、一人涙を流した事

 

 

 

 葬儀には誰も参加してくれず、一人母の墓前に立っていた事

 

 

 

 父親の部下に連れられ、本邸に赴いた事

 

 

 

 本妻に泥棒猫の娘と罵られ、殴られたときの事

 

 

 

 自由を諦め、失意の中本邸で孤独に怯えていた時の事

 

 

 

 全てを諦めた時、ISの適正を見出されたときの事

 

 

 

 自分の存在意義を見つけ、がむしゃらにISのテストパイロットをしていた時の事

 

 

 

 スパイとしてIS学園に送られ、犯罪者紛いの事を行っていた時の事

 

 

 

 救いの手を差し伸べられ、自由を得た事

 

 

 

 そして長らく忘れていた、人の温もり、人の優しさに触れられた事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが走馬灯の様に脳裏に浮かんでは消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を横で見ていた真耶は、心配そうにシャルロットを見つめていた。助手席に乗った千冬も横目で気にかけてはいたが、やがて手にしていた書類に気になった点でも見つけたのか、入管に到着するまでシャルロットの横顔を再び覗く事は無かった。

 

 

 

―――車に揺られる事約一時間

 

 

 

 車から降りた先に広がった彼女らの視界を、大きなビルが覆いかぶさってきた。

 

 心理的な物も有るのだろうが、どこと無く重苦しい雰囲気を感じさせる。

 

 シャルロットは入管のビルを目の前にし、少々二の足を踏んでいたが、真耶にやさしく肩を叩かれると目を閉じて深呼吸を一つ。そして目を見開いて先陣を切って入り口へと歩き始めた。それを見た真耶は苦笑。千冬は表面上は平然を装っていたが、内心シャルロットの芯の強さに驚いていた。

 

 

 3人は受付で手続きを済ませると、上の階にある面接室へ向かった。一歩、また一歩とその時が近づいてくるが、背筋を伸ばし、凛とした表情で歩くシャルロットに動揺や困惑といった感情は一切見受けられなかった。

 

 そして面接室の前へ到着。横に並べてある椅子に座ると、3人は最後のチェックを行うべく面接用の書類に目を通し始めた。

 

 何回も確認したが、ここで不備があった場合亡命認定が遅れる可能性がある。デュノア社も馬鹿じゃない。シャルロットの不審な様子を察知し、手を打ってくる可能性も否定出来ない。

 

 ここで失敗をする訳にはいかなかった。千冬に焦りの表情は浮かんでいないが、真耶とシャルロットの額には心なしか汗が浮かび上がっている気がする。

 

 何分経っただろうか。面接室の中からシャルロット達に入室を促す声が聞こえてきた。

 

 いよいよ正念場だと3人は視線を合わせ、一度頷くと面接室へと入室したのであった。

 

 

 

 

 一方その頃、真琴は暇を持て余していた為、いつも通り研究室でISを弄くっていた。

 

 現在着手しているのは、アンフィニ・オリゾンのスカート部の作成だ。

 

 前日シャルロットと軽く打ち合わせをした際、スカート部にパイルバンカーを装備させるのは却下されてしまったため、それ以外で何か良い案が無いか検討していたのだ。

 

(う~ん……。ブレードにしたとして……かっこいいけど威力が無いなぁ)

 

 本来ブレードは叩き切る物である。つまり、押し付ける力が無い場合、ブレードの威力は激減してしまう。

 

 刀身をビームにすればその問題も有る程度は解決するが、それだと見た目がよろしくない。骨だけの傘を想像して貰えればその理由が分かるだろう。つまり、外観を損なう事無くアンフィニ・オリゾンの武装として満足する様な物を考えなければならないという状態になっている。

 

(武器は他にも一杯有るから……補助ブースターとかかなぁ)

 

 アンフィニ・オリゾンを代表する攻撃方法として、ブースターをフルに使い、一瞬で最高速に到達してからのランペイジバンカーによる攻撃が揚げられる。一瞬で最高速まで到達するとなると、その操作は撃鉄壱式のオーバードライヴ状態に近い物になってしまう。

 

 さすがに直角に移動する事は出来ないかもしれないが、千冬とシャルロットの力量差を考えると、メインブースターのみでランペイジバンカーを最大限活用する事は難しいかもしれない。

 

 一発目のとっつきを外した際に俊敏に動ける様、緊急回避様の補助ブースターを取り付ける事で、少しだけ動きに余裕を持たせる方針で行けばいいじゃんと脳内完結し、真琴はCPUから補助ブースターへと伸びるパターンを作り始めた。

 

 消費エネルギーは増えてしまうが、そもそもランペイジバンカーを活用する状況は一撃必殺の時のみだ。シャルロットもその辺は理解してくれるだろうと願う他ない。

 

 そこで更に、目標到達地点。つまり、ランペイジバンカーを撃つ場所までの距離を正確に計算し、そこに到達するまでの機動を乱数によりランダム制御で行うモードも付け加える事にした。

 

 これはオンとオフを切り替える事が出来る様にし、確実に相手に当てる為の搭乗者本人の制御、牽制のためのランダム制御と切り替えて相手を錯乱させるための処置である。

 

 当然、これは構想であり、実際にテストを行わなければ実践投入など出来るはずも無い。

 

 ランダム制御の場合、弾幕が張られていない状況でないと機能しないからだ。

 

 ボツになる可能性もあるが、錯乱という意味ではそこそこ使えるのではないか。

 

 メインブースターの超加速の後、微調整を補助ブースターで行い、左右に振られながら高速で突撃するシャルロットを想像しつつ、真琴はニコニコと笑顔を浮かべながらCAD端末を操作し始めるのであった。

 

 




――……お、織斑先生。ひょっとしてゴーレムが着いてきています?

――ん? ……おい、私は1機だけと言った筈だが

――あ、あはは……まーくんが心配だからって

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