IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

49 / 50
序盤はプロ○ェクトX風味です


49話 交渉の第一歩

 シャルロットの絶叫が山田製作所内に響いてから1時間後。二人はようやくぶちまけた汁の処理を終えて安堵のため息を吐いていた

 

「はぁ……はぁ…………一時はどうなるかと思ったよ」

 

「なんとか……なりましたね」

 

 背中合わせに座り、手に持った掃除用具もそのままに荒い息を落ち着かせながら掃除した箇所を眺めていた。

 

 そこには染み一つ無い綺麗なカーペットが広がっている。二人がどれ程の激戦を繰り広げたのかは筆舌に尽くし難い。

 

 普段から落ち着きがあり、いざと言う時に頼りになるシャルロットがものすごーくテンパっていた為、収集がつかなくなったのだ。

 

 真琴は基本、重要じゃない事に関しては流されに流されるタイプだ。あわあわと慌てながら涙目で掃除をするシャルロットを見て、自分も何かしたほうが良いと分かっているのだが、何をして良いか分からないため、歯ブラシと雑巾を握り締めたままシャルロットの前でポケーっと突っ立っていた。

 

 その後平常運転に戻ったシャルロットが真琴に指示を出し、ようやく動き出したのが30分ほど前。カーペットの染みは絶望的かと思われた。

 

 しかしシャルロットは諦めなかった。

 

 ここで諦めたらオーダーメイドのカーペットが粗大ゴミになってしまう。染みを作ってしまった本人として、それだけは許せなかった。

 

 しかし、幸いにも先ほど錯乱しながら吹きかけた洗剤が幸運にも全ての範囲に行き届いていたのだ。電話をしてから、更識家に対しての考察をしている間にある程度洗剤は乾いてしまったが、乾ききってなかったのだ。

 

 シャルロットはカーペットに命を吹き込む。落ちろ。汚れよ落ちろと祈りながら再度洗剤を拭きかけ、赤子の体を洗う様に丁寧に汚れを落としていった。

 

 効果は一目瞭然だった。

 

 落ちた。

 

 汚れが落ちたのだ。

 

 涙目のシャルロットに笑顔が戻る。後ろで手伝っていた真琴は、よくわからなかったがとりあえずシャルロットに笑みが戻ったことに安堵していた。

 

 歓喜の嵐がシャルロットの体を駆け巡った。

 

 いける。これならいける。

 

 浮いた汚れを丁寧に落としながら、シャルロットは神様に感謝していた。

 

 ああ、これでこのカーペットは救われる。オーダーメイドのカーペットは粗大ゴミにならずに済むのだ。

 

 そうして同じ作業を繰り返す事30分。ようやく全ての作業が完了したのだ。

 

 そこには、満身創痍になりながらも遣り切ったと言わんばかりに健康的な汗を額に浮かべながら誇らしげな笑みを浮かべるシャルロットと真琴の姿があったのだ。

 

「さてと……放課後までもう時間ないね。僕はこれ片付けてくるから、真琴は応接室の準備お願いね」

 

「わかりました。のみものは紅茶でいいですか?」

 

「あ~……その辺も僕がやるから、お菓子とかそっちの準備まかせるよ」

 

「はい、わかりました」

 

 実は紅茶は意外と淹れるのが難しい。水の選定、お湯の温度、ティーポットの材質などなど、拘りだしたら切りが無い。

 

 更に熟練の技を持ってして抽出した紅茶に見合うカップ。

 

 カップの色は、紅茶の色が映える白が良いとされている。

 

 真琴の家にはセシリアからプレゼントされた高級茶葉とティーセットがある。間違った淹れ方をするのは紅茶に対して失礼だと、シャルロットは紅茶に関しては譲らなかった。

 

「ん~……ハロッズとF&Mどっちにしようかな……ああでも更識家ってロシア国籍持ってるからロシアンティーにするのもありか……ダージリン……アールグレイ……アッサム……セイロン……」

 

 掃除用具を片付けた後、シャルロットは悩みに悩む。大いに悩む。悩み抜く。既に来客の時間が迫っているというのにこの拘り様。ある意味シャルロットは大物になるのかもしれない。

 

「あ、あのシャルロットお姉ちゃん? もう時間が」

 

「あれ? もうそんな時間か。ん~……今回はF&Mにしよう。そうだ真琴、お菓子は甘いのとビターなの2種類用意してね。ストレートで飲む人には甘いお菓子が―――」

 

「お姉ちゃん、時間、時間が」

 

 真琴はシャルロットの服の裾を引っ張りながら時間が無い事を教えている。すでに放課後に片足を突っ込んでいる。皆が合流してから此処に到着するまでもう幾許かの時間も無かった。

 

 慌てる真琴と、あくまで茶と茶菓子に拘るシャルロット。

 

 慌てる立場と嗜める立場が逆転するという、なんとも珍しい光景がそこにはあった。

 

 どこか悟りの境地に入ったシャルロットをよそに、真琴にしては珍しくシャルロットを急かしているのだが……

 

「まーくん、今帰ったよ」

 

「邪魔するぞ」

 

「やっほー真琴君」

 

「……お邪魔します」

 

 時既に遅し。そこには言葉の軽さとは裏腹に、少し緊張した面持ちの楯無や他の面子が揃っていた。

 

「お姉ちゃん、もう来ちゃったよ、ねぇ、お姉ちゃん」

 

 ◇

 

 舞台は数分前の職員室に戻る。

 

「お待ちしていました織斑先生、山田先生」

 

「ああ、此方の準備は出来ている。すぐにでも行こうか」

 

「待たせちゃったみたいでごめんなさいね。行きましょうか」

 

「いえ……そんな事は……」

 

 

 放課後になり、生徒会室で合流した更識姉妹は職員室で千冬と真耶の準備が終わるのを待っていた。待つ事数分、HRで伝達事項があったのか、少し遅れて来た真耶を迎え、4人で山田製作所へと歩を進め始めた。

 

 千冬と真耶はシャルロット関連の当事者だ。その件に関しては誰よりも熟知しているが、今回の更識家における山田製作所への打診は初耳だ。ある程度内容は想像出来るが、確信が持てない以上不用意は発言はするべきではない。

 

「ここだと何処で聞かれるか分からない。話すのは向こうに着いてからにしよう」

 

「そうですね。此方も……っと、なんでもないです。それより織斑先生、シャルロットちゃんの件、思ったよりあっさり報道を許しましたね? もしかして先生自身がリークしました?」

 

「今はまだデュノアの名前はシャルルだ。来週から登校するから、その時公開する。それまで不用意にその名前を出すんじゃない」

 

「失礼しました。それで、今回の件、狙ってやったんですよね?」

 

「……どうしてそう思う?」

 

 既に把握しているといわんばかりに胡散臭い笑みを浮かべて楯無は質問をぶつける。

 

 ここで楯無はプライベート・チャネルに切り替え、ここに居る4人だけで会話を始めた。

 

『恐らく、真琴君がデュノア社にクラッキングをかけたんじゃないかと思っています』

 

 ちらりと千冬に視線を向けるが、彼女の反応は無い。

 

『続けます。それで何らかの情報、つまり今回の情報をつかんだ真琴君がシャルロットちゃんを助ける為に行動を起こした』

 

『…………』

 

 この時点でも、まだ千冬に反応は無い。そこで真耶に視線を向けるが、ニコニコと微笑むばかり。

 

 千冬の方は想像してたが、真耶のポーカーフェイスぶりに楯無は意外そうに目を少しだけ細めた。

 

『そして今回の亡命。亡命内容を公にしてしまえば、世間の非難はデュノア社、ひいてはフランス政府にまで及ぶ。この状態でシャルロットちゃんを無理やり連れ戻そう物なら、村八分は確定。最悪イグニッション・プランからの離脱、更にはIS開発許可のはく奪すらあり得る』

 

 おおよそ当たっている。シャルロットが女だという情報こそ事前に仕入れていた楯無だが、それと亡命を此処まで結びつける情報収集能力、推理力に千冬は内心驚いていた。

 

『それを踏まえて考えれば簡単な事です。最悪フランス政府に亡命を阻止されたとしても、真琴君なら幾らでもやりようが有る。たとえば……新しいISの開発と引き換えにシャルロットちゃんをよこせ。とか』

 

『……もういい』

 

 ここまで話して、ようやく千冬が観念した。

 

「さすがは世界有数のカウンターテロ組織だな。情報収集もお手の物か」

 

「ふふん、まだ話していない内容はありますけど、どうです?当たってましたか?」

 

「まぁ、そんな所だ」

 

「姉さん……そんな所まで……」

 

 これに驚いたのは簪だ。簪も更識家の一員だが、シャルロットが女であるという情報すら知らなかった。自分がつくづくぬるま湯に浸かっていたのだと、否が応でも自覚してしまう。

 

「簪ちゃんはいいのよ。こういうのは当主である私の仕事」

 

 楯無は当主という肩書きを背負い、その指名を全うしている。それに対して自分はどうだ。代表候補生にこそ選ばれているが、自分のISが中々組みあがらなくて悶々としているだけだった。真琴の協力で撃鉄弐式が完成していなければ、今頃学生生活の中で腐っていたかもしれない。

 

「あの……姉さん……これからは……私にも手伝わせて……」

 

「簪ちゃん……」

 

 自分を変えなければならない。これからの事を考えると、今までの自分をぶん殴ってやりたい気持ちで一杯になった。

 

 情けない。

 

 腐っていた時間を取り戻したい。

 

 そして姉に負けない、胸を張って更識家の一員だと言える自分になりたかった。

 

「気持ちはありがたいわ。でもね簪ちゃん、簪ちゃんには簪ちゃんの役割があるのよ?」

 

「私の……役割……?」

 

『そう、簪ちゃんには撃鉄弐式があるでしょ? それは何のため?』

 

 何の為。改めて自分に問いかける。

 

 同盟を組み、撃鉄弐式をもらって、その先に何があるのか。

 

 考える。自分の役割は何か。

 

 

 

 

 そして幾許かすぎた後

 

「あっ……」

 

 簪の瞳に理解の色が走る。

 

「守る……守れる力が……私にはある……」

 

「よく出来ました。まだまだ簪ちゃんは発展途上だけど、その力は決して無意味じゃないわ。それを忘れなければ簪ちゃんはきっと胸をはって生きていける」

 

「うん……そうだね……ありがとう姉さん……」

 

「えっ、あ、その。うん、そうよね! 困った事があったら何時でも相談にのるからね!」

 

 最近疎遠だった妹から感謝の言葉を送られテンパる楯無。最近どうもこういったオチが非常に多いと自覚しているのだが、こればっかりはどうしようも無かった。

 

 学園の建物を抜け、敷地を歩く事数分。すでに時刻は夕方に指しかかり、大分傾いた日が4人の影を細長く地面に映し出していた。

 

 途中何人か生徒とすれ違い、その都度軽く挨拶を交わす。稀に訝しげな視線を送られてくる事もあったが、特に尾行なども無く山田製作所へと到着した。

 

 

「さて、おしゃべりはそこまでにしておけ。ついたぞ」

 

 そんなこんなで到着した一同。千冬と真耶は顔パスで通れるが、更識姉妹はまだフリーパスIDは貰っていない。先ほど発行して貰ったIDを門扉のよこに取り付けられているテンキーに打ち込み、解除されたのを確認してから入門する。これを怠ると、漏れなくゴーレム兄弟から熱烈な歓迎を受け、あられもない姿になってIS学園に送り届けられる事になる。

 

 ゴーレム達の解除が確認されて、門をくぐり、真耶が玄関のカギを開けて中に入っていく。それを確認して残りの面子も家に入っていくのだが……。

 

 そこで遭遇したのは、シャルロットの服の裾を引っ張り急かしている真琴と、男装をやめたシャルロットが紅茶セットを前に真剣に悩んでいる姿だった。

 

「え?」

 

「ん?」

 

「あら?」

 

「……」

 

 予想外も良いところ。普段からしっかりしているシャルロットのことだから、てっきりすべての準備を終えて応接室で待っている物と思っていたのだが。

 

「いや待てよ……ブレンドにするのも有りだよね……でもF&Mのファーストフラッシュを他のと混ぜるのはもう犯罪だよ。やっぱりここは……」

 

「シャルロットお姉ちゃん、もう皆来ちゃったよ。お姉ちゃん、ねえ」

 

 

 

「とりあえず応接室にいくぞ。山田君、二人を頼む」

 

「………あ、はい。分かりました。さ、二人とも此方へどうぞ」

 

「……」

 

「……」

 

 さすがの千冬。ほんの一瞬だけ逡巡したが、予想外の展開にもしっかりと対応している。それに対して真耶は完全にフリーズしていた。千冬が声をかけなければもうしばらく固まっていたかも知れない。 

 

 そして残された二人は、もうどうして良いのか分からなかった。

 

 更識姉妹としては、一世一代の大勝負に望む筈だった。しかしふたを開けてみるとなんだこれ。山田製作所陣営は完全に交渉の第一歩を盛大に踏み抜いていた。

 

 と言うか、完全に空気が交渉のそれでは無くなっている。ひょっとしたらこれは真琴とシャルロットが少しでも場の空気を和らげる為にと演出したのかもと一瞬考えなくもなかったが、そんな小細工を要する二人でもない。

 

 つまり、二人とも完全に素だ。

 

「……簪ちゃん」

 

「……何……姉さん」

 

「ちょっと……肩の力抜いたほうが良いのかしら」

 

「……私に聞かれても……困るわ……」

 

 更識家の行く末を決める交渉は、何とも形容し難い生ぬるい雰囲気から始まるのだった。

 

 

 




―――そういえばさ、千冬姉と会長が一緒に歩いていたけど、鈴、何か知ってるか?

―――さぁ? あたし達が遊びに行くのに乱入しようとか思ってんじゃないの?

―――ああ、楽しみですわ。真琴さんの家に遊びに行けるなんて。

―――弟君の部屋……姉としてチェックしなければ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。