IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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7話 フルチューンの果てに

 翌日、いつもより30分早く起床した。朝食を取るためである。いつも通り真耶の癒しタイムが終了し、二人は朝食を取るために食堂に向かっていた。ふたりとも朝食はトースト派である。目玉焼きとハム、トーストをトレイに載せ、そのまま開いている席に着いた。

 

 あいかわらず真琴はリスの様にハムハムとトーストを齧っている。その様子をニコニコ微笑みながら眺めている真耶。そこに近づく影が一つ。そう、セシリアである。昨日の一件以来、真琴はセシリアのお気に入りとなっていた。マスコット的な意味でも、技術者的な意味でも。

 

「お早うございます山田先生、真琴さん。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

「はい、お早うございますオルコットさん。どうぞどうぞ、こっち空いてますから」

 

「あ、おはようございますセシリアさん」

 

 真耶は自分を挟んで真琴とは反対側の椅子をポフポフと叩いていた。弟には近づくなという軽い威嚇だろうか。しかしさすがはセシリアといったところか。真耶の威嚇を軽くいなし、真琴の隣に座った。

 

「真琴さん、今日は授業はお受けになるんですの?」

 

「う~ん……けんきゅうじょには午後からいこうとおもっています」

 

「それでしたら、昨日の一件で相談がありますので昼休みに少しお時間をいただけないかしら」

 

「あ、はい。べつにいそぎのようけんがあるわけではないのでだいじょうぶです」

 

「ふふっ、わかりました」

 

「むー……」

 

 弟を溺愛している真耶としては、この状況は大変面白くない。ああ、面白くないとも。焼き肉で例えるならば、大切に自分で育ててきたカルビを横からひょいっと持って行かれた状況に似ているかもしれない。

 

 ……閑話休題(はなしがそれた)

 

「んんっ! オルコットさん。あまりまーくんに無理は言わないで下さいね。昨日結局部屋に戻ってきたの11時過ぎだったんですから」

 

「あら? 真琴さんは山田先生と同じ部屋で暮らしているんですの?」

 

「えっと……その、ぼくひとりじゃねれないんです」

 

 ピキュイーン! 刹那、セシリアの目が光った。一瞬だが、セシリアの目が捕食者のそれに変わる。

 

「ま、真琴さん?よろしければ今度わたくしの部屋に」

 

「まーくん、そろそろ時間だから教員室にいかないと!」

 

 真琴をめぐってめまぐるしい攻防が目の前で繰り広げられる。勿論、当の本人は気づいてない。そのため、何がおこったの? という表情で首を傾げるだけだ。子供の無垢な表情というものは便利なものである。特に、異性の大人に対しては効果てき面だ。

 

 そしてそんな攻防が繰り広げられている所に、鬼教官がやってきた。BGMはもちろんターミ○ーターだ。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 途端、真耶とセシリアが慌てて朝食を取り始める。横で観戦しながら食事ととっていた真琴はすでに食べ終えている。その光景を目にして千冬はやれやれと溜息をついた。

 

「山田君……教員という立場にありながら生徒と一緒に怒られるというのはどうかと思うが」

 

「す、すいません織斑先生! すぐ食べ終えて教員室に向かいます! ごめんね? まーくんは先にいっててくれないかな?」

 

「うん。それじゃあ、またあとでね。お姉ちゃん。それと、ごめんなさい織斑せんせい。つぎからきをつけます」

 

 いつも通りぺこぺこと謝りだす。しかし他の生徒に比べ真琴に接する時はやさしくなる千冬だった。

 

「君は完全に巻き込まれた立場だろう。気にしなくていいい。後、君には話がある。教員室に向かいながら話すからついてきてくれ」

 

「はい、わかりました。」

 

 なんていうか、やはりちーちゃんもショタっ子には弱いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「ひょうしょう……?」

 

「そうだ、真琴君は以前IS学園の教員にISの基礎理論を手渡したことがあっただろう。」

 

「あ、はい」

 

「それでだな。その教員が研究院に論文を手渡したのだが・・・。研究室一同がな、その論文を君名義で国際IS学会に提出していたんだよ。しかもそれがえらく高く評価されてな。君には多額の研究費と表彰状が渡される事になる。」

 

「はい」

 

「IS学園に所属しているということが判明している以上、学園の研究所にも多額の研究費が下りてくるだろう。いいじゃないか。やりたい放題できるぞ?」

 

「やりたいほうだいというと……新しいせだいのISとか、あたらしいコアのかいはつとかでしょうか?」

 

「あまりやりすぎるなよ?まぁ、学園に所属している以上、いかなる組織や団体からも干渉は許されないから問題ないといえば問題ないんだが。……そういえば、IS学園の特記事項の不備を指摘したのも君だったな。全く、嘆かわしい。大人達は何をやっているんだか……」

 

 あ、なんか愚痴が始まりそうと真琴は内心諦めていた。

 

 

 

 

 

「それでは、真琴君はこのまま教室へ向かうといい。では、また後でな」

 

「はい、きょうもよろしくおねがいします織斑せんせい」

 

 ぺこりとお辞儀をすると、千冬は生徒達には見せないような柔らかな笑みを浮かべ立ち去って行った。

 

 

 

(表彰……なんか目つけられちゃったかな……めんどくさいなぁ。ぼくは新しいISを作りたいだけなのに)

 

 

 

 

 真耶と千冬より一足先に教室に行くと、そこにはセシリアと一夏が口論をするという、いつもと変わりのない光景が広がっていた。入口で「おはようございます」とお辞儀をして、自分の席に向かう時、セシリアと目があった。すると、まるで一夏など居なかったかの様に彼女は真琴目がけて突撃してきた。

 

「お早うございます真琴さん」

 

「あ、おはようございます」

 

 ここでもぺこり。やはり綺麗な挨拶は美徳である。うん。

 

「一夏さん?わたくしは真琴さんにメンテナンスをお願いしていますの。クラス代表戦を楽しみにしていてください」

 

 いつの間にか一夏を名前で呼んでいるセシリアであった。毎日の口論で少し距離が縮まったのだろうか。

 

「おい、それはいくらなんでもずるくないか?」

 

 先日のラファールのチューンアップを見ているクラス一同は、セシリアの専用機が真琴の手によってカスタマイズされているという事実をしると、息を飲んだ。

 

「前に申し上げました。私の持てる力全てを使って貴方を叩き潰すと。強くなれるのであればこの際手段は問いません」

 

 相変わらず何がなんだか訳が分からない一年一組のマスコット事真琴は、首を傾げてセシリアの服をくいっくいっと引っ張っていた。

 

「はい、なんですか真琴さん? ああ、今のことは気にしないでください。真琴さんが気に病む必要なんてこれっぽっちもありません」

 

「なあ、山田君?」

 

 一夏に呼ばれてトテトテとそちらに真琴は歩を進めた。

 

「はい、なんでしょうか。ぼくのことは名前でよんでください」

 

ぺこりとお辞儀をする。もはや真琴の挨拶の一部となっていた。

 

「いや、そのさ。今度俺に専用機が届いたら俺のISも見てくれないか?」

 

 一夏の一言を聞いてセシリアが激昂する。

 

「ちょっと一夏さん! 今は私が真琴さんにカスタマイズをお願いしているんです。その後にしてくださいな!」

 

「う……すまん」

 

「おい、一夏。お前はそれよりも剣を先に鍛えろ。ISはその後だ」

 

「分かった分かった。分かったからそう睨むなよ箒」

 

 一夏に箒と呼ばれている生徒は、こちらを一瞥すると何事もなかったかのように自分の席に着いた。それに釣られて真琴も自分の席に着く。そろそろ鬼の担任と天然の副担任が到着するころだ。ここで真琴は連日頭をエクスカリバーでひっぱたかれているセシリアと一夏に助け舟を出した。

 

「あの、そろそろせんせいがくるとおもうので、せきについたほうが」

 

「もう遅い」

 

スパァン! スパァン!

 

 これでセシリアと一夏は三日連続頭に重い一撃を貰う事となった。さすがに毎日見てる真耶は千冬の後ろで苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

「はい、それではSHRを始めます」

 

「さて、本日の授業だが・・・。昨日全ての授業をISにしてしまったからな。本日は一日座学にする。」

 

 クラス中から「ええ~?」と反論の声が上がるが、そこは鬼教官織斑千冬。ギロリと一睨みするだけですぐに大人しくなった。

 

 その中、真琴は大人しかった。むしろ、わくわくしていた。小学校にすら半分もまともに通えなかったのだ。義務教育を終えてない彼は、このIS学園で必要な知識を吸収する必要がある。

 

 だがしかし。彼の知識は大学生以上である。六歳から八歳までの二年間でIS学園で使っている全ての参考書を理解しているのだから。それに加え、このISを開発する恐るべき知力。今真琴に必要なのは学問よりも人と触れ合う時間なのかもしれない。

 

「真琴君、君は研究所から声がかかっている。好きなタイミングで移動してくれてかまわない」

 

「え、真琴。お前授業大丈夫なの?」

 

 スパァン!

 

「今はSHRだ。私が許可しない限り私語は許さん」

 

「それじゃあ、はい、織斑先生質問です」

 

 一夏がおずおずと手を挙げた。

 

「許可する」

 

「いくら真琴が頭がいいからって、もう二日連続ですよ。さすがにまずいんじゃ?」

 

「ああ、そのことなら問題ない。彼は二年前にIS学園で使っている全ての参考書を理解し、改訂している。今真琴君に足りないのは学問ではなくて人との交流だ。その目的で授業に参加してもらっている。だから研究所から声がかかったらいつでもあっちに行っていいといったのさ。ただまぁ、社会情勢に関してはリアルタイムで変動していくものだ。社会の授業だけはできるだけ受講してもらいたい」

 

「わかりました。それではSHRがおわったらすぐけんきゅうじょへむかいます」

 

「済まないな。ああそうだ、研究所へ向かう前に応接室へ行ってくれ。国際IS学院のお偉いさんがどうしても会いたいとうるさくてな。顔だけでも見たいんだとさ。」

 

「はい、わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、真琴は応接室に行き、国際IS学会の副会長と面接を行った。その際、表彰状を渡されたのだが、是非うちに来ないかと勧誘されたのだ。さすがにこれには同伴していたIS学園の教員が特記事項を武器に断ったが、彼らは諦めきれなかったようだ。また来ると言い残し立ち去っていった。

 

(なんか嫌な感じ。第3世代のISのことばっかり聞いてきてさ……。僕の事なんか分かってくれようともしてなかったし。もう会いたくないなぁあのおじさんとは)

 

真琴は少し、ほんの少しだが「人を疑う」という事を覚え始めていた。

 

 

 

 

 

 研究所に到着して、真琴は早速ブルーティアーズの調整に入った。昨日の段階で他の研究員にビットの複製を依頼していたのでビットは出来上がっているはずだ。念のため確認に行くとそこには目が座り、何やらブツブツと呟きながらビットと接続されているノートパソコンを弄っている研究員の姿があった。

 

 聞くとどうやら、彼女らは昨日から一睡も取らずに調整を行っていたらしい。何故そんな無茶をしたのか真琴が尋ねると、ビットと本体のチューンアップを速い内に完了させて、真琴に新しい武器を作って欲しかったからと返答が返ってきた。

 

 真琴にとってこれは嬉しい誤算だった。これで大幅にチューンアップの時間が短縮された。ビットの調整を行っていた二人の研究員は真琴の頬にキスをすると仮眠室へヨロヨロと歩いて行った。

 

 真琴は早速ブルーティアーズ本体のチューンアップに取りかかった。時間が稼げたおかげで、ビットと本体の命令系統の改善以外にも、スターライトMK-Ⅲのロックオン精度の向上とロックオンの速度を向上考えた。しかし、先ほどの研究員の言葉がふと頭によぎる。

 

 

 ―――新しい武器を作って欲しい。

 

 

 この言葉を思い出し、本体の改善を後回しにし、真琴はスターライトと対をなす新しいスナイパーライフルの製作を始めた。ビットの操作と狙撃という二つの操作を行えるように、相手に当てやすいスナイパーライフルを作るにはどうしたらいいかと考えながらブルーティアーズの解析を行うこと一時間。ようやく新しい案を思いついた。

 

 相手を追尾すればいい。

 

 少しでもいいから相手をホーミングすれば、多少的を外しても相手に当たる。そう考えたのである。この案を実現するためにはどうすればいいか。真琴は悩みに悩んだ。熱源体を追う?ただのビームにそれは無理だ。ならば撃ったあと自分でビームを操作できれば?いいや、それも駄目だ。ビットの操作があるのに、ここで複雑な操作を入れるのは本末転倒である。

 

 

 散々ホワイトボードに書きなぐったが、ピンと来る案が出てこない。むしゃくしゃしてちょっと荒めにマーカーをホワイトボードの下に付いているペン置きに置いた。その際、ボードにくっついていたマグネットがカランと音をたてて地面に落ちるのを見て、真琴は一瞬考えた後、行けると判断。すぐに自分の作業スペースに戻った。

 

 

 

 

 

 子供の頃、理科の実験でエボナイト樹脂で出来た棒と毛布を擦ったことはないだろうか。擦った後、毛布をテーブルに置きエボナイト樹脂を近づけると毛布がエボナイト樹脂に引き寄せられるという現象を起こす。これは毛布に負の電荷、エボナイト樹脂に正の電荷が帯電しているため、異なる性質を持った電荷が引力を発生するためである。

 

 真琴はこれを応用し、シールドバリアーを正のエネルギー、ライフルから発射されるビームを負と置き換えてみた。……いける。

 

 ライフルの中に負のエネルギーを発生させる装置を組み込み、発射されるエネルギーを負に変換する。これで理論上は、常時シールドバリアーが発生している相手にはライフルから発射されたビームが引き寄せられるはずである。

 

 幸いエネルギーの正負は電気と似たようなものなので、位相角を180度ずらす事で負に置きかえる事に成功した。

 

 一度決まったら後は簡単。余裕のある研究員に声を掛け、今考えた構想を話して早速スターライトを複製して組み込むことにした。ただしスターライトの複製には時間がかかるので、位相をずらす装置だけ作成して組み込むのは後回しにした。

 

 これでビットと新しいスナイパーライフルの製作のめどが立った。残るはブルーティアーズ本体のみだ。さくさくっとここまで進んだため実際に組み立てる工程を考えると時間はあまり残されていない。ここで真琴は全員を集めブレインストーミングを行うことにした。

 

 自分達が神童と言われている真琴に頼られているという事実が、研究員達のモチベーションを大幅UPした。

 

 

 

 

 しかしここにきてかつてない敵が待ち受けていた。鬼教官こと鬼斑……失礼。織斑千冬である。

 

「真琴君。君がオルコットの為に必死になってチューンアップをしているという事は知っている。だがな、君はまだ子供なんだ。こんな時間まで起きていて良いわけがないだろうが!お前らも何故止めなかったんだ!子供の暴走を止めるのはお前ら大人の役目だろう!!」

 

 真琴と研究員は真耶と千冬に怒られていた。ちなみに、現在午前2時である。何故こうなるまで誰も止めなかったのかというと、国枝が休みだったからだ。それに千冬と真耶に急な仕事が降ってきて二人ともこの時間まで業務を行っていたという不幸が重なり、今回の事態を引き起こしていた。

 

 おいたをした子供には躾が必要だ。千冬は心を鬼にして、俯く真琴を叱り続ける。

 

 対する真琴はまさか怒られてるとは思ってもいなかった。徐々に涙目になり、ついには泣き出してしまった。

 

「ごめ……ごめんなさい……ひぐっ……うぇぇ……」

 

 その日の開発はこれで中止になった。真耶に連れられて泣きながら帰る真琴を見て、研究員達は互いに頷いていた。その目には確固たる決意が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「まーくん。なんで織斑先生があんなに怒っていたかわかる? みんなすっごく心配していたんだよ」

 

 布団の中、二人は今日の事を省みていた。

 

「うん。……ごめんなさい」

 

「うん。わかってくれたならいいんだ。次からはあんな無茶はしないでね?お姉ちゃんとの約束だよ?」

 

「うん」

 

 

 残り4日。期限は着々と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日真琴は真耶と朝食を取った後すぐに研究室に向かった。どんなに遅くても21時には戻ると約束して。

 

 

 

 研究室へたどり着くと、そこには笑顔を失い、真剣な面持ちをした研究員がいた。真琴はどんなに遅くても21時で帰ると皆に約束し、作業を開始した。

 

 

 自分の作業スペースに到着して、真琴は驚愕した。そこには試作したスナイパーライフルとブルーティアーズの改造案が書かれた書類が置いてあったのである。

 

 どうやら昨日徹夜していた研究員を除いた全員が新しいスナイパーライフルの製作とブルーディアーズの改造案を出し合いを行っていたらしい。真琴は一人一人に半べそになりながらもお礼を言って回った。これを機に、研究室のメンバーは本当の意味で一つになった。

 

 そこからの展開は早かった。真琴が頭脳となり、他の研究員が手足となる。国枝は手足となって作業をしている研究員から上がってきた報告をまとめ、真琴に提出していた。ここまで一枚岩になっている研究室も珍しい。この時ばかりは、真琴は大人達に感謝していた。

 

 そしてその日の夜、ついにブルーティアーズ=カスタムが完成した。後は実際に組み上げてセシリアにテストをしてもらうだけだ。予定よりも二日も早く終わったため、組み立てを研究員に任せてその日は帰宅した。

 

 

 残り3日。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日試作機が組みあがっているだろうと予想した真琴は、真耶と朝食を取った後二人で教員室に向かった。そこで、真琴は改めて千冬に謝ることにした。

 

「おはようございます織斑せんせい。……ごめんなさい。このたび度はごしんぱいをおかけして申し訳ありませんでした」

 

 誠心誠意謝る真琴を見て、千冬は真琴の頭を撫でながら諭すように語りだした

 

「真琴君。君はな、金の卵なんだ。君はこれからもっと成長する。それこそ他の追随を許さない程に。ISの世界では欠かせない存在になるだろう。だからこそ今が大切なんだ。今無理をして体調を崩しては本末転倒だろう。自分をもっと労わることを覚えたほうがいい」

 

「はい。ごめんなさい」

 

「もう謝る必要はないさ。君は私の話しを聞いて理解し、反省した。これから行うべき事も分かっている。ならば私はもう何も言わないさ。私も一昨日は少し熱くなりすぎた。済まなかったな、怖かっただろう?」

 

「……うん」

 

 真琴の素直な反応をみて千冬は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 真琴は一足先に教室へ行き、パソコンを開いていた。さすがにここではブルーティアーズの情報は出せないので、打鉄の改善案を何か考えようとしていたのだ。そこにセシリアがやってきた。心なしか彼女は申し訳なさそうな表情をしている。

 

 

「お早うございます真琴さん」

 

「あ、おはようございますセシリアさん」

 

「真琴さん、織斑先生から話は聞きましたわ。・・・申し訳ありません、もう少し貴方の事を考えるべきでしたわ。」

 

「ふぇ?」

 

 いきなりセシリアに謝られて真琴は困惑していた。何故? という表情でセシリアを見つめている。

 

「才能の素晴らしさを目の当たりにして、真琴さんが子供だという事を完全に失念していました。クラス代表戦に間に合うようになどと私が無茶を言ったから、研究室に缶詰になっていたらしいですわね。わたくしも織斑先生に怒られてしまいましたわ」

 

「あの、これはぼくが好きでやっていることなので、セシリアさんがきにやむ必要はないです。げんきをだしてください」

 

 真琴のこの発言を聞いて、セシリアはまるで我が子を見るような優しい目で真琴をみながら話しを続けた

 

「こんな時でも、真琴さんは他人の事を気遣うのですね……。貴方は立派な紳士ですわ。放課後、研究室に行く前に是非わたくしの部屋にいらして下さい。わたくしが全力を持っておもてなしいたしますわ。」

 

「わかりました。それでは、そのあと研究室にいきませんか? しさくきがかんせいしたのでテストをお願いしたいんですけど」

 

「わかりましたわ。それでは、もうすぐ予鈴がなりますのでまた後ほど」

 

 間もなく始業を告げるチャイムが鳴り、千冬と真耶が教室に入ってきた。いつも通りの授業が始まる。

 

 穏やかに時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 放課後、真琴はセシリアに連れられて彼女の私室に向かっていた。そこで真琴はブルーティアーズの事について相談しようと思ったのだが、彼女に止められた。

 

「今はゆっくりと羽を伸ばして下さい。わたくしのISの話はそれからでも遅くはないですわ。」

 

 その言葉に従い、真琴はISに関する考えを一時的に停止した。

 

 

 

 

 

 セシリア=オルコットの私室、そこは正に貴族の私室だった。天蓋付きの大きなベッド、王室を連想させる威厳のあるテーブル、それに見合う歴史ある木造のチェア。部屋には骨董品の花瓶が飾られていた。窓にはレースをあしらった手触りの良いカーテン。そして極め付けは、スリッパで歩く事さえ躊躇うほどふわふわのカーペット。

 

 真琴はガチガチに固まっていた。ちょっとでも動いたら、この高級そうな家具を傷つけてしまうのではないかと緊張していたのである。セシリアからしたら、何故こんなに緊張する必要があるのだろうと思うだろう。子供の頃からこういった暮らしをしてきたのだから。

 

「ふふっ、そんなにお気になさらないでください。少し肩の力を抜いたほうがいいのかもしれませんわね」

 

 セシリアは優雅な振る舞いで椅子に座っている真琴の後ろまで歩いていくと、真琴の肩を静かに揉み始めた。

 

「随分凝っていますわね……とても子供の肩とは思えません。やはり少し休息が必要ですわ、真琴さん」

 

 ゆっくり、じんわりと肩の凝りを揉みほぐす。あまりの心地よさに、真琴の口から思わずため息が出る。

 

「はふぅ……」

恍惚の笑みを浮かべ、真琴はとろとろに蕩けていた。その様子を見てセシリアはクスりと笑った。

 

「クラス代表戦が終わったら、2~3日ISの研究から離れて授業を受けるといいと思いますわ。真琴さんはまだ子供なのですから、時には他の生徒と同じように子供らしく振舞えばいいのです」

 

「そうですねぇ……」

 

段々真琴の反応が鈍くなってきた。肩を揉み続けているとその内寝息が聞こえてきた。きっと疲れが溜まっていたのだろう。セシリアは真琴を抱えるとそのままベッドへ運んでいき、そっとベッドの上に寝かせた。

 

 

「わたくしの為にここまでしてくださってありがとうございます真琴さん。どうか、どうか今はゆっくりとお休み下さい……」

 

 

 

 

 

 

「疲れて……いたのですね」

 

 ベッドに腰かけ、わたくしは真琴さんの頭をゆっくりと撫で始めた。

 

 

全く、まだ出会って数日しか経っていないわたくしのためにここまで無茶をするなんて、なんてお人好しなのかしら。世間の男共は真琴さんを見習って欲しいものです。

 

 それにしても、本当に可愛らしいですわ。まるで天使の様……。こうして何時までも真琴さんの寝顔を見ていたいですわ。これは山田先生がブラコンになるのも頷けます。

 

一体こんな小さな体の何処にここまでの活力があるのでしょう。ふふっ、本当に不思議なお方。

 

 

本当に、興味が付きませんわ。気になって、仕方がありません……。

 

 

出会ってしまいました。わたくしが理想とする強い意志を宿した瞳を持つ男と。

 

 

 

 

 

 

―――知りたい。

 

その正体を。その瞳の奥に何があるのかを。

 

―――知りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ううっ……?」

 

 真琴が目を覚ますと、既に部屋の中は夕焼けでオレンジ色に染まっていた。目の前には椅子に座り読書をしているセシリアの姿があった。

 

「あら、もう目が覚めてしまいましたの? まだ寝ていてもよろしくてよ?」

 

 真琴が起きた事に気付いたセシリアは、読んでいた本に栞を挟み、ベッドで上半身だけ起こしている真琴へと歩を進めた。

 

「ありがとうございます。なんかからだがかるくなりました」

 

「それはなによりですわ。お体の調子がよろしいのであれば、そろそろ研究室へ移動しませんこと?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 

 二人は研究室へと向かった。

 

 

 

 

 

「えっと、こちらがブルーティアーズ=カスタムのしさくきになります」

 

研究室に到着した二人は待ってましたと言わんばかりの研究員に迎え入れられ、奥にある実験室へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 そこに鎮座していたのは、限りない青。……否、蒼。

 

 

 

 

 

 

 雲を連想する所々に散りばめられた白、そして、全体を彩る晴れ渡った空の様な蒼。

 

 機体はビットを収納するためのスペースが設けられているが、それでもブルーティアーズの形をしっかりと受け継いでいる。上品でなお且つ、威厳を感じさせられた。

 

 それを見た瞬間、セシリアは固まってしまった。そしてISから何か伝わってくる。触らずとも分かる。

 

(この子は、わたくしをずっと待っていた。そう……組みあがったその時から!)

 

セシリアの瞳から自然と涙が零れ落ちる。しかしその涙は歓喜に包まれていた。

 

「えっと、セシリアさん……だいじょうぶですか」

 

「ええ……ええ……っ! ありがとうございます皆さん。触らずとも分かります。この子は、わたくしに乗って欲しいと懇願していると。そしてわたくしも、この子に乗って差し上げたいと」

 

 その言葉を聞いた瞬間、研究室に歓声が巻き起こった。

 

「セシリアさん。このきたいに触ってあげてください。そして、名前をつけてあげてください。そうしてはじめて、この機体はあなたのものになります」

 

 セシリアは目じりに溜まった涙を拭きとると、試作機に触りながら凛とした声で新しい機体の名前を告げた。

 

「この子はブルースカイ。今の心境をそのまま名前にしましたわ。わたくしの心には今、清々しい青空が広がっています。もう、迷いませんわ。わたくしはこの子と共に、何処までも高みに上り詰めて差し上げます!」

 

 

 ブルースカイを量子変換してアクセサリーに戻し、一向は予め予約していたアリーナへと向かった。喜んではいるが、まだ調整が済んでいない。

 

「それではセシリアさん。ブルースカイをよびだしてください」

 

「ふふっ、了解です」

 

 セシリアの体が一瞬だけ光に包まれ、ブルースカイがついにセシリアと一体になった。

 

「あら? バイザーがついていますが、これは一体?」

 

今までにない装備にセシリアは少しだけ驚いていた。

 

「それはディスプレイの役割をはたします。バイザーのなかにはビットとスナイパーライフルをより正確にもちいるためのオペレーションシステムが搭載されています。詳細情報ががめんにあらわれるはずなので、とりあえずスナイパーライフルかビットをよびだしてください」

 

 言われるがままにセシリアは使いなれたスターライトMK-Ⅲを呼び出した。が、形が違うそれを手に持って首を傾げた。

 

「真琴さん……ひょっとして、スターライトも改良したのですか?」

 

「あ、はい。より狙いやすくなるように改良してあります。それにもなまえをつけてあげてください」

 

「そうですわね……。それでは、星と対をなす月。このスナイパーライフルにはムーンライトと名付けますわ」

 

「わかりました。えっとですね、ムーンライトにはたいIS限定ですが、ホーミング機能がついています。だんそくが早いのでそこまでついびしませんが、それなりに追いかけてくれるはずです。とおくに的があるとおもうので、それをめがけて撃ってみてください」

 

 セシリアから50m程離れた地点に的が3つ出現した。

 

「そのまとにはシールドバリアーが発生しています。ためしにすこし照準をずらしてうってみてください」

 

 言われるがままに、セシリアは銃を構えた。その瞬間バイザーにロックオン表示と対象までの距離、エネルギー残量が表示された。恐る恐る的から10cm程外れた場所を狙って引き金を引くセシリア。その瞬間、キャヒュン! と小気味いい音を経てて放たれたビームは、的に近づくとまるで吸い寄せられるように着弾した。

 

「せいこうです。あとはエネルギー効率のかいぜんだけでよさそうですね。つづけて他の的もうってみてください」

 

セシリアは口を開けて唖然としていた。恐らく、上手く現状を把握する事が出来ないのだろう。何しろ、この短期間で自分の予想を遥かに上回る成果をたたき出しているのだから。

 

「セシリアさん? データがほしいので数発うってもらえますか?」

 

「え、ええ……わかりましたわ」

 

 続けて2発目を撃つ。ビームは真っすぐ的に向かって突き進むが、今度の的はゆっくりとだが動き、ビームから逃げ始める。しかしそれも的が近づくにつれて徐々に軌道を修正し、結局は先ほどと同じ結果になった。

 

 その後も、逃げる的に狙いを付けて撃つが、OSによる位置補正とホーミング機能がうまくマッチングし、結果は百発百中だった。

 

 

 

 

「ムーンライトの実験はこれくらいでいいですね。それでは、こんどはビットを射出してください。あ、4つだけだしてくださいね。そのあと、とびまわってみてください」

 

 

 ビット4基射出した後、セシリアはゆっくりと空へと飛び立った。すると、今度はバイザーに4基のビットの情報が表示される。しかしそれは決して視界を邪魔することはなく、計算され尽くした配置に表示されている。まだビットは動かしていない。飛行速度がある程度まで達した所で、ビットに命令を出した。するとぎこちなくはあるが、ビットはセシリアの周りを巡回し始め、次第にその速度を上げていった。

 

 

「こちらもせいこうですね。それでは的をだすので、とびつづけながらビットでまとを狙ってください」

 

 もう何も驚かないぞと心に決めてビットに命令を送ったセシリアだったが、ブルースカイが動き回っているのにも関わらず、今までよりも速く、そして正確に的を目がけて飛行するビットを見て思わず顔が引き攣った。

 

「こちらも問題なしですね。それではこんどは空中にていたいして、のこりのビットを全部出してすきなようにそうさしてみてください」

 

 言われるがまま、セシリアは指定された動作を行った。そして、残りのビットを全て射出。まだ命令を出していないため、8基のビットはセシリアの周りを衛星のように巡回を始める。……そして、ついに8基同時操作が始まった。

 

 

 

 8基のビットはまるで己が手足の様に動き回り、次々に現れる的を的確に射抜き、切り払っていった。

 

その様子は、例えるなら円舞曲の教室。セシリアの指導の元、ソードビットとライフルビットがツーマンセルになり、まるで翼を得た子供が空を飛ぶのを楽しむが如く、自由自在に飛びまわっていた。そして、時折自由時間を得た子供の様に各々が遊びまわり、空中を駆けていく。

 

 

「セシリアさん、つぎはあたらしいシールド、ピンポイントバリアのテストをします。8このビットを全てしまってください」

 

「わかりました。それで、わたくしはどうすればいいのでしょうか」

 

「いまから、さまざまなかくどから自動小銃によるこうげきをおこないます。セシリアさんはそのままうごかないでください。あ、じつだんではないので安心して撃たれてください」 

 

 真琴のアナウンスが終わった後、壁から自動小銃が出現し、全方位からの射撃が次々に行われる。しかし、センサーが飛来する弾丸を感知し、一部にだけシールドが発生してことごとく弾丸を撃ち落としていく。セシリアは無傷だった。

 

 

 その時、アリーナに二人とは違う声が響いた。

 

 

「どうだオルコット、新しい機体の調子は」

 

 織斑千冬である。研究所に立ち寄ったが誰もいなかったため、試乗をしていると踏んでアリーナまで足を運んだらしい。

 

「織斑先生……そうですわね、これで試作機というのですから恐ろしいですわ。完成したら一体どうなることやら、わたくしにも想像ができません」

 

「そこまで凄いのか。どれ、入試の訓練の時とどれくらい違うのか見せてみろ」

 

「かしこまりましたわ」

 

 

そして、円舞曲の教室が開催された。

 

 

 

 

 

「まさかここまで性能を上げるとはな……。真琴君、詳細情報はともかくとしてスペックの確認をさせてくれないか?」

 

「いいですよ。いまひょうじします」

 

 試乗が終わった後、一同はアリーナの管制室に集まっていた。先ほど撮った映像とデータを確認するためだ。

 

 表示されるスペックを見て、千冬にしては珍しい乾いた笑い声をあげていた。

 

「はははっ……なんだこれは。明らかに代表候補生が乗る機体じゃないだろう。第3世代の完成形といっても過言ではないぞ。よく機体に振り回されなかったな」

 

 

「当たり前です! 真琴さんを始め研究所の方が丹精をこめて改造してくださった機体ですもの。わたくしの限界を見極めているのでしょうね」

 

「スペックだけみたらそうでしょうね。詳細な情報をみればなぞがとけるのですが、ちょっとお見せできません。ごめんなさい」

 

 ぺこぺこと謝る真琴を見て、千冬はまたかと苦笑を洩らし彼の頭をガシガシと撫でた。

 

「第3世代のISですらここまでチューンアップするとはな……。いずれ学会だけではなく各国の政府からもおよびがかかりそうだ。イギリスは一歩リードしたな、これは。」

 

「真琴さんが居れば怖い物は何もありませんわ!今後ともよろしくおねがいします、真琴さん。」

 

「あ、はい。よろしくおねがいします」

 

 

真琴とセシリアはしっかりと握手をしていた。

 




―――……ビットを8個同時操作だと?

―――はい、時間をかけてかいぞうすれば、12個くらいまでいけるとおもいます

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