過去編 高校1年入学直後
(過去編)
俺たちの通う私立秀知院学園、貴族や士族のための教育機関として創立された名門校だ。貴族制が廃止された今でも富豪や名家の一族が通っていることで全国的にもトップクラスで、エスカレーター式であるし、お坊ちゃま・お嬢様学校みたいなものだ。
受験に受かることができれば、外部から庶民であっても入学することができる。しかし、純院の生徒は中等部から仲良しこよしであり、すでに形成されたスクールカーストのあるグループに馴染むことは容易ではない。
「不良を発見しました。これより確保します」
だからなのか。
今日もお昼は敷地の隅で。
「冗談です。焼きそばパンを食べているから、誰かをパシらせたのかと勘違いしました」
「……なんだ、筑紫か」
そもそも、通信なんて行っていないけれど。
雰囲気だ。
晴れ晴れとした青空なのに、リヤカーの上に腰かけた目の前の男の目は淀みきっている。しかも、学園内にいくつか点在する倉庫の中でも、特に古びた倉庫の影だ。まあ、トイレの個室よりは、ボッチ飯には適した場所ではある。
ともかく、目の前の白銀は不本意な入学ということもあって、かなり荒んでいた。自分から進んで友達を作るようなやつではないし、『うまくやる』こともできていない。せめて、同じクラスだったのなら、良かったのだけれど。
「自分、昼休みの校内の巡回中なのですが。とても暇です」
「今日もサボりか、風紀委員」
歩きスマホの注意、アプリやゲームの注意、何かトラブルが起きていないかの見回り、そういう名目上のパトロール。
本気で注意するとなると、キリがない件数だ。そして、スクールカーストで上の相手を注意することにも勇気がいる。それが格上の『家』の生徒なら尚更だ。まして、規則に口うるさいやつは疎まれて、友達が減る。
いつしか風紀委員たちは注意することをやめていた。
どうにかして、今の委員会の空気を変えないとならない。
「さて、買いすぎました。だからプレゼントフォーユー」
「結構、買ってきたな……」
手に持っている袋をリアカーに置いた。
施しを受けることは彼のプライドに障るかもだが。
「全部焼きそばパンかよ!? 新手のいやがらせか!」
「合計10個あります。5つくらい成長期の男子なら食べてしまえ」
世間には、50人前のハムサンドを1人に対して奢った人もいるくらいだ。世間というか個人であり、俺の腹違いの姉なのだが。
「相変わらず、お前といると調子が狂う。
変わらないな、筑紫」
「いろいろと変わっていますよ。この前の身長測定では、背が伸びていました」
白銀は焼きそばパンを取り出して、食らいつく。
その姿には品性の欠片もない。
「そっちのクラスはどうですか?」
「……純院のやつらは、金持ちで、親の七光りのボンボンばかりだ。……くそっ」
吐き捨てるように、そう言った。
「いやいや、もっと内情を教えてください。誰と誰が拗れているとか、誰がクラスの中心人物かとか」
「一体、お前は何を狙っているんだ!?」
すっと、天へ向かって人差し指を上げる。
おばあちゃんは天国で元気にしているだろうか。会ったことないけど。
「冗談です」
「ああ、そう……」
白銀は3つ目の焼きそばパンに、食らいついた。
さて、生徒会長は何の用か。
「そこで見ている生徒会長さんも、焼きそばパン欲しいのですか?」
「いや、校内の巡回中さ。風紀委員所属、川田筑紫君」
今となっては珍しい学生帽、そして純金飾緒を身に着ける生徒はこの学園で1人しかいない。
「そっちの君は、特待枠の白銀御行君だよね?」
「そうですけど……」
その後、放課後に生徒会室に来るよう伝えられた。
****
歴史ある生徒会室は少し古びており、厳格な雰囲気が感じられた。今は優しい笑みを浮かべる現生徒会長しかいないが、人や生活感によって場所の雰囲気は変わる。紅茶の香りも加わって、少しその厳格さは緩和されていた。
「僕が生徒会に、ですか?」
「生徒会の役員は会長が指名することになっていてね。毎年4月は部の連中と人材を奪い合う青田刈りのシーズンというわけなのさ」
どこからどう見ても、ボッチ童貞なやさぐれ状態の白銀に目をつけるとは、生徒会長は面白い人のようだ。社畜適正の高い白銀はさぞ、生徒会庶務として大いに働かされることだろう。
「……なんで僕なんですか? 僕より優秀な人はいっぱいいます」
成績や能力で考えれば、確かにそうだけれど。
「例えば、ここにいる筑紫だって」
「俺に風紀委員と兼任しろだなんて、白銀生徒会役員さんは鬼ですか?」
俺より成績よかったじゃん。
それは白銀が本気で勉強していた頃だけどな。
「あっ、えっと、まだ決めたわけじゃなくて! こいつが勝手に!」
「わかっているよ。2人は仲がいいようだね」
フッと笑みを零して、会長は紅茶を飲む。
華道部に所属していることもあって、品格が感じられる。慣れない手つきでカップを持っている白銀や俺が、ますます庶民だな。
「惜しいけど、君は風紀委員でなかなか充実した日々を送っているようだからね。応援するよ」
応援、ね。
動き始めた段階なのだが、もう耳に入ったか。
「そうだ。他にも、あの学年1位の人とか相応しいと思いますよ」
「氷のかぐや姫、のことかな?」
「うちの白銀君、なかなかお目が高いんですよ」
白銀から『お前は誰の味方だ』という視線を向けられたが、俺は君の味方だ。
「四宮財閥のご令嬢の他にも、四宮分家、ガルダン・アーサラム王国、指定暴力団組長、政治家、出版社社長などなど、1年だけでも選びたい放題ですね。生まれた『家』で見るなら」
「よく知っているね」
「……俺たちって、入学して1週間しか経っていないよな?」
肝心の四宮かぐやの情報が入ってこないけれどな。
「ともかく! そんなに候補がいるじゃないですか。僕なんて混院……外部生ですし、特待枠の中でもドンケツの補欠合格です。何の取り柄もないですから……」
「それで良い」
膝の上で手に拳を作り、俯いていた白銀が顔を上げた。
「我々はこの秀知院という箱庭の中で生きてきた者ばかり。だから、外の世界をフラットな視点で見てきた人材が1人は必要だと思っていてね。ぜひ君の見識を活用させてほしい」
「……でも、他にも混院の生徒だっているはずです」
相変わらず、白銀は自己評価が低い。一度探りを入れたが、ほとんど父親と離婚しているような母親によるトラウマが原因らしい。誰かに認められたいという欲求が人一倍強い思春期男子だ。
誰かと付き合って、彼女さんにでも肯定してもらえれば、もっと自信がつくのに。
「まあまあ、今日は生徒会活動を見学するだけでも構わないからさ」
「……それくらいなら」
****
今日のところは、『血溜沼』という学園内の沼の清掃を行うらしい。
「いや、これは、なかなか……」
「よくここまで放置しましたね」
「耳が痛い話だね」
そんなおどろおどろしい名前の沼だが、ただの汚い沼だ。藻が湧いているし、おそらく枯れ葉や枝は沼底から積もっているし、大きな枝も水面から突き出している。本格的な排水管の修理は業者が行うらしいが、その前に軽い掃除を行うために、ボランティアを呼びかけたようだ。
全体的に女子が多いのは、会長のイケメン度からだろう。
「血溜沼ですか?」
「武将の首が今も底に沈んでいる、なんて話もあるね」
この学園、曰く付きの場所が多いらしい。だから、『あり得ないことではない』と思いつつ、俺はネットを手に取った。そして、学ランを脱いで、畳んで地面に置く。
「冗談ですよね?」
「冗談だよ。武将の首を掬ってもゴミ袋には入れないようにね」
2人して、俺の口癖パクるな。
生徒会長から、白銀も渋々とネットを受け取った。
「この沼の水、なんか病気になりそうだよね」
「こんなことなら体操服で来ればよかった」
綺麗な水しか触ったことがないのだろう。
強いて言うなら、海水。
「会長に頼まれたから仕方ないよねー」
「いや、俺とか自主的に頑張ってるし!」
アピールポイントを増やす機会になる。
確かに、ボランティア活動の報酬の1つだ。
「かぐやさん。だれかの首、出てきたりしないですよね~?」
「……出てくるわけがないでしょう」
少し怖がっている声が耳に入ってくる。
怖いもの見たさというわけではないらしい。
「わわっ! あの人、平気なんですかね?」
「……そうね」
そして、俺や白銀のように黙々と作業を続ける人がいる。
生徒会長に頼まれたこととはいえ、本気でやる義務はない。ボランティア精神に溢れている人もいるかもしれない。白銀のように気を紛らわせるために、打ち込んでいるのかもしれない。俺のように、少しみんなとはズレた目的があるのかもしれない。
「あの~」
呼びかける声がしたので、作業を中断した。
セミロングのウェーブのかかった髪に、黒いリボンをアクセサリーとして付けている。真っ黒なリボンで。独特なおしゃれをしているのはこの学園では1人だけだ。
藤原千花。
政治家である藤原大地の次女。
特に、危険な人物ではない。
「えっと、大丈夫ですか?」
彼女の視線は顔ではなく、制服に向けられている。
『頭、大丈夫?』という意味ではないはずだ。
「学ランは無事ですから」
「う、うん。でもなんだかがんばっているな~って」
長袖のカッターシャツは、沼の水が跳ねてかなり汚れている。そして、沼底から掬っていたため、右袖に至っては完全に色が染まっている。確かに、漂白剤と洗濯でなんとかなるレベルを超えている。
「もしこの沼に誰かの生首がずっと沈んでいたら、可哀想だと思いますから」
我ながら、かなりズレた発言だ。
こんなことを真顔で言われたら、引くだろう。
「冗談ですよ。まさか本気にしたんですか?」
「そ、そうですよね!
さすがに冗談ですよね~」
そう、それでいい。
勝手に信じて、勝手にやっていることだ。
しかし、あるかどうかわからないものを闇雲に探すのは、骨が折れる。もし『沼の水全部抜いてみた』をするにも、排水管が壊れているままではどうにもできない。
「キャーッ!」「大丈夫!?」
ドボンという音に少し遅れて、悲鳴
「たすけて!」
助けを求める声。
「えっ、なにがあったの?」
藤原千花の戸惑いの声は後ろへ。
俺は、桟橋の板を力強く蹴った。
「今、助けるから!」
まずは、落ち着かせないといけない。
浮くだけならむしろ服を着ている方がいいのだが。
水の中でもがく女子生徒の腕や足が、俺の身体に当たるが、この程度の痛みが耐えられないほど柔ではない。女子の脇腹を片腕で掴んで、俺たちの身体が沈まないように、平泳ぎの応用で足を動かす。
沼ということもあって、いろいろと足に何かが当たる感触がしている。服を着たままであるので、どんどん体力は奪われていく。
「ロープ!」
そのワードを叫んだことと同時くらいに、女子生徒が飛び込んできた。腰にロープを巻いていることが一瞬目に入ったのだが、自分が溺れている女子を掴んで引き上げる算段らしい。
無茶をする。
その細い両腕で、女子生徒の身体をしっかりと持った。
「いけるぞ!」
「みんな、引き上げるんだ!」
白銀の声で、引き上げられていく様子が目に入る。
「大丈夫!?」
「どこか痛くない!?」
「がぐや゛ざぁん゛ だい゛じょうぶでずがぁ!」
「あーもう! あなたまで汚れるわよ!?」
そういった声が聞こえたことで、一安心。
俺も手足を力強く動かして、桟橋へ泳ぐ。
「筑紫、無事か!?」
白銀の腕をしっかりと掴んで、片手は桟橋を押さえつけるように力を込めて、沼から這い上がる。全身から、びちゃびちゃという音を立てて水が垂れた。シャツの袖で顔を拭うが、むしろ汚れがついたくらいだろう。
「ずぶ濡れ。携帯が生きているかどうかが心配だ」
「ははっ……元気そうだな」
財布は学ランに入れていたことで生きている。でも、携帯2台同時に逝ってしまうのはかなり堪えるから。
生徒会長がテキパキと、女子生徒を保健室へ運ぶよう指示しているようだ。そして、泥まみれの四宮かぐやは颯爽と去っていく。そんな彼女の姿を、白銀は目で追っていた。
「きれいだ」
美人が台無しと言えるほど、背中まで届く長い黒髪から、足のつま先まで泥まみれだ。もちろん、その綺麗なはずの顔も雑に袖で拭っているため、泥に塗れている。そんな彼女でも、白銀は『綺麗だ』とそう評した。白銀はその姿を焼きつけるため、目にかかるくらい長くなっている前髪を手で上げた。
「……俺もなれるだろうか、筑紫や四宮さんみたいに」
惚れたのか。
この学園1の高嶺の花に。
「一目惚れですか?」
「あー、そうだよ! 悪いか!」
伊達に数年間、友達はやっていない。
はぐらかしても無駄だとわかっているようだ。
「あまり言いたくはないのですが……相手は『四宮』だぞ」
友達だからその意志を確認しておきたい。これから彼が歩むのは、決して優しい道ではないからだ。
「そんなことわかっている。追いついてみせるさ」
「意志は固いようだな」
白銀の『家』が一般家庭である以上、学力や人望でトップになることが求められる。運動神経はからっきしだし、音痴だし。世界で頂点に近い財閥のご令嬢である四宮かぐやの隣に立つには、せめてこの学園で頂点に近い位置にいなければならない。
例えば、生徒会長だとか。
「それに、ヒーローは綺麗事だけじゃないからな。このように、泥を被ることになる」
四宮かぐやはまさしくヒロインだった。
容姿に自信がある女子ほど、泥は被らないものだけれど。
「相変わらず、冗談がうまいな。……でも、たしかに大変そうだ」
そして、生徒会長がこちらへやってきた。
「一応、君も保健室で診てもらった方がいいだろう」
「では、うちの白銀君のお世話は生徒会長さんにお任せしますね」
背中に『いつからお前は俺の保護者になった!?』というツッコミをかけられた。
中学の頃、体育の秘密特訓に付き合ってからだ。
原作、どこまで知っていますか?
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