梅雨の時期が近づくにつれて、大きなイベントがある。
湿度がだんだん高く、気温がだんだん高く。そうすると、自ずと不快指数や体感温度は上昇し、できる限り薄着でいたくなる。秀知院学園にも黒いワンピース型の女子制服があるが、夏用と冬用の2種類ある。
「皆さん、衣替えですね~!」
四宮かぐやと藤原さんが並ぶと、驚異の格差を感じる。まあ、俺的には、半袖になったことで見える華奢でスベスベな腕の方が気になる。
「最近ジメジメしてますからねー、すっきりって感じですよ~」
「ええ……はい……すっきりですね。清々しいほど」
四宮かぐやは胸の大きさにコンプレックスがある。
「さて、先の交流会は皆の尽力の甲斐あって無事成功した。ひとまずお疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」~!」
校長のせいで大変だった。
全部校長のせいで。
前日の準備で、個性的なメンバーに指示するところが一番苦労した。
「今日は事後処理の予定だったが、石上会計が既にあらかた終わらせたそうだ。だから、特にやることはないな。よしっ、今日はオフにしよう」
「わーい!」
残念ながら、オフか。
四宮かぐやも少し残念そうな表情をしている。
「じゃあ、かぐやさん、お迎えの電話しなきゃですね」
「いえ。今朝、送迎の車がパンクしたということでお迎えは無いんです。なので、歩きで帰ろうかと」
相変わらずの使いこまれたガラパゴス携帯で、メールを確認している。結局機種交換しないままで、LINEはインストールしていた。
「……え?
大丈夫なんですか?
誘拐されません?
雨の日は証拠残りにくいから狙われやすいんですよ?」
そうだよ。
よく知ってるな、藤原さん。
「不安になるような事は言わないでください」
「いや、さすがに藤原書記の冗談を真に受けるなよ……冗談だよな?」
「冗談でしょう」
会長にとってはフィクションでのみ起こりうることだ。実際のところ、作戦の時間制限があるが、街中でもそういう活動は可能だ。ヒーローの中で戦闘力のないメンバーは、囮か時間稼ぎを行うことが主流である。特に、サイボーグは次々と世代交代しているため、どうしても旧式の人たちはそういう役割に回るしかない。
まあ、徒歩でも早坂愛が密かに護衛するだろう。
「単独行動するよりはマシでしょうから、この4人で帰りましょうか」
「おおっ! つくしくん、ナイスアイデアぁ!」
今まで、この4人で同時に帰ったことはない。特に、四宮かぐやはそのような『偶然』が起こらない限り、送り迎えは四宮家の専属の送迎車だ。そう言えば、先日は珍しく、会長と2人乗りして朝登校していたな。
本当に偶然か?
「こう見えて、誰かを連れて逃げるのは得意ですよ。もちろん、囮になるのも」
「そこは守ると言ってほしいものですね、川田さん」
「ですね~ちぎっては投げしそうですのにね~」
「まるでそういうことに巻き込まれたことがあるような……」
「気のせいでしょう」
そんなことを話しながら、玄関までついた。
今日は昼から雨が降り始めている。
日曜日の記録的豪雨の影響もあるのか、今日は全体的に部活動を行っていないようだ。校門へ向かっていく生徒の中には、1本の傘を2人で共有する『相合傘』をするカップルや友人が見受けられる。
「あっ、帰る前に私トイレ行ってきますね~! わ~もれちゃうもれちゃう~」
お可愛いこと。
藤原さんがドタバタと走っていった。後輩の石上優からは本当に女子かどうか疑われるほど、彼女には恥じらいというものがない。
だから、スキンシップして勘違いしちゃう思春期男子が現れるんだ。俺含めて。
「しまった傘を忘れた」
「どうしましょう傘がありません」
会長と四宮かぐやの声は、同時だった。
そんなに相合傘したかったのか。
「お二人が忘れ物なんて珍しいこともあるものですね」
「ええ、普段は送迎があるのでうっかりしていました」
「いや、その、俺は天気予報を見損ねてな」
嘘だろうな。
暇つぶしに、駆け引きを見るけど。
「なぁ、四宮。雨が降った日に限って、車がパンクしたことは偶然かもしれない。」
「あら、何が言いたいのでしょう?」
なんだか逆転裁判やってる気分だな。
知ってるか、こいつら両片想いなんだぜ?
「今日は徒歩で帰ることが、朝にはすでに判明していたはずだ。お前ほど計画性のあるやつが傘を忘れる、なんて事あるのだろうか。」
「私も人間ですから、多少のミスはありますよ」
会長関連にならないと、ミスしたところは見たことはない。
「それは家の人からも?」
「ええ。準備は私が行いますし、持っているものと判断されたのでしょう」
早坂愛が尋ねないはずはない。
護衛の彼女はすでに校門でスタンバってるし。
「計画性というならば会長も。先ほど天気予報を見損ねたと言っていましたが……」
「それがどうかしたか?」
会長の主張の方が矛盾は多い。天気予報を見損ねたというミスが自発的原因すぎる。
「ええ。会長はいつも自転車で通学をしていますよね。でも、会長のママチャリが自転車置き場になくて、つまり今日は電車で来たと……」
「ほ、ほう?」
四宮かぐや。貴様、見たな。
自転車の有無を事前にチェックしたな。
「会長は自転車だと傘は差しませんし、雨合羽も好みません。だから、雨の日は電車で登校する。あら、今日の朝は晴れていましたよね?」
「電車で、来たし、晴れて、いたな」
そこに生じたのは、矛盾だ。
散りばめられた情報をもとに誘導された。
「この1日晴れかもしれないのに電車だなんて、節約趣味の会長が運賃を払うとは考えられません。計画性のある会長は毎日、天気予報を見ているのではないでしょうか?」
「そ、そうかもしれんが、何が言いたいんだ?」
苦し紛れの返答である。
それで相手の攻勢が緩まるはずはない。
「人間誰しも勘違いはありますからね。もしかしたら傘を忘れていると思い込んだだけかもしれません。……会長、鞄の中を調べてみては?」
四宮かぐやはあえて、逃げ道を用意した。会長が荷物を調べるだけであるかどうか証明できることだ。彼女はまるで『計画通り』のような、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そ、そうだな。見てみようか……」
晴れのち雨の天気、当日朝に起きた送迎車のパンク、自転車の有無の確認、そのすべてが四宮かぐやが立てた計画だった。さっき『天気予報を見損ねた』と思いついた会長と比べ、あらかじめ入念な準備をしていた。それは誇るべきことだ。見習おう。
会長は自分の鞄を探るフリをする。
「か、傘……傘は……」
「傘、忘れたんですか~」
イレギュラーが発生した。
「次から気をつけてくださいよっ!かぐやさんのうっかりやさん♪」
びしって、決めポーズをしている。
お可愛いこと。
「あ、あら、それでは藤原さんが濡れてしまうわ」
藤原さんは傘を無理やり握らせている。対して、四宮かぐやは最大限のアドリブ力を発揮した。
「だいじょーぶです!つくしくんに入れてもらいますから!」
「……ん?」
今、何を言った?
ぴょんぴょん飛び跳ねるかのように近づいてきて、見上げてくる。
「あれ~、会長と相合傘の方がよかった?」
「………いや、全くそんなことはない。それならむしろ走って濡れて帰るまである。」
キラキラとニパァって笑みを零して、『かぐやさんたちも一緒に帰ろう~』と気軽に告げた。やがて、俺たちの真似をするように、2人からそれぞれ歩み寄った。
「ま、まあ。傘はこの1つしかないからな」
「そ、そうですね。濡れるわけにもいきませんし」
玄関から一歩踏み出すと、ポツンと雨音を立て始めた。
身長差があり、どうしても俺だけが傘を持つことになる。我が物顔でルンルンと歩く藤原さんの右肩が少し濡れてきている。
だから、少しそちらへ傾けると、口を尖らせて人差し指で『メッ』ってしてくる。
「相合傘なんてしたことないから、役不足かもな」
「いやいや~上手だよ~」
これで上手いのか。
ブラウスの半袖は透けてきている。
「私も男子とやるのは初めてだよ♪ 背、高いね!」
「ありがとう、と言えばいいのだろうか」
ほんと、天然あざといこと。
「ねぇねぇ、どこかに寄り道とかしないの~?」
「しないからな」
買い食いとかしたら叱られるだろう。
『ぶ~ぶ~』と言いながら、不満そうな顔だ。
「そういうのはもう少し大人になってからだろうに」
「えっ、あっ……うん」
不機嫌になったり、嬉しそうにしたり、俯いたり、なにかと忙しいな。いやはや乙女心はよくわからない。