藤原千花を独占したい   作:ヒラメもち

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第10話 第1回秘密特訓@体育館

 我らが生徒会長、白銀御行は天才である。

 

 彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。

 

 中学の頃、初めて出会った時もそうだった。

 

「……どうだった?」

「中学の時より酷いです」

 

 部活もすでに終わり、とっくに下校時刻は過ぎている。静まり返っている放課後の体育館、そこに俺たち2人がいた。

 

「投げますよ~」

「来いっ!!」

 

 転がってきたバレーボールを超優しく下投げするも、キャッチしようとした彼の手に当たって跳ね、前方にコロコロとバレーボールを転がした。これもできないとなると、ドッジボールすら危うくなっているだろうな。

 

 今度は地面を転がしてやった。

 あっ、ボールに躓いてこけた。

 

「もうちょっと肩の力を抜いてください」

「お、おう!こうかっ!!」

 

 腕の力で大きく振りかぶった手を、バレーボールに叩きつけた。

 

 ネットで跳ね返るのはともかく、どういうわけか自分自身の顔面でキャッチする。痛そう。

 

「会長、誰かが来ます」

「もうこんな時間だぞ。忘れ物をしたバレーボール部員だろうか?」

 

 閉め切っている体育館の扉が開く音がした。

 

「……藤原さんですね」

「………藤原書記なら問題ないな」

 

 葛藤も、一瞬のことだったようだ。

 

 トテトテと靴下を履いた足でこっちへ歩いてくるが、転ぶことはない。体育を見る限り、藤原さんの運動神経は悪くはない。

 

「藤原書記、まだ帰っていなかったのか」

「部活終わって生徒会室行ったら誰もいなくて、もしかしたら電気ついてるここかなって」

 

 テーブルゲーム部で熱中してしまったのだろうか。

 

「えっと~、2人でバレーボールですか? なんで2人で?」

「今度バレーボールの授業が始まるだろう。サーブの練習だ」

 

 ほへ~と呟いている藤原さんはバレーボールをお触りして、ニコニコしている。それはもう、ボールやおもちゃを見つけた小動物のように、キャッキャッしている。

 

「会長、サーブできないんですか~ へぇ~!」

 

「実は会長はスポーツだめだめなんだけど。頑張ってそれを隠していて、『生徒会長の俺ってなんでもできる』イメージを入学早々作っていることで、もう後戻りができない」

 

 体力は人並み以上にあるのだが、センス×である。そういった短所を上手く隠して、長所ばかり見せている。外部入学生でありながら、生徒会長になれた理由だ。従って、藤原さんが抱いていた『会長像』が崩れ落ちた。

  

 『まじ?』みたいな顔をしている。

 

「ぐっ、そういう藤原書記はできるのか? だってジャンプサーブだぞ、難しいからなこれ!?」

「失礼ですね。私だってバレーくらい普通にできます、よっ!」

 

 ほんのちょっとだけ、ぴょんと跳ねてジャンプサーブであり、ボールは緩やかな軌跡を描いた。

 

「すげぇぇぇ!なんて洗練された美しいサーブなんだ!!」

「ネット越えましたね。会長と違って」

 

 残念。

 スカートの中、見えなかったか。

 

 そんなことを思いながら、一度バウンドして転がっていくボールを反対のコートまで俺は取りに行く。

 

 

「つくしく~ん! まず会長に見本見せてあげて~!」

 

 こっちからサーブしろということだろうか。

 よーしかっこいいとこ見せちゃうぞー(棒)

 

 右手にあるボールをやや前方に上げて、助走をつける。さらに両足のバネを使って、ボールに追いつくイメージでジャンプ。全身を反らしてから、思い切って腕を振りぬく。

 

 ボールは、ネットを越えた先に叩きつけられた。

 それは音でよく分かる。

 

「きゃーっ!すご-い!」

 

 キャッキャッしている。

 これが黄色い声援の効果か。

 

「今は制服なので、及第点ですかね」

「自信失くすわ!?」

 

 それは困る。

 実際、予想より回転がかからなかったけれど。

 

「冗談ですよ。わりと本気でやりましたし、この段階までは求められていませんって」

「さあ、会長も何回か打って見せてください!問題点を洗い出してみましょう!」

 

 どうやら、藤原さんもコーチになってくれるらしい。

 

 第一、手のひらにボールが当たることが珍しい。たとえ当たったとしてもボテボテのゴロになるか、ネットで跳ね返ってくるか、最悪の場合、間違えて自分の頬を叩くまである。まして、ボール拾いをしている俺からの、思いやり全開のはずのパスをろくにキャッチもできない。

 

 この苦労を分かち合ってくれるとか。

 あなたは女神か?

 

「どうして、そうなるんですか……?」

「俺にもわからん」

 

 会長の運動神経は壊滅的だ。

 そこに理由はなく、自明のことである。

 

「えっ、いつもこういうことやってるんですか!? 体育の度に!?」

 

「まあな。中学からの付き合いだ、会長とは」

「筑紫にはよくお世話になっております」

 

 深々と、頭を下げられた。

 

 中学時代ボッチで彼が1人で黙々とやっていた時はろくに成果が出ていなかった。しかし来る日も来る日も諦めない。それをさすがに見かねて、俺は手伝い始めた。今のように『スポーツ上手いね』というイメージがつく程度に、効果が表れたのは高校入学後からだ。

 生徒会長になってからは、ますますハードルが上がっている。

 

「まずですね!ボール打つ時は目を開けてください!」

「球技の度にそうだよな、この運動音痴」

 

 一度、何かトラウマがないか探ったことがある。

 全くなかったけど。

 

「あいてない!!」

「本当か!?」

 

 むしろ開けているつもりになっていたのか。

 

「たぶん会長は自分のイメージと実際の動きが噛み合っていないんです」

「ほ、ほう」

 

 藤原さんの言うことは納得できる。そう考えるなら、さっき本気を見せたのは失敗だったか。でも俺も思春期男子なんだもん。

 

「1つ1つの動作を丁寧に!確実に! まずはジャンプしたまま目を開ける練習からです」

「ボールから目を離さないことがコツではありますからね」

 

「ああ、続けていくぞ!」

 

 

****

 

それから。

3日間、放課後練習を続けた。

 

****

 

 まあ。

 3日でどうにかなるなら、苦労していないけれど。

 

「会長、もう良いんじゃないですか……」

 

 体力が人並み以上ある会長が、体力切れを起こしていた。普段の生活に加え、バイトも行い、『人のそれ』を越えているくらい睡眠時間を削った上での特訓だ。勉学の天才の保持を行いながら、文武両道を目指しているからこそ、血反吐を吐く一歩手前の努力が続いている。

 

 すでに帰っているが、生徒会室では四宮かぐやも心配そうな目で見ていた。

 

「だって。普通の下手な人くらいにはなってますし!」

 

「……いや、それではまだまだだ。筑紫、ボールを」

 

 俺はバレーボールを床で緩やかにバウンドさせ、上手く彼の膝に当てるように転がす。

 

「どうして、そんなに頑張るんですか?」

 

「俺はカッコ悪い所を見せたくないからな……見せるならやっぱりカッコ良い所だろう」

 

 それが思春期男子だ。

 それでいて努力することを途中でやめない。

 

「はっ!それってもしかして好きな人にですか!?」

 

「何言ってるんだ! ぜ、ゼンゼンちげーから!」

 

 やっぱり、藤原さんって生徒会室で起こる恋愛の駆け引きに全く気づいていないのか。後輩の石上は薄々勘づき始めている。

 

 

「……よしっ!」

 

 今にも崩れ落ちそうな両足を揃えてジャンプし、高く上がったボールを決して見放さない。筋肉痛で痛むだろう腕でその中心を射止める。

 

 ボールはネットを越え、良い音を立てた。

 

「や、やったーっ!ネット越えましたよ!」

 

 藤原さんはわんわんと泣き始めた。 

 ここ数日、真剣に世話焼きしていたからな。

 

「ああ。2人のおかげだ……」

 

 会長も手ごたえを感じているから、ジャンプサーブについては体育の時間を乗り切れるだろう。あくまで、ジャンプサーブができるようになっただけだ。

 

「それでは。休憩後に反復練習を行い、トスの練習を始めましょう」

「ああ。ようやく次の段階だな」

 

「ヴェアアア!?」

 

 ハッピーエンドはまだ遠い。

 

 

 

****

 

 1週間後、体育で活躍する会長が称賛されていた。女子の黄色い声援を受けて、ますます活躍を見せる。

 

 もちろん、四宮かぐやも見惚れている。それはいつものことだけど。

 

「これからわたし、会長のこと尊敬するのやめますね……」

 

 呆然としている藤原さんが呟いた。

 

「次もよろしく」

「二度とごめんです」

 

 真顔で伝えられるのはショックだな。

 会長が。

 

「こういうことに、つくしくんはいつも手伝ってるの?」

「まあな」

 

 なぜ?という風に首を傾げた。

 いつも通りぐいぐい来るね。この女子。

 

「……会長のジャンプサーブって、なんだか全てを込めて打っているように見えるんだ。必死で泥臭くて、普通の思春期の男子っぽくて、そういうのをいつの間にか俺は目で追っていた」

 

 生まれた時に人生が決められていると気づかされた瞬間から、ずいぶんと冷めていたと思う。

 

「うん、わかるよ。私もなんとかしてあげたくなったもん。でも、つくしくんはちょっとね?」

 

 過保護、それは自覚している。姉さんからはそういう経験も踏まえて度々忠告されるが、納得はしていない。会長と関わることで俺も自分で選ぶことを決めるようになれた。自分のしたいことをしようって思えた。

 

 俺は変われた。

 

 実際のところ、中学の頃は、運動部によく誘われてきた。それを断る度に『もったいない』という言葉を浴びせかけられた。そして、当時の『白銀御行』には魅力があるのかと問われた。もちろん、その時の俺は『裏』のことで精一杯なところはあったけれど。

 

「まあ、なんというか、中学の頃に会長に救われたわけで、恩人だし」

「なんだかそれって、さびしいね」

 

 誰からも『天才』なのだと賞賛されている彼は、四宮かぐやにちらちらと視線を向けていた。秘密特訓という影の努力を知らない人たちよりも、努力した成果である『天才』を最も見せたい人がいる。

 

 なんとも子どもっぽくて、思春期男子っぽい。だから面白い人だ。

 

「きっと、会長もそう思ってますよ。だって、会長にとってつくしくんは1番の友達ですもん!」

 

 会長と視線が合った。

 成果を見せたい人に、俺は入っているのだろうか。

 

 

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