四宮かぐやは弓道部、藤原さんはテーブルゲーム部、そちらに参加しているタイミングを上手く見て、生徒会会計の石上優は生徒会室へやってきた。普段は仕事を持ち帰っている彼が、珍しくソファに腰を落ち着けた。
「生徒会、辞めたいんですけど」
「ほう……」
目が隠れるほど伸びっぱなしの髪、常に首から下げているヘッドホン、裾を出したままのワイシャツ、彼は生徒会メンバーの中では唯一の1年生であり、データ処理のエキスパート。
「勘弁してくれ!!」
彼を任命した生徒会長自ら、大きく頭を下げた。
今期生徒会が発足し、彼が生徒会入りするまで、パソコン上でのデータ処理は俺や会長が行っていた。ド天然の藤原さんに会計を任せることはできず、機械音痴の四宮かぐやは頼りにならない。その関係を伏せている早坂愛をスカウトしようかと、本気で悩むレベルの激務だった。
「何か辞める理由があるのですか?」
「……僕、たぶん殺されると思うんです、四宮先輩に」
挙動不審になりながら、それを告げる。今は、監視カメラも盗聴器も今はないから安心してほしい。
「四宮がなんで!? 根拠はあるのか!?」
「眼です……たまに恐ろしい眼で僕を見るんです」
まあ、『覇王色の覇気』を持っているのかと疑うのはわかる。
「あれは……テーブルの下に貼りついていた、喫茶店のコーヒー無料券を見つけてしまったときでした……」
『わ~このケーキ美味しそう~』
『駅前にオープンしたカフェのようですね』
『だがこういう喫茶店はなかなか高いからなぁ。どうせここでも紅茶やコーヒー飲めるし』
『ふふ~!もっと褒めてくれていいですよ~!』
『ですが、たまにはこういう喫茶店へ行ってみたいものです。どこかに割引券でもあればいいのですが……』
『もしくは、1年分コーヒー飲み放題にしてもらうとかですね』
『なんだそりゃ』
『風の噂で聞きました』
『あの、先輩方、割引券ならここに……』
「と、まあ、こんな感じに、その後何があったのかは……脅されているので言えません」
「なるほど。石上会計が四宮かぐやに喧嘩を売ることは、覚悟を持った方がいいですね」
「いやいや、なんで筑紫は分かったような顔をしてるの!?」
恐怖を味わった石上会計の表情から、分かるだろうに。
何もかも分子分解させる能力を持った全身包帯のサイボーグから逃げた時の、俺の表情とそっくりだと思う。彼女が討伐されたと聞いた今でも、クリスマスソングを聞くだけでトラウマが蘇るレベルだ。
「川田先輩の言う通りです。あの人多分、暗殺術を極めてます」
「四宮グループの護身術でしょうか、気になりますね」
「いやいやいや、そこまで鍛えられている風には見えないぞ!?」
あの身のこなしからは、ある程度は鍛えられていることがわかる。むしろ俺的には、早坂愛がどれくらいの実力を持っているかが気になるけれど。
「藤原先輩なんて僕よりも危ないですよ。時々、藤原先輩を人として見てない眼をしています。川田先輩も凄い危ない眼で見られていますからね?」
「いつでも反撃できるように身構えているので。ご心配なく」
「えっ、いつもなの!? この生徒会室でバトル起こりそうだったの!?」
そりゃあ、いつ狙撃されるかわからない。
スナイパーを雇える財力と権力がある。
「冗談です。だって、2人は親友で、副会長と俺は同じ生徒会の仲間でしょう?」
「そ、そうだよな!」
「いや。僕からすれば、会長だって危ないですよ」
会長の貞操が危ういのは確かだな。
「心当たりないですか?」
「そんなことあるはずが……」
生徒会室の扉が開かれた。
2人それぞれ部活に行ったと思っていたが、今日は演劇部の助っ人だったらしい。白い服は赤い塗料で返り血かのように見せており、四宮かぐやの手には、よくできた演劇用の玩具の包丁が握られていた。
「……あら、石上くんが来ているんですね。会長、どうかしましたか?」
「ひっ!」
「ま、まて!四宮!」
2人して、生徒会室の奥に追いやられている。
へっぴり腰だな。
「2人ともこれは演技で……」
視界に入ったのは。
包丁が胸に刺さった藤原千花
「どうした千花!?おい、目を開けろよ!?」
ぐったりと倒れ込んできて、生気は失われていき……
「つくしくん、たすけて」
「待ってろ、今すぐ病院に運ぶから!」
しあわせ草使って助かるのか。
最悪、再生能力持ちの人の遺伝子で。
「まずは包丁抜いて、傷口を抑えないと」
すでに、この出血量だ。なんとか少しでも……
この包丁、ずいぶんと柔らかいな。
ん?
コレ血液ジャナーイ!?
「えへへ~大袈裟ですよ~!」
「……ああ、うん、わかってたよ。最初から」
やばい。
超恥ずかしい。
「てへっ♪ かぐやさんに刺されちゃいました!」
「2人で演劇部の助っ人に駆り出されて、今日はその衣装合わせなんです」
「演技上手ですね、川田先輩」
「それな。すごい迫真だったぞ、筑紫」
全員でニマニマしてくる。恥ずかしがる表情を見せたら、また揶揄われる。
おそらく、この脚本及び筋書きを考案したのは。
「小道具まで持ってきて……休憩ですか、四宮かぐや?」
「ちょっとした悪戯心でしたが……おもしろいものが見れましたよ、川田筑紫」
『お可愛いこと』そう伝えてくるような笑みだ。それなら、その余裕の笑みを崩してやろうか。
「確かに。貴女なら演技派女優を目指せますね」
藤原さんに刺さっていた包丁を構える。
「貴方こそ。ずいぶんと迫真の演技でしたこと」
対して、四宮かぐやは包丁を逆手持ちした。
「……まあ、いいでしょう」
「あら、今回は私と藤原さんの勝ちのようですね」
「よくわかんないけど、やったーっ!」
素直に喜んでいる藤原さんは実に微笑ましい。いつもよりゆったりした服で、いろいろと揺れている。
「いやいやいや、さっきのやり取り何だったの!?」
「こえー!やっぱりこの先輩たち、超こえー!」
失礼な。
これでも、ヒーローの弟分なのに。
「ところで、石上君……」
「は、はい、なんでしょう」
四宮かぐやは、ニコリと微笑んだ。
その手にはいまだ血塗れの包丁がある。
「あの件、黙っていてくれて嬉しいです。それと、生徒会を辞めるだなんて言わないでください。私としても惜しい人材ですから、ね?」
石上は生徒会を辞められなかった。
****
(番外編)
女三人寄れば姦しい、と言われるように女子が3人も集まればキャッキャウフフである。それは男子高校生3人にあてはまる場合もあり、たまには恋バナというものをするのである。
生徒の悩みを解決するべく、生徒会長は今日も相談を受けつける。
「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
女子メンバーが席を外しているから、お茶請けは俺の担当だ。最近、コーヒーミルの使い方や紅茶の淹れ方をそれぞれ1度だけ聞いたが、なんだか性に合わなかった。庶民だし。
自分で淹れることとプロに淹れてもらうことは、話が別だ。ヒモはいいぞ。
「べ、別に、あなたのためじゃないんだからね。自分が飲みたかっただけ」
「「急にどうした!?」」
男のツンデレって誰得なのだろう。
「という風に、味気ないインスタントコーヒーにスパイスを効かせてみました。あくまで一例を示しただけですが、田沼翼さんもお可愛い彼女さんに頼んでみれば?」
「……なんかいいですね」
「……それな」
2人のお気に召したようだ。
柏木さんには引かれるかもしれないけれど。
「ちなみに俺はこれを『ツァンディレ』と名付けます」
「話をややこしくするな。さて、恋愛相談ということだが……」
「僕、柏木さんと手を繋ぎたいんです!」
どんな惚気話をされるのかと身構えていたが、1ヶ月付き合っていてもあまり進展はしていないようだ。えっちぃ相談をされるかもしれなかったので、会長もどこか安心した表情だ。
「いいか。手を繋ぐなんてのは簡単だ」
会長にとって、四宮かぐやと手を繋ぐことは簡単じゃないだろうに。
「クルーザー借りてさ、水平線に沈む夕日を眺めつつ、ふと触れ合った指先を意識して俯いた彼女に微笑みかけながら握ればいいだけさ」
そう語った。
田沼翼は恋愛百戦錬磨()に感嘆している。
「……クルーザーを借りると手を繋げるんですね」
さあ、気づけ。
「でも、さすがにクルーザーを借りるお金なんて」
「じゃあ、バイトしようぜ」
どうしてそうなった。
親指を立ててバイト勧誘し始めた。
「豪華客船じゃなくてもいいんだ。小さい船なら2万で借りられる」
「しかし、その金額だと、船を借りただけになりますね」
さあ、気づけ。
「僕、免許持っていませんよ」
「小型船舶免許で十分だ。結構サクッと取れるからオススメだぞ」
どうしてそうなった。
会長は、自分の免許をわざわざ見せびらかす。
「……バイトと免許の話はひとまず置いておいて、手を握るのはスキンシップの1種ですよね。お互いに恥ずかしがるのは当然のことかと」
全く恥ずかしがらずに、スキンシップしてくる女子も生徒会にいる。ド天然すぎる。
「そうなんです。僕、汗っかきでして。緊張しちゃうとべちゃべちゃになるから、その手で柏木さんの手を握ると考えると、なんだか僕、嫌われないかと心配になりまして」
相手もべちゃべちゃにすればいいと思うよ。それか、理性で緊張を抑えつけるか。
「男は度胸だ もし嫌われたときは どんまいって言ってあげる」
「ひどくないですか!?」
空のコップに、インスタントコーヒーを注いでやった。
「まあ待て、筑紫。これは想像以上に難しい問題だぞ」
そうだったのか。
「君は手掌多汗症なのでは?」
「よくわかんないけど、たぶんそうです」
おい、医者の息子。
藪医者に騙されているぞ。
「やはりな。手掌多汗症の手術は10万前後はかかるぞ」
「そんな!? クルーザーより高いなんて!?」
「わー、それはたいへんだー」
バイトついでに、社会に揉まれてこい。
「ちょうど俺の働いている所で、夏休みのバイトを募集している。筑紫もどうだ!?」
「いつも通りお断りします」
NOZAKIよりブラックだし。
会長の社畜適正は呆れるレベルである。
「目標の金額まで夏休み期間、大体40日もあれば足りるな。まあ、それだけ働いてもらえれば向こうも満足だろう」
「そ、そんなに!?」
船舶と免許と手術、全部込みだろう。
ひどい勧誘を見た。
「会長、今年も夏休み全てバイトする気ですか?」
「まあ、そうなるな」
それは四宮かぐやがかわいそうだ。
そろそろ止めるか……と思っていると。
「そこの男子の恋バナ、ちょっと待ったーっ!」
生徒会室に現れた救世主たち。
「虫眼鏡の色はピンク色!
これがホントの色眼鏡!
ラブ探偵団、ここに参上!」
なんだろう、その決め台詞。
お可愛いこと。
「ラブ探偵チカ、ラブ探偵補佐カグヤ様、よく来てくれました」
「私は違いますから……うぅ、はずかしい」
探偵帽を被らされている四宮かぐやも、ラブ探偵チカに連れてこられたようだ。同じ帽子を被っているから、2人は相棒にしか見えない。
「それで~、どういう恋バナなんです?」
「ここにいる田沼翼くんが、付き合っている柏木渚さんと、手を繋ぎたいらしい。オーケー、ラブ探偵チカ?」
オーケー♪って元気よく返事してくれた。
「なんで言うんですか!?」
男の友情を感じてくれていたのか。
なるほど。感動的だな。
だが無意味だ。(※好きな人の好感度稼ぎ)
「ふむふむ!なるほど!手を繋ぎたいと!……えっ、そんなの、普通に繋げば良いじゃないですか」
ほら、と俺の手を握ってきた。
なんで見本に俺を選んだ。サンクス。
「は~ん、男子の恋バナってその程度なんですね。3人ともお可愛いことですね~?」
「ですね。男も女も度胸だ、2人とも」
童貞キラーめ。
いつか後悔させてやるぞ(※三下の台詞)
やっばい、めっちゃ緊張する。
「藤原書記、手を繋ぐことは悩むまでもないということか?」
「そうです。
すっごく緊張して、手に汗かいちゃって恥ずかしいのに!
なのに!
なのにですよっ!」
田沼翼くん、ごめん。『相手もべちゃべちゃにすればいいと思うよ』なんて冗談だ。理性で緊張を抑えつけていても、俺は思春期男子特有の本能には勝てなかったよ。
「それでも頑張って手を繋いでくれるから良いんじゃないですか♪」
「俺もこう見えて、超頑張っているから」
「いや、筑紫、お前。いつも通り無表情なんだが?」
いやいやいや、これ以上はヤバいって。
そう思っていると、ぱっと手を放して、にへらって微笑んでくる。いまだ温かみがあり、汗で湿りきった手を隠すように、俺は右手をズボンのポケットに入れた。
嫌われるか心配になるの、俺もよくわかったよ。
「僕、頑張ります! 僕も度胸出します!!」
「はい!がんばってください♪」
「ホンマ頑張ってな」
これはキャラ崩壊もしますわ。予想以上にキツかったから、ほんと頑張ってほしい。
「頑張るだけでいい……じゃあ、バイトは……? クルーザーは? 手術は?」
「え~そんなの関係ないですよ~」
会長は、膝から崩れ落ちた。
「負けた、また藤原書記に負けた」
「会長、私でも藤原さんには勝てませんから」
「なんかよくわかんないけど、みんなに勝った~っ!」
お前がNO.1だ。
後日、デートで無事に手を繋げたらしい。
田沼翼はまた俺たちを超えていく。