我らが生徒会長、白銀御行は天才である。
彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。
中学の頃、初めて出会った時もそうだった。
「……どうだった?」
「3月の卒業式前に練習した時より酷いです」
部活もすでに終わり、とっくに下校時刻は過ぎている。静まり返っている放課後の音楽室、そこに俺たち2人がいた。
「まあ、俺もあまり得意というわけではないですが」
「いやいや、俺が言うのもなんだが、結構ひどいからな?」
失礼な。
校歌の音源を音楽教師から借り受け、それを耳コピしながら歌う。もちろん、実力の向上は見受けられない。
「救いは、まだ合唱ですから」
「来週も乗り切るしかないよなぁ」
そこで音楽室の扉が勢いよく開かれた。
「2人とも!ようやく見つけましたよ!!」
「なんだ、藤原書記か」
「見つかりましたね」
秘密特訓がバレるのはバレーボール以来だな。
なんつって。
「猛省してください! みんな憧れの生徒会役員ともあろう人たちが校歌を口パクだなんて!!」
この学園の週始めの朝礼では校歌を歌う。内部進学生からすれば、飽き飽きするほど歌っていることだろう。だから、入学当初、歌詞すら覚えていない外部入学生は少し肩身の狭い思いをする時間だ。
「俺たちの完璧な口パク術を見破るとはなかなかやるではないか」
「かなりの精度まで仕上げましたからね」
「しゃらぁー! これでも指揮者ですから気づきましたよ! ようやくですけどね!!」
元天才ピアニストであるし、その音楽の才能は高い。
指揮者としてもプロ並みの実力を持っている。
「まあ、待て。俺たちにも事情がないわけではない」
「へぇー、なんですか?」
この流れは、前回と同じようなことになるのだろうか。
「ちょっとだけ音痴なんだ」
「スポーツならともかく、こればかりは一時的な修正もできなかった。なぜなら俺も音痴だから」
「へぇ~ つくしくんにも苦手なことあったんですね~ むふふ~」
だが、音楽の天才である藤原千花ならば、救世主になってくれるかもしれない。
「「よろしくお願いします」」
「土下座!?」
先程まで使っていた音源のスイッチを入れた。
何度も聴いた伴奏が流れ始める。
「(棒)」
「ぼぼえ~ぼえーー」
「いやあああああ、誰かたすけてぇぇ!!コレウタジャナーイ!!」
まずは現状確認をと思って歌ったのだが、1番も歌わせてもらえなかった。
「ヒドイ!壊滅的!致命的音痴!!」
「……そこまでだったか?」
「これでも、校歌ならなんとかなると思うんだが」
「会長は音程外しすぎ! つくしくんは棒読みすぎ!」
中学の頃の音楽教師に言われたことそのままだ。クラス対抗合唱コンクールの時も、クラスメイトからも笑顔で『口パクでいいよ』って言われたことを思い出した。
「私の交際相手の条件に『音痴じゃない人』って項目が新たに追加されました!ぷんぷん」
「音痴でまじですみませんでしたぁぁぁぁ!」
「筑紫ぃ!? お前はそんなに音痴であることがショックだったのか!?」
これからの幸せを全否定されたんだぞ。
お前に何が分かるんだぁ!!!
「と・に・か・く! バレーボールの時より苦労しそうですが、私が教えてあげますから!」
聖母、天使、女神、どれが当てはまるだろう。
文末でアンケート取ります。
「まずは、歌じゃなくて、単音で正しい音を出してみましょう」
「何事も基礎からか」
「俺たち、とりあえず耳コピしようとしていましたね」
ソ~♪
うわ、すげぇ美声。
これがたぶん『ソ』だな!
「はい、一緒に!」
「ソ(レ)―♪」
「ソ……ん?…‥そー」
「ソはこれ! レはこれ! つくしくんはまず歌って!!」
ピアノの鍵盤を叩きながら、ゼンゼンチガウデショ!と迫真な顔をしている。
なお、俺たちは押し黙るしかない。
「じゃあ、私がソの音を出しますから、よく聴いて同じ音程の音を出してください」
ソ~♪
うわ、めっちゃ綺麗
さらに、藤原さんはチョークを握った。
「はい、一緒に! ソ~♪」
「ソ(レ)~♪」「ソー」
『もっと高く』『もっと肩の力抜いて』
「ソ(ミ)~♪」「ソ~」
『もっと高く』『もっと心こめて』
「ソ(ソ)~♪」「ソ~♪」
『これがソのユニゾン 私たちは今
おんなじ音を出してます』
『きもちーでしょ♡』
めっちゃ気持ちィ!
「これが音色を聴いて、歌うってことです。」
「なんかとにかく綺麗だった」
「俺も、初めて『音楽』を理解した気がする」
好きな人の声に合わせて歌える、これが音楽か(※思春期男子)
「じゃあ、ピアノに合わせてみますね。せーのっ!」
「た~かき…ん?……みるー」
「ほげぇ!ほげー」
藤原さんは頑張った。
音楽の天才にとって音程が手に取るように分かる。俺たちの壊滅的に織り交ぜられる音程をMixした歌(※雑音)をBGMにして、校歌を1番とはいえ、弾き終えた。
「吐きそう!! 以前のは一周回って、可愛げのあるなまこの内臓と機械音だったのが、中途半端に音を拾ってる分、普通のジャイアンとスネ夫です!! 無理です!!」
「無理!? まじすみません!!」
「ジャイアンはともかく、スネ夫に失礼だろう」
「あくまで例えです!」
ふと思ったのだが、鍵盤をバシバシして、不協和音?を出しそうなものだが、藤原さんはそれをしない。叱られる度にそれをやられていた俺たちにとっては、結構トラウマだからな。
「会長は声は大きいけど、空回ってる! ママに任せて!!」
「結構抵抗あるんだが、よろしく!」
「つくしくんはまだ声が小さい! 男も女も度胸って言ってたでしょ!!」
「……ああっ!」
俺たちの秘密特訓は続く。
校歌の楽譜の勉強から始めたり、ストレッチをしたり、そういう初歩的なことを行った。さらに、バケツを被って自分の音程を確認したり、お腹に力を入れて発生練習を行ったりした。「耳」「目」「身体」「声」を使い、歌うことを学んだ。
俺たちの音程に惑わされず、藤原さんは正しい歌を貫いた。CD音源よりも耳にスッと入ってくることは確かだ。ピアノの音で、生歌の声で、俺たちは音程を『お手本』に少しでも近づけていく。
彼女にとって負担となっていることは確かだが、それでも疲れを見せないようにしていた。気丈に振る舞って、アドレナリンを放出させて、少しでも『お手本』の正確さが揺らがないようにしてくれた。
いつしか、俺たちは校歌が普通に歌えるレベルに達した。
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週末明け、体育館には全校生徒が集められた。
「それでは、校歌斉唱」
四宮かぐやの司会進行を受けて、伴奏が始まる。
―――ピアノの音をよく聴いて。
―――私の振るタクトのリズムに合わせて
ここまで育ててくれた藤原千花が俺たちを見て、その瞳をうるうるさせている。この1週間で、普通の段階まで引き上げてくれた。小学校でも中学校でも教師やクラスメイトから諦められた程の音痴だった。
歌えている。
今、合唱をしている生徒の1人だ。
「うだえでるよぉぅぅぅ!」
壇上の藤原千花は泣きながらも、タクトを振るう。少しでもリズムが乱れないように、必死に頑張っている。俺は貰い泣きを堪えながら、歪む視界で必死にタクトの軌跡を追った。
何人かが心配して歌うことをやめるけれど、俺たちは歌うことをやめない。
「いづのまにごんなに成長じでぇぇぇ~!!」
ありがとう、そういう感謝の気持ちでいっぱいだった。
それ以来、藤原千花は秀知院学園の聖母として、密かに崇められるようになった。もっと独占したくなった。
藤原千花は……
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聖母
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天使
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女神
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小悪魔
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嫁