第17話 花火と生徒会とヒーローと(前編)
『皆さん、夏休みをどうお過ごしでしょう。』
そこまで打って、ツイートする前に削除した。
海外旅行中の千花さんのツイートで流れてくる画像に『いいね』し、石上の何気ない呟きに『いいね』し、御行会長の近況報告に『いいね』し、早坂愛の独特な趣味のリツイートに『いいね』し、四宮かぐやのTwitter始めましたに『いいね』する。そうこうしていると、また千花さんのツイートが更新された。
親しい人の日常を感じ取れる。
だから、今日も頑張ることができる。
俺はこの温かさを知ることができてよかった。
そう思えている。
****
すでに8月後半となり、祭りの日。
再び俺はこの街に戻ってきた。
『ごめんなさい
今日は行けなくなってしまいました
本当にごめんなさい』
すぐに、既読数が溜まっていく。
生徒会のグループLINEにて、四宮かぐやはそう発言した。謝ることは約束を破ったことによる社交辞令なのかもしれないが、彼女のせいではないだろうに。
『みんなと花火が見たい』
そうTwitterに呟かれる。
四宮かぐやはいわゆる『籠の中の鳥』だったけれど、この1年で大きく変わった。かぐやさんは何か行動を起こすだろう。それに、最も頼りにしている早坂愛がいる。
仕事用の携帯を操作して、早坂愛にメッセージを打ち込んだ。
「筑紫、LINE、見たか」
「まあ、予想していたことだな」
グループの通話がかかってきた。
走りながら電話しているから声が途切れ途切れだ。そして、特有の金属音が聞こえてきたが、お姫様を救いに行く王子様が、自転車っていうのがまた趣深いものだ。
「今、四宮の、家に、向かっている」
「会長、急に走り出したからどうしたのかと思いましたよ~」
「何か急な用事が入ったのか、それとも……」
どうやら3人はすでに到着していたらしいな。
石上の言う通り、許可されなかった可能性が高い。
祭りの会場は人混みであり、何が起こるかわからない。基本的に、送迎は四宮家の人が行っているし、仮に外出するとしても使用人が付いてくる。本来は、普段ならできる限り、かぐやさんの希望に沿う人たちだ。
だから、そうではないもっと上からの使用人が来ていると考えられる。
「う~ かぐやさんに連絡繋がりませんでした」
「マナーモードにしているのか、電源を切っているのか」
「まず、家にいるかが分かりませんよね。たとえ会長が向かったとしても……」
情報が足りない。
「今、四宮家の知り合いに連絡を入れている。はや……スミシー・A・ハーサカさんに」
「ナイスだ、筑紫」
「わたし、またかぐやさんにかけてみます!」
「一応。僕、会場見回ってきます」
各自が自分にできることを探している。
これは別に、最後の夏祭りではないのに。
『かぐや様はそちらへタクシーで向かっています。到着後のかぐや様の警護は、どうかよろしくお願いします。』
早坂愛も、誰も来れないということか。
ずいぶんと無茶をやって抜け出したのだろう。
『ヒーローに任せておけ』と返信する。
「今、連絡が来た。どうにか抜け出して、タクシーでこっちに向かっているらしい」
「ほんとですか!?」
誰か暇で、融通が利く知り合いはいるだろうか。俺から頼み事をするというのも珍しいことだ。それだけ、四宮かぐやは俺にとっても、大きな存在となっているようだ。今も、携帯片手に自転車を漕いでいる会長ほどではないけれど。
「俺もここに来るまでに渋滞に巻き込まれたから、時間はかかるだろう」
「はぁ……はぁ……わかった、そっちへ引き返す」
「僕は駐車場で待っていますね」
御行会長は無駄足になってしまったようだ。しかし早坂愛が機転を利かせてくれないことには、抜け出すこともできなかっただろう。それにもう1つ彼の役目がある。
「場合によっては、タクシーを途中で降りて、走ってくるかもしれない。だから、御行」
「四宮を、探せば、いいんだろう」
かぐやさんの住んでいる屋敷と、祭り会場を結んだ直線、その周囲のどこかにいる。小回りの効く自転車というのは、メリットがある。
「かぐやさんから連絡があってこっちに」
「……あれ、藤原先輩、通話切れましたね」
「……そう、みたいだな」
確かに、お祭りの人混みにいれば、電波が通じにくくなることはある。それにしては、通話が切れるタイミングが急すぎた。都会かつ最新のスマホだ。だから、千花さんに何かトラブルがあったと考えられる。
しかし、電波が通じにくくなるくらい一般人がいて、裏のやつが無闇に行動を起こすとは考えられない。だが、手をこまねいている場合ではない相手だとしたなら。
「俺は一度電話を切る。石上は千花さんと合流してくれ」
「えっ、分かりましたけど」
胸騒ぎがするなんてあまり経験がないけれど。
「レッドさん。今、少しいいですか?」
気づけば、俺は一番頼りになる人に電話をかけていた。
****
『みんなと花火が見たい』
そんな、四宮かぐやが抱いた我儘のために、みんなが振り回された。
石上優はいつ来るかわからないタクシーを待ち続けた。そもそも、どこの駐車場に止まるか分からないから、落ち着く暇などない。そして、先輩に言われた通りに、藤原先輩と合流するはずだったが、元の場所にその姿はなかった。
白銀御行は四宮家まで自転車で向かい、途中で引き返した。しかし、上手く見つけることはできず、とうとうお祭り会場まで着いた。その後、会場で石上と合流したが、いつになっても四宮が来ないことと藤原書記がいなくなったことに、焦りを感じた。居ても立っても居られなくなった彼は、自転車で周囲を捜し始めた。
親友の筑紫からは、『こっちは任せろ』とメッセージが来ただけだ。
四宮かぐやはすでに桃色の浴衣に着替えており、余裕を持って出かけようとしたところを執事に止められた。早坂愛のおかげで家からこっそりと抜け出すことができ、タクシーでお祭り会場まで向かっていた。だが、途中で都会特有の渋滞に巻き込まれ、かぐやは新品の草履で転びそうになりながらも、走って会場まで向かった。
だが、非情にも、20時を過ぎたことで、夏祭りは終わりを告げる。
『私も見たかった、花火……皆と』
『だったら俺が見せてやる』
『どうしてここが?』
『四宮の考えを読んで、四宮を探せゲームのことか。いつもの駆け引きに比べれば、100倍簡単だ』
かぐやはまるでドラマのワンシーンかのような会話を、ずっと忘れられないだろう。こんなときにまで学ランを着こんで、重い純金飾緒を身に着けている。大汗をかいて、髪は乱れていた。
必死に捜しまわってくれたことは一目瞭然だった。
「ちょっ、運転荒くないっすか!?」
「しょうがないだろ。安い中古車なんだから」
『しかも免許取り立てよねぇ』
桃色の軽自動車に、白銀、石上、かぐやは乗っていた。
かぐやの『花火を見たい』という依頼はまだ達成されていない。たとえ20時を過ぎていても、まだ花火が見れる可能性のある場所へこの車は向かっていた。
「ははは……ヒーローは実在していたんだな」
「ええ。ヒーローはいますね」
後部座席の白銀は乾いた笑みを浮かべ、頬を赤くしたかぐやは彼をじっと見つめている。かなりクサい台詞を言いながらも、精神的に救ってくれた彼は、かぐやにとってのヒーローだ。
『あっ、その先、渋滞よ。右に曲がって』
「おい、もうちょっと早く言えよ!」
そして、軽自動車の運転手は、ピンクのヒーロースーツを着こんでいて、その中身はどうやら男性のようだ。女子の明るい声がどこからか聞こえてくるが、それはどうやらスーツかららしく、吞気にカーナビをしている。
本来4人乗りであるため、こうするしかなかったようだ。
『それもこれも、この前のボーナスが安いからよ。弟くんにこっそり伝えてもらうように、言っておいてくれない?』
「いや、お前、課長や社長には直接言わないんだな。平社員の俺も言えないけど」
非科学的な存在が、夫婦漫才のようなやり取りをしていたら、それは現実逃避もしたくなる。
「えっと、誰に伝えればいいのでしょうか?」
『あー、川田弟よ。いるでしょ、川田筑紫ってやつ。だってあいつ、社長の弟じゃない?』
「ん? それってあまり言いふらしたらダメなやつじゃなかったか?」
石上や白銀は『えっ』と呟いた。
ピンクのヒーローは、口が軽い。
後編は明日の22時過ぎに投稿できるようにします。