9月も半ば。
次の代へ引き継ぐための準備を少しずつ行っていた。
書類はきちんとまとめられ、古くなったものはどんどんとシュレッダーにかけていく。「67期生徒会」と書かれた箱に重要なものを次々と収めていく。石上も「67期生徒会」ファイルにデータをまとめる作業に追われていた。
そして、千花さんの持ち込んだ遊び道具もその数を日々減らしていった。
「今日は十五夜! 月見するぞぉ!」
我らが生徒会長は、自分の誕生日の時よりテンションが高かった。それはもう毎年のことであるが、彼は天体観測が数少ない趣味で、9月には定番イベントとは言い難い『お月見』をしたがる。
世間では、伝統的なお月見より、月見バーガーの方が有名だろう。せいぜい、帰り道に月を写真で撮って、SNSでアップロードするくらい。
「テンション高いですね。
突然何言い出すんですか~?」
千花さんが御行に指摘したが、『おまいう』という視線を彼女に向けた。
「だって、今日の星空指数めっちゃ高いんだって! 十五夜でこの数値出ちゃったらお月見するっきゃないから!」
「会長がそこまで言うのなら、お月見を行いましょうか」
「お月見団子ありますか~?」
「……星空指数ってなんなんですか、川田先輩?」
「……毎年言われるが、俺も知らない」
まあ、忙しいながらも、お月見の準備はしてきた。
俺たちは荷物を持って屋上へ向かう。
「意外と星見れるんですね~」
千花さんが目を輝かせているけれど、『おまきれ』な。
「月のある東南側が東京湾だから都会の灯りも比較的少ないし、ロケーションは悪くない」
天体観測にとって都会の明るさは天敵となる。そのため、山に足を運ぶ人も多いのだろう。だが、どこか早口の天体観測マニアからすれば、この学園の位置は天体観測に適しているらしい。
「おっもちぃ♪ おっもちぃ♪」
あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~
「花より団子だな」
「うんっ! 月より団子だよっ!」
うさ耳を荷物に混ぜていたのが功を奏したのか、千花さんはすでに被っていた。服装は制服のままだが、黒と白を基調としたものだ。だから、むしろこれがよく合っている。
カメラ機能のスマホを千花さんに向けると、ピースしてくれる。
「結構、寒いっすね」
「御行は……、もう入っているのか」
これは、集中しているということだ。彼は持参した年季の入ったビニールシートを屋上の地面に引いて、防寒具や飲食物の荷物も万全にして、もう夜空を見上げ始めた。
「千花さん、石上、風が強いから、向こうで煮るけど来るか?」
「は~い!」
「僕も温まらせてもらいます」
これで場は整えたのだから後はかぐやさん次第だ。
石上も察しているのか、こっちへ来てくれる。
「まずは、水が沸騰するまで待たないとな」
「いろいろ持ってきたんですね」
「きな粉! ぜんざい!」
石上と千花さんが荷物をがさごそしている。
全部市販品だけれど。
「待っている間は暇だし、良いことを教えてやろう、石上」
石上がこちらへ視線を向けた。
「赤ちゃんは竹からは生まれてこないんだ」
「子どもじゃないんですから、そんな嘘に騙されませんよ」
中学生の頃、俺は騙されていた。
その後、竹取物語とかぐや姫を読み漁った。
「そう言えば、かぐやというのは今では珍しい名前ですよね」
「一度かぐや姫って呼んでみたんですけど、あんまり好きじゃないみたいでしたね~」
竹の中から生まれ、すぐに成長して美しい娘に育ち、求婚者を次々と振ったあげく、満月の夜、迎えにきた使者とともに月へと去ってしまう。それが、かぐや姫のあらすじだ。
「今、ちょうど竹取物語を習っているくらいか?」
「あ~ 習った習った!」
「……まあ、そうですね」
石上は煮え切らない返事をした。まあ、古文の授業は、さぞ眠気を誘うことだろう。それが、理系科目や体育に挟まれている時間だったら、尚更のことだ。
「えっと、竹から生まれて……その後は、求婚者に無理難題を押しつけるんでしたっけ?」
「そこくらいまで進んでいるのか」
無理難題とは、実在しているかどうかもわからない貴重な品だ。場合によっては、当時は命がけである中国への航海を行った求婚者もいる。対して、その品に模した偽物を作って渡した人もいる。
「すくすくと成長したかぐや姫は、結婚する条件に無理難題を求婚者たちに押しつけた。そして、5人の求婚者はいろいろとやらかす。古文そのままなら、そういう話だな」
求婚者は強欲なお金持ちで詐欺師である、死を覚悟させるような無理難題を課したかぐや姫は『冷酷な女』である。そういうイメージを抱いて感想を書いている人もいくつか見かけた。
実際のところ、当時はユーモアたっぷりの風刺小説として読まれていたらしい。女に現を抜かした愚かな男たちの物語としても読める。または、当時の権力者や男尊女卑に対するアンチを籠めて、『かな文字』で読みやすくまとめているだとか。登場人物のモデルが当時の権力者である場合が多い。
「かぐや姫という絵本と、竹取物語という古文はちょっと違う雰囲気だよな。例えば、結婚の条件は、絵本だと結婚したくないための口実にされている場合がある」
平安時代は男性優位だった。
だから、超絶美人だったかぐや姫を手に入れるために多くの男たちが言い寄ったのだろう。それはもう、現代の価値観では考えられないほどに、かぐや姫を『物』として扱った。
「まあ、確かにありますね」
「何人からもラブレター貰っても困るもん!」
やっぱり、経験あるんだろうなぁ。
まあ、それは置いておいて。
宮廷に召し抱えられることが、かぐや姫の希望だったとは限らない。何もかもが与えられて華やかなで、何も不自由のない暮らしが『幸せ』なのだとは限らない。元々は我儘でお転婆だったけれど、大人になることを周りから強いられた。実は、成長しても子どもっぽいところは隠しており、乙女だったかもしれない。
もちろん、これらもあくまで仮定に過ぎない。会ったこともない人物の評価なんてできるわけがないだろう。
でも、かぐやさんのことは、俺たちは知っている。
「……かぐや姫も普通に幸せになりたかっただけかもな。普通ってあやふやだけれど」
「普通、ですか……?」
かぐや姫も、『籠の中の鳥』だった。家族と過ごす穏やかな時間、そして本当に愛した男と過ごす時間が欲しかっただけだ。そのどちらも、外的要因で失ってしまったけれど。
「自分で決めた1人の男を愛することができれば良かったのだろうけど、高嶺の花は大変なんだろうな」
「そうそう、私もかぐやさんも大変なんですよ」
性格が丸くなってからは、かぐやさんなら尚更モテるだろう。
「……じゃあ、求婚者たちが悪かったということですかね」
石上がそう呟いた。
そして、俺はすでに沸騰していたお湯に、白玉団子を次々と入れていった。月のように丸いけれど、決して月ではない。お湯の中でふやけて、すぐにその形を失っていく。
「弱みを隠したり、相手を騙したり、みんなが見ていないところで命をかけたり努力したり……っていうのは、ずる賢くて人間臭いって俺は思う」
たぶん、このやり方は大衆からは受け入れられない。でも、俺は青いヒーローのやり方に憧れて、このやり方で正義を貫いてきた。まだまだ実力不足で、彼の代わりに偽物の変身ヒーローをしているけれど、輝かしい正義だけで救えない人にとって、少しでも力になれるのなら、俺はそれでいい。
「彼らは、どんなことをしてでも目的は果たすというか」
石上もみんなが見ていないところで人を助けようとして、結果として1人の少女が救われたとはいえ、自分が汚名を被ったことは間違いない。友情や恋愛感情のために戦い、対策を講じる努力をしたけれど、失敗して塞ぎこんでいた。もちろんそれは、俺たちがお前は勝利したのだと伝えるまでのことだ。
「んー あれだ。好きな人や頑張っている人のためなら、男子はバカになれるというか」
御行は、たとえ『月』に帰ってしまっても奪い返すだろう。もしくは、何年も待つことにするかもしれない。そして俺ならば、『蓬莱の玉の枝』の偽物を何度作ってでも、好きな人に振り向いてもらいたいと思ってしまう。
バカになってやっていることは、俺たちの恋の駆け引きの物語なのだろう。今は、このぬるま湯を楽しんでいる。それでも、いつかは答えを出さなければならない。
「……まあ、おとぎ話なんて、受け取り手次第だな」
御行が本心からちゃんと選んで願ったのなら、手伝うだけだ。
親友だから。
「つまり、今2人が思っていることが結論で、オーケー?」
「そういうとこがずるいっ!」
「さすがに姑息ですね、先輩」
ひでぇ。
どういう意味だ。
「俺も国語の成績は微妙だからな。
はっきりとした答えなんて、出せない」
そして、火を止めた。
すっかりふやけてしまった白玉団子をお玉で掬って、一度氷水につけていく。
「食べ物の美味しさは共感しやすくて助かる。
お皿用意して」
こういう行事の時に食べると、なんだか美味しく感じることは誰しもあるだろう。たとえ行事に込められた意味を意識していなくとも、自然と趣を感じているのではないか。いわゆる楽しんだ者勝ち。
「は~い!」
「ありがとうございます」
単純で、わかりやすい。そして、ありのままに楽しいと感じるだけでいい。それは俺にとって、あまり経験がなかったことだ。
団子を食べる花は良いものだ。
俺的には、月より花ということだ。