生徒会が終わった以上、俺やかぐやさんはまだ騒がしい放課後の教室にいた。
すぐに部活やアルバイトに走って向かっていった人もいれば、まだおしゃべりをするために残る人もいる。以前までは俺も廊下が混む前に、授業終了直後に喧騒に紛れて教室から出ていた。
そして、A組のお姫様のかぐやさんは、1年前よりずいぶんと物腰が柔らかくなっている。今日こそはと思春期男子たちが誘おうとしているが、かぐやさんをガードするかのように女子たちが放課後の予定を聞いている。弓道部に所属しているとはいえ、生徒会が終わったタイミングでお近づきになろうとするのは女子も同じなのだろう。
「仕事しないのですか?」
「いま、携帯で忙しいし」
ギャルモードの早坂愛に話しかけたが、どうやら放置することに決めているようだ。幼馴染という関係性は隠しており、今は友達以上親友未満の設定だから、あまり深くは干渉できない。
まあ、俺もあの騒がしさを止めることは無理だ。
「あっ! 約束通り、彼を呼んでくるの待ってるからね~」
いや、約束した覚えはないのだけれど。
察するに、御行を呼んでこいということか。
「向こうは移動教室でしたから、すぐ来るとは限りませんよ」
「いいよいいよ~」
手をひらひらして『いってらっしゃい』される。
「……なあ、あれって生徒会選挙の打ち合わせか?」
「そうだろ。白銀のやつはまた立候補するらしいし」
「よくやるよなー 来年も無難だけど」
「でも藤原さんは今日も誘えないかぁー」
「生徒会やめたからチャンスだと思ったのによ」
さて、同じくまだ騒がしいB組にこっそり混じったが、このクラスのお姫様もしっかりとクラスの話題を集めるらしい。生徒会室が使えない選挙期間中は、これからも放課後の教室で相談することになりそうだ。
「あっ つくしくんだ~ こっちこっち!」
千花さんが手招きしているのは誰かと、好奇の視線が集まってくる。それがあだ名かつ、男子なのだとすると、尚更のことだ。隠れる場所もなく、逃げることも悪手であるため、潔く呼び寄せられるしかない。
「御行。生徒会選挙の打ち合わせなら、手伝うけれど」
「ああ。よろしく頼む」
まずは、御行に話しかけた。これで、元生徒会役員または彼の友達だと、周囲に印象づけられただろう。
「つくしくん、聞いてよっ!
みゆきくんったらひどいの!」
「……聞こうか」
千花さんが強敵すぎる。
「応援演説を誰にするかって話になったんだけど、人気やカリスマ性といえば、私だよねっ!」
「藤原さんだな」
「いやいや、どう考えても四宮だろ。なぁ?」
俺たちの様子を見ているクラスメイトが、御行の視線に対して『うんうん』と頷いた。まるで千花さんは人気はあるけど、カリスマ性がないみたいじゃないか。
「みんなひどいっ!
もう知りません!
私はつくしくんに票を入れますから!」
「俺は立候補していないからな、藤原さん」
こういう身内のやり取りを、あまりクラス内でやりたくはないのだけれど。
「え~ いつものように、チカって呼んでよ~」
呼び捨てしてないだろ!?
このやり取りを聞いて、女子はキャーキャー言っているし、男子からは嫉妬の視線だ。注目されることは、生徒会選挙期間中にいろいろとやりづらくなるので、避けたいことなのだが。
いや、この機に乗じてアプローチしようとしている思春期男子への牽制になるかもしれない。
「千花、御行、とりあえず四宮さんと相談して決めればいい」
「う、うん……」
「そうするか」
少し恥ずかしそうに『チカ……チカかぁ……』と呟いているから、ますます女子がキャーキャー言っている。
君って、女子からは呼び捨てで呼び慣れていたはずなのだが。
「あっ! 会長さんだ~!」
A組に近づくと、目ざとく御行を見つけた早坂愛が大きく手を振って呼んだ。
「ねっ! 誰に会いにきたの?」
「あー、四宮なんだが……」
ほんの少しだけ、早坂愛の唇が三日月に歪められた。背中を向けたことでその表情は隠される。
「四宮さーーーん!
会長が大事な話があるってーーー!」
「ひぅっ!?」
ずいぶんとド派手に伝えたものだ。かぐやさんに集まっている人たちが、その声の方向に注目した。御行もかぐやさんも、最近かなり意識していてるから、頬を赤く染めて目を泳がせている。
こちらのクラスでも女子がキャーキャーし始めた。
「か、会長、大事な話って……?」
「ああ、俺たちのこれからについてなんだが」
失言すぎる。
ちなみに、『これから』とは生徒会選挙及び生徒会のことだろう。1年間同僚ということもあって、気軽にその言葉を口にしたようだ。これが、生徒会室内でのことだったなら、良かったのに。
「と、とりあえず、校舎裏にでも!」
「は、はいっ!」
かぐやさんを手招きして、2人で走っていった。
そして、野次馬に追いかける人々。
その光景にますますざわざわしている。お互いに頷き合って追いかける人もいれば、SNS上に書き込んでいる人もいる。こうして騒ぎは伝搬していき、いつしか、部活中の生徒も活動を中断して集まり始めた。
「とりあえず、俺たちも追いかけないと」
「チカ……チカかぁ~ ふへへ~」
君、まだ頬がとろけていたのか。
「はっ! ラブコメの波動を感じましたっ!」
「御行とかぐやさんが、校舎裏で、生徒会選挙について相談するって」
「な~んだ まるで誰かが誰かに告白する雰囲気かと思いましたよ~」
ようやく我に帰ったと思ったら、ラブ探偵チカになるところだったらしい。
「あっ! 応援演説やりたいんでした!
現場に急行しますよっ!」
俺たちも全速力で階段を駆け下りていく。
一度靴箱に行くため、ずいぶんと遠回りだ。
策略と失言と勘違いが重なって、まるで告白する雰囲気となっていた。学校中から校舎裏を囲むように集まっており、林に潜んでいる人もいれば、校舎の窓から様子を見ている人もいる。
その男女が元生徒会長と元副会長という有名人だからこその、大騒ぎだろう。
「御行、生徒会選きょ」
「ちょっと、まったぁ!
……ぜぇぜぇ……おぇ」
見るからに焦っていて、肩で息をしている。
そんな女子が現場に到着した。
「……わたしじゃなくて、かぐやさんをえらぶんですかぁ!?」
紛らわしい発言だな!?
同じように、御行も頭を抱えている。
「かぐやさんを、えらぶなら、もっとしっかり……」
そして、千花さんは涙目になりながら訴えた。
三角関係やもつれというフレーズが野次馬たちの間で囁かれ始めている。それはもう、1人の女子を振って、もう1人の女子に告白するしかないムードとなることは間違いない。
「なぁ! 四宮!」
「はいっ!」
御行は急いで、かぐやさんの両肩を持つ。
誰もがごくりと息を吞む静寂の時間だ。
2人がごそごそと何かを話しており、誰もが必死に耳を傾けている。
最も近くにいる俺でも、隣で『はぁはぁ』『おぇ』って唸っているから、上手く聞き取れなかった。とりあえず、肩で息をしている千花さんの背中をさすってやる。
「なになに!?」「聞こえない!」
「どうだった!?」「キスした?!」
「うるせぇ!!」「お前も静かにしろよ!」
少しずつ喧騒が戻り、尚更に2人の声は聞こえなくなった。
まあ、応援演説頼んで、それを了承されたくらいだろう。ヘタレ。童貞。
「ほら、会長。騒ぎになる前に逃げましょう」
「そうだな」
2人で逃げるように駆けて行く。
この学園のどこに避難するのやら。
「うぶ……なんがぎもぢわるいでず」
「急に走ったからだろう。
とりあえず、おんぶするから」
こっちもあっちも、話題性抜群だな。