これは先日のことだ。
なんだか悪い予感がしたので、マスメディア部を訪れた。
彼ら彼女らは、自主的に新聞を作製し、教員の検閲及び許可を得て、掲示板へ張り出す。最近は、デジタル版も各クラスLINEで配布されるため、学園で最も周知されている部活といってもいいだろう。
現在は選挙管理委員会と提携しており、生徒会選挙の情報をまとめることで忙しそうだった。伊井野ミコに関することを、出処が風紀委員情報として伝えておけば、嬉々として記事に取り入れてくれた。
これで少しでも、彼女の悪評が緩和されてくれれば、石上も嬉しがるだろう。
そして、こっそりと聞いたが、SNSを利用した事前予想では御行の過半数を超えているらしい。思ったより少ない、もっと増やさないといけないと思った。
「あの2人はまた資料室か?」
「ええ。またサボっていないか見てきてください」
そして、これから用があるのは、決してマスメディア部のエースとは言えない2人の女子だ。
「かぐや様ハ、マダ……」
かぐやさんを少し意識しているのか、その黒髪を後ろで1つ結びにしている。案の定、目が死んだ魚のようになっている巨瀬エリカは、『ゴリゴリ』と擂り鉢とスリコギで味噌をすりつぶしていた。彼女にとっては最高のストレス解消法らしい。
部屋の中が味噌の匂いで充満していた。
「ああっ! 捗りますわ~!!」
紀かれんは、いつもとは違って、その長い茶髪を親友と同じように結んで、鉢巻を額に巻いている。案の定、白紙の自由帳の1ページに、鉛筆で必死に『会長×かぐや様』の妄想を描き込んでいた。これで一体何冊目なのだろう。
2人とも昨夜から睡眠不足なのか、目の下にクマができている。
「……生きてる?」
「「川田さん!!」」
わざとらしく閉めたドアをノックする音を聞かせると、ぐいぐいと2人は迫ってきた。ゾンビに近づかれた気分だ。
「昨日のことをっ!」
「ぜひ聞かせてください!!」
この2人は、御行とかぐやさんの熱狂的なファンである。
「まあ、落ち着け。ちゃんと欲しい情報を持ってきた」
「「……ごくり」」
「結論から言えば、普通に応援演説を頼んだだけだ」
「ほっ……」
「そんなっ!?」
巨瀬エリカは大きく安堵の息を出し、紀かれんは頭を抱えて絶望した。さっきとは状況が逆転している。
「さっき部長からも様子見てきてほしいと頼まれた。
誤解を解くためにも、特集記事はよ」
ずいぶんと前置きが長くなったが、これが用件だ。
「そうですね。早く誤解を解かないと!」
「うぅ、現実は非情ですわ……」
生き生きとして巨瀬エリカは、ノートパソコンを開いて、カタカタと打ち込み始める。まあ、それが『かぐや様への愛』が籠められた怪文書なのだろうから、推敲が必要不可欠になってくる。
「御行はお礼に何かするかもな」
「それはありえますわっ!」
「あと、かぐやさんが淹れてくれた紅茶を、水筒で持ってきた。アイスティーだけど」
「かぐや様の!?」
「神はここにいたっ!」
ちょろい。
『かぐや様紅茶』に、涙を流している。
「どうすれば、ここまで美味しく淹れられるのでしょう」
「あ~ かぐや様の愛を感じる……」
この2人はマスメディアの噂担当であり、普段は情報収集ばかりしている。それぞれの趣味嗜好の影響で、御行やかぐやさんのことばかり調べていた。そして、彼女たちの間で満足してしまうから、誰かが発破をかけないと、いつになっても記事にしない。
こうして、あーじゃない、こーじゃないと言いながら、2人で1つの文章を書いていく。それは決して簡単なことではない。同じ意味を持つ言葉であっても、個人の表現の違いが生じる。
「生徒会が続いてよかったですわね~」
「かぐや様のご活躍がまた1年拝めるわね~」
また手が止まっている。
部長も胃が痛いことだろう。
「生徒会役員かぁ……川田さんが羨ましいです」
「まずはかぐやさんに話しかけられるようになってからだろう」
「ぅぐ……」
巨瀬エリカのように、俺はかぐやさんの近い位置にいることで嫉妬されることは少なくないことだ。目の前の彼女は、同じ制服でペアルックと言い出すくらい、愛が重く、もはや崇拝のレベルだ。
まあ、俺にもかぐやさんにも直接的な被害はないけれど。
「ところで、川田さんは何を読んでいるのですか?」
「暇だから、昔の選挙で良い情報がないかと」
生徒会がないと、入り浸る場所も仕事もない。
御行もいつもより早めに帰っている。
中等部まで行かなければならないかと思っていたが、高等部の部室を倉庫代わりに使っているのだろう。当時の中等部生徒会選挙のことが、やんわりと書いている。
『今年も当選ならず』ねぇ……
「もう勝ち確ですのに、生徒会の皆様は抜け目がないのですわね!」
「んー、まあな」
さすがに学園の新聞だから、伊井野ミコの悪評をがっつりと書いていない。『マニフェストに問題があったのでは』という表現をしている。今年のビラから察するに、彼女の考え方は変わっていない。だから、伊井野ミコは急激に票を伸ばしてくる相手ではない。
そして、本郷勇人も反白銀派に担ぎ上げられただけだ。御行の女子人気に嫉妬しているだけであるので、実力行使までするメンバーはいない。せいぜい、選挙当日の演説で野次を呟くくらいだろう。
「そう言えば、白銀会長って一度出馬しないと言っていたわね」
「ええ。でも、『一生に一度、根性見せる時が来てしまったみたいで』と、職員室で先生におっしゃって……ぽっ」
そんなクサい台詞を口に出して言ったのか、御行。
「かぐやさんに根性見せるのだろうか」
「はわっ!? やっぱりそうですわよね!!」
「いや、藤原書記に、かもしれないじゃない?」
『会長×藤原書記』派がいるらしい。
喧嘩売っているのか(※個人的見解)
「むっ、どうしてですか?」
「だって、かぐや様が、もっと遠くへ……だからそう思いたくて……うぅ」
あくまで個人的な希望だったらしい。アイドルの恋愛はいつだって、ファンにとっては嬉しくて哀しいものらしい。
「応援演説、かぐやさんは笑顔で引き受けていたな。だから……俺たちは応援演説の応援をだな」
「さすがです! 私が間違っていました!!」
途中で何を言うべきか迷って、支離滅裂な発言になったけど、むしろ熱狂的なファンには適していたらしい。
「でも、『かぐや様×川田庶務』だってあるのですわよね。……許せません!」
「初耳だな」
「A組でかぐや様に気軽に話せる男子、川田さんくらいらしく……羨ましいですっ!!」
「いやいや。俺とか、村人Aだろうに」
かぐやさんに普通に話しかける時点で、噂されているらしい。モテモテになる気もないから、目立つことは避けているはずなのだけれど。
「白銀会長の1番のご友人の方ですから、あなたは絶対良い人です!」
「かぐや様相手に気軽に話せる人ですもの、絶対すごい人です!」
「……あ、そう」
その理論だと千花が一番すごそう。
彼女は御行と俺の師匠でもある。
「白銀会長とはいつから?」
「中学の頃からだな、御行とは」
ふむふむ、と頷いている。
あまり根掘り葉掘り情報を聞かれるのは好きじゃないのだが。
「俺のことより、御行のことをだな」
「川田さんのことを知りたいという方々がいるんですの」
さすが、マスメディア部の、噂担当たちだ。
情報通として頼られるのだろう。
「会長を支える川田さんも、結構人気ですわよ。もちろん、会長やかぐや様ほどではありませんけど」
「一応、憧れの生徒会役員だからだろう。御行たちが主役で、俺は脇役」
「えっと、優しいところとか」
「思春期男子は女子には優しくするものだろう。モテたいから」
「その、容姿もかっこよくて……」
「そりゃあ、母譲りの遺伝子がよかったからな。ちなみに姉は超美人」
「ミステリアスなところがいいだとか!」
「根暗なだけだ。そういうやつほど、裏では下種な考えをしているかもしれないだろう」
「学園の美化に協力するお姿が……」
「綺麗好きなだけだ。神経質な男子とか嫌われそうだけど」
そういえば、何の役にも立てなかった頃に勧められたヒーロー活動は、ゴミ拾いだったか。懐かしい。
「紅茶、あと1杯ずつは残っているな」
「あっ、ありがとうございますわ」
これで、会話の流れを止めることができただろう。
「あの、川田さんの分は……?」
「じゃあ、補充してくるか。かぐやさんに頼むのはもうさすがに無理だが」
「「やっぱり……」」
2人は顔を見合わせていた。
幼馴染だから、目で会話できるのだろうか。
「作業に戻りな。
俺は、何か飲み物とお茶菓子でも買ってくるから。」
彼女たちがパソコンに再び向き合ったタイミングで、一度資料室から出た。こういうとき、生徒会があれば飲料や菓子類の補給も楽なのに、今回はコンビニまで行かないとならない。
昨晩の反動で眠気がすごいだろうが、カフェインでなんとか耐えきって、特集記事を書いてほしい。今日はずっと、告白騒ぎの噂で学園中が浮足立っていた。周囲から持て囃されて、なぁなぁで付き合うことを御行たちは求めていないから。
「……まあ、あのペースだと今日中には無理か。推敲に1日はかかる」
その後。
ようやく完成したのは、選挙の事前予想記事の後、3日経った頃だ。生徒会選挙のムードはますます盛り上がり、かぐやさんの応援演説と、御行の演説に対する期待は高まっていく。
それと、美味しい高級味噌を無料で貰って帰った。
大手味噌メーカーの社長令嬢なだけのことはある。