藤原千花を独占したい   作:ヒラメもち

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第28話 生徒会選挙に向けて

 本来、選挙期間中、生徒会室は入ることはできない。

 

 カーテンは閉められ、秋の夕暮れの光は遮られていた。生徒会室は他の教室とは少し離れた位置にあり、古い建造物ながら防音性も高い。過去、学生運動の拠点にされた場所とも言われている。

 

「あまり芳しくないみたいだな」

 

 彼の前に、マスメディア部の新聞を置いた。

 苦々しい表情がすぐに表れる。

 

「Twitterでも呼びかけているみたいだが、フォロー数に対して、フォロワー数が少ない。それに、こっちはアンケートを印刷してみたのだが」

 

 示される割合は、彼に現実を突きつける。

 実際のところ、これはサンプルセレクションバイアスにすぎない。だが、選挙活動において彼が最も信頼している広報活動のSNSのデータなのだから、動揺させることは容易だ。

 

「紅茶を淹れますが、本郷くんは甘い方がお好きでしたよね」

「あ、ああ……い、いや」

 

 学園のトップクラスの女子が淹れてくれた紅茶だ。心を落ち着かせるためには、大いに役立つだろう。しかし、次から次へと、角砂糖を入れていくかぐやさんに対して、正気かと目を見開いた。

 

「安心してください。この角砂糖は羅漢果から採られた甘味料ですので太る心配はありませんから」

「美味しい紅茶だぞ?」

 

 俺がもはや角砂糖に紅茶をかけたものを、相変わらずの無表情で飲んでいる。彼はその光景を見て、正気を疑っていることだろう。

 

 いや、まあ、内心はすごく耐えていますけれども。

 

「周囲から担ぎ上げられるように、立候補したらしいな。ノリや勢いというか、お遊び感覚というか」

「そんなこと……」

 

 いわゆる、反白銀派だ。

 目立ちたくて、周囲の評価を気にする人が多い。

 

「あら、そうでしたの?

 人気者は辛いですわね」

 

「人気者、ねぇ……」

 

 目の前に示された数字上では、むしろ人気者とは思えない。

 

「思い出づくりにはなるかもな」

「私たちが立候補していなければ、協力してあげてもよかったのですけれど……あら、温かいうちに紅茶を飲んで頂けたら、嬉しいです」

 

「選挙……俺、辞退するから……

 だから……」

 

 最初はかぐやさんから愛の告白をされるかと思って、にっこにこだったのに、もうその余裕が崩れてきた。今まで付き合った彼女の数は多く、二股をかけるくらいのプレイボーイなのに。

 

「わかった。あまり波風が立たないようにしてほしいって、選挙管理委員には伝えておくから」

「私たちは、貴方の味方ですよ?」

 

 

 翌日、2年の本郷勇人は、出馬取り下げとなる。

 その理由は『勝ち目がない』と思ったこと、らしい。

 

 

 

****

 

 一仕事終えた後に、合流するべく俺たちは教室に向かっていた。そして、こちらへとことこと走ってくる千花に会った。

 

「あっ! みてみて~」

「何か掲示物を作ったのですか?」

 

 B3のサイズでカラー印刷してきた紙を、掲示板に『んしょんしょ』と貼っている。精一杯腕を伸ばして、少しつま先立ちになっているところが、お可愛いこと。

 

「なるほど。公約か」

 

 『白銀御行が掲げる3つの方針』とタイトルにあり、伊井野ミコのそれより、生徒目線の公約が掲げられている。また、グラデーションも使いこなしている。美術については並みの実力を持つ千花さんに、御行や石上がアドバイスを加えたのだろう。

 

 特に、開かれた生徒会というのは、親近感が湧く。

 

「会長がこれを?」

「いえ、目は通してもらいましたが、内容は私がてきとーに考えました♪」

 

 それ、演説の時に困るのじゃないだろうか。

 

「まあ公約なんて飾りみたいなものですから! 選挙が終われば何言ったかなんてみんな忘れますよ!」

「あなた、政治家の娘よね」

 

 はげどー(激しく同意)だよ、かぐやさん。

 

「実務にコストを割くのがいい政治家ですよ~」

「まあ、そうですけども……」

「一理あるな」

 

 なんてホワイトな職場なのだろう。

 

 綺麗事ばかりでは、うまく社会は回らない。光があって、影があるから、時には争いに巻き込まれるけれども、光の世界は平和なままでいられる。現実のヒーローだって、華やかしい活躍よりも、地味なことや誉められない行動の方が多い。

 

 あの事件も、表の人にとってはたった1時間程度の『夢』で終わった。カタストロフを起こすこと、カタストロフを止めること、その数年に渡る争いのために裏では多くの尊い犠牲を払ってきたというのに。

 

 

****

 

 少しばかり、癒しのひと時を味わえた。

 さて、閑話休題。

 

 

「いらっしゃい」

 

 俺とかぐやさんは、再び生徒会室に戻ってきた。そこに、伊井野ミコが1人で来客としてやってくる。偶然かどうかは分からないが、幼馴染の女子は風紀委員で仕事があったらしい。

 

「何の用ですか。私も暇ではないのですが」

「だからこそ、私たちで息抜きにお茶でも如何かと思いまして」

 

 普段なら、この3人だけでお茶会なんてしないだろう。だから、伊井野ミコはこれから話し合いが行われることは察したし、敵の領域に踏み込んでしまったことに気づいた。

 

「私たち……?」

「他の人は用事があるから、そういうことになるな。今日もビラ配りお疲れ様」

 

 まるで扉を塞ぐように、腕組みをして壁にもたれている、そんな俺の存在に気づいたようだ。再び、伊井野ミコはかぐやさんへ向き直した。

 

「生徒会室は今、使用禁止のはずですが」

「そんな規則はあるな。まあ、あれは立候補者に対して言われているものだけど」

「どのみち、私たちか貴方がたが、生徒会役員になるのですから、問題ないでしょう?」

 

 常識的に考えて、使用禁止となっている生徒会室に入る人はいない。そもそも、重要資料もあるから、警報が鳴る。ともかく、規則の穴を述べた俺たちに対して、伊井野ミコは、むっとした。

 

「……本郷先輩が生徒会長になる可能性だってあるじゃないですか」

「あら、確かにそうでしたね。ついうっかり」

「事前予測もされたから、俺たちで競い合っている状況だけどな」

 

 現在大きな差をつけて負けているという現状に、ほんの少し苦い表情が加わった。ビラ配りをしながら、その理念を述べたとしても、あまり反応が良くないことを実感しているのだろう。

 そして、伊井野ミコは生徒会選挙に敗れることに慣れている。

 

「さて。紅茶でも淹れましょうか」

「伊井野さんも座ったらどうだ?」

「結構です」

 

 なかなか強い精神を持っている。

 

「あなたからも目的のためなら手段を選ばない人特有の匂いがします。その紅茶は頂けません」

「あら残念」

「今日は美味しい紅茶はお預けか」

 

 肩を諫める。

 俺は、手段を選ばない人で確定ということか。

 

「私はあなたのことを知りたいと思って呼んだだけですよ。ご両親もずいぶんと立派な方のようですから」

「はい。どんな汚い人間にも屈することなく正義を貫いてきた両親を、私は尊敬しています」

 

 法の下の正義か。

 とてもまぶしく輝いていること。

 

「そう言えば、選挙当日は何か対策しているのか?」

「対策、とは?」

 

「俺って混院だけど、中等部の生徒会選挙当日のこと、ちらりと耳にした。遡れば、小学校から児童会長に立候補しているらしいな。……まあ、先輩としては心配しているということだ」

「……今回は失敗しませんから」

 

 上がり症は、そう簡単に治るものでもない。

 石上曰く、年々酷くなっているらしい。

 

「俺たちでその上がり症をどうにかしてあげたいが、さすがにすぐどうにかなるものじゃないだろう。せめて数ヶ月もあれば、変われた事例があるのだが」

 

 ちなみにTSUBASAくんだ。

 

「とある後輩男子も伊井野さんのことを心配しているから、なんとかしてあげたいというのはどうだ?」

「……あなたの言うことは、信じられません」

 

 その場合は、別の人にアプローチしてもらうだけだ。伊井野ミコは千花に懐いてるようだから、彼女が適任だろう。

 

「噂を流したり、わざとトラブルを起こしたり、そんな風紀委員活動は間違っています!」

「なかなか嫌われているようだ」

 

 俺が風紀委員にいる間に、数人と協力して燻っている火種をいくつか刺激してやったくらいだ。また、ちょっとした規則破りについては、伊井野ミコが行っている地道な取り締まりでは切りがないため、サンプル・セレクション・バイアスを活かした対処方法を風紀委員は行うようになった。

 

「ちなみに去年の4月、風紀委員たちは口出しできない相手が多すぎて、諦めムードが漂っていた。この学園特有の風紀委員の注意事項、中等部でも教えられただろう?」

 

 歩きスマホの注意、アプリやゲームの注意、何かトラブルが起きていないかの見回り、そういう名目上のパトロール。

 

 本気で注意するとなると、キリがない件数だ。そして、スクールカーストで上の相手を注意することにも勇気がいる。それが格上の『家』の生徒なら尚更だ。まして、規則に口うるさいやつは疎まれて、友達が減る。

 いつしか、風紀委員たちは注意することをやめていく。

 

「私は、権力には決して屈しませんから」

「立派だな。君はたった1人でも立つことができるほど、つよい」

 

 風紀委員の誰もが、伊井野ミコや俺みたいに、学友に嫌われる覚悟があるわけではない。そして、伊井野ミコにとって心の支えは、多忙な両親とたった1人の幼馴染だけだ。

 今の彼女が生徒会長になって、その華奢な肩に多くの荷を背負うことになれば、いずれ崩れる。

 

「だからこそ俺は、今のまま君が生徒会長になることを止める。君自身と、君を心配する後輩のために」

「……いらないお節介です」

 

 嫌われている俺から言っても、あまり効果が無いようだ。今ここで重要なのは内容ではなく、誰が言うかだ。

 

「りょーかい」

 

 風紀を守る仕事のためなら、俺はなんだってやる。

 正しくあろうとする彼女の正義とは相容れない。

 

 こそこそと企業スパイ活動されたり、裏で争いを起こされたりすることは、俺個人として性に合わない。そのためには、外国の王子の暗殺を決行した奴の捕縛という、危ない橋だって渡る。幸運にも、そのどれもが、穏便に事後処理を済ますことができた。

 

 

「かぐやさんからは何かあるか?」

「なら、こういう提案はどうでしょうか」

 

 かぐやさんは手のひらを軽く合わせて、ちょこんと首を傾ける。

 

「来年度、貴女の選挙戦に協力しましょう。四宮の名にかけて、貴女を生徒会長にしてみせます」

 

 優しい微笑みでそう告げる。

 甘い蜜ばかり吸いたがってきた本郷勇人とは逆で、伊井野ミコにはどんどん『飴』を与えていく。両親から愛されているようだけれども、その共働きの多忙さによって、多くの優しさを貰っているとは言えない。

 

 そして、風紀委員で何度か聞いてきたが、伊井野ミコは想像以上に『心の傷』を隠したままらしい。

 

「来年協力する代わりに……自分たちの出馬する今回は降りろ、そういうことですか?」

「そう聞こえてしまったのなら、謝ります」

 

 伊井野ミコは、抱えるようにビラの束を持っている両手に、力を込めた。

 

「今のままでは、二の舞を踏むだけだろう」

「そんなこと、やってみないと……」

 

 声は尻すぼみになっていく。

 本人が一番わかっているのだろう。

 

「来年に目を向けましょう。これは貴女の未来のことを思って言っています」

「……これが、前生徒会のやり方ですか?」

 

 伊井野ミコは、声を絞り出す。

 これでも嚙みついてくるだなんて、つよいな。

 

「あなたたちと白銀元会長、本当にお似合いですね!」

「おにあい~!?」

 

 かぐやさんの微笑みが崩れ、恥ずかしそうな表情が表れた。

 

「かぐやさん、ルーティン」

「……大丈夫、問題ありません」

 

 問題があるから、右頬を左手で触っているのだろうけれど。

 

「まあ、確かに、会長と副会長はお似合いだな」

「以前は、この学園の2トップが!?」

 

 伊井野ミコは世界の危機みたいな顔をした。

 

「あら。私と会長、そんなにお似合いかしら?」

「ええ、お似合いですよ!

 もう結婚すればいいってくらいです!」

 

 なかなかよく分かっているじゃないか。

 

「それな」

「結婚だなんて、もう……」

 

 かぐやさんの、伊井野ミコに対する好感度がぐんぐんと上昇している。両頬に手をそれぞれ当てて顔を振っていて、すでにかぐやさんは『ルーティン』なんて忘れていた。

 

「決めました! あなたたちは私の生徒会に入って頂きます。私と藤原先輩で教育し、その歪んだ心根を一から叩き直してみせます!」

 

 千花に『教育』されるのか。

 乗せられるフリをして、攻守逆転しよう。

 

「毎朝、挨拶と服装チェック

 昼は、ゴミ拾い

 夕方は、不純異性交遊の取り締まり!」

 

「れ、恋愛禁止は、どうかと思います、よ?」

「そうだそうだー」

「ダメです。50㎝以内の接近も禁止します!」

 

 死活問題すぎる。

 まあ、その時は、ロミジュリするけれど。

 

「そんな!?」

「私と藤原副会長がいれば、実現できます!」

 

 それを聞いたかぐやさんは、伊井野ミコの正気を疑っている。まるで千花が副会長になったら、その生徒会長は地獄を見ることになるみたいじゃないか。

 

「そう言えば、石上はどうする?」

「……不本意ですが、石上も教育しないといけません」

 

 ほう、脈アリなのだろうか。

 

 喧嘩するほど仲が良いという言葉もある。

 なるほど、これが実例か。

 

「とある後輩男子が、伊井野さんのことを心配しているって言ったけれど」

「……それが何か?」

 

「その男子、石上な」

「はぁ!?」

 

 呆然としているかぐやさんの腕を引いて退散することとする。

 

「俺たち先輩も、石上も、意外とミコっちの頑張りを見ているということだ!」

「ミコっち言うな!」

 

 まさか、俺たち2人の交渉に対して、強い精神力を持ってして反抗されるとは思わなかった。予想以上につよかったので、攻勢を緩めることができなくて、いつか泣いてしまうかと思ってこっちがヒヤヒヤしていたくらいだ。

 

 でも、彼女は涙を隠して生きてきたのだろう。

 悪意に晒されて、傷ついていないはずがない。

 

「元風紀委員が廊下を走るなぁ!

 待ちなさーい、川田せんぱーい!」

 

「ごめん! いろいろとごめん!」

 

 鬼ごっこが始まった。

 

 

 さて、俺たちがこれ以上説得しても諦めることはないだろう。伊井野本人が何度か深刻な顔を見せた以上、今年度も上がり症はそのままだ。だから、選挙当日に御行に任せるしかなくなった。

 

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