テーブルトークロールプレイングゲーム、略してTRPGは動画投稿サイトを中心に、流行が再燃することがある。参加者はRPGのキャラクターとなって、進行役に従って物語を進めていく。
デジタルのゲームと違って、自由度が高いことが長所であり、個人でそのストーリーを変更することが容易だ。進行中にストーリーを変えるならば、ゲームマスターはアドリブ力が試されるが、匙加減でどうとでもなる。
「あっ! 野生の風紀委員が現れました!」
伊井野は、尊敬する千花の唐突すぎる発言に啞然とした。
「えっと、相手のポケモンはニドリーノとニドリーナです! そのHPはなんと30!」
「えー もう進化してるなんて」
「でも数はこちらの方が上だよ!」
対して、1年で部長のマッキー先ハイや、3年のギガ子は、2年の不治ワラちゃんのノリについていけている。
「あの、その大きなサイコロは……?」
そして、TRPGを行う場合、サイコロの出目によって、アナログ式に乱数を発生させ、成功の可否が決められることが多い。サイコロの種類を上手く組み合わせる場合があるが、今回は1~6の出目で行っている。
「ニドリーノに向かって、フシギダネはたいあたり!」
「わかりました! たいあたりは7以上で成功ですよ」
「おらぁ!」
マッキー先ハイは抱えたサイコロを放り投げ、ごろごろと3つのサイコロが転がり、その出目は合計8。
「成功です!
ダメージはサイコロ2つで行ってください!」
「そりゃあ!」
その出目の合計は6
「ニドリーノの残りHPは24です!」
「全然だったよー」
「次は つっくんの出番だね!」
ちなみに、『叩いて被ってジャンケンポン』や『あっち向いてホイ』という名の闇のゲームに負けて、俺は名前の文字を奪われた。人物設定的には、『千と千尋の神隠し』のように、テーブルゲーム部という名の魔境に迷い込んだ異世界人らしい。
「伊井野のニドリーノに向かって、俺でたいあたり」
「ひぃ!」
伊井野に怯えられた。
いや、実際には体当りしないから。
「合計6」
「残念、命中ならず!」
「次は千花の……不治ワラちゃんの番だな」
「では、進行お願いしますっ!」
「いや、川田先輩まで何しているんですか……?」
俺が視線を逸らすと、部長のマッキー先ハイがやれやれ顔で答えてくれるようだ。
「校舎全域をフィールドとした秀知院RPGだよ」
「ポケモンマスター目指してみんなで旅をしています!」
部室でフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメを手持ちに入れるために競った後、マサラタウンを旅立って、トキワシティという校舎から出て、ニビシティに向かっている最中だ。
ここまでの道中も魔境だった。
「伊井野、モンスターボール分けてくれないか?」
「……はぁ?」
ちなみに、トキワシティにあるファミリーマートでもモンスターボールが売っていたが、お小遣いでは買える値段ではなかった。どうやら、この世界は物価が高騰しているらしい。
「そろそろ、俺もポケモンを使ってみたい」
「えー つっくんはせっかくレベル8まで上がっているのに」
朝の起床判定に失敗し続けたおかげで、オーキド博士役の校長からピカチュウすら貰えなかった。そして、校長自身もミュウツーを手持ちに参戦するつもりだったようだが、仕事中に抜け出した校長を捜しに来た教頭先生に却下された。
ともかく、俺がポケモンとなるしかなかった。
「そうそう。メガトンパンチだって覚えたじゃん」
「こっちはまだみずでっぽうとかしか使えないから、つっくんは私たちの最大戦力ですよ」
「当たったことがないし、これからも当たる気がしない」
それにノーマルとかくとう技ばかり覚えそうで、ゴースで詰む。そして、俺が覚える技や、進化するのかどうかについては、不治ワラちゃんの気分次第だ。
サイコロの出目からして、今日は運が悪い日だ。
「……よくわかりませんが、周囲の迷惑にならないよう気を付けてください」
「わかってる わかってる!」
どうやら、巡回中の伊井野と大仏は、TRPG中の俺たちに関わることを諦めたらしい。
「あっ、ミコちゃんたち逃げないでください!」
「せめて、お小遣い置いていってください!」
事情を知らないと、ただのカツアゲである。
「む~
それじゃあ、次はディグダの穴に向かいます」
「おー いきなりクチバシティ行っちゃう?」
ディグダの穴に行くことに、いあいぎりなんていらなかった。
「こことかどうでしょう!」
「体育倉庫みたいね」
「なんだかお宝の臭いがするね」
それは、土と汗の臭いだと思う。
この体育倉庫は、コンクリートの壁は厚く、風通しが悪いので蒸し暑い。数少ない光源は白熱電球1つであり、夕方であっても薄暗い。ごちゃごちゃしているとはいえ、まさにディグダの穴らしく、洞窟っぽさがあった。
「おおっ! マットがありますよ!」
「すごーい!おっきい!」
「たーのしー」
女子3人でぴょんぴょんし始めた。
TRPGのことはすっかり忘れられているようだ。
「でも、ここ熱いよねー」
「なんだか汗かいてきちゃった」
「だよねー」
マットの上に座って女子がそんな会話をしている。
疲れて、はぁはぁしている。
制服の裾をパタパタしている。
「……まあ、一旦出るか」
ずいぶんと丈夫で重い引き戸だ。加えて、金属製で錆びている。体育倉庫の構造的にも、いわゆる懲罰房や弾薬庫とも思えてくる。ガチャガチャと音を立てるだけで、簡単には開かない。
サイコロの出目といい、今日は運が悪い日だ。
「ちょっと、待ってろ」
まず、上下に動かして立て付けを隠してみるが、全く動かない。ここからは力比べをするしかない。だから、掴みづらい戸をなんとか持って、両手に力を入れるがビクともしなかった。
「あ~ 壊れちゃう~!」
「ちょっ! ミシミシいってるから!」
「ストップぅ!」
その声で一度やめたが、体育倉庫が崩れそうなら、無理に蹴り壊すことも危険になってくる。俺たちだから良かったけれど、この体育倉庫は生徒会役員的には、建て直しの案件だ。
体育祭が終わればすぐにでも申請しよう。
「助けを呼ぶしかないか」
携帯を操作して、状況に適している人に連絡した。
やりすぎないかが心配になるのだが。
「これは脱出ゲームですね!」
「制限時間は助けがくるまで」
「おーっ!」
この状況でも、どうやらゲームに繋げるらしい。
パニックになるよりはマシか。
俺たちは懐中電灯代わりにスマホを用いて、備品を探り始めた。引き戸に鍵穴はないし、開けるためのヒントや順序の誘導はない。まして、脱出用の階段なんてものはないだろう。
「この綱引きで引っ張るとかは?」
「でも、引っかけるところがないよね」
「あっ! これ、去年玉入れに使ったやつだ~」
そう簡単に、この状況を打開できるものは見つからないようだ。そもそも、脱出ゲームではないから、都合よく用意されているとは限らない。キーアイテムを手に入れるための謎解き要素もない。
手がないわけではけれど。
「つくしくんは何してるの~?」
「潤滑油を探している。この発電機の燃料は枯れているな」
そもそも、火気厳禁の軽油やガソリンは危ないけれど。
「あっ、これじゃない?」
「自転車とかによく使うやつだね」
マッキー先ハイ、ナイスだ。
早速、引き戸の下に使ってもらった。
「……いや、これでも開かないな
上にも使ってみるか」
俺たちは視線を上に向けた。
「結構高いよね~」
「つっくん、マット置いて届きそう?」
「ギリギリ手は届くが、潤滑油の残りが少ないから、見えないところで作業するというのはな」
「じゃあ、肩車はどうだろ?」
誰と誰がだろう。
女子同士で肩車しても十分届く高さだ。
ちらっ、ちらっと、女子たちの視線が交錯した。
「……千花と、俺ね」
「うんっ♪」
今、君はスカートなのだが。
にぱーっとしているから、良いのだろう。
「よいしょ……
わわっ! だいじょうぶ?」
中腰で肩車をしている状態だから、少しバランスが悪い。いや、それ以外にも問題があるのだけれど。
「大丈夫だ。問題ない」
柔らかい太もも、『もにゅっ』である。
これはやばいって。
「天井、大丈夫そうか?」
「うん。ちょっと怖いけど」
俺のスマホの通知音がする。
少し、千花がびくっとなった。
「もう助けが来たのかな?」
「いいとこだったんだけどねー」
「それはどういう意味で……」
嫌な予感がする。
特徴的な甲高い音が外から聞こえてきた。
「きゃっ!」
千花は大きい音が苦手だ。
肩の上にいる千花がバランスを崩した。俺は、その身体を抱き込んで、俺が下になるようにマットの上に寝転んだ。
結果的に、頭の向きはそれぞれ反対向きで、俺は顔に太ももが当たる。
「要請に応じ、助けに来たぞ」
「……どうも」
顔はヒヨコのような何かで、その全身は金属でできている。そんな姿だが、ジナイダという名前の女子だ。彼女はコンクリートの壁を、レーザーで破壊して取り外したらしく、切り口はドロドロに溶解している。
それにしても、と彼女は呟いた。
「グフフ、いやらしいですなオマエら!」
彼女の機械でできた顔に、表情の変化はないけれど、声で笑っているとわかる。
「事故だから!」
「そうそう! 事故ですからねっ!」
俺は、勢いよく飛び退いた。
そして、千花と視線を逸らし合う。
「わかってる わかってる~」
「ね~」
いまだ2人もニヤニヤとしている。
今日は、運が良かったのか、悪かったのか。