藤原千花を独占したい   作:狩る雄

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第34話 第5回秘密特訓@生徒会室

 我らが生徒会長、白銀御行は天才である。

 

 彼はあくまで努力の天才であって、彼の裏の顔を知る人はそう多くはない。一般家庭の生まれであるし、天才であることを保つ義務を強いられているわけではない。期待に応えたい、かっこよくありたい、見放されたくないという欲望から、見られていないところで努力している。

 

「……どうだったと思う?」

「中学の運動会の頃の創作ダンスより酷いと思った。盆踊りかスリラーみたいだった」

 

 まだ部活は続いており、放課後は始まったばかりだ。いつもより学園中がなんだか騒がしい放課後の生徒会室、そこに俺たち4人がいた。

 

「でも、会長の踊りからは一生懸命なことが伝わってきますよ」

「……慰めてくれて、ありがとう四宮」

 

 動きさえマスターすればいいということだ。

 御行にとって、それが大変なのだけれど。

 

 10月に入り、体育祭が近づいていた。俺たち2年生男子全員で行う種目として、ソーラン節というわりとメジャーなものが選ばれた。運動能力にあまり左右されることがないので、その力強い動きで、女子のハートをキャッチしたい欲望に溢れている。

 

 ちなみに、伊井野は風紀委員で打ち合わせらしく、そして石上は応援団に入ったので練習に励んでいる。

 

「つくしくん、なにできた風を装ってるんですか!!」

「まてまて、俺は昨晩動画を見てマスターしてきたから」

 

 千花からお叱りを受けた。

 我ながら、完璧な動きだったと思う。

 

「涼しい顔して余裕そうでしたね!

 でも、愛がないんですよ!!」

 

「愛が足りなくてまじですみませんでしたぁぁぁぁ!」

「筑紫ぃ!?」

 

 今までの愛を全否定されたんだぞ。

 お前に何が分かるんだぁ!!!

 

 

「会長、まずは柔軟から始めましょうか」

「お、おう……」

 

 御行は地面に座って、そのガチガチの身体をかぐやさんが少しずつ押していく。右手で左頬を触る『ルーティン』をしなければならず、片手で押すことになっているようだが、御行はそれがちょうどいいくらいの身体の固さだ。

 

「愛のない表現はみんなを不幸にするの!

 魂を込めなきゃいけないの!」

 

 なんだかいつもより積極的に伝えてくる。

 

 『具現化』に通じるものはある。

 ご都合主義とか、妄想とか、心意だとか。

 

「いいですか。ソーラン節は、ニシン漁の作業唄や沖揚げの動作が元となっています」

「歌いながら作業するのか?」

 

 歌うのか、作業するのか、どっちかにしてくれ。

 

「皆で同じ歌を共有することで一体感を高められるんだと思います。それに、単純作業を楽しくできる意味もあるでしょうね」

「一理ある」

 

 国家や軍歌みたいなものか。

 ニシン漁は集団でやるものなのだろう。

 

「そもそも、全国的に有名になったのは『3年B組金八先生』の影響らしいです。お互いの良さを知ることができるような、青臭くて、熱い踊りなんです」

「なるほど。為になるな」

 

 それから、千花の動きを見ながら踊るように言われた。

 

 いろいろ揺れてる。

 集中できるわけないじゃん。

 

「やっぱり見本の真似して踊ってたんだ!

 清々しいくらい私と同じだったもん!」

 

 たとえ集中していなくとも、動きを合わせるくらいなら簡単にできる。集団で踊るということは、常に見本がいるということだ。中学の頃のダンスも、御行と一緒にそうして乗りきってきた。

 

「実は、曲や太鼓の音も無視している。そうしないとやばい」

 

 音痴というのは、こういうところにも影響してくるということだ。

 

「わかりました! 心と体を弾ませながらリズミカルに踊る楽しさ、私が教え込んであげます!」

 

 御行はかぐやさんにボディータッチされながら、動きを1つ1つ修正されている。それでもなお、まだ動きがガチガチで、そして必死すぎて、動きが崩れてしまう。だから、再び、ボディータッチされる。

 

 あんな風に、手取り足取りか。

 楽しみだ。

 

「まずはお二人に、引っ張られる網の気持ちを理解させます!」

「……網?」

 

 まず、網を演劇部に取りに行った。

 

 

 

****

 

 ダンスというのは意外にも疲れる。

 

 全身の筋肉を使う踊りであって、ソーラン節は特に足や腰に負担がかかる。御行は人一倍体力があるとはいえ、柔軟から始まった練習で全身の筋肉が悲鳴を上げることになった。

 

 そのため、今日は早めの帰宅となった。

 

「あっ……おかえり……」

「お兄ぃ!?」

 

 お風呂上りの御行が、リビングの床に大の字になって天井を見上げている。帰宅した御行の妹さんは、何か怪我をしたのではないかと心配してしまったようだ。

 

 いや、それよりはとうとう倒れたのかという感じ、なのだろうか?

 

「お邪魔しています。圭さん」

「えっと、確か、川田先輩ですよね」

 

 白銀圭さんとは数回会ったことがあるとはいえ、中等部の彼女とはあまり関わりがない。俺と御行は中学の頃から親友とはいえ、基本的に学校内での付き合いだった。

 

「兄に、なにかありましたか……?」

「ソーラン節の練習で筋肉痛ですよ」

「床がきもちいいぞ」

 

 その瞬間、圭さんの目が、兄に向けるようなではないものに変わった。どうやら反抗期と思春期が同時に訪れているようだ。

 

「そうだ。圭ちゃん、帰ったら手洗いうがいしないと」

「……わかってる」

 

 ちらりと俺を気にして、洗面所へ向かった。

 そして、荷物を置きに自室へ入ったようだ。

 

 さて、ここまでの彼女の動きがどれも見えてしまう。それは、この家が3人家族では決して広くはない大きさだからだ。個室は1つしかなく、たぶん御行と圭さんは同じ部屋を2つに分けているのだろう。

 

「ちょっと待って!

 なんでお客さんに料理させてんの!?」

 

 ラフではない格好に着替えてきたようだ。

 それにしても、ノリの良さが御行と似ている。

 

「お風呂にします?

 ご飯にします?

 それとも、妹さん?」

 

「なんで兄に向かって言ったんですか!?」

 

 今、圭さんの中では最悪の答えが浮かび始めているのだろう。中学時代の御行は浮いた話が1つもなかったこともある。

 

「冗談です。俺には好きな人がいますよ。圭ちゃんも知っている人です」

「おいおい、圭ちゃんを揶揄うなって」

「……圭ちゃんって呼ばないでください」

 

 そして、圭さんは何か思いついたような顔をした。

 

「あの、兄の学校での様子はどうですか?」

「いや、お兄ちゃん、ここにいるんだけど」

「それは、食べながらでも話しますよ」

 

 圭さんはお皿を並べるのを手伝ってくれようとしたが、後は盛り付けるだけだ。テーブルの上に御行はもぞもぞと動き始め、3つしかないイスのうち1つに腰を落ち着けた。

 

「親子丼なんですね」

 

 玉ねぎと鶏肉、その他調味料をフライパンにブチ込んでじっくりと煮て、仕上げに溶き卵をする。炊き立てのご飯にネギと共に乗せただけのお手軽さ(潜影蛇手)。

 あとは、栄養バランス的にレタスでもちぎって、冷やしておけばいい。

 

 全員で、いただきますした。

 

「傷心の心にも優しい味のどんぶりで、優勝したくなったので」

「はぁ……そうですか」

「筑紫は昔からこういうやつだ」

 

 うーん、このネタが伝わらないとは。

 

「それで、御行の学校生活だったな」

「はい、そうですね」

 

 何から話したものか。

 

「今日は女子と柔軟運動をしていたな」

「じゅっ!?」

「ああ、おかげで身体中が痛い」

 

「あとは、手取り足取り教え込まれて」

「手取り足取り!?」

「舞踊を嗜んでいると言っていたが、かなり上手かったな」

 

「ちなみに4人で」

「4人!?」

「藤原書記には叩きこまれたな」

 

「ソーラン節のこと、ですよ」

「そ、そうですよねー」

「明日も特訓しないとな」

 

 こちらをジト目で見ながらお茶を飲む。

 目を細めると、本当に御行とよく似ている。

 

「まあ、楽しく青春ラブコメやっているよ」

「……そうですか」

 

 どうやら、この言葉で満足してくれたようだ。普段はツンツンしてしまうみたいだが、辛い時も3人で乗り越えてきた仲の良い家族なのだろう。その仲の良さは、俺の家族も決して負けていないけれど。

 

 ごちそうさま、と告げる。

 

「御行、今日はバイトないなら早めに休んだらどうだ? 皿洗いもしておくし」

「だが、食べてすぐ寝たらいかんだろう」

 

 そんなことしているから、常に睡眠不足なのだ。体育祭の練習や準備で最近疲れていることくらい、親友ならすぐにわかる。それが御行のことが気になる女性からすれば、尚更だろう。

 

 今日だって、特訓後にはマッサージをしてもらっていた。

 

「横になるだけなら、むしろ消化にいいらしいぞ。向きは忘れたけれど」

「おい、やめろ」

 

 その身体を羽交い締めで、運び出す。

 いつもの御行と違って抵抗する力はない。

 

「やめて、くれ!」

「待って!川田さん!!」

 

 別に、男の親友相手に隠すほどのものなんか。

 

 

 

「……おい」

 

 その狭い部屋は『人間ここまで死ぬ気になれるのか』と、一目でわかる地獄だった。

 

 御行自身与える強迫観念が紙に書き殴られた『文字』として現れており、天井にまで達している。こんな地獄ができるくらい、毎晩勉強していれば、急激に成績が伸びることも頷ける。

 これならば、いつも睡眠不足なことは当たり前だ。

 

「……バカかよ、お前」

「……俺は馬鹿だ」

 

 こいつは死ぬ気で『できる』ようになっただけだ。高校3年間、ほとんど休むことなく受験勉強しているようなものだ。もう強くなったと思いこんでいたけれど、秘密特訓を重ねていたように、俺たちにさえこの弱さだけは隠していたらしい。

 御行はまだ臆病なままだった。

 

「馬鹿なんてこと、俺は嫌でもわかってるさ!」

「勉強ができるできないの問題じゃないだろ!」

 

「川田さん、やめて!」

 

 圭さんの声で、ハッとする。

 御行に怒りをぶつけて無意味だ。

 

 俺は、胸ぐらを掴んでいた手をそっと放した。

 

「……ごめん」

 

 気づいてしまって、ごめん。

 気づいてやれなくて、ごめん。

 止めなくて、ごめん。

 

「……俺の方こそ、すまん」

 

 四宮かぐやの隣に立てるように応援してきたことは、そして御行に期待することは、親友を危うく殺すような感情だった。もし中途半端に止めてしまっていれば、その精神が壊れてしまうほどだった。

 親友が初恋したときに、最初から止めるべきだった。

 

「誰にも言わないでくれ。

 あいつにだけは、絶対に……」

 

「……でも、いつか、自分の口で伝えてあげろよ」

 

 この光景を、あの優しいかぐやさんが見たら、耐えられるわけがない。それに、かぐやさんの前で強がってばかりの御行が、今の段階で弱さを見せてしまえば、精神が壊れてしまうかもしれない。

 

「推薦状、早速使うらしいな」

「……ああ」

 

 そして、スタンフォード大学への関係書類が目に入った。つまり、今期の生徒会が終わる頃には、御行は海外へと進学してしまう。そこで、また、この地獄の生活を続けるのだろう。海外に行ってしまえば、その身体を気遣ってくれる家族はいない。更には、かぐやさんを数年間日本に待たせることになる。

 

 俺はまた、頑張れって、伝えればいいのだろうか。

 いや、それよりも。

 

「これは、自分の意志で?」

「……俺は、行きたい、と思っている」

 

 死なないように、止めるのが正義なのだろう。

 御行はいつか限界を迎えることになる。

 

「……まあ、親友の夢は、応援するしかないだろう?」

 

 震えている御行の肩に触れて、俺はそう告げる。

 

「もし受かれば焼肉食べ放題の店で奢る」

「……何を、急に」

 

「もし落ちたら、この家で焼肉ヤケ食い、1週間は臭いが染み付くだろうな」

「……ああ、それはきついな」

 

 御行は震える顔を覆った。

 親友にくらい、弱さを見せてほしかった。

 

「よくがんばっています」

 

「あり がとう……」

 

 御行に必要だったのは、こんな単純な言葉と感情、そして親愛だったのだろう。

 

 素直に褒めてくれる人がいることが、御行の心の支えだ。かぐやさんに告らせたいという想いは、その差を埋める自信になる。それでようやく気兼ねなく付き合うことができる。いつか、強さも弱さも好きになってくれるかぐやさんに、その想いを伝えてもらうことができるだろう。

 それまでは、俺が支えてやる。

 

「大丈夫。みんなも受け止めてくれるから」

 

『四宮の横に立てる』、その夢は叶うから。

 

 

 


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