体育祭当日となった。
赤組と白組に分かれ、各競技で合計点数を競う。
それとは別に、各学年で一斉に演技することがある。2年生全員で行う出し物こそがソーラン節だ。俺たちは体操着の上に法被を羽織り、太鼓の音とお馴染みのBGMを聴きながら、力強く踊る。
網の気持ちを知り、漁師に成りきり、鰊をゲット。
そして、千花が太鼓を叩くリズムを感じる。
俺は今、皆と一緒にソーラン節ができていた。
「筑紫君、こっち向いて~!」
大学生の美人に呼びかけられる。
なんでいるの。
いかん、集中集中。
「目に指が食い込んでるから、維織さん!?」
聞き覚えのある男の叫び声が聞こえてくる。
なんでいるの。
ともかく、最後のポーズまでやりきった。
『2年生のソーラン節でした』
「なんでいるんですか?」
「父兄参観、こういうのは新鮮」
ようやく風来坊の目を解放しながら、長姉がそう告げる。
実の母もビデオカメラを片手にニコッとした。
「最近の若者はへそ出しをするのですね。時代は変わっていますね」
「あれはさすがにしたことないなー いやー、若いっていいねぇ」
「姉さんも麻美さんもまだ若いだろう」
千花も含めて、何人か体操着の裾を結んでいて、へそ出ししている。みんなでやれば怖いものなしなのかはわからない。ともかく、そのおかげで、大人子ども関係なく、男が冷静ではいられない状況だった。
さっき千花も太鼓を完璧のリズムで叩いていたが、ポニーテール含めて、いろいろと揺れていた。
「つくし君も頑張っていたな。途中から見れなかったとはいえ」
「ちょっ、子ども扱いしないでください!」
頭をがしがしと撫でられた。
彼にとっては、まだまだ俺は子どもなのだろう。
俺は乱れた髪を手櫛で直しながら、赤い鉢巻を巻きなおした。
「筑紫、他には何に出るの?」
「障害物競争と綱引き、そしてトリにある部活・委員会対抗リレーだな」
「うわー、他の人がかわいそうになるくらいだよ」
「文化部の中では圧倒的でしょうね。かけっこ速いとモテますよ」
「俺は小学生かよ、姉さん」
とはいえ、赤組が文化部連合と呼べるチームであるので、白組の運動部連合とは大きなハンデがある。向こうには本業とも呼べる陸上部、走塁で慣れている野球部がいるからだ。
「それでは、また昼には来ますね。
麻美さん、双眼鏡を借ります」
「えっと、別にいいけど……?」
いつまでも長居するわけにもいかない。
「……お姉ちゃんって」
「ここでは呼びませんから」
「立場を弁えてください」
俺や姉さんに制されて、しょぼんとする。
長姉は油断も隙もあったものじゃない。
1年女子たちがキャッキャッしている『玉入れ』では、伊井野が高身長の大仏に肩車されていることが目立っていた。上手くはいかないけれど、その光景に良い意味で笑ったり、ルール内での発想に感心していたり。
さて、100m走には石上や御行が出る。
彼らは赤組だ。
でも、白組の中で応援したい女子がいる。
もちろん白組の柏木さんだって、応援席で堂々と赤組のTSUBASA君を応援しているだろう。クラスごとというわけではなく、できる限り他クラスと交流できるように、クラス内でも赤組白組に分けられている。
「不良を発見しました。これより確保します」
だからなのか。
かぐやさんは応援席から少し離れていた。
「冗談だ。」
「もう、川田さん」
そもそも、通信なんて行っていないけれど。
雰囲気だ。
御行にやるような『やり取り』をかぐやさんとするなんて、1年前ではあり得なかっただろう。お互いに牽制し合い、裏の考えを読み取ろうと躍起になっていた。俺たち自身が、他人から素直に好意を受け取ることが得意ではなかったからこそ。
そんな期間があったからなのか、今では意外に気が合う関係だと思う。
「ほら、そろそろ御行の出番だ」
「双眼鏡……、ありがとうございます。」
借りてきた双眼鏡を受け取り、かぐやさんは御行を視界に入れる。遠くにいる彼は、キョロキョロとし、そして一度顎に手をあてたあと、こちらを一瞥した。
かぐやさんの考えを読んで、かぐやさんの場所を考え出したのだろう。
「会長、がんばれー」
御行は赤組白組問わず、応援されている。期待されれば、御行は応えようと『必死』になる。その証拠にも、いつもより速く走れている。そして、かぐやさんの声は届かないだろうが、その想いは届いている。
すでにかぐやさんの隣に立っていた。
ただし、それはこの学園内に限っての話だ。
「あいつが生徒会長ねぇ……」
長身のサングラスの男が呟くように言った。
「器じゃないだろうに……
どうせぼろ出さないように必死でやってんだろう」
彼は深く溜息を零す。
そして、缶ビールをごくごくと飲み干した。
「聞き捨てなりませんね」
双眼鏡を俺に手渡した。
御行の雄姿を最後まで見届けたかぐやさんは、キリッとした表情でそう告げる。
「白銀会長はこの学園の代表として相応しい立派な方です。そんな誹りを受けるいわれはございません」
かぐやさんの反論に対して、男はまた深々と溜息をついた。
「……立派なもんか。まだまだ尻の青いガキだ。
まー、外野からは優秀に見えるのかもしれないが」
「外野じゃありませんっ!
私は生徒会副会長 四宮かぐやです!」
「……同じく庶務、川田筑紫です」
かぐやさんは、はっきりと伝えた。
御行関連のことになると、冷静さを失うようだ。
「四宮。それに、川田つくし……
そういうことか。いやいや失敬した」
頭の回転の速さは、『蛙の子は蛙』らしい。
男の口元がニヤリと歪んだ。
「ならば、白銀御行がどういう人間か私に教えてくれないか? それを聞いて納得できたら先程の発言は撤回しよう」
「わかりました」
かぐやさんは、意を決したようだ。
「会長は学年1位の成績で」
「それしか能がないんだろう」
「結構、必死に努力していそうですね」
「選挙で選ばれた生徒会長で」
「立候補者はたかだか数名だろう?」
「まあ、御行1人では厳しかったでしょうね」
「う~、目元もキリッとしてて麗しいし」
「親の遺伝子が良かったんだな」
いや、それはかぐやさんの好みがベストマッチしただけだろう。
「もぉぉ! とにかく会長は素敵な人なの!
なんでわからないのっ!」
「良いリアクションをする子だな」
「確かに」
彼は肩を諫めた。
「だがその程度の話は私も知っている。私に反論したいのなら、四宮かぐやにとってどういう存在なのかを語った方が良いんじゃないか?」
「私にとって、どういう存在か……」
主観的で、感情論で、不確かな理論だ。
「私、この世に良い人なんていないと思っていました」
呟くように、告げる。
「だから会長が良い人ぶる度にその分、心の奥底には醜い企てがあるのだと思い込んで、その醜い部分を炙りだしてやろうだなんて思っていたんです」
御行が俺やかぐやさんに憧れて、それでも、光の道を歩もうとしたのは驚いている。彼が抱いた『ヒーロー像』は、俺たちがかつては自覚していて、いつしか捨てたはずのもので、でも実はまだ隠し持っていて。
「でもそれはいつまでたっても見つけられなくて、そのうち根負けして、会長みたいなタイプも世の中にはいるんだなって気づかせてくれて。そして、意外と打算無しに動いている人も多いと気づき始めて」
それは、親切やお節介であって。
なんとも甘くて、輝かしいものだ。
「見える景色が、
少しだけ変わったんです」
御行は、かぐやさんにとっては最高のヒーローとなった。
「俺たち生徒会役員は、御行を支えたいと思っています。それはもう、役職に囚われないくらい、支え合って仕事しているくらい。だから、今は、みんなで楽しく青春やっていますよ」
いつまでもこの『ぬるま湯』に浸かっていたいけれど、いつかは御行もかぐやさんも、俺も、答えを出さなければならない。
「なるほど。確かに、あいつはとても慕われているようだ」
そして彼は、かぐやさんに問いかける。
「御行のこと、恋愛対象として好きなのか?」
「なななんでそんなことを見ず知らずの人に言われなきゃならないんですかっ!!」
「好きか嫌いかで言ったらどっち?
将来的に結婚したいとか?
ねぇねぇー?」
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょう!?」
「それもう言ってるようなものだな」
「自分もそう思います」
「川田さんまでっ!」
これなら、そのうちかぐやさんから、告るだろう。
そして、急いで駆けてくる音が聞こえた。
「ちょっ! なんで四宮や筑紫といるんだ!?」
「いやー、道に迷ってな」
御行が彼の腕を引っ張って、ここから彼を離れさせようとしている。
「会長……お知り合いですか……?」
「どうも、御行パパです」
「なるほど。パパ活でしたか」
「それ意味違うから! 筑紫、お前わざとだろう!!」
サングラスを外すと、その目つきが御行に似ている。
「四宮、何か変なこと言われたんじゃ……」
「いえ? お茶目で愉快なお父様、素敵な人でしたよ……?」
ほう、お義父様とな。
これが義理の親への挨拶のお手本だったか。
「それじゃあ、俺は購買で揚げたてサクサクのカレーパン買ってくるから」
「案内しますよ。
ぜひ、体育祭を楽しんでいってください」
目を逸らすかぐやさんと、焦ってフォローしようとしている御行を置いて、俺たちはその場を後にした。