藤原千花を独占したい   作:ヒラメもち

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第3話 朝登校の誘い方

 天才という存在は確かにいる。

 次元の違いを感じさせられるほどの。

 

 学友の四宮かぐやがまさしくそうであるし、知り合いの研究者の高坂茜さんも当てはまる。(一応)姉という関係の野崎維織だって天才なのだ。実姉や会長も努力型の天才だ。現在進行形または将来的に、その名を残す人物たちだ。

 

 そういう人たちは『得てして、何かを失っている人が多い』と情報屋のお姉様がいつしか述べた。多くの天才と関わってきた俺には実感させられる言葉だった。

 

―――かつて天才のピアニストと呼ばれていた藤原千花は、何かを失っているのだろうか。

 

などと朝からソファに座ってボーっと哲学していた。

現実逃避ともいう。

 

 朝から彼氏と電話している実姉がいる。

 

「ようやく1軍に進めそうだと?……やれやれ。先を越されるとは。これは早く社長の座を狙うしかありませんね」

 

 冗談です、と実姉はその口癖を告げる。

 姉なりの『おめでとう』だ。

 

 まあ、前述した年上の天才女子たちはすでに壁を乗り越えている。厳密には、運命の人と呼べる人たちとの青春ラブコメによって変わった。

 

「……維織様は元気ですよ。無駄に」

 

 旅ガラスの想い人を連れ戻してきてからはむしろ前より『生きてるって感じ』だ。

 

「冗談です。1軍に昇進した時はお祝いしましょう。……もちろん麻美ちゃんも呼んで。」

 

 ひでぇ。

 三角関係で競っていた女性を呼ぶ気だ。

 

「もちろん。私にとってもあなたにとっても親友ですから」

 

 ひでぇ。

 親友とはいえ、目の前でイチャイチャする気だ。ほんとに親友だよね?

 

「維織様にお姉ちゃんと呼ぶように頼まれたと?……切りますね。頑張ってください」

 

 俺も実姉も、たまに呼ぶことでからかっている。腹違いの妹や弟とはいえ、そんなことを全く気にしないシスコンぶりにむしろ引くまである。まあ、今は亡き父親が握っていた頃より数百倍マシな生活を送らせてもらっている。

 

 いざ呼ぼうとすると、照れるんだよ。

 

「ところで」

 

 紺色のスーツ姿の姉が振り向いた。

 

 母譲りの茶髪をゴム紐で1つ結びにしている姿は、我が姉ながら男に動揺を誘っていると思う。わざわざ一度、ゴム紐を口に咥えた。彼氏さんに試す前の実験段階なのだろう。

 弟で試すなよ。

 

「わざと惚気話を聞かせましたが、そろそろ告白する気になりましたか?」

「んー……自慢じゃなかったのか?」

 

 はぐらかすに限る。

 

 ブラックコーヒーを飲みたくなる電話だった。てか、母親の前では惚気話をすることは躊躇うのに、弟の前では自慢してくるんだな。

 

「ええ。私としてはお可愛い弟を取られることが非常に残念ですが……おっと、まだまだ麻美ちゃんも甘いですね」

「麻美さん、どんまい……」

 

 無表情で言われても全く説得力を感じない。

 ましてスマホを弄り始めている。たぶん、同時に麻美さんを弄っている。

 

「話を戻しますが、冗談です。本当は可愛い義妹が欲しいだけです。だからそろそろ姉離れしてください」

「じょ、冗談だよな……?」

 

 口癖の『冗談です』は返ってこなかった。

 

 何が冗談なのか、言ってくれよ!

 辛い時も家族3人で乗り越えてきたじゃないか!?

 

 

「……彼は確かに優秀ですが、ご執心なのはあまりおすすめしませんよ」

「それは経験談か?」

 

 返答はない。

 そっと息を吐いて、姉はビジネスバッグを持った。

 

 

「それでは。行ってきますね、筑紫」

「はいはい。行ってらっしゃい、姉さん」

 

 相変わらずな姉だ。

 お弁当の入った袋を持って部屋から出ていき、やがて扉の開閉音が聞こえた。

 

 

「俺もそろそろ出るか」

 

 コネがあるとはいえ、高校卒業後すぐにITの大企業に就職したのだから、忙しいことはよくわかっている。いや、まあ、慣れない仕事のはずなのに数ヶ月単位で昇進して、いつの間にか社長秘書にまで昇り詰めているらしいし。

 帰りも遅く、彼氏さんと会えない日々が続いている。

 

―――ほんと、弟として心配になる。

 

そこで、ポンッと頭を叩かれた。

 

 

「姉として。今週末ダブルデートの予定を立てましょうか?」

「行ってきます!!」

 

 あっぶねぇ、口に出してなかったよね?

 油断も隙もあったものじゃない。

 

 

 

****

 

 朝の登校について、その手段は個人によって異なる。

 

 重い教科書の入ったランドセルを背負ってみんなで歩く小学生たち、汗をたらして自転車を漕いでいく中学生、バスに乗るために列を作っている高校生たち。

 

 

「わ~遅刻遅刻~!」

 

 秀知院学園に通う児童や生徒は、親か使用人に車で送ってもらう場合が多い。全員がそういうわけでもなく外部入学生以外も、対象者は徒歩で通う場合もある。その通学ルートについて、半年かけて調査済み。

 

「きゃっ!」

 

 雨以外の日もタクシーを呼ぶことがあり、その気分次第で通学ルートがよく変わる。だから出会える確率は1割程度。

 ポケモンの色違いよりはずっと出会いやすい。

 

しかも!

今日は!

曲がり角でぶつかるというシチュエーション!

 

「……大丈夫か?」

「わっ! つくしくん、ありがとう!」

 

 体格差もあり、受け止める形になる。

 

 素肌が露出している太ももと手のひらを怪我させるわけにはいかない。こういうとき、鍛えたことが役立ってくる。

 

「あっ!」

 

 何かに気づいたように、俺の顔を見上げてくる。

 

 もしかして、キスされる!?(童貞)

 そう思った矢先。

 

「芋けんぴ、髪についてたよ!」

「あっ、うん、えっ……芋けんぴ?」

 

 ほらっと言いつつ、親指と人差し指に挟み込んで見せてくる。まじ芋けんぴ。

 

「芋けんぴねぇ……」

 

 ドキドキより疑問が芽生えた。確かにそういうシチュエーションは、恋愛経験ゼロだった時に、麻美さんから借りた参考書(漫画)で読んだことはある。それは花びらとか葉っぱだったけれど。

 

 だが芋けんぴ。藤原さんの家の教育上、さすがに何かを食べながら走っているということは考えられない。

 

「朝ごはん、芋けんぴだったの?」

 

 出所不明であることを気にせず、芋けんぴをむしゃむしゃしながら喋っている。食べるのかよ。

 

「いや、そんなことは……」

 

 待て、朝?

 母親はすぐに出かけた。

 

 それならば犯人は姉だ。

 

「姉さん、ナイス」

「……?」

 

 なんで芋けんぴなのかはこの際考えまい。今まで小学生や中学生に見られたとか恥ずかしいし。

 

 まあ、悔しくはある。情報屋のお姉様から『筋が良い』と言われた俺が出し抜かれた。ちなみにあの女性はお姉様と呼ばないと、物理的にハートブレイクされる。

 

「あわわ、遅れちゃうよ!」

「……そうだな」

 

 どう仕返ししてやろうか考えながら、ある程度のペースで走る。その気になれば、長距離走では野球選手の義兄に勝てるくらいの運動能力が俺にはある。さすがにキャッチャーの彼が得意とする短距離走や肩力には勝てないけれど。

 そして、姉に対する仕返しは忘れるくらいの現象が起きている。

 

―――初めて、手を繋いだ

 

 自分で走った方が速いのだが、誰かに引っ張られるというのは初体験だ。すぐ右前を走る藤原さんの横顔と、風に靡くゆるふわな髪には見惚れてしまう。

 

 女子の手って柔らかっ!

 俺の手とか硬すぎてむしろ失礼すぎる。

 

「ぜぇ……ぜぇ……お前たちも急げ!遅刻するぞ!」

「あっ!かぐやさんたちだ!」

 

 二人乗りして、必死に漕いでいく会長が通り過ぎていった。

 

「は~い!」

 

 四宮かぐやが荷台に座り、その腕を腰に回している。いわゆる二人乗りをしていた。

 

「かぐやさんいいな~」

 

 俺からすれば、護衛や送り迎えなしに四宮かぐやがここにいることに疑問が芽生えた。

 まあ、いいか。

 

「明日、自転車乗ってくるけど……」

「ほんと!」

 

 なるほど、これが朝登校の誘い方か。

 初めて誘えた。

 

 ありがとう芋けんぴ。ありがとう姉さん。

 

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