御行パパさんは、ビールとカレーパンを持ってどこかへ行った。
入れ替わるように、御行がやってきた。
「なあ、親父に何か言ったか?」
「恋愛事情ってやつ?」
生徒会室内でのエピソードをいくつか紹介したくらいだ。いざ振り返ってみると、これがなかなか面白い頭脳戦が行われてきたものだと思う。さっさと付き合って、四宮かぐやの尻に敷かれてしまえばいいのに。
「さいっあくの、内容じゃねぇか!!」
「まあ、胸焼けしていたくらいだから、言いふらすことはないと思う」
さて、俺は御行と合流して、千花やたちがいる赤組の応援席に戻ってくると、パネルの影で休んでいた石上と合流する。
今となっては、生徒会役員の男子3人が『いつメン』として行動していることが多い。それをよく思わない者もいるのだが、周囲が応援に熱中していることもあって、いつもより石上に不平不満の視線が集まることは少ない。
まあ、ほとんどの男子の視線が、あちこちに点在している女子のへそ出し体操服姿に向いている。もちろん俺も思春期男子としては、隣にやってきた千花のへそを目に焼きつけている。
「お、次は借り物競争か」
「よく漫画だと、『好きな人』って紙が入ってますよね」
「あ~ あるある!」
御行や石上の呟いた内容に、TG部トリオも大きく頷いた。
「それで、ハーレム主人公は誰を選ぶかで苦悩する。これが正妻戦争か」
「それはますますフィクションの話だな」
「うわっ、あれってお姫様抱っこですよ。リア充砕け散れ」
今は借り物競争をやっている。まるで見せつけるように歩いているTSUBASA君たち、他にもかぐやさんと伊井野が出場している。もちろん、普通にボールやタイヤを持って走っている人もいれば、観客席の子どもたちを集めて走っている人もいる。
「あっ! 次はかぐやさんの出番ですよ!」
「なんか面白いのを引き当てたら、誰を選ぶだろうな」
「い、いやー、誰だろうなぁー?」
急に靴紐を結び直していて、誰でもわかるくらい御行は明らかに意識している。
「四宮先輩、こっちに向かってきてますよ!」
「みたいだな」
借り物競争であっても手を抜かないのか、凄まじいスピードだ。
それに応えるべく、御行がもはや飛び出してしまいそうだ。
「石上くん! 石上くん!」
「えっ、ちょっ!」
石上の腕を取って、かぐやさんと走り始めた。
「なん……だと……」
「かぐやさんも石上くんもがんばれ~っ!」
御行は絶望の表情を浮かべている姿を見て、マッキー先ハイとギガ子さんはご愁傷様といった表情を浮かべているし、両片想いはバレバレなのだろう。むしろ呑気に応援している藤ワラちゃんはなぜ気づかない。
それにしても、石上もかぐやさんになんとか付いていけるくらいには、走れている。
『1位、かぐや様の借り物は、「後輩」でした~!』
放送席からの声に、御行は深い安堵の息を吐いた。
「2人ともすごーい!」
周囲も後輩の中から石上が選ばれたことより、かぐやさんの勝利を祝っているようだ。そんなことよりも、ぴょんぴょん揺れるチカがヤベーイ!
「あっ、次はミコちゃんの出番だ!」
どうやら、少し伊井野が出遅れている。
彼女は『1年』の箱から取り出して、こっちを向いた。
「川田先輩! 走って!!」
ロープを飛び越えて、伊井野とグラウンド内で合流した。
「おんぶしてもいいが」
「自分で走れます!」
相変わらず、心強い後輩だ。
その細い腕を引っ張りながら走る。
「生徒会で続けーっ!!」
「がんばれ~!」
御行たちの応援が聞こえる。
ゴールテープをくぐり抜けた。
『1位、伊井野さんの借り物は、「先輩」でした~!』
「おめでとう」
「はぁ、はぁ……なんとか」
肩で息をしている伊井野が、息を整えるのを待つ。
人生で一番速く、走らされたことだろう。
「ところで、次が障害物競走なのだが、俺は走らされたのか?」
「ええ。藤原先輩には迷惑をかけられないですから」
けろっとした表情なのだから、ツンデレの欠片もない。もちろん、俺は次の競技で支障をきたすほど柔な体力をしていないのだし、だから、伊井野は勝つために最善の選択をしたのだろう。
彼女も、赤組の勝利のために本気らしい。
「それじゃあ。石上と、2人で、ゆっくりと応援席に戻ってな」
「……わかりました」
そして、汗をかいてうっとうしそうに前髪をかきあげている石上を、手招きする。
「じゃ、よろしく」
「まあ、はい。てか、大丈夫か、お前?」
「べ、べつに、平気よ」
駆けつけてきた石上は、伊井野を心配している。石上は捻くれているが優しいし、疲れて弱っている伊井野とは意外と上手くコミュニケーションを取れるのかもしれない。やはり、喧嘩するほど仲がいいというか。
「つくしくんっ! がんばろうねっ!」
「ああ。お互いに」
すでに待機場所にいた千花から声をかけられた。
競技は、障害物競争だ。
さて、平均台、ダンボール製のキャタピラ、跳び箱が少し時間をかけて準備されている。100m走よりも走力が大きく関わってこないから、体育祭競技の中でも大番狂わせが起きる。今回は、小麦粉の中の飴探しが特に、あまり慣れないことだろう。
千花は先に走りきったが、惜しくも2位か。
でも、楽しそうだ。
「位置について、よーい」
空砲の音で、クラウチングスタート。
平均台を駆け抜け、キャタピラに入り込んだ。
「筑紫、そのまま本気だー!」
「つっくん、はやい!はやい!」
御行の言う通り、本気でやっている。
ジャンプ台を踏んで、跳び箱を飛び越え、着地と同時に走り出す。
走り込む場所は、絶対に『左から2番目』。
小麦粉に顔を突っ込んだ。
これでもう目的は果たしたので。
奥底から飴を見つけて、ゴールラインを駆け抜けた。
「つくしくん、カオまっしろだ!」
「千花はそこまで白くはないな」
体操服の袖で軽く拭きとったが、どこまで取れたかはわからない。
まあ、俺は上手く探せなかったからだな。
いや~、奥底まで探さなければならなかったし。
「ほらアメ~」
舌で飴を見せてきた。
えっちぃ……
「こらこら。千花、はしたないぞ」
眼鏡をかけたスーツの男性は、親しみやすい雰囲気が滲み出ている。
「ほら、タオルで拭きなさい」
「お母様、ありがと」
同じくスーツの女性は、若々しくスリムな美人。
そして。
「君が、つくしくんか~」
胸の谷間を見せるほど、薄着の女性。
でけぇぇぇ!
これが、藤原三姉妹の共通事項か。
「……はい。川田筑紫と言います。はじめまして」
「豊実よ。おね~ちゃんって呼んでいいから」
それは、義姉という意味だろうか。
まあ、そういう誘いには慣れている。
「いえ、豊実さんと呼ばせていただきます」
「あら、ざんねん」
「こら、豊実。川田君に失礼だろう?」
「そ、そうですよ、姉様!」
3人の言い合いが始まる。
そして、千花の母親は苦笑いを浮かべた。
「君もこれで顔を拭いて」
「ありがとうございます」
これってさっき千花が使ったタオルじゃないか。
この女性には、お見通しということか。
「これは洗って、藤原……千花さん経由でお返ししますので」
「気にしないで」
彼女が手のひらを見せてきたので、渋々だが渡すしかない。どうしても好意に甘えてしまうのは、千花の面影があるからだろう。
「万穂よ。いつも千花がお世話になっています」
「生徒会庶務、川田筑紫です。
こちらこそ、お世話してもらうことがありまして、友人共々」
「ホントだね、いっぱいお世話したね」
今の千花の声はなんだか重々しかった。
校歌の件とか、ソーラン節の件とか。
あと、最近は美術の授業で特に。
「藤原大地です。よろしく」
「はい、よろしくお願いします、大地さん」
握手を相手から求められたので、両手で軽く握る。
そして、相手からは目を離さない。
「硬くて、しっかりと鍛えているようだね。それと、目元が彼、いや、お姉さんというべきか、どこか彼女とよく似ている」
「はい、よく言われます」
お互いに、程よいタイミングを見計らって、手を離した。
「姉さんたちの、弟ですから」
「ははは、確かにそのようだ。いい笑顔をするじゃないか」
彼は、俺の亡き父親も知っているのだろう。
俺は数回しか会ったことはないが、子どもながらに初対面で好印象を持てた相手ではない。その無表情の顔の裏に、何かを隠していることがよくわかり、もちろん、その考え方や思想も決して好感が持てるものでもなかった。
目元はコンプレックスであるが、しかし3人姉弟だとわかる1番の証拠でもある。
「も~ お父様、つくしくんになに絡んでるの!」
「おいおい、引っ張るな引っ張るな」
友達と親が会話することに恥ずかしがっている千花が、彼の腕を引っ張っている。娘とスキンシップを取るのは、父親としては嬉しいものらしい。だからこそ、そう簡単に嫁へ出したくはないものだ。
「今度、白銀くんたちと一緒に、ディナーに招待させてくれないかな?」
「ぜひ、参加させていただきたいです」
そこで、本試験ということか。
「そうか。楽しみにしているよ」
「ええ。その時までには」
千花と万穂さんがちょこんと首を傾げているが、豊実さんは小悪魔な笑みを浮かべていた。