体育祭も終盤となっている。
自分の子どもの出番が終わったことで帰宅する保護者もいたが、生徒たち自身は赤組と白組の競争の大詰めなのでいまだ盛り上がっている。
「石上くん、かわいー」
「これが男装の麗人か」
「逆です。わざとですよね、川田先輩」
石上はかぐやさんから借りた制服を身に纏って、その髪もかぐやさんと同じように鉢巻きでポニーテールに結んでいた。赤組はノリと勢いで、男装女装をして応援合戦に挑むらしい。青春しているな。
「緊張しているようだな」
「私たちを意識していればいいですから」
石上は、周囲の反応を不安に思っているようだ。
まあ、緊張するときは観客を野菜に見立てろというし。
「ほら、ミコちゃんも、応援の応援して!」
「……練習頑張ったんだから、上手くいくわよ」
「……ああ、そうだったな」
伊井野は『努力はいつか報われる』と、そう伝えただけだ。
やっぱり、お似合いだと思う。
この半年で、石上もずいぶんと立ち直ることができたようだ。
****
これは俺たちが進級してすぐ、3月のことだ。
いまだ、生徒会は4人だけで運営していた。
「来年度、高等部へ進学する予定ですが、少し問題のある子がいるらしく」
「四宮、何か引っかかることでもあるのか?」
「ええ。少し、憶えがある案件なので」
「石上優、純院の生徒。自宅学習のおかげか、進学試験でギリギリ受かったらしい。彼は中等部で暴力事件を起こし停学となり、反省文の提出をしなかったため、長期間復学できないままでいる。俺が知っているのはこれくらいです」
「筑紫なら、まだまだ知っていそうなんだが……」
「あ~ なんか聞いたことある話ですね~」
ちなみに、マスメディア部の噂担当に聞いた程度だ。
「ふむ。
詳しく調べるか、藤原書記、川田庶務」
「は~い! 後輩にちょっと聞いておきます!」
「俺は風紀委員に行ってみます」
さて。
重要な登場人物は、萩野コウという男子と、大友京子という女子、そして加害者である石上優だ。
石上優は大友京子にストーカー行為を行った上、彼女と付き合っている萩野コウに教室内で暴行を行った。その事実は、目撃者となった純院の新1年生たちにとって、根強く記憶に残っているらしい。
その過程で『伊井野ミコ』という中等部の風紀委員長が、教師陣を強く説得し続けたことを知った。石上優の進学が決定されたことは、彼女の影響が少なからずあるだろう。
ここからさらに深く調べようとするが、当時の生徒指導の教師は、その内容をろくに書いてもいない。しかも彼はなぜか異動となって、今はもう教師をやっていないまである。しかも、秀才だった萩野コウまで、なぜか海外に転校している。なお、大友京子は普通に進学試験で落ちたようだ。
『裏』がいろいろやったらしい。
だから、当時の萩野コウの人物評価をかき集めた。
早速、自室に閉じこもっている石上優に会いに行った。
疲れた顔をしているご両親から許可をとって。
「開けれそうか?」
「愚問ですね」
市販のチェーンに、南京錠で閉められた扉だなんて、物理的に開けることができる。そもそも、石上優は食事を摂っているようだから、最低限のロックがかけられているだけだ。その気になれば、外から窓ガラスをぶち破ることだってできる。
「ひっ! だれ、ですか……?」
「秀知院学園生徒会長、白銀御行だ」
「同じく庶務、川田筑紫です」
怯えている彼の『心の扉』は、今から生徒会長が開いてくれる。
まず、復学と高等部進学が決定したことを伝えた。
進学できるくらいの成績はとれて何よりだ。
もちろん、これだけのために無理やり入室したわけではない。
「さて、こちらでもいろいろと調べさせてもらった」
「だったら、僕なんて、おかしいやつが進学だなんて……」
藤原さんが後輩たちから聞いてきた情報も合わせて、『生徒会(秘)レポート』と可愛くまとめてくれた。
人々の醜い部分を知ってなお、手書きで明るく書かれていた。
「大友京子への加害を防ぐために、石上は萩野コウに対して暴行したようだな。そして、断片的な情報から、大友京子を守るために告発を避けたと、俺たちは考える」
「いや、でも、そんなこと、信じられないでしょう……?」
当時、萩野コウの言い分が正しいことになった。
真実は伝わっていなかった。
「信じるさ」
「それに、これは俺たち自身で調べたことです。合っていますか?」
「本当、です……」
石上優は、今まで信じてもらえなかった。
担当だった生徒指導の教師には、否定された。
「信じて、ください……」
「ああ。俺たちは、信じるさ」
再びかけられた、その言葉に、彼は涙を流す顔を抑えた。
「さて、知らされるべき情報が知らされていないことを、まず謝罪しよう。
大友京子は数日後に破局し、進学試験に落ちて女子高へ進学して楽しくやっているらしい。それに、妙な噂もなかったと聞く」
「それ、本当ですか……」
俺たちは安心させるように、大きく頷いた。
「萩野コウはお前をかなり警戒していた。なぜなら、反省文を出さず何ヶ月も停学しているやつの陰に怯えていたからな。そんな彼も、たぶん、転校して楽しくやっているらしい」
実際のところは、VIPな人たちにいろいろと情報がバラされたらしい。それが青少年であったとしても見かねるレベルだったのだから、『寛大な措置』が行われたようだ。不純異性交遊でハーレムってやつだが、それ以上だったらしいし。
「まあ、君の根比べのおかげだな。結果的に、大友京子は救われた」
「僕のおかげ、ですか……?」
「ああ。もっとスマートなやり方はあったかもしれない」
誰にも相談せず、彼は1人で立ち向かってしまった。
「だが、目的は達成した。
頑張ったな、石上」
その言葉が与えられ、彼の努力が報われた。
「だから、お前がこの書くべき反省文はこうだろう!」
『うるせぇバァカ!!』
黒ペンで力強く作文用紙に書いたおかげで、机に写っただろう。
「さて。更生って名目で、復学をスムーズに行う方法を思いついた」
「ああ。石上新1年生は、生徒会預かりとする」
目元を拭いながら、石上は何度も頭を下げた。
放課後に最高級のコーヒーと紅茶を飲んで、傷を癒していってほしい。
****
赤組白組の決着をつける、遊び心を加えたリレー。
サッカー部はドリブルをしながら走り、剣道部や野球部は防具を装備している。それが運動部としてハンデになるだろうが、文化部や委員会連合のメンバーだって、茶道部に所属していた前生徒会長が茶釜を抱えて走っていた。自分の所属する団体に関連するものを身につけなければならないのだ。
望遠鏡を抱えた龍珠桃からバトンを受け取り、御行は純金飾緒とバトンを握りしめて走り始める。御行がいた場所に俺は出て、この間にも大きいサイコロを振り始める。そして、コースの反対側で腕章を身に着けた風紀委員長へとバトンが渡った。
「またファンブルですよ!」
「運悪すぎー!」
「つくしくん、がんばって~!」
なんかいつの間にかTG部に所属していることになっていて、俺はこのサイコロを持って出場させられた。3つのサイコロの出目が合計15を超えると、走っていいことがルールだ。隣でスタンバイ完了している野球部キャッチャーは、すでに同情すら抱いてくれる。
放送席が1回ずつ出目を放送しているから、お祭り騒ぎになっている。
「川田先輩、そろそろ来ますよっ!
一体、何と戦っているのか分かりませんけど!」
伊井野が合図してくれた。
向こうでは、御行が話しかけている石上が待っていた。
野球部員はさっき走り始めている。
これが、最後のチャンスだ。
「ダイスロール!」
サイコロの出目は18
ちょうど、風紀委員の代表からバトンを受け取った。
「つくしくん、いけーっ!」
その声援を後ろにして、前を走る男子を追いかける。
防具というハンデがあり、カーブもある。
1番に鍛えてきた逃げ足の速さの見せ所だ。
「石上、走れっ!!」
「はいっ!!」
少しでもリードを付けてもらい、それに追いつく。
「いくぞ!!」
「うっすっ!!」
その手のひらにバトンを繋ぐと、しっかりと持った。
「がんばってー!」
「最後まで走り抜けーっ!」
「石上マジ卍だー!せーのっ!」
「「「卍!!」」」
赤組の応援団が、声を枯らすくらいに応援している。
今日の体育祭のヒーローは、石上優だった。