残暑の残る体育祭が終わり、定期テストも結果が返却され、今の俺たちは奉心祭の準備に追われていた。まあ、実行委員会もいることだし、今年は石上と伊井野の仲良し1年ペアを出向させたため、俺たち4人だった去年ほど俺たちの負担は大きくない。
千花もかぐやさんもクラスに顔を出しにいったし、ほんとうに静かだな。
「……いかんいかん」
こっくりこっくりしていた御行は、カフェイン摂取をするべく、ぬるいインスタントコーヒーを飲み干した。最近ますます目のクマはひどくなっているし、今はかぐやさんがいないから気が緩んでいるようだ。
「一旦休むか?」
「……ん、ああ、キリのいいとこでな」
再び申請書に手を伸ばして、内容を確認し始めた。
俺は承認印を押す作業に戻った。
バイトが終わり次第、あの部屋で自習を行うことはこいつにとってもはやルーティンとなっている。しかもその時間は増えているようだし、空き時間で英会話講座を聴くくらいに、英語に特に力を入れ始めたらしい。
なぜなら、スタンフォードに行くからだ。
その肩書きで、隣に立とうとしているからだ。
「ここまでにしよう。あれのペースも上げなければならん」
身体に鞭を打って、机に両手をついて立ち上がる。
「やはり。手伝うぞ?」
「いや、俺だけでやらなければならないことだ」
書類をまとめ、屋上へ向かう準備をする。なかなか巨大な工作を作っているらしい。俺に協力を求めたのは、例年の学園祭で出るような廃材を集めてくることくらいだ。
「心配かけてすまん。あと、少しだから」
少しというのは、スタンフォードに行くまでなのか、それともこの奉心祭までなのか。
「ほんと感謝してる」
座ったままの俺とすれ違うときに、そう声をかけられた。
「俺は弱い人間だ。お前が居なきゃ、俺は虚勢だって張れなかった」
だが、と続ける。
「いつまでもお前を縛るわけにはいかん。俺の予想通りなら」
「今日は妙に察しがいいな」
自主退学してでもこいつを追いかけようとしている。こいつのゴールラインがスタンフォードの先にあるのだが、今のルーティンを1人で続けられるはずがない。
「俺もスタンフォード受かるくらいの、天才的な要領の良さか、命をかけられるくらいの努力家だったらよかったんだがな」
「お前は要領のいいやつだよ。人の見てないとこで、気づかれないように、人におせっかいするくらいには」
ドアノブに手をかけて、背中を見せる。
疲れを見せないように、背筋を伸ばして。
「この奉心祭で、四宮が告白してこなかったら―――」
こういうの、かぐやさんの前で言えばいいのに。
「俺から告る」
そう言いきった。
「お前に心配かけないためにも、そして俺のためにも、四宮には付いてきてもらいたいからな」
お前の弱さを、全部伝えられるといいな。
最後の計画はずいぶんと大がかりなようだ。
****
えっ、じゃあ、成功した暁には生徒会室で合法的にイチャイチャするということになる。すると、恋愛大好き千花は『私も男子とお付き合いしたいです!』とかになって、裏表がほぼないから、それをオープンで公開することになる。
「なんて集中力なんだ」
「涼しい顔で作り続けてるぞ。さすが川田さんだぜ!」
最近は御行がクラスの男子に合コンに連れていかれたらしいし、そんなお誘いには興味津々で付いていってしまうだろう。俺に対してあんなにスキンシップとってくる千花なのだから、近年の草食系男子に潜む欲望を刺激してしまう。だってほら、3年の子安つばめ先輩を目当てだから、今年の奉心祭委員なんか多いし。
『先月はありがとうございました。俺も好きです』
『うん。私も好きだよ!』
あの時返された『好き』は親愛としての好きであって、友チョコの1つで、千花が好きなやつらのうちの1人に過ぎなかった。だが、一緒に過ごした時間と、恋愛頭脳戦を重ねた今ならば、告白が成功するかもしれない。
俺が本気だってことをどうやったら伝えられるか。
姉さんも告られた側だし、いまいち思いつかない。
「川田さん。そろそろ交代のお時間です」
「はい。引き継ぎをしましたら」
そうか。もうそんな時間か。
千花を捜しにいこっと。
多くの屋台が立ち並ぶ中で、その隅に追いやられたが、ずいぶんと繁盛している。周囲への被害を鑑みて、豚骨と背脂を使う許可は出なかったとはいえ、文化祭でラーメンを売る物珍しさは意外と評判らしい。
「このペースだと、麺の完売も狙えそうっすね!」
「教室から追いやった女子にギャフンと言わせてやる!」
お客様1人あたりの利益からして、勝てないと思う。まあ、男子の人数的にシフト自体はだいぶ優しい。朝から始まった仕込みが激務だったくらいだ。うちのクラスの男子全員でやってもこれだけ大変なのに、ラーメン屋の人たちはほんと凄い。
「いらっしゃいませ」
「儲かってますね。羨ましい限りです」
中年のサラリーマンと、どこかで見たことのある人。
あれだ、千花が行きつけの博多ラーメン屋の人だ。
「何になさいますか?」
「なかなかお目にかかれない素材使ったラーメンが出ると聞いてね」
ざわ……ざわ……
男子の中で、動揺が走った。
まさか、あのメニューを知っているだと。
「J君もそれを狙ってなのだろ?」
「ええ。サンちゃんこそ」
まあ、頼むかの判断は任せるか。
さっさと千花のとこに行きたいし。
「スイカカレーラーメンのことでいいですよね?
一応止めますよ?」
「ス、スイカ?」
「……ふむ。ではそれを2つ」
ざわ……ざわ……
後列に並んでいるお客様が顔を覗かせた。
周囲の屋台の店員が手を止めた。
「スイカの清涼感、カレーのコク、ミスマッチなのではなかろうか」
「夏野菜カレーがあるとはいえ、そこに麺まで合わせてしまうのは……」
「「スイカだとぉ!!」」
「冗談じゃないですよ」
中身をくり抜いたスイカ、冷蔵庫でキンキンに冷やされたやつ。
ちなみに中身は男子で美味しくいただきました。
「彼らはあれを容器にするつもりですよ!」
「麺の茹で方は及第点の動きだ! だが発想がとびぬけてしまっている! あんな熱々のものを躊躇なく入れたぞ!」
J君のやる気が2下がった!
サンちゃんが弱気になった!
それぞれの所持金が1000円減った!
てか、こんなことより千花のところに行かなければならない。外部から多くの人が来ている以上、ナンパを受けてしまう可能性がある。まあ、前半はTG部で回ると言っていたし、うっかりギガ子さんはともかく、マッキー先ハイがいるから大丈夫だろう。
いや、ほんといつ告ろう……
ハートの風船、それがあちこちにある。会場設営の時はなかったはずだし、御行や千花のクラスが集客がてら配ったのだろうか。最近の風船って、口で膨らますことないらしいよなぁ。千花が口をつけたやつとか欲しいのに。
「あっ、お義兄さんじゃん!」
「萌葉さん、白銀さん。それと大神さん」
千花に似た桃色オーラなツインテなJCが胸を驚らせて近づいてきた。その手はがっしりと圭さんの腕を掴んでおり、2人に付いてきたサングラスとスーツの男子はSPにしか見えない。
「こんにちは。川田さん、今はお一人ですか?」
「それは哀れみですか?」
『ち、ちがっ!』って慌てて胸の前で手を振る姿は、とても御行っぽい。
「冗談です。お兄ぃならボッチで見回りですよ」
「なんでその呼び方知ってるんですか!」
「なんだ~ 一緒じゃないのか~」
クールさが崩れるくらいに、いいツッコミ属性持ちだ。姉さんの彼氏とか麻美さんほどじゃないけど。てか、萌葉さんはどうして残念がる。なんだかわりと気が合いそうなんだけど、その言葉の意図が読めない。
「ま、いいや。このあとお化け屋敷行くんだけどさ、付いてきてよ!」
プラン変更、みたいな顔でそう告げられた。
たしか、1年だから、石上や伊井野のクラスか。
忙しかったあいつらがそこまでクラスには関わっていないだろうけど。
「あ、先輩だ」
「どうも」
瓶底眼鏡が特徴的な大仏さんが受付らしい。
「チョキ子さんはね―――」
暗幕で教室は暗く、懐中電灯で先導される。
まあ、ここまではテンプレだろう。
「萌葉ぁ~」
「おもしろい話だね!」
「この音……川田、警戒を怠るな」
「学校の出し物ですからね?」
教室に人の気配はあまりしないし、直接的に驚かせるタイプではなさそうだ。チョキチョキ音を鳴らすハサミで襲ってくるなんてことがあったら、学校の出し物としてはマズいだろうし、そんなことがあったら反射的に反撃しそうなので別の意味でドキドキする。
「みんなこのロッカーに隠れて! 2人ずつ!
……ヘッドホンとアイマスクをしてお待ちください」
「えっ、いや、はやっ!」
「私たちもはいろっ!」
ヘッドホンとアイマスクを受け取ると同時に、俺たちは俊敏にロッカーに身を隠した。こんな防弾性もないロッカーでやり過ごせるとは思わないが、なまじこういう訓練を受けているから、俺まで動いてしまった。
だが潜むとなると、息をころし、気配を最小限に。
そして少しでも外部の情報を取り入れる。
「ん、せま……」
「ごめんね~」
まあ、藤原三姉妹って巨乳だしな。
それにしてはさらに密着しようとしている気がする。
千花を連れてここ来たいな!
ヘッドラインから流れる、ガムテープを口に貼られたたぶん伊井野の絶叫をかきわけて、時折り聞こえる千花のがんばれボイスを聴こうとした。
今日、まだ御行と会ってないな。
珍しいこともあるものだ。