私立秀知院学園、貴族や士族のための教育機関として創立された名門校。貴族制が廃止された今でも富豪や名家の一族が通っていることで全国的にもトップクラス。
エスカレーター式であるし、お坊ちゃま・お嬢様学校みたいなものだ。しかし、時の流れで格式高い校則も緩和されたようで、あくまで思春期男女が通っている高校の1つに過ぎない。学園のあちこちで青春ラブコメが繰り広げられている場面はよく目にする。男女問わず、奥手な生徒が多いこともあり、恋バナはむしろ盛んであるかもしれない。
上記は、とある思春期真っ盛りの男子の談。
この学園に通っている生徒は、たとえ中学生であっても、将来国を背負って人の上に立つ人材が多く就学していることは事実なのだ。そんな彼らを率い纏め上げる者が凡人であるなど許されるはずもない。
「な、なあ。白銀さん、お昼いっしょにどう?」
クラスの人気者が勇気を出して誘ったのは、中学1年の頃から秀知院学園の生徒会会計を務める秀才である。思春期真っ盛りのクラスメイトたちからすれば、彼が彼女を好意的に思っていることは明白だ。
聡明英知、それは学園模試でも常にトップ5に君臨していることによって裏付けされている。全国の同年代の天才たちと競い合う実力すら持っている。
「いえ、生徒会に行く用事がありますので」
愛想笑いもせず、何事も動じていないかのようにお断りを入れる。手作りのように見える巾着袋を持ち、席を立って教室を出ていった。しっかりと手入れされていて、背中まで届く髪がふわりと風に靡く。
容姿端麗、彼女は同年代より少し大人びており、少し痩せ気味な彼女のスタイルも抜群だ。身長が平均より少し高めということもあって、モデルとしてスカウトされたこともあるのではないか。
「あー、今日もダメだったか~」
「やっぱり、あの人と付き合ってんのかな」
「勝ち目ねぇよなぁ」
昼休みの学級では浮ついた雰囲気が残っていた。
白銀圭は背中に視線を受けながらも、目的地へ歩いた。
(ほんと、まだまだ子どもなんだから)
現在高校2年の兄を持っているということもあって、どうしても同年代の男子は子どもっぽく見えてしまう。まあ、そんな兄も思春期真っ盛りの高校生なので、まだまだ子どもと認識している。
(お昼ごはんを誘うくらいで恋愛に繋げるなんて、漫画の世界じゃないんだから)
まるでお嬢様かのような雰囲気と容姿を持つ彼女も、一般家庭の生まれだ。趣味と呼べるものは少女漫画くらいだ。事実上離婚しているレベルで、母親は疎遠になっていて、むしろ貧しい生活を送ってきた。
少女漫画に描かれているような、大人の恋をしてみたいと思っている。ちょっと背伸びしている中学2年の普通の乙女だ。
(よしっ!)
深呼吸して、彼女は生徒会室の扉を開いた。
「お待たせしました」
「……いや、待ってなどいないが」
生徒会室のデスクに座ってペンを走らせているのは、大神灰里(おおがみかいり)だ。たった一瞬だけ向けられた眼は獲物を見るかのように鋭く、ちょっとした微笑みを一度も見せたことがない。
いわゆるクール、それでいて超イケメン。
(はわわわわ、いつ見てもカッコいい!!)
さっきまでの白銀圭のクールぶりはどこに。
すでに脳内は桃色に。
思わず。
彼に背中を向けて、口を手で覆ってしまう。
「用件は?」
「その、ここでお昼ご飯を食べようかと思いまして……」
(うぅ なんでこんな言い方しかできないの~)
「了解した。」
遠回しな意図が、目の前の男には通じない。
「今日、放課後は生徒会に来られない。悪いな」
「い、いえ、お気になさらず!」
大神灰里は現代に表れた、正真正銘の朴念仁だ。乙女たちの胸に秘めた淡い恋心など決して伝わらないし、たとえ女子からの告白であってもきっぱりと断るまである。それでいて、一種のカリスマ性を持っており、絶大な人気を誇る。
いわゆる高嶺の花。
(いっしょに生徒会もやってきたし、一歩リードしているんだから!)
そんなことを思いながら、白銀圭は兄の手作り弁当を食べ始める。なお半年以上、生徒会庶務を務める大神に片想いのままだ。
「その、お昼ご飯はもう済ませたのですか?」
「いや、まだだ。栄養補給はしておいた方がいいか」
そう呟いた後、彼はポケットからエナジーバーを取り出した。片手でペンを走らせながら、片手で飯を食う。どこの社畜だと思ってしまう光景だ。なお現在中学2年。
(そんなの絶対健康に悪いって! コスパ悪いし!)
白銀圭にとっては、無茶ばかりしている兄の姿が重なってしまう。彼の兄は現在生徒会長でありながら、学年1位であることを持続させる努力を続け、それでいて家計のためにアルバイトをやっている。白銀圭も同年代の女子よりは睡眠時間が少なめだが、兄の睡眠時間は『人のそれ』のギリギリだ。彼が外部入学して以降は、常に死んだ魚の目をしている。
というような長い話をわざわざ挟み込んだのは、彼女はブラコンだからだ。
(今日こそ、どうにかしてみせるんだから!)
「その、今日はお弁当を作りすぎてしまったのですが、食べますか?」
嘘である。
そもそもこれは兄が作ったものだ。家事は兄妹で分担していて、帰宅後の家事は基本的に圭が担当しているため、朝食やお弁当は兄が作ることが多い。ちなみに、たまに兄の友達の川田という人が圭のお弁当まで作ってくれるのだが、どうやら男友達らしい。圭は少しだけ兄が心配になった。
ともかく、今日は兄に『友達』の分まで作ってもらった。
(嘘までついて、何を企んでいる? 薬か?)
職業病とはいえ、この男はずいぶんと失礼だ。
「感謝する」
「いえいえ、お気になさらず」
ペンを一度机に置いた。
いただきます、と言うのは礼儀正しい。
まあ、無愛想なまま、タコさんウィンナーを箸で食べ始める姿はシュールだ。
「あの、お口に合いますか?」
「及第点だな」
(うぅ やっぱりそうだよね)
白銀圭は肩を落とした。
後述するが、大神というのは世界的な複合企業の1つだ。その名字を受け継ぐ彼は、跡取り息子と噂されている彼の舌は肥えていることが予想される。まあ、彼はお世辞というものが苦手なのだから、及第点というのはむしろ高評価なのかもしれない。
「だが、不思議な感覚がする。非科学的なものだったはずが、これは作った人の愛情というものか?」
「そそそそそうですか? いやー、兄にも作ったので家族愛ですかね~?」
白銀圭、動揺する。
自分が作ったお弁当なら、自信を持って恋愛感情だと言えたかもしれない。だが、そのお弁当は兄が作ったものである。しかも、愛が詰まっているものだと伝えられた。兄は大神のことは知らないから、もちろん圭に対しての愛だろう。ブラコンだ。
ダブルパンチを受けることになった。
(今度は自分で作って渡そう……)
(このウィンナーの造形は芸術を感じる)
「ごちそうさま。また機会があれば作ってほしい」
「ひゃい! 喜んで!」
(これ告白じゃない!?
毎日味噌汁作ってくれってやつじゃない!?
まあ、向こうから告白するなら仕方がないかな!! )
圭は両頬に手を当て、熱くなった顔をぶんぶんと振る。
「むっ。またやってしまったか。誤解を解いておくが、これは告白じゃない」
「あははー そうですよねー」
(やれやれ、危ないところだったな。)
こういうことは1度や2度じゃなかった。勘違いしてしまった女子は決して少なくはない。だから、周囲の人々から、朴念仁的態度を矯正される教育を受けている。その成果を示すことができて、無愛想ながらもどこか大神は満足そうだ。
「しかし、何か報酬がなくてはならんな」
「い、いえ、お弁当作るのって、2人分も3人分もあまり変わりませんから!」
生徒会の仲間なので、すでに圭は大神が何を渡してくるかは予想できている。誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、女子的にはどうなのかと思うプレゼントを渡してきた。
(また図書カードなんだろうなぁ……)
本来、白銀圭という女子はあまり施しを受けることは好まない。現金でも渡されたものなら、惨めに思っていると認識するだろう。
「食材費の負担は0ではないだろう。俺は、借りを作るのはあまり好まないのでな。先に渡しておこう」
彼は財布から、3000円分の図書カードを手渡す。
マスコットキャラクターのバッタが描かれている。
ちなみに、このカードは熱狂的なプロ野球ファンからは付加価値を含んでオークションにかけられるものだ。その理由は、『大神ナマーズ』に吸収合併される前の、『大神ホッパーズ』時代に発行された図書カードだからだ。
「ありがとうございます、大神君!!」
図書カードは青春ラブコメ的にはどうなのかと思うプレゼントだが、圭にとっては何よりも嬉しいものだ。子どもの頃からお小遣いは少なくて、むしろ家計のためにアルバイトするくらい。だから、数少ない趣味である少女漫画を気兼ねなく買うために、プレゼントの図書カードは使うことができる。
なんとも涙ぐましいこと。
「わ、私、毎日お弁当作ってきますから! 毎日!」
もはや告白だ。
「いや、それで体調を崩してはいかん。白銀は瘦せすぎだ」
(はわわわわ、褒められた! 褒められたよ、お兄ちゃん!!)
(線が細すぎる。何かの拍子に折れてしまうほどだ)
圭はごくりと息を飲んだ。
―――生徒会室で2人きり、今しかない!
大神灰里は、大神グループの後継者とされている。電機・スポーツ・医療・軍事・金融といった様々な分野の複合企業として、大神グループは成り立っている。一時期は合併してその名を変えたことあったが、再び、大神博之を会長として大神グループとなっている。プロ野球球団の名前の変化といい、なんともややこしいことだ。
そんな厄介な男を好きになってしまった圭からすれば、一般家庭生まれの自分では釣り合わない。それこそ、兄のような天才的な頭脳があればよかったが、いまだ秀才の域を出ない。だから、大神から告白してもらうことを求めていた。乙女的にも恥ずかしいし。
でも、もういいんじゃないかな、と。
兄もがんばっているらしいし、自分も負けてられない。
「あの、私、ずっと」
「圭ちゃん、ここにいたんだ!」
ドアがバンッと開かれた。
「うん、そうだよ。萌葉ちゃん」
(また言えなかったよ~)
お馴染みの大人気美少女な藤原千花、その妹である藤原萌葉だ。彼女も生徒会役員であり、生徒会副会長を務めている。白銀圭にとっては大親友であり、基本的に彼女や女友達と昼食を一緒に食べている。
「かいりくん、また仕事? がんばるね」
「今日の放課後、生徒会に来れないからな」
(呼び捨て、羨ましい!)
「ははーん、圭ちゃんと2人きりで食べてたんだ~? このこのー」
「それは事実だが……」
ちょんちょんと指でつつくスキンシップに、無愛想ながら大神は困惑しているようだ。女性関係に硬派な彼は、あまりこういう経験はない。
「明日は私も混ぜてね?」
「うん、いいよ」
「そろそろチャイムなるし、教室戻ろっ!」
「あっ、うん」
「了解した」
萌葉はぎゅっと圭の手を繋いで、教室まで戻る。
その後ろを大神が歩いてくる。
(まだ2年もあるもの! お兄ちゃんより先に告白されてみせる!!)
(まだ君には圭ちゃんを取られたくないかな)
この女子たち、大親友である。
だから、圭の恋を応援するわけではない。
(あの笑み、一体何を企んでいる。敵意は感じないが)
まだまだ大神灰里は社会勉強中だった。
大神灰里(おおがみかいり)
オリ主。秀知院学園中等部2年、生徒会庶務。身体的特徴:クール
※パワポケ要素
灰原や犬井と同じ遺伝子を持って生まれてきたアンドロイド。彼らと同様、人の上に立つべく作られ、運動能力は高く、カリスマ性や容姿が優れている。したがって、人から好意を向けられることは当たり前であり、元々人間的感情が薄いことも加わって、他人の恋愛感情には相当鈍い。すでに14以降の時間軸なので、戦闘目的に作られた個体はその行き場を失くしかけている。まだサイボーグ化されていなかったので、途中からその教育方針を変えて、かつて腹心だった犬井を亡くした大神博之の側近となるべく社会勉強中