ソードアート・オンライン IF(アイエフ) 作:イノウエ・ミウ
「ラフィン・コフィン」討伐作戦が始まろうとしていた同時刻。
第一層《はじまりの街》にある教会で、子供たちの元気な声が聞こえていた。
「わーい!」
「レイスお兄ちゃん!こっちだよ!」
「待てー!」
今朝方、コノハと共にサーシャが経営する教会へやって来たレイスは、子供たちと一緒に楽しく遊んでいた。
その様子を眺めながら、コノハはテーブルが置かれた椅子に座り、サーシャとサチの三人で会話していた。
「それじゃあ、トウガ君たちは、レイス君には内緒で、その犯罪ギルドの討伐に行ったのね」
「はい、カズヤ君の敵討ちにレイスを巻き込みたくない。トウガ君はそう言ってました」
コノハから事情を聞いたサーシャは暗い顔で、向こうで子供たちと楽しく遊んでいるレイスを見る。
コノハとレイスがここへ訪れた時、コノハから話があると言われたサーシャとサチは、子供たちの遊び相手をレイスに任せると、少し離れた場所へ移動し、彼から事情を聞かされた。
数日前、ギルドメンバーがとある犯罪ギルドに殺されたこと。その犯罪ギルドの討伐作戦にトウガとソウゴが参加すること。そして、そのことをレイスには内緒にしていること。
サーシャは複雑な気持ちで子供たちと遊ぶレイスを見守ってた。SAOに来る前から友達だった仲間を失って辛いだろうに、その気持ちを押し殺して子供たちと無邪気に遊ぶレイスを見て、胸が痛んだ。
その横でサチがコノハに問う。
「レイス君には内緒にしたいってことは分かったけど・・・コノハは本当にそれでいいの?」
「・・・うん。きっと、これが一番いいと思う。レイスには誰も傷つけることなく、真っ直ぐに生きて欲しいから」
そう言いながら、コノハは窓の外を見る。
外は雲一つない青空が広がっている。しかし、そんな青空ですら、コノハにとっては不安を煽る曇り空のように感じた。
変わらない青空を見つめながらコノハは願う。どうか、二人が無事に帰って来ますようにと。
コノハ達が一層で過ごしている一方、攻略組は緊迫した様子で中層にあるダンジョンを進んでいた。
ダンジョンに入ってから、かれこれ30分以上は進み続けており、ラフコフのアジトがあると思われる場所までやって来たところで、討伐隊のリーダーであるシュミットは振り向いて討伐隊に語る。
「もうじき、報告のあったラフィン・コフィンのアジトだが、突入の前にもう一度確認しておく。奴らはレッドプレイヤーだ。戦闘になったら俺たちの命を奪うことに何の躊躇もないだろう。だから、こっちも躊躇うな!迷ったらこっちが殺られるぞ」
シュミットの言葉に討伐隊は一気に緊張感に包まれる。相手がもし攻撃してきたら、こっちも応戦しなければならない。でなければ、自分たちが死ぬ。
しかし、気持ちで分かっていても、実際にそれを実行できる者がいるとしたら、それは数少ないだろう。
「だがまぁ、人数もレベルも俺たち攻略組の方が上だ。案外、戦闘にならないで降伏だけで終わることもあり得るかもな」
現に、シュミットがこの作戦の理想的な結末を語ると、討伐隊の大半が緩んだ空気となった。
その時、一部のプレイヤーの<索敵>スキルが反応し、その者たちは一斉に<索敵>スキルが反応した方へ振り向く。
「上だ!」
その内の一人であるキリトが声を上げながら背中の剣を抜くと同時に、上から降って来たラフコフのプレイヤー達が一斉に襲い掛かってきた。
その数は30を超え、少なくも見張りの人数では無かった。
「馬鹿な!作戦の情報が漏れていたというのか!?」
作戦が漏れて、待ち伏せされていた事に動揺するシュミットだが、すぐさま周りに戦闘開始の指示を出した。
「戦闘開始!こちらの戦略を持って、ラフコフを無力化する!」
シュミットの指示に、討伐隊は武器を手にして戦闘を開始した。
「行くよ、コハル!」
「任せて!」
無論、ハルトとコハルもいつも通り二人で連携しながら、ラフコフのプレイヤーを迎え撃つ。
こちらに襲い掛かってきたラフコフのプレイヤーの剣を自分の剣で防いだハルトは、手に力を込めて押し返すと、相手の体勢が崩れた隙を付いて、相手の持っている剣を弾き飛ばした。
持っている武器を失い、動揺するラフコフのプレイヤー。その隙を付いて、コハルが《麻痺》を付与させることができるソードスキルで、あまりダメージが入らない程度に軽く斬る。
斬られたラフコフのプレイヤーは状態異常に《麻痺》が付与され、そのまま地面に倒れて動けなくなった。
「よし!まずは一人!」
無力化に成功したハルトは周りを確認する。
最初こそ不意を突かれた討伐隊だが、そこから持ち直して、次々とラフコフのプレイヤー達を無力化している様子が見える。
この調子なら死者を出すことなくいける。そう思った次の瞬間だった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
一人のプレイヤーの悲鳴が響き渡り、悲鳴をした方に振り向くと討伐隊のプレイヤー3人が倒れており、彼らはポリゴン状に四散した。そして、彼らが倒れていた場所には、HPが既にレッドに達しているラフコフのプレイヤーが立っていた。
「まさか!?」
「くっ!恐れていたことが・・・!」
この討伐戦で一番恐れていたこと。死者が出てしまったことに、二人は顔を顰める。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」
更に別の場所では、討伐隊のプレイヤーがラフコフのプレイヤーに殺された。
これにより、討伐隊のほとんどが恐怖心に吞まれてしまい、まともに動けずにいた。
そんな中、討伐隊の一人が恐怖で動けない所をラフコフのプレイヤーが斬りかかった。
キンッ!
しかし、剣が振り下ろされる瞬間に、トウガが前に出て、《蒼天刃》で防いだ。
トウガはそのまま蹴りを入れて、ラフコフのプレイヤーを吹き飛ばすと、視線を恐怖で動けない討伐隊のプレイヤーに向けた。
「早く立て直せ。相手は待ってくれないぞ」
「ひ、ヒイイイイイ!!」
そう言われた討伐隊のプレイヤーは、一目散に二人から離れた。
それを確認したトウガは、再び視線をラフコフのプレイヤーの方に戻すと、彼はゆっくり立ち上がりながら不敵な笑みを浮かべていた。
「お前のHPはもう僅かだ。大人しく降伏しろ」
「へへっ、お前、あの時ザザさんが仕掛けたトラップに引っかかったマヌケなリーダーだな?」
「!?」
こちらを見つめるラフコフのプレイヤーに降伏を呼び掛けたトウガだったが、直後の彼の発言によって、表情が一気に険しくなった。
無理もないだろう。あの時、自分は迂闊にもラフコフの罠に引っかかってしまい、そのせいで大切な仲間を失ってしまったのだから。
あの時の後悔、怒り、そして憎悪。それらの感情が一気に蘇り、心の奥底に収めたはずの殺意が再びトウガの体中から湧き上がっていた。
そんなトウガの感情に気づかぬまま、ラフコフのプレイヤーは狂った笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「所詮はガキが作ったギルド。リーダーもそうだが、仲間も相当な馬鹿だったな。マヌケなリーダーなんて見捨てて、自分だけ逃げてりゃ、命を落とさずに済んだのによぉ」
「黙れ・・・」
「他の仲間もそうだ。必死こいて探したのに、結局間に合わなくて、仲間を死なせちまうんだ・・・いや、マヌケなリーダーが作ったギルドだ。そもそも本気で探してたのかすら怪しいな」
「黙れ・・・!」
「こんなマヌケなガキ共しかいないギルドの連中。俺でも簡単に殺せそうだぜ。お前をぶっ殺した後は、残ったお前の仲間たちもまとめて――」
ズバッ!
笑っていたラフコフのプレイヤーだったが、突如目の前にいたトウガが消えた事と、何かを斬った音が耳に入り、思わず目を丸くした。同時に、自分の右手首が宙を舞っているのが目に映った。
彼はすぐさま自分の右手首が無くなっている事に気づき、悲鳴を上げた。
「あぁーーー!!お、俺の手がぁ!」
顔を青ざめながら、ラフコフのプレイヤーはいつの間にか自分の後ろに移動しているトウガの方を見ると、彼の右手には普段彼が使用する《蒼天刃》が握られ、左手には水色の短剣《マグナ・フリューゲル》が握られていた。
トウガのユニークスキル<双剣>。短剣の熟練度を極限にまで高め、一度の連撃の速さが最も素早い者に与えられるスキル。同じようなスキルである<二刀流>とは違い、一撃の強さは<二刀流>の方が上だが、スキルを繰り出すスピードと最大で連撃できる回数はSAO一と言われている。
本来なら、このユニークスキルはここぞという時に使用しようとトウガはそう決めていた。しかし、このタイミングでそれを出したということは、先の発言がそれほど彼の逆鱗に触れたという証拠であった。
無論、そんな事情は知りもしないラフコフのプレイヤーは、次々と目に映る信じられない光景に困惑するばかり。
だけど、これだけは分かった。目の前にいる少年は確実に自分を殺そうとしている。
「ま、待てよ!あんたの仲間を殺すって言ったの。あれは言葉の綾ってやつだ!つい調子に乗って、別に本心で言った訳じゃないんだ!だから――」
本能的に命の危機を感じたラフコフのプレイヤーは、必死な表情で命乞いする。
そんな男の命乞いを耳ともせず、トウガはゆっくりと男に向かって歩みを進めた次の瞬間
「ウォォォォォォォォォ!!!」
激しい咆哮と共に、トウガは縦横無尽に動き回って、ラフコフのプレイヤーの体を滅多斬りにしていく。
男の悲鳴が響き渡るが、トウガはそんなものを気にともせず、男の体を斬り刻んでいく。
全身に加えて腕や足、耳、鼻、目・・・様々な箇所を斬り落としながらトウガは思う。
こんな人の命を何とも思わないゴミ虫共に大勢の人間の命が奪われた。こんな奴らにカズヤは、俺の親友は殺された。
抑えきれない感情を剝き出しながら、トウガはひたすらに斬り刻む。
気づいたら、ラフコフのプレイヤーは頭が胴体から離れ、その頭もバラバラに刻まれて、ポリゴンと化した。
「・・・・・・」
殺しを終えたトウガは、無言で佇んでいたが、その瞳に、こちらを見ながら震え上がっている他のラフコフのプレイヤーの姿が映った瞬間、トウガは次の獲物に向かって猛スピードで接近し、再び殺しを開始する。
いくつもの悲鳴が響き渡るが、トウガは無我夢中でラフコフのプレイヤーを次々と斬り刻んでいく。その殺戮が終わるのは、トウガ自身も分からなかった。
「オラ!」
「クソっ!すばしっこい奴だ!」
「さっさと死にやがれ!狼野郎!」
「・・・・・・」
次々と迫るラフコフのプレイヤー達の猛攻を無言で受け流しながら、ザントは戦況を確認する。
想定外の奇襲を受けた討伐隊だったが、戦況を立て直すまでにはそんなに時間はかからなかった。
討伐隊は実質、最前線で活躍する攻略組で構成された部隊だ。戦闘技術だけでなく、想定外の状況に対して、冷静に対応できる力を兼ね備えている。
だが、優勢であるかと言ったら、そうではなかった。
理由はただ一つ。攻略組には殺人をしたことがある者はいない。ましてや、オレンジにすらなった者も数少ない。
対して、ラフコフはメンバー全員が人の命を平気で奪う殺人者だ。そこに大きな意識の違いが生まれていた。
戦闘が始まる前に躊躇うなとは言われていた。しかし、それを実行に移せると言ったら容易ではない。ましてや、攻略組は日頃からモンスターやボスを相手しており、対人戦闘の経験がある者が少ない。だからこそ、誰もが人間相手に武器を振るうことを躊躇う。
「うわぁーーーーーー!!」
「や、やめてくれ!」
「た、助け――!がはぁ!」
自身が戦う横で、次々と討伐隊の悲鳴が聞こえてくる。
彼らもまた、人に武器を振るうことを躊躇してしまい、その隙を付かれて、殺されてしまった者達なのだろう。
ひたすら防御に専念していたザントだったが、五人目辺りの悲鳴が聞こえた瞬間、彼は動かしていた腕を下に降ろすと、何処か諦めた様子で口を開いた。
「はぁ~・・・心の奥底でほんの一ミリだけ期待はしてたが・・・やっぱ無理だな」
「何わけ分かんねぇこと言ってんだ!死にやがれ!」
一人のラフコフのプレイヤーがザントに向けて剣を振り下ろそうとした瞬間だった。ザントは自身の愛刀である巨大な黒刀《
首を斬られた男は、何が起きたのか分からないって顔をしながら、胴体と共にポリゴンとなった。
ザントは顔を男がいた場所に向けながら口を開く。
「何が無理かって?決まってんだろ。人間が'ゴミ'と分かり合えることだよ」
そう言いながら、ザントは自身を見て震えている他のラフコフのプレイヤーに顔を向けた。
その瞳には、怒りや罪悪感、憎しみなどの負の感情は一切無かった。あるのはただ一つ。目の前にいる'ゴミ'を掃除するという意志だけだ。
「そんじゃ、久しぶりにするか。ゴミ掃除をな・・・!」
人がゴミと分かり合えることは不可能。
故にザントは感情を捨てた。
場は既に地獄と化していた。
あちこちでプレイヤーの悲鳴とポリゴンが砕ける音が響いている。それはラフコフの物なのか討伐隊の物なのか。それを判断できるプレイヤーは一人もいなかった。
そんな状況の中、ハルトはひたすらに剣を振り続けていた。
「ハァ、ハァ、(いつまで続くんだ?この戦いは・・・)」
息を切らしながらも、ハルトは攻撃の手を止めない。
止めれば一瞬にして殺される。それだけは嫌という程分かっていた。何より・・・
「あぁ・・・!あぁ・・・!!」
ハルトの後ろには、恐怖のあまり動けなくなったコハルがいた。
現在、討伐隊は二つの状態に分かれていた。何とか己の心を奮い立たせて、懸命に戦う者と恐怖に吞まれて動けない者。コハルは後者に該当する。
そのため、次々と襲い掛かってくるラフコフのプレイヤー相手に、ハルトは自分に襲い掛かる分の他に、恐怖で動けない彼女に襲い掛かる分も戦わないといけなかった。
別に、彼女や他の動けないプレイヤー達を責めるつもりはない。というか、できるはずがない。
同じ人間同士で殺し合い、敵味方関係なく次々と人が死んでいく。こんな光景を目にしたら、本来なら恐怖で動けないのが当たり前で、今も尚こうして戦っている自分が異常なのだから。
「死ねぇーーーーーー!!」
そんな中、一人のラフコフのプレイヤーがハルトに襲い掛かってきた。
ハルトは片手直剣で相手の剣を受け止めると、そのまま鍔迫り合いの状態になる。
「もう止すんだ!これ以上戦って、何の意味があるんだ!?」
ハルトは必死な様子で叫び、相手を説得しようとする。
しかし、相手は聞く耳を持たず、狂気に満ちた笑みを浮かべながら口を開く。
「意味なんてねぇよ!ただ楽しいからやってんだよ!」
「何を馬鹿な事を!この世界で死んだ人は現実でも死ぬんだぞ!」
「それがどうした!俺たちは殺人鬼だぜ?そんな綺麗事で止まるとでも思ってんじゃねよ!」
ラフコフのプレイヤーはハルトの言葉が気に食わなかったのか、怒声を上げると同時に、更に力を込めてきた。
ハルトは歯を食いしばりながらも耐えていたが、徐々に押されていく。
しかし、ラフコフのプレイヤーから放たれた次の一言で、事態が急変した。
「そんなに戦うのが嫌なら、俺が殺してやるよ!お前も!お前の後ろで震えている女もな!」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、ハルトの中で何かが切れた。
同時に、ハルトの瞳から光が消え、まるで機械のように無表情になる。そして、ハルトは無言のまま剣を握る手に力を込めると、一気に押し返した。
「うぉっ!」
突然の力の変化に対応できなかったラフコフのプレイヤーは、思わず驚きの声を上げてしまう。
そんな彼に対して、ハルトは静かに口を開く。
「彼女を殺す・・・?そっか、それが君たちの'答え'なんだね」
そう呟き、殺気の籠った目でラフコフのプレイヤーを見つめる。
「ようやく分かったよ。君たちと分かり合えるのは不可能だ。なら、やるべきことはただ一つ」
静かに怒りを募らせるハルトを見て、ラフコフのプレイヤーはビクッと凍りついたかのように動けなくなる。
その隙をついて、ハルトはクイックチェンジで武器を片手直剣から斧に切り替えた。
バキンッ!!
そして、一瞬の速度で相手の懐に入り、斧のソードスキルでラフコフのプレイヤーが持っていた剣を破壊した。
「ば、馬鹿な!?」
己の武器を破壊されたことに驚くラフコフのプレイヤー。
その間に、ハルトは武器を斧から片手直剣に戻し、ゆっくりとラフコフのプレイヤーに接近する。
「く、来るな!」
近づいてくるハルトに怯えたラフコフのプレイヤーは、咄嗟に隠し持っていた短剣でハルトに襲い掛かるが、ハルトは短剣が自身の体に刺さる前に、剣を下から上に振り上げて短剣を弾き飛ばした。
立て続けに武器を失い、混乱するラフコフのプレイヤー。そんな彼に向かって、ハルトは少しずつ近づいていく。
「ヒッ!」
ハルトから感じた冷たい殺気に、ラフコフのプレイヤーは恐怖に吞まれて、膝から崩れ落ちてしまう。
動こうにも恐怖で動けず、尻餅を付いたままラフコフのプレイヤーは、こちらに近づいてくるハルトに命乞いする。
「待ってくれ!俺が悪かった!だから、許してくれ!まだ死にたくない!!」
「死にたくない?そうだね。君に殺された人達も、きっとそう思ったはずだね。だから・・・」
剣を強く握りしめながら、ハルトは腰が引けて動けないラフコフのプレイヤーにソードスキルの連撃を放った。
HPはどんどん減っていき、強烈なソードスキルを食らったラフコフのプレイヤーは背中から倒れた。
彼のHPは既にレッドまで達しており、後一撃でも食らわせれば
ハルトは止めの一撃と言わんばかりに、両手で握りしめた剣を振り上げて――
「死ね」
冷たい目でラフコフのプレイヤーの腹に突き刺そうとしたその時だった。
「ダメェーーーーーー!!」
突如横からコハルの声が聞こえ、同時にハルトの横からコハルが彼に抱きつくかのようにしがみつき、ハルトがラフコフのプレイヤーを刺そうとするのを制止した。
コハルに抱きつかれた事で我に返ったハルトは、彼女の方に視線を向ける。
「大丈夫!私は大丈夫だから、ハルトだけは誰も殺さないで!」
声は震えて、目元には涙が溜まっていたが、それでも恐怖を押し殺し、必死になって叫ぶコハル。
「あ・・・!」
ハルトはそこで、ようやく自分のやろうとした事に気づいた。
先程まで人を殺すという行いを否定していたはずなのに、その自分が彼らと同じようなことをしようとした事実に、ハルトは激しい自己嫌悪に見舞われた。
ハルトは彼の殺気に当てられて気絶しているラフコフのプレイヤーから離れると、しがみついているコハルの肩に手を置いて謝る。
「ごめん!僕はもう少しでやっちゃいけない事をするところだった。本当にごめん!」
そう言いながら、頭を下げるハルト。
そんな彼に対して、コハルは首を横に振って優しく微笑む。
「ううん、いいよ。ハルトだって怖くて仕方がなかったんだよね?」
「!?・・・そっか、うん、そうだね。僕は怖かったんだ。目の前で誰かが死ぬことが。そして、それが原因で自分が人殺しになることが・・・ありがとうコハル。僕を助けてくれて」
自分が抱いていた恐怖、それに気づかせてくれたパートナーに、ハルトは微笑みながら礼を言った。
「お礼を言うのは私の方だよ。ハルトがいなければ、間違いなく殺されていたから。だから、護ってくれてありがとう」
ハルトから礼を言われたコハルもまた、嬉しそうに微笑みながら彼に感謝の気持ちを伝えた。
「全軍!直ちに戦闘を停止しろ!ラフコフは全員、一人残らず投降した!」
丁度その時、シュミットがフィールド全体に広がるような大声で叫び、それを聞いた討伐隊は、ようやくこの悪夢を終わらせることができたのだと安堵した。
ハルトとコハルもホッと安堵すると、戦闘で傷ついたHPを回復しながら辺りを見渡す。
既に他のプレイヤー達は、それぞれ武器を収め、戦いは終わったと安心していた。しかし、一部では何処か表情が暗い者達がいて、中には涙を流している者もいた。
恐らく、彼らは今回の件で仲間を殺された。或いは人を殺してしまった者達だとハルトは推測した。そして、心に傷を負った彼らに掛ける言葉は、今のハルトには無かった。
居たたまれない気持ちから逃げるように視線を変えると、ザザやジョニー・ブラックなどの幹部を含む投降したラフコフのプレイヤー達が次々と《回路結晶》で《黒鉄宮》に連行されていた。
そんな中、連行されるザザの視界に、暗い顔をしているトウガの姿が映った。
ザザはトウガの横を通り過ぎる際に、彼に話しかける。
「惜しかったな。もう少しで、俺を、殺せた。殺せなかったのは、お前の、怒りの奥底に、眠っていた、お前自身の、甘さだ」
「・・・お前は降伏した。これ以上、お前と戦っても意味がないと判断しただけだ」
戦いの際に、自身の目の前で降伏した仇敵に、トウガは極力冷静さを保ちながらそう伝える。
そんなトウガの言葉に対して、ザザは鼻で笑った。
「フッ、所詮は、口だけの、偽善者。いや、臆病者と、言うべきか」
「!? テメェ!」
ザザの言葉に激昂したトウガは、《蒼天刃》と《マグナ・フリューゲル》を腰から引き抜き、ザザへ斬りかかろうとする。
慌ててキリトとクラインがトウガの腕を片方ずつ掴み、彼を制止させる。
「止めろトウガ!」
「こいつらは降伏したんだ!これ以上、殺すな!」
「放せお前ら!クソっ!なんでだ!なんでカズヤは死んで、テメェみたいなゴミクズが生きているんだ!返せよ!カズヤを返せ!殺してやる!お前ら全員、殺してや――っ!?」
叫んでいたトウガの腹に突如衝撃が走ったのを感じ、首を少し下げると、自身の腹に腹パンしているソウゴがいた。
「もうよせ、トウガ。戦いは終わったんだ。これ以上、業を背負うな。こんなクズ共を何人殺したところで、カズヤはもう戻りはしねぇんだから・・・」
苦渋に満ちた顔で喋るソウゴの声が聞こえた直後、トウガは気を失い、気を失ったトウガをソウゴは肩に乗せて担いだ。
そして、そのまま一言も発することなく何処かへ去っていった。
それを見ていた者達は、悲哀に満ちた背中を前に何も言えず、去っていくソウゴ達を見送るのであった。
こうして、ラフコフは事実上壊滅し、SAO史上最悪の戦いは幕を閉じた。
しかし、攻略組がこの戦いで得たものは何一つ存在せず、一生消えることのない'傷跡'だけが刻まれた。
・《マグナ・フリューゲル》
イメージは、「グランブルーファンタジー」に登場する短剣《霧氷剣ぺルソス》
・ユニークスキル<双剣>
トウガのユニークスキル。簡単に言えば、短剣の二刀流。これキリトのユニークスキル<二刀流>と同じじゃね?と思う方もいるかもしれませんが、この作品では<二刀流>は片手直剣のみに使えるという設定となっています。
・怒り狂うトウガ
イメージとして『進撃の巨人 悔いなき選択』で巨人に仲間を殺されて、怒り狂いながら巨人を殺すリヴァイを想像してください。
・《
イメージは、「ワンピース」のミホークが使用する黒刀《夜》。
・嘗て社会のゴミを掃除してたザント
またしても増えてしまったザントの属性。彼はいったいどれだけの秘密があるんでしょうね~?
・ハルト、キレる
普段は温厚な彼でも大切な人を殺すと言われたら、流石にキレました。殺しこそは未遂に終わりましたが、コハルがいなければ、確実に殺していたでしょう。
・トウガVSザザ
描写はしてませんでしたが、ハルトがキレてる裏で、トウガはザザと戦っていました。ザザを殺せなかったのは、シュミットが討伐戦が終わった事を言う直前(この時、既にジョニー・ブラックを含むほとんどのラフコフのプレイヤーが投降し、唯一投降していないのが、トウガと戦っていたザザだけだった)にザザが投降した事と、本文でザザが言ってた通り、怒り狂うトウガの奥底に残っていた'甘さ'があったからです。
ラフィン・コフィン討伐戦終了。作戦は成功したが、誰一人笑顔になれず・・・
次で「紅の狼」関連の話は終わりです。最後までお楽しみください。